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ずっとずっと、大好きだよ

 

 ネイサン・ヴァレンタインは契約魔術を施され最後に一礼をして玉座の間から去った。

 残されたのは王妃と第一王子。王は玉座から立ち上がり歩みだす。そして王妃の前で立ち止まった。


 誰が見ても見惚れるほどの美しい笑みを浮かべるのはシリル王国王妃、ジュリエット・エマ・ラファティ。

 国王アーサー・ヴェルデ・ラファティの最愛の妻。そして第一王子と第五王子の生母である。

 リンク侯爵家の娘で母親はメイウェザー公爵家出身。その血筋こそが彼女を完璧な王妃となるべく努力し続けた原動力だった。


 そんな彼女の前に、険しい顔をした夫――国王陛下――が告げた言葉を彼女はどこか他人事のように感じたのだった。



「王妃よ。此度の事、例外はない。其方の気持ちに寄り添えなかった余にも責任はある。……すまなかった、ジュリー」



 悲痛な思いを堰き止め国王としての対応を取る。取らねばならない。そうでなければ聖獣はもうこの国に顕現されないだろう。そして、シリル王が残したこの国も終わる。それでも最後にはただの人として最愛の妻を気遣った。

 婚約して婚姻を結んだ王妃、ジュリエット。血筋も申し分なかったが何よりアーサー自身がジュリエットを選んだ。全てが用意された道。どれをとっても悪いことにはならないように両親も周囲も細心の注意を払った。そんな用意された人生に不満はなかったが、婚姻を結ぶ相手は自分で選びたかった。

 国王の伴侶として多大な苦労を掛けることになるその女性を、誰かに任せてはいられない。そうして自身が選び両親も納得してくれた相手。


 それがジュリエットにとっては最大の悲劇だったのかもしれない。



「まぁ。一体どうなさいましたか陛下? わたくし、陛下に謝っていただくようなことに心当たりはございませんのに」



 おっとりと、だがハッキリと否定する。微笑みを浮かべたまま、王妃は首をかしげる。その仕草は愛らしく、とても二人の子供を産んだとは思えないほど純粋に見えた。



「王妃……」


「それよりも陛下。そろそろ王太子の選定を行っては如何でしょう? 順当にいくことが余計な争いを引き起こさずに済みますし、ここはやはりリオネルを王太子としては如何でしょう?」


「王妃」


「リオネルにはリンク侯爵家は勿論、メイウェザー公爵家も後ろ盾となりましょう。想定よりも早い代替わりではありましたが、現公爵も聡明なお方。きっとリオネルの役に立ちますわ」


「……ジュリー」


「陛下? 先ほどからどうなさいました? ご気分がお悪いので? 先ほどの粛清、あのような些事に陛下自ら手を下すなんて……」


「……些事?」



 王妃の言葉に、わかってはいたがショックだった。

 愛らしく、純粋に自分を思ってくれていた彼女を変えたのはアーサー自身だ。婚約者に、将来の伴侶に彼女を選ばなければ彼女はどこかの子息と結婚して幸せな家庭を築いていたはずだ。なのに、そんな未来を奪ったのは王太子でまだ理想を夢見ていた頃の若い頃の自分自身。


 申し訳なさでいっぱいだ。あなたの人生を壊してしまった。

 そして、それでも離してあげられない。

 嫌っていい。許してくれなくてもいい。だけど、まだ君を愛してる。



「王妃、ジュリエット・エマ・ラファティをハルシオン離宮に幽閉とする。……これまで苦労を掛けた。よく休むといい」


「まぁ、陛下ったら。冗談がお上手ですわ」


「……冗談じゃないよ。ジュリー」



 冗談だといって聞く耳を持たない王妃。クスクスと美しい笑みを浮かべるが、これが演技なのか本心なのか。判断できる人間はいない。昔はわかった。嘘をつくときの彼女の癖。それが今はもう見つからない。



「アデルハイトへの度重なる暗殺未遂。主犯は君だ。我が子を亡き者にする事、見過ごすわけにはいかない」



 夫である前に、一人の男である前に、アーサーはこの国の国王だ。自身の幸せは二の次に。己の力は全て民の為に。そう教育され、それを理想とし、実現させようとした愚かな男。そんなだから愛する人の心を失ったのだ。



「アデルハイト? 私の子はリオネルだけでしてよ」


「アデルも私と君の子だ。愛しい君が生んでくれた、愛しい息子だよ」


「……」



 ここで初めて王妃の表情が変わった。微笑みが消え、無の表情。もはや愛も伝わらない。伝わるはずがないのだ。



「ご冗談を。わたくし、生んだ覚えなどございません。側妃の誰かとお間違えでは」


「ジュリーと私の子を間違うはずがない。あの子はジュリーの「おやめください!!!」……」



 絶叫するようにアーサーの言葉を遮る王妃ジュリエット。普段ならこんな不敬、するはずがない。なのに犯してしまったのは話題の人物がアデルハイト第五王子であるからに他ならない。

 それほど王妃にとってアデルハイト王子の話題は禁句だった。耳に入ってくるようならば、すぐさま暗部を送り込み亡き者にしようとした。だがそれも、メイウェザー前公爵の手によって阻まれてきた。代替わりし、チャンスと思ったのに悉く失敗。護衛に就いていた騎士の有能さに苛立ったたけだった。



「〝アレ〟はわたくしの子ではありません!! わたくしが産むはずない!! あんな、あんな……!っ完璧なわたくしから生まれるはずがないのです!!」



 完璧を求められ、完璧を目指し、完璧であろうとした王妃ジュリエット。

 彼女の心はすでに限界を超えていた。それでもそれを覚られず、王妃として君臨し続けたのはもはや意地だけだった。我が子リオネルを王太子へ。そして国王へ。それだけを望みにこの二十数年を生きてきた。


 それももう、終わろうとしている。

 他でもない、国王であり愛する夫となった王妃ジュリエットの最愛の人によって。



「わたくしは王妃。三大公爵家出身の母を持ち、国王アーサー・ヴェルデ・ラファティの正妃。そのわたくしに、一点の曇りもございません。療養を言い渡される覚えも、幽閉される言われはないのです」



 扇子を握り締め、国王と対峙する。

 本気の目だ。その強い眼差しがアーサーを睨みつけるようにして真っ直ぐに向かってくる。



(この眼は変わっていない……。ずっと好きだった彼女のままだ……)



 王太子妃教育が始まり、彼女はどこにも逃げ道がなくなってしまった。王妃になることが家の為だと、ジュリーの幸せの為だといって聞かなかった母親からの虐待に等しい教育方針のおかげで誰よりも完璧な淑女となったジュリー。

 本当は逃げたかったのに、それでも必死に学び隣に立つためだと言って学び続けたジュリー。その瞳は純粋で、されど強い意志が伝わってきた。

 その瞳に、溺れた。



「……決定事項だ。覆らない。侯爵にも話は通してある。……君を縛るものはもう何もない」


「……縛るものが、ない?」



 虚ろな目をしたジュリー。当然だ。王妃となり、次期国王の母となることが義務とされ生きる目的だったのに。先に縛ってきたのはアーサーの方なのに。



「今更っ! 今更です!! これまでわたくしがどれほど……! ふざけないで!!」


「ジュリー……」


「わたくしが願った時は話も聞いてくれなかったではありませんか!? なのにっ!」


「……」



 王妃の悲痛の叫び。ずっと抱えてきた黒い気持ち。初めて触れる愛しい人の醜い感情。

 王妃はすでに平静を忘すれ怒りの感情のままにアーサーに食って掛かる。

 アーサーは荒ぶる王妃の初めて触れる怒りに、仄かな歓びを感じた。



(ああ、初めて見る君の怒りもとても愛おしい……)



 アーサーにとって愛しい人の感情が自分に向けられて喜ばない筈がなかった。それが例え、負の感情であったとしても。その感情が向いている限り、彼女は自分を思ってくれて自分のことを考えてくれているのだと思えば怒りと悲しみに燃える瞳で睨みつけられようと歓び以外にはないのだ。



「アデルハイトは僕とジュリーの愛しい子供だよ。顔立ちも瞳も子供達の中で一番僕に似ているんだ」


「〝アレ〟の話なんかしないで!!」


「唯一王家の瞳を持つのがアデルだ。愛しい君が生んでくれた僕の宝物。不思議と僕に似ているのに、笑い方はジュリーによく似てるよ」


「やめて! やめて!!」



 アーサーにとってどんなジュリエットでも愛しい人には変わりない。好きだ、愛してるの気持ちも婚約を結んだ時から何一つ変わっていない。ずっとジュリエットだけを愛してきた。



「好きだよ、ジュリー。今までもこれからも、ずっとジュリーが大好きだ。僕のジュリー。僕のお嫁さんになってくれてありがとう」


「っ!」


「僕の手を取ってくれて、ありがとう」


「……っぅ」


「僕と一緒に生きてくれてありがとう」


「ふっ……ぅっ」


「生まれてきてくれて、ありがとう」


「ぁああっ……ぁぁあっ」


「ずっとずっと、大好きだよ」


「!!……っぅああああ、ああああ、あぁぁっぁあ……わぁぁあぁああっ!!!



 婚約者だったころのように、結婚して間もないころのように。ギュっと王妃を抱きしめたアーサー。あの頃と変わらず王妃への想いを伝える。あの頃は毎日が楽しくて、幸せで、夢みたいだったのに。

 何時しかこのような抱擁も行わなくなった。それは中々子が出来ず、周囲から側妃をとるように進言し始めた頃からだ。


 あの頃から、徐々にこじれていったのは明白。

 側妃を娶り、すぐにジュリエットの妊娠が発覚した。もっと、せめてあと三か月早ければ。歓びを感じつつも、どこか心に靄が残った。それがジュリエットにも伝わったのだろう。更に距離は出来ていった。逃げるようにして側妃達の元に向かった。娶ったからには義務を果たさなければ。そんな言い訳をして。


 心の中はジュリエットだけ。側妃達も始めはジュリエットに遠慮してはいたが、すぐに本性を現した。醜い。ジュリエットならば、その本心も心の奥に留めて絶対に覚らせないのに。


 そうやって距離は離れていき、もはや手の届かない場所まで来てしまった。放置したのは、逃げ出したのは、見ようとしなかったのは。自分自身だ。

 国王として、父として、夫として。責任は取らねばならない。

 それでも、許してくれなくてもいいから……!



「……僕とずっと、一緒に生きて……ジュリー!」



 気づけば頬に涙が伝っていた。こんなこと、許されないのに。

 一番許してほしくない人にこんなこと、言うなんて。



(僕は最低野郎だ)



 愛した人一人守れなかった。愛しているのに傷付けた。愛していたのに、見て見ぬふりをした。


 そんな情けなくて薄情な人間に縋られて、きっとジュリーも迷惑に違いない。

 それでも、この温もりを失いたくない。

 この温もり(愛した女性)を手放さずに済むのなら、何だってやるのに。それを許さない自分もいる。許してはいけない。だって、



「『理想の為に、国民の為に……っ僕の人生は二の次にっそれでもその中で一番なのは』……わたくしでしょう? アーサー様」


「っジュリー」


「……お捨て下さい。もう、十分です」


「……」


「もう十分……伝わりましたわ……アーサー様」



 ああ、もうっ! なんで、だ……どこで間違えたんだよ……!



「ジュリエット・エマ・ラファティ。陛下の妻として、とても幸せでした……どうか、お元気で」


「っああ。大義であった!」



 最後に見つめ合った。心から愛した女性。美しく微笑むその女性は覚悟を決めていた。

 国王と王妃らしく。最後まで彼女は凛々しく、優雅な所作で去っていく。その背を見つめるが、声はかけられない。今日ここで、決別したのだから。




『決別することはないだろう?』




 これが今生の別れ。そう覚悟したのも束の間。背後から不思議そうに現れた王国守護聖獣の声に心底驚いた。


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