口上なんて考えてなかった
さてさて、王族の護衛任務に就くのも『黒持ち』は一苦労だよ。まさか任務の為に結婚する事になるなんて思いもしなかった。
色々聞きたいことや問い詰めたい事はあるけど、一先ず置いといて。これからが本来の任務だ。気を引き締めていこう!
今回の護衛対象は第五王子。アデルハイト・ウィリアム・ラファティ殿下。事前に対象についての報告書を頂いていたのでしっかりと目を通したのだ。
王妃様の第二子である彼の護衛が、何故私に回って来たのか。通常なら魔術師団の中でも実務経験豊富で優秀であり礼儀作法もしっかりしていてちゃんとした身元の人間で更に言えば貴族である事が望ましい。間違っても孤児院出身の後ろ立ての無い身元のはっきりしない『黒持ち』なんか真っ先に落とされる。
ならば何故?
恐らくは『これ』だろう。
王子殿下は生まれてから未だに公の場に出たことがない。今年で12歳にあるというのに、ただの一度もである。非公式の場や将来の側近、婚約者を選定するお茶会にすらだ。
異常なまでの露出の少なさ。弟王子や妹姫ですら市井に行けば姿絵が売られている。なのに、アデルハイト殿下に関しては全く無い。
公式にはかなりの病弱で出歩く事が出来ず、ずっと療養中と発表されている。生まれて12年になろうというのに、殿下は忘れられた王子と揶揄されている。
私自身、王族に興味なんてないので任務の話が来るまで第五王子の存在を知らなかった。寧ろ、第六王子の存在は知っていた為、失礼ながらお亡くなりになっていたのだと思っていた程だ。
そんな訳ありそうな第五王子殿下の護衛。
この普通ならあり得ない人選には恐らく師団長だけでなく陛下や国の重鎮とも言える方々も一枚嚙んでいるんだろう。
『黒持ち』である私を選んだ理由。それは―――
第五王子は『黒持ち』である。
髪は黒で瞳は陛下と同じ藍色らしい。
しかし、これが事実なら殿下の露出の無さは納得出来る。
瞳は陛下と同じ藍色というなら間違いなく陛下の子だ。妃殿下の不義の子ではない。
ならば純粋に王家から『黒持ち』が出てしまったということだ。
*****
「これから向かうのは第五王子、アデルハイト殿下の御座す北の塔だ。殿下は長年療養なされていると表向きにはなっているが、本来の理由は報告書の通りだ。この事を知る人間は極少数。探りを入れてくる輩もいるだろうが時が来るまでは最重要機密だ」
師団長の声が硬い。この事が公に成れば王国そのものがひっくり返る程のスキャンダルなのは間違いない。しかし時が来るまでとは、いずれ何処かのタイミングで公表するのだろうか。
「殿下は長年の生活により極度の人間不信だ。本人の意志に関係なく不安を感じると魔力暴走を起こす」
どんなものかは見ないと解らないな。暴走しても抑えられる程度ならいいんだけど。
「二人は殿下へ挨拶を。知らない人間が居座る事になると不安になる。護衛が付くという事はご理解されているようだが、相性もあるからな……」
ふっ、と遠い目をした師団長を見るに相性が悪かったのかな?長年人と関わらない生活を送って来たのだとしたら、そう簡単に自分のテリトリーに入れさせないよなぁ。少なくとも私ならそうだと言える。今更関わらないで! と思うのは殿下も同じなのだろうか?
隣のミンスター卿は終始無言。だけど表情が硬い。ミンスター卿でも緊張するのか! なんか新鮮な気分だなぁ。学院時代のミンスター卿は常に首席のエリートだった。そんな彼は首席に相応しい大変な努力家だった。多分、これは今も変わりないと思う。時間が空けば魔術の訓練に当てていたし、図書館の利用頻度も高かった。
(真面目で努力家で他人厳しく自分にはもっと厳しい、そんなイメージだったなぁ)
私は『黒持ち』であったから学院の生徒にも教師にも馴染めなかった。そんな私と別の意味で馴染めていなかったように思う。
父親は魔術師団長で代々魔術師を輩出する名門侯爵家。母親は国王陛下の従妹に当たる。その縁で第一王子の側近でもあった彼は常に隙がなく周囲から逸脱していた。学院だからとて気を抜くなんて事はなく、常に冷静。非常に整った顔と冷静な表情は笑みを浮かべる事はなかった。
そんな彼と万年最下位の私が同じ任務に就くなんて。人生わかんないもんだねぇ。想像だにしなかったわ。
「アデルハイト殿下。宮廷魔術師団長、ダニエル・グリーンフィールド参上いたしました。本日より殿下の護衛魔術師となる2名を連れて参りましたのでお目通しお願い申し上げます」
わぁお! ちょっと過去の記憶を紐解いてたらいつの間にか殿下のいる北の塔に着いていた。びっくり! 待って待って、挨拶の口上なんて考えて無かった! 『護衛魔術師のリズです! よろしくお願いします!』 は、カジュアル過ぎる!?
扉が開かれ出てきたのは厳つい風貌の男性騎士。隊服からして近衛騎士の一人だ。
「……お待ちしておりました」
そうして招き入れられたが、私が入室する際、僅かに眉間に皺を寄せた。ほんの一瞬の事ではあったけど、やっぱり不快なもんだよねぇ……
とはいえ私自身のことはどうでもいい。重要なのは今回の殿下の護衛という任務を果たすことだ。そもそも私に対する差別的な眼差しなんて今に始まったわけでなし。受け流すスキルも十分身についているのだ!
「殿下ですがこの塔に皆さまが足を踏み入れたであろう時から少しばかり怯えているようです。魔力暴走まではいかないようですが……」
「ふむ、時間の問題やもしれませんな……」
騎士様と師団長は神妙な顔つきで何やら話しているようだが、今の私には全く聞こえていなかった。何故なら挨拶の口上を必死で考えていたから! そもそも身分の高い人に出会った場合に しゃべらず・顔を上げず・跪け これが『黒持ち』の一般常識だ。そんな私たちが王族と会するなんて何の冗談だよ!? って本気でそう思う。
「殿下。この度殿下の護衛に就くことになりました。『魔術師』フロイド・グリーンフィールドにございます。身命を賭して、あなた様をお守りいたしますことをここに誓います」
いつの間にかミンスター卿が挨拶してた。
やばい、次は私か!?
いや待て! そもそも私が殿下に挨拶してもいいのか!?
と、そこまではよかった。
ミンスター卿が殿下の前に跪き口上を述べ始めた時からすでに不穏であったのだ。
微弱ではあるものの、部屋に入る前からすでに魔力は漏れていた。入室し、近くに寄ったことでさらに不安定になった。何とか抑えているようだからあえて何も言わないし指摘もしない。師団長も同様だ。指摘することで余計に動揺させてしまうこともある。
それでも溢れる魔力は抑えきれない。
苦しそうに額に汗を滲ませ、呼吸も荒くなる殿下を見るととても心苦しいが、魔力コントロールは覚えなければこの先殿下が公の場、それ以上にこの魔術でガチガチに囲まれた塔から出ることもかなわないかもしれない。
「……殿下? 具合が悪いのですか?」
「殿下? ……!?」
「下がれ!! フロイド! ヴァレンタイン!」
「ああぁあああぁぁああぁぁぁ!!!」
閃光とともに轟音が室内、いや塔全体を包む。閃光の正体は魔力によって現れた雷だ。青白い光が塔全体を縦横無尽に走り無差別に襲いかかる。
師団長の咄嗟の判断により繰り出された防御陣により皆直撃は免れたものの、当の本人は自身の力を制御出来ずにいる。けたたましい轟音と雷撃が自分自身を襲う。痛みと恐怖、焦りのせいで殿下はパニック状態だ。
「くっ! フロイド! お前も防御陣を!」
「はい!」
「殿下!!」
師団長の展開した防御陣は何とか持ち堪えているが殿下の暴走から護るには僅かに強度が足りない。ミンスター卿に補助を促し立て直す。魔術師二人、其れも師団の中でもトップクラスの実力と魔力量を誇る彼らでさえ防戦一方。騎士殿は魔力はある様だけど量は多くない。よって防御陣から出て殿下を止める事は自殺行為だ。
「ああぁあああぁっ!!」
一際大きな雷撃。自ら意志を持つように防御陣を張る二人に襲いかかる!
「! くっ」
「しまった―――!!」
ぱちんっ
「「「……」」」
防御陣前方。殿下と師団長達の間に立ち、雷撃を打ち払う。
ちょっとピリッとしたけど問題ない。
あの一撃が最大だったようで、其れからは段々と威力を失い暴走は治まった。
しん、と静まり返る。先ほどまでけたたましい轟音を響かせていたから余計に静かだ。
誰もが目を疑った。たった一人を除いて。
「あー、ご挨拶申し上げます」
そう言って呆然とするアデルハイト殿下の前に黒のマントを翻し跪く人物。防御陣を展開させ、身を守るのに精一杯だった師団長は目を大きく見開き、信じられないと言わんばかりだ。
「『魔術師』リズ。本日よりミンスター卿と共に殿下の護衛を勤めさせていただきます。よろしくお願いします」
「……」
ふむ。まぁこんなもんでしょ!私に王族に対する挨拶なんか求めちゃいけないよ……!
とりあえず第一ミッションクリア!意気揚々と師団長達の元に戻ると師団長もミンスター卿も防御陣を繰り出した形のまま固まっていた。
「?」
「「「……」」」
え?
「「「……」」」
騎士殿も固まってる。揃って口を開けてポカーンとしてるけど何だろ? はっ、まさか!
「あ、あの……! 挨拶の言葉が何処かおかしかったのでしょうか?」
「「「……」」」」
うそん!!
まさかそんなおかしかったのか!? 考えていた内容と口から出た言葉が違ったのか! ヤバい? ふ、不敬罪? 処される!?
あわあわと慌て始めたリズ。普段彼女は声を出さず、気配を潜め空気でいる事を心掛けていた。たが、今回の任務により通常とは真逆な行動をとったのだ。彼女にとって初めての共同任務。其れも王族相手となれば緊張するのも当然だ。
あたふたと動揺する彼女は置いといて。
もちろん彼らが驚いたのはリズの挨拶が変だった訳ではない。貴族からすればなってない挨拶ではあったが、そんな事はどうでもいい!
彼らの胸中を代弁するならこうだ。
『虫を払う要領で雷撃をいなした!?』
いなした右手はどこにも怪我はないようだ。軽く振ってグッパッと握って開いてを数回しただけ。しかも本人は何て事無かったようにピンピンしている……! 第一、気にする所がそれか!?
挨拶が上手く無かったのかと弱冠涙目になっているリズだが、本来気にすべきは魔力暴走をいなした事だ。
触れれば即死は免れない強力な雷撃だった。触れずとも壁や床を伝い、縦横無尽に走り回る雷は高温を帯び躰が蒸発してしまう代物だ。なのに、
「うぅ、任務初日で不敬罪で処刑……?」
「馬鹿な……! ありえん」
「暴走が、止まった……」
「虫を払うかのように……? 今まで、どれだけ……」
それぞれの思いを胸にしまうこと無くポロリと出てしまったが、ここに二人の『魔術師』が無事?に揃い第5王子、アデルハイト・ウィリアム・ラファティ殿下の護衛任務が開始された。




