次代の王の誕生
夜も深まり静けさが増す。
昼のように右へ左へひっきりなしに動き回る文官達はなく、仕事が立て込んでいる者が数名残業しているか、元から夜勤としている者達がそれぞれの執務室にて業務にあたっているだけである。同時に夜間であろうと警備が業務の騎士や衛兵達も昼よりは少ないがそれでも厳重に警備にあたっている。
変わらない日常の風景。昼には昼の、夜には夜の日常があり今日もいつもと変わらないそんな夜になる。普段はそんなことすら当たり前すぎて考えもしない。だがしかし、その夜は違った。
静まり返った長く広い廊下を歩く人影が4つ。
カツカツと音を響かせ先を行くのはこの国の王。アーサー・ヴェルデ・ラファティ。その後ろに続くのは陛下の最側近として名を轟かせるエドガー・オールバンスだ。二人の顔はどこか強張っているように見える。鋭い顔つきはそれだけで何かあったのだと察することが出来た。
物々しい雰囲気に今夜の警備責任者が何があったのか問えば。
「〝北の塔〟へ向かう」
そう一言告げ、国王は再び歩み始める。
その場で騎士数名を王の護衛として付けたがオールバンスによって断られた。「間に合っている」と。それでもなお食い下がろうとするが、オールバンスの圧に押し黙るしかなかった。
急な国王陛下の〝北の塔〟へのお渡り。
事実を知る者からは最大限極秘に行うが、今回は堂々と向かった。
そこについていくのは側近のエドガー・オールバンス以外に二人。見覚えのない謎の金髪美青年とやせ型体型の女性。ローブを羽織っていることから彼女が魔術師だということはわかるがいったい誰なのか。
身元不明な者を〝北の塔〟へ向かわせることに不安を覚えるが国王が許可を出している以上、反論は出来ない。そして四人は〝北の塔〟へと向かっていく。
この時の事を後にオールバンスは日記に書き残していた。
『この時の心境は言葉では言い表せないほどの緊張と恐怖が襲っていた。ただ、同時に時代が大きく動き出す。そんな予感がしていた。そしてそれは間違いではなかった』
*****
(あぁぁぁ……! マジで勘弁してくださいよっ……!!!)
表情は無。心は大荒れ。『魔術師』リズでっす!!
いやー、ヤバいよヤバいよ!! 本気でヤバいよ!! マジでヤバい!! これはヤバい!! 語彙力無くなるマジでヤバい!!
って、落ち着け! 慌てても仕方ない……。
ふぅっと心の中でため息一つ。心はまだまだ荒れてるけどそれでも何とか持ち直さないと……!
はい、ここで一旦状況説明!
国王陛下と殿下の親子の対話が終わりそろそろお開き! ってなったところ、いきなりすっっごい重圧感を感じたんで思わず飛び退いたらあらビックリ!!
そこにいたのは王国の守護聖獣、ゼーレ様と名乗る金色の獅子がいらっしゃるではあ~りませんか!
しかも獣型の姿はその場にいた国王陛下もオールバンス閣下も見えていないご様子。えっ? 私なんか幻見てる? って思わず疑うよね。
でもでも、聖獣様は見えていない事がわかってたのか人型になってくださったのですよ! なんかめっちゃ魔力吸われた!? て思ったらお二人とも認識出来るようになったの。それからまさか聖獣様が『語らいたい』と仰る!!
私と! 『黒持ち』の! わ・た・し・と!!
ありえんでしょ? なんでよ!? 陛下と語ってよ!!
そう思うけど言えないし、胃はキリキリ通り越してギリギリねじ切られる思いだったわ!!
兎に角、私は殿下の護衛魔術師だから〝北の塔〟に戻らないといけない。そしたらついて行くっていうし。一緒に場所移動したけど、私の心は休まらない!! しかも陛下もオールバンス閣下も一緒だし。私の平穏は何処?
ちらりとオールバンス閣下を見れば放心状態から何とか脱して部下らしき人達に指示出してた。陛下は眉間の皺がこれまで見た中で最も深く刻んでたし。当の聖獣様は出かけるのが久しぶりな様子。スキップしながらワックワクしてた。しっぽもご機嫌なほどゆらゆらしてる。
聖獣様はご機嫌かもしれないけど、これ以上は胃が死ぬ……そう思いながら〝北の塔〟へと向かう。
(‶教えてくれた人〟を探すのが当初の目的だったのに)
ふと夜空を見上げる。キラキラ輝く星空に大きな月が辺りを照らす。太陽の下での活動時間より月の明かりで生活していた頃がふと蘇る。学院に入る前は夜に活動することが普通だった。太陽の下で活動することは幼い『黒持ち』には大変な危険を伴ったから。それなのに―――
(どうしてこうなった……?)
栄養不足の青白い顔で〝北の塔〟を目指す。……そういえばミンスター卿は驚くだろうか。いやでも私と違って生まれた時から貴族なのだからいきなりの陛下訪問でもそつなく対応できるものなのか……? 知らせておいた方がいいだろうか……
そうして辿り着いた〝北の塔〟。
聖獣様曰く、引きこもりになっていた期間が随分長かったらしく〝北の塔〟は初めて来たそうな。数百年単位の引きこもりとかスゲー! とか現実逃避したくなるよね!
『ほぉ! ちと狭いがまぁまぁ良い造りだな』
キョロキョロ辺りを見回す聖獣様。私達は黙って最上階を目指す。階段はしんどいので転移装置を使ってサクっと移動。
そこには顔色を失ったミンスター卿と、眠いのを堪える殿下の姿があった。念のため、聖獣様と陛下がお越しになることを魔道具を使って伝えておいたのだ。
「王国の守護神、聖獣ゼーレ様並びに王国の太陽、国王陛下にご挨拶申し上げます」
『良い良い! 苦しゅうないぞ。我は聖獣ゼーレである! 此度はリズと語らうためにここへ来た! 邪魔するぞ!』
ピクッと反応するミンスター卿。目つきが若干鋭さを増したが、顔を伏せて誤魔化したような……
「恐れながらリズと語らう、とは一体どういう意味でございましょう……」
「! 控えよ、フロイド・グリーンフィールド。陛下と聖獣様の御前である」
「しかし、」
「控えよ」
「っ失礼いたしました」
オールバンス閣下がミンスター卿を咎める。てか、やっぱり語らうことは決定事項なんですかね? やだー……辞退申し上げたいわぁ……
「んぅ、リズ……」
「殿下」
んっ、と手を伸ばしてきた殿下。あぁ、これはかなり眠そうだ。昼間随分興奮したからその反動かな? それに普段はもう眠ってる時間だしね。でもね? 今は陛下も聖獣様もいらっしゃいますからね?
「……はい」
「ん……」
なんやかんや言って殿下に甘いのは私です。(キリッ)
こんな可愛らしい子に腕伸ばされて抱っこをせがまれたら拒否できます!? できんでしょう!!?
可愛いは正義!!!
『む? 幼子はもう寝る時間だったか……悪かったな、押し掛けてしまって』
「いいえっとんでもない!! 聖獣様に相まみえたこと、光栄の至りでございます!」
サッと跪く陛下とオールバンス閣下。それに倣い、私とミンスター卿も跪いた。殿下はすでに夢の世界へと旅立っていた。
『ふふ、良い良い。子は宝だ。人の子は短命故、子を残して生を繋ぐ。シリルも我が子達がこうして生を繋いでいると知ればさぞかし嬉しかろうて』
そうしてとても柔らかい表情で殿下を見つめる聖獣様。盟約の為、王家の始祖であるシリル様がお亡くなりになった後もずっと王国を守護して下さったのだ。子孫であるアデルハイト殿下は我が子同然なのだろう。
『……シリルによう似ておるな』
ぽそりとつぶやく聖獣様は嬉しそうでいてどこかとても寂しそうな顔をしていた。
が、それも一瞬の事。眠ってしまったアデルハイト殿下の頭をそっと撫でるとピタッと固まった。怪訝そうな表情に何か問題があった事を察する。何故ならこれまでにはなかった眉間に深い皺が刻まれていたからだ。
『……アーサーといったな、今代の王は』
「!! はっ、私がアーサー・ヴェルデ・ラファティにございます。聖獣様、我が息子が何か」
突然名を呼ばれた陛下。殿下の頭を撫でていたら急に機嫌が下降した聖獣様を不安そうに窺う。いきなり何があったというのだろうか。
『この幼子、何故契約を行っておらぬのだ』
「「「!?」」」
「……」
ドンっ!!と上から何か見えないもので抑えられたかのような重圧感。初めて姿を現した時とは比べ物にならないほどの圧力だ。これを感じないのはまだまだ幼い赤子か恐るべきほどの愚か者くらいだろう。常人であれば呼吸すら困難になるほどの、殺気を込めた威圧。
陛下、オールバンス閣下、ミンスター卿の三名は聖獣様が放つ圧倒的な威圧を真面に喰らったことで両手と両膝を地に着き項垂れた。
(呼吸が……っ苦しい……! 息が出来ないっ!)
言い知れぬ恐怖が襲い自然と涙が零れる。全身がガタガタと震えだして止まらない。言い知れぬ恐怖に大量の汗が噴き出す。呼吸の仕方も忘れ、苦しくて仕方がない。心の中が言い知れぬ恐怖でいっぱいになった。訳も分からず怖い怖い怖いっと震える三人。……これ以上は耐えられそうにない。
「……恐れながら聖獣様。聖獣様のその威圧では真面に話すこともままなりません。どうか、お静め下さい」
(リズ……!!?)
この重圧の中耐えられたのは眠るアデルハイト殿下と私のみ。聖獣様の威圧の矛先が国王陛下であったため、陛下の傍にいたオールバンス閣下とミンスター卿はその流れ弾に当たってしまったわけである。勿論、私とて聖獣様の威圧を全く感じなかったわけではない。むしろ至近距離から発せられる威圧によく耐えた事、誰か褒めて!
『リズ。そなたも……』
「……? 私は手遅れにございましょう。ですが、殿下はまだ間に合うのでしょうか?」
聖獣様の悲痛な表情。契約とは何のことか分かりかねるけど、言いたいことは何となくわかる。私のことは良いとして、殿下はまだ何とかなるのだろうか。
『……まだな。しかし、何故こんなにも放置していた……?』
「……放置、と言われましても。それが我々『黒持ち』の運命だという認識ですので」
『『黒持ち』? なんだ、それは? いや、それよりもこの子供の方が優先だ』
「! もしや、お助けいただけるのですか?」
『我は守護聖獣ゼーレ。シリルの子孫なのだ、拒む理由などなかろうて』
*****
一方、聖獣の威圧を真面に喰らってしまった国王アーサーと側近のオールバンス、魔術師フロイドの三名は自分達をすでにいない者として扱う目の前の二人をただ虚ろな目で見ていた。
聖獣とリズ。二人の会話が三人を置いてどんどん進む。威圧は治まったものの、全身からは未だに汗が吹き出しまるで先ほどまで全力疾走していたかのようなほど息が切れている。心臓はバクバクと音を奏でるが、この音こそが今自分たちが生きていることを証明してくれているようでもあった。
それは三人全員が同様だった。今生きていることが不思議なほどで頭が混乱する。全身が倦怠感に襲われ、足はガクガク。腰も抜けて恐らく立つことも歩くこともままならないだろう。
なのに。
威圧を放った聖獣様の最も傍にいながら今もなお平然と臆することなく会話している人物がいることに、三人は驚愕するしかできない。
『魔術師』リズ。
王国の守護神、聖獣ゼーレを相手に何故平然としていられるのか。聖獣に対してもそうだが、この時初めて三人はリズに畏怖の念を抱いた。
そうしてただ茫然と目の前の光景を見ていると突如聖獣様から意外な言葉が発せられた。
『この子供を我の今代の主としよう』
「「「……!!?」」」
唐突に紡がれた信じられない言葉。始めは言葉の意味が理解できなくて心の内で反芻する。そうしてやっと意味を理解した頃にはそれがどういう意味をもたらすのか。完全に理解し思わず息が止まった。
聖獣ゼーレの主。それは王国の守護神に次代の王として認められたという事を指す。
『我の主となれば何の問題もない』
「畏まりました。感謝いたします」
深々と頭を下げるリズ。
彼女の腕の中で何も知らず眠るアデルハイトの額に指をあて、何か呟く聖獣ゼーレ。その指からは光が溢れアデルハイトの額に模様を描く。
聖獣ゼーレの紋章。金に光るその紋章は輝きを放つとアデルハイトの中に吸い込まれるようにして消えていった。
心地よさそうに眠るアデルハイト。心なしか血色が良くなったように見える。
信じられないことにこれは本当にわずかな時間で行われた。咄嗟に止めることもできず、ただその光景を見つめる事しか出来なかった三人は、口を開けたまま茫然とする。
『聖獣ゼーレの名に於いて、アデルハイト・ウィリアム・ラファティを王国始祖シリルの血族と認め我が加護を与える。これにより、アデルハイトは我が愛し子であり主となる。今後アデルハイトを害する者には聖獣の怒りを買うと心得よ』
聖獣ゼーレの加護。これはこの数百年の間誰も得ることが出来なかったシリル王国国王にのみもたらされる。これが与えられたということはアデルハイトが『黒持ち』でありながら初代シリル王と同列の存在となった事を示す。
次代の王の誕生だ。
その夜は『黒持ち』アデルハイト・ウィリアム・ラファティにとって人生の大きな転換期となった。そしてそれは全ての『黒持ち』にとって大きな影響を与えることになる。
時代の波が大きく変わろうとしていた。
それを間近で感じたのは国王、アーサー・ヴェルデ・ラファティ、エドガー・オールバンス、フロイド・グリーンフィールド、そしてリズ。
アデルハイド自身があずかり知らぬところで事態は急速に変化していった。
サブタイトルつけるの難しい……
最後までお読みくださりありがとうございました!




