聖獣ゼーレ
バクバクと音を立てる心臓が五月蝿い。額からは嫌な汗が伝う。
これまで一度も感じたことのない、独特な重圧感。
だが、この重圧を感じるのはリズのみ。
国王、オールバンスの両名には何も感じていない。ただ、いきなり飛び退き顔を顰め空を睨みつけるリズに不審な目を向ける。
「いきなりなんだ、どうした」
『魔術師』リズのその行動に何かあったことは察するが、一体何が彼女をそうさせるのかまではわからない。声を掛けるも、リズ自身に二人の声は届かなかった。
『ふむ。しっかり我を認識するか。さっきの魔術は昼間のものの応用か? 面白い』
「……」
黄金に輝く光。そこに現れたのは、
「金色の……獅子?」
「「!!??」」
金色の獅子。
そう呟いたリズに国王とオールバンスは目を見開いて驚いた。
何故ならそれは王国を導いた英雄である初代国王シリルが契約した精霊。それが金色の獅子であったのだから。
『うむ。ここ最近の子孫たちには我を認識する事は叶わなかったが……。いや、子孫だけでない。昔はもっと我を認識出来る者達が多くいたが、時代が移るにつれてそういう者は少なくなっていったな……』
聖獣であるながら何とも寂しそうに呟くその姿は、どこか親とはぐれた子供のように感じられた。
「リズっ! ここに、聖獣様がおられるというのか!?」
「まさか……! 伝承は本当だったと!?」
『む、少々うるさいな』
そう言って聖獣は一瞬にして金の光に包まれた。あまりの眩しさに思わず目を逸らす。そして次現れたのは体格のいい金の長髪に金の眼をもった褐色の肌の美青年だった。
『どうだ? これなら貴様らにも我が見えるであろ?』
「なっ!? ま……まさかっ!! あなた様は!?」
『うむ! シリルの子孫よ。今代は確かアーサーと言ったか?』
「―――――っっ!!!!」
「はは、……まさか、」
『我は聖獣ゼーレ。シリルとの盟約により、これまで王国を見守ってきた者だ!』
「「―――――!!」」
バッ!!
聖獣ゼーレの一言で国王とオールバンスの両名はすぐさま膝をつき、頭を下げる。リズは聖獣が人化してすぐに平伏の体勢に入っていた。
『よいよい。楽にせよ。それよりも……そこの。我と話しをしようぞ』
「……」
『聞いておるのか? そこの女子よ。我と先ほどの術について話をしよう』
「……恐れながら私には王国の守護神であらせられる聖獣様と言葉を交せるような身分ではございません……」
「これ! リズ!! 聖獣様になんてことを……!!」
平伏しながらも相変わらず心臓はバクバク。冷や汗ダラダラ。胃がキリキリ。……吐きそう。
それがリズの心境である。
そんなリズの態度に焦るオールバンス。まさか王国の守護神である聖獣様に対して否を唱えるなど、どういうつもりだ! と、内心大声で叫びたいがぐっと堪える。ここで聖獣の不興を買う訳にはいかない。なんといっても相手は初代国王の時代からこの国を守護する聖獣なのだから。
王国の守護神と祀られてきた聖獣ゼーレ。
王国始祖であるシリルが魔族から人族を守るために命がけで契約した上位精霊。それがゼーレである。
シリルは迫りくる魔族をゼーレと共に打ち滅ぼし民を導いた英雄。彼は後に国を作り王となった。そして彼の死後も聖獣ゼーレは王国の守護神として王国を見守ってきたのだ。
それは王国中に知れ渡る有名な話だった。誰でも一度は子供の頃悪さをすれば『聖獣様がお仕置に来る』と言い聞かされたことがあるほどに。
そうして建国から約二千五百年。初代の血統は続くが王朝は何度も変わってきた。それでも守護聖獣ゼーレは王国を守護し、王と共に国を見守り続けた。だが、長き時の中で何時しか聖獣の存在は伝説となり今では誰もその存在を信じる者はいなかった。
……今のいままでは。
『そう言うな。我がこうして姿を現したのだ。それにわざわざ術で認識可能にせずとも本来の姿を見ることが出来た人間はここ数百年いなかったしな! 我の遊び相手となるがよい!!』
うむうむと一人腕を組んで頷く聖獣。褐色肌に金の髪が良く似合う。耳は獅子のままの可愛いお耳。ピコピコ動くお耳はモフモフで本物なのだと実感する。
対するリズはキリキリ痛む胃がさらにギリギリ捩じられる思いだ。ついでに明らかに魔力が吸われていて落ち着かない。元々魔力量は多いので少し吸われたからといってどうにもなったりはしないが、量が量だ。並みの魔術師ならすでに倒れているくらいの量をすでにリズは聖獣に吸われていた。これをリズの許可なしに行われたのだ。ちょっと文句も言いたくなる。
(冗談じゃない……!!)
数百年振りかなんかは知らんがそんなのものは王家でやってくれ!! あと勝手に魔力を吸うな!
これがリズの偽りなき本音。
(いやほんと、そういうのやめてください……)
「……『黒持ち』の身でありながら、王国守護の聖獣様と語らうことなど出来かねます。どうぞ、ご容赦くださいませ」
「リズ―――っ!!!?」
『我はそなたと語らいたい。我が言っておるのだ。許可でもいるのか? アーサーか?』
「せ、聖獣様!! ご無礼お許しください!! リズよ! 聖獣様のお望みだっ」
「……」
さすがの陛下も動揺するのは仕方がない。なんかもっと飄々としている方だと思ったけど、意外と真面な反応。……ちっ!
国王からすれば動揺するのも無理はない。
初代からずっと王国を守護してきた聖獣ゼーレが数百年ぶりにその姿を現したのだ。王国の伝承にその名はしっかりと刻まれており、即位式でもゼーレの加護を受ける儀式は存在する。
その聖獣はある時からすっかり姿が見えなくなった。そうして数百年、最早伝承に過ぎなかった存在が今、目の前に現れた。
動揺するなという方が難しい。
先ほどから礼儀にうるさいオールバンスも口を開閉するばかりだ。
ここで聖獣の機嫌を損ねでもしたらどうなる?
数百年ぶりに姿を現したとはいえ、現国王であるアーサーの名をしっかりと記憶していた聖獣ゼーレ。
初代との盟約により王国守護神として長き時を生きてきたゼーレの機嫌を損ねることは、シリルの思いを踏みにじる行為でもある。そしてそれは王国の破滅を意味する。
元々このシリル王国は今では考えられないほど痩せた不毛の大地であった。そこに初代国王シリルは聖獣ゼーレと共に多くの精霊の力を借りて王国を緑豊かな肥沃な大地へと変えたのだ。精霊が根付いてくれたおかげで今日の王国がある。もし、聖獣ゼーレの呼びかけに答えた精霊たちがゼーレと共に国を去ることになったら? 伝承通りなら国を囲う結界も聖獣がもたらしたもの。それがなくなれば……
そんなことは許されない。
国王として、この国を守護する者として。民を危険に晒すことなど出来るはずがないのだ。
「リズよ。聖獣様の仰る通りにせよ。これは『命令』だ」
「……御意、にございます」
ほっ、と一息ついた国王とオールバンス。
だが、次の言葉により再び慌てふためくこととなる。
「聖獣様。私は現在陛下の子息であるアデルハイト殿下付きの護衛魔術師でございます。殿下をお護りする事こそが私の役目。聖獣様には誠に申し訳なく思いますが、行動範囲に制限がございませんのでしたら私と共に〝北の塔〟へとお越しくださいませ」
「!!? ちょ、待ちなさいっ!!」
『うむ!! 我は良いぞ!! 制限はあるが王城内なら問題ない範囲だ。案内するといい!』
ウキウキし出す聖獣・ゼーレ。
まさか本当についてくるとは思わなかったリズ。
聖獣相手になんてことしてんだとキレかけるオールバンス。
魂が抜け、白くなる国王。
三人は重い気持ちで、一人? は軽い足取りで一行は〝北の塔〟を目指す。
(……? 陛下とオールバンス閣下もいらっしゃるのですか?)
(当たり前だ!! お前一人にまかせておけるか!!)
(そうだな、聖獣様の真意も知りたいし……。何より)
(?)
((お前を聖獣様と二人にしたら良くない気がする))
(?? そうですか……)
(ほう! 偶にはいいものだな、こうして外に出るのも! リズと言ったか、早く行くぞ!)
そうして夜も更けてきたころ、四人は北の塔へと歩み始めた。
ありがとうございました!
次回もよろしくお願いします!




