親と子
まさか再びお目にかかれるとは思いもしなかった。
オールバンスの行いの確認も済んだことで帰ろうと思っていた矢先、声を掛けてきたのはこの国で最も高貴な存在。
「エドガーの声が聞こえると思えば。調子はどうだ、『魔術師』リズよ」
国王陛下のお出ましだ!!
部屋も近いことからもしかして……、と思わなくもなかったけど! ほんとに出会うとは!
「陛下!! そう軽々しくうろつくなと、どれほど言えば治るのです!! 勝手に出歩くな!!」
「ひどい!! ちょっと気になったんだもん!!」
「〝もん〟とかいうな! 気色悪い!!」
「我国王ぞ? 国王陛下ぞ? そんな口の利き方でいいと思ってる?」
「やかましい!! こちとら仕事さぼってほっつきまわってるお前の後始末にどれほど迷惑被ってると思ってる!?」
「はっはっはっ! これからもよろしく頼む!」
「ふざけるなっ!!!」
ぎゃいぎゃい騒ぐ陛下とオールバンス。この二人の軽口の連続に二人の関係の深さが窺い知れる。
まだしばらくかかりそうな予感を感じ、リズはその場をそっと離れようとする。が、しかし。
「リズよ。丁度いい! 我が息子の様子を聞かせてくれ。こちらから出向きたいところだが、仕事が溜まっていてね。悪いがまだしばらく顔を見せに行くことままならん。書類仕事をしながらになるが、報告を頼む」
「……私の報告よりもミンスター卿からの方が対外的にもよろしいかと。それに、今の私は不法侵入者なので正式な報告とはいきますまい」
「不法侵入? その割に随分堂々としておるな。フロイドからの報告になると明日になろう。余は今、お前からの報告が聞きたい」
有無を言わせぬ王の圧。これが一国を背負う者の重圧感。
戦場とは違う威圧を感じたリズは頭を垂れ、跪く。
「……私の拙い報告でもよろしければ」
「頼むぞ!エドガー、お前も手伝え!」
「く、仕方ありますまい」
そうしてまさかの国王陛下の執務室にお邪魔することになったリズ。
目を通してフロイド、アデルハイトも驚きすぎてポカン状態だ。
「それでは報告を。……その前に、防音のために結界を張らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「かまわん。頼む」
指パッチン一つで防音結界を張る。ついでに認識阻害も加えた。念には念を。唇の動きで会話の内容が筒抜けになる可能性がある為、妨害措置の一つだ。
「それでは、―――……」
そうして、着任してからの殿下の様子を報告する。
書類仕事を捌きながら、相槌を打つ陛下。陛下をサポートするオールバンス。時折手が止まり思案顔の陛下とすっかり顔色が青くなり、次第に白くなりつつあるオールバンスをよそに報告を終えた。
ここに来た理由にもなるオールバンスの行いに、魂が抜けた張本人。そして頭を抱える国王陛下。
「……事実か、エドガー」
「……は、申し訳ございません」
項垂れるオールバンスと深くため息をついた陛下。
もう二人の手は完全に止まっていた。
「いや、全てをお前に頼りすぎていた。親としての責任は私にある。……王としての責務と子を天秤にかけ、王を選んだ私の責任だ」
「陛下……。私の配慮が欠けていたことが原因です。……咎めは何なりと」
お通夜のような暗い雰囲気が執務室全体に流れる。陛下は頭を抱え深くため息をつき、オールバンスは今にも死にそうなほど白い顔をしている。
この雰囲気、表情、陛下の殿下への配慮からするに、アデルハイト殿下はやはり陛下から愛されている。そう確信を得た。もし、これで演技だとしたらとんだ名俳優としか言いようがない。
だとしても、リズには理解できない感情だ。
リズは愛を知らずにこれまで生きてきた。誰かに死を願われたことはあれど、愛とやらを与えられることもそれが何なのかを教えてくれる人もいなかったから。
そんな目に見えない曖昧な感情よりも今日一日をどう生きるか。それが日々の繰り返しで他の事を考える余裕などなかったのだ。
だからこそ、聞かずにはいられなかった。
「陛下はアデルハイト殿下のことを〝愛して〟おられるのですか?」
純粋な疑問だった。
生まれてすぐに塔に療養という名の幽閉をさせ、王妃からの度重なる暗殺未遂。それを食い止めようともせず、王妃に罰を与えることもせず。様子は偶に聞いているようだが頻繁ではない。
王として、本来『死』を与えられても可笑しくなかった殿下を匿い最低限の世話をさせる。
リズの中には矛盾を感じていた。
「……余は王だ。いざとなれば子の命より王国を取る。……だが、親として子を想うことは一人の人間として当然のことだろう?」
「……」
苦しそうな笑顔でそう答えた陛下は、徐に立ち上がり窓際に向かう。殿下の住まう北の塔へと目を向けた。
「アデルだけではない。余は王として振る舞うばかりで子に親として何もしてやれなかった。……妃たちにも親であることより王の妃として振る舞うことを求めた。だからか、いつの間にか歪んでしまった」
北の塔を見つめる陛下はどこか遠いところを見ているようだ。これまで王族として多くの苦労があった事だろう。一人の人間としてではなく王族をして生きてきた陛下にも色々思うところはある事だろう。
まぁ、どれだけ感傷に浸ろうと関係ないけどね! とばかりにリズは一つ指を鳴らす。
「良かったですね殿下。陛下は殿下をちゃんと愛してくれていますよ」
「「「「!!!?」」」」
そうして執務室に現れたのは殿下と心配そうに見守るフロイドの二人。
北の塔で映像を壁面に映し出す要領で執務室の壁に二人の映像を流したのだ。勿論、フロイドたちの方にはそのまま陛下たちが映っている。先ほどまでと違うのは視点がリズから代わったことで映像にはリズも映し出されている。
「んなぁああぁぁぁあああ!!!?」
『ちょっ、リズ!!何てことを!!!』
「「……」」
驚き叫び声に似た声を上げるオールバンスに内密にと約束させたはずなのにあっさり破ってしまったリズに抗議の声を上げるフロイド。
陛下と殿下は同じ藍の瞳を大きく見開き、言葉を失う。その表情はさすがに親子と言えるもので髪が黒という違いはあれど、とてもよく似ていた。
「……アデル?」
「……っ」
「わっ、殿下?」
驚き固まっていた陛下だが我に返り、息子の名を呼ぶ。信じられない光景だが、これが幻であろうとなかろうと、目の前にいるのが本当にアデルハイトなのか確認したかった。
だが、幻なわけがない。
あのリズが行ったことであるのなら、この光景は幻のはずがないのだ。
「殿下。折角なんですからお話をされたらいかがです?」
リズからの進言にフロイドの後ろから少しだけ顔を出すアデルハイト。
(以前会った時よりも大きくなったな……)
国王陛下は我が子の様子をその目で見てまずはほっとした。リズからの報告により、食事が満足に与えられていないことがまず挙げられた。表向きは病人の為、あまり豪華なものや貴族が好みそうな油ものや砂糖がふんだんに使われた食事や菓子を出すことは躊躇われることだろうが、それでも王族である王子としての身分の食事内容ではなかったと。
オールバンスからの脅しともとれる進言によって、不満を口にすることがなくなったアデルハイト。それは父である国王に対してもだった。
そのおかげで全く知らなかった、報告内容と違う事実が浮き彫りとなった。
(このことについては必ず調べ上げ、主犯は余自らの手で制裁を加えてやろう)
『黒持ち』として生まれた我が子。この先の人生では苦難の連続だということは想像に容易い。それでも生まれたまだ何も知らない無垢な我が子を一目見た時、抗ってでも生かしてやりたいと思ったのだ。
例え実の母に疎まれても、自分だけはこの子を愛してやりたいと。
そうして塔に幽閉となっても信頼のおける部下に託した。
その部下の誰かに裏切られていたとは。
国王、アーサー・ヴェルデ・ラファティは決意を胸に目の前におずおずと現れた息子、アデルハイト・ウィリアム・ラファティに父としての顔を見せた。
「やぁ、アデル。久しいな」
「! は、はい。……父上」
そうして親子の語らいが始まった。
「すまなかったな……。もっと、私が早く気づいていたら、お前をそんなにやせ細らせることもなかっただろうに」
アデルハイトは一般の12歳よりも随分小柄だ。教育もちゃんとしたものは受けていないことにより、言動が幼く、さらに幼子のように見えた。
「すぐに改善するようこちらから制裁を加える。これからアデルは言いたいことを我慢せずに吐き出していい。不満も不安も吐き出すといい。全てを叶えてやることは難しいかもしれないが、出来る限り手は尽くそう」
国王としての顔を覗かせた陛下。だがそれも根底にあるのは親として息子を思うが故のもの。子煩悩なのはいいが、これが外部に漏れてしまえば王家への不信に繋がりかねないことだ。
『黒持ち』を輩出したとわかれば王家の存在意義は根底から覆る。
『魔族を倒し人々に平和をもたらした英雄の子孫。それが魔族と通じていた、だから『黒持ち』が生まれたのだ』、と。
事実はどうであれ、殿下の存在は王家の存亡に繋がる。
それは国の存亡にも直結する問題だ。
王であるのなら第一に考えるべきは国民の安寧。
それが出来ないのならいっそ王位など放棄してしまえ。恐らくそういう考えの人間は一定数存在する。貴族や王族に与えられた特権を使い、平民は搾取され続けるくらいならそんなものはいらない、と。
(まぁ、今の陛下の世は隣国との小競り合いがあったくらいで落ち着いているから反乱の可能性は低いか)
リズは二人の姿を見ながら思考を巡らす。
親子というものがどういうものかわからないリズにとって二人は未知の存在だ。とても興味深い。
過去の自分と殿下を重ねるものの、すぐに頭を振る。
(比べることなど烏滸がましい)
離れていても、中々会えずにいても、二人の姿は親と子だった。
そこには他人が入れるような隙間はない。
……時間が取れないとは言え、陛下は殿下を随分気にかけていたことがわかる。殿下もそれがよくわかっていたからこそ不安も不満も悟らせたくなかったのだろう。
他人を羨むことなど不毛だ。
いくら望んでも手に入らないことはわかっている。
でも、数年の内一回くらいは思う。
(もし、『黒持ち』で生まれてさえいなければ……)
パチンっ!
「「!?」」
フロイドとオールバンスの二人はリズが自分で自分の頬を叩いた事を目撃した。
何事だと、リズをみれば普段通りのリズがそこにいた。
「さぁ、そろそろお暇いたします。陛下、これにて失礼いたします」
「うむ。名残惜しいが仕方ない。ではな、アデル。また今度」
『はい。また……』
そうして映像を切断したリズ。
名残惜しそうに壁面を見ていた陛下は今度はリズに興味を抱く。
「リズよ!! あれは一体どういう魔術だ!? どうしてアデルと会話が出来たのだ!」
「そ、そうだ! あんな魔術、魔術師長でも卒倒する事間違いなしだぞ!!?」
「魔術師長には内密でお願いします。どういった魔術なのかは……、説明が面倒です。今日は帰りますので」
「「待て―――っ!!!」」
夜も深まった時間だというのに元気だな。
怒りすら感じる二人の咆哮にげんなりするリズ。
さて、どうやって帰ろうか……、!?
『ほう? 気づいたか。人の子にしては中々見どころがある』
「? おい、どうしたリズよ」
「何だ、どうした」
一瞬にしてその場を飛び去るリズに困惑する陛下とオールバンス。心臓がバクバク音を立てる。大きなプレッシャーが襲いかかり、つうっと冷たいものが背筋を流れる。
(二人には見えていない―――?)
リズに襲い掛かる威圧。
それは今まで感じたことがないような重々しくも、何とも形容しがたい神々しさを感じた。
(これは、一体……?)
飛び退いた場所には金の光で覆われた何か。
光り輝くその姿に目を奪われる。
そこにいたのは―――…
ありがとうございました!
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