子の幸せを願う親:バーセル侯爵
今回、フロイド父の心境です。
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「一体どういうことですか!? なぜ、なぜフロイドがよりにもよって『黒持ち』なんかと!!」
激しく抗議するのは私の妻でフロイドの母であるマデリーン・グリーンフィールド。侯爵夫人として留守にしがちのこの家を切り盛りしてくれる最愛の伴侶だ。
その彼女が激しい怒りで燃え上がっている。普段の鮮やかな赤髪が彼女自身の魔力を帯びてさらに鮮やかさが増し、その赤い色に似つかわしい美しい炎がまるで生き物のように彼女に纏わり感情に連動し、激しさを増す。その姿は炎の女神のようだ。
「陛下直々の命令だ。本人は乗り気だし式での宣言のように陛下からも後見していただける。……陛下の命だ」
「しかしっ! あの子は我が侯爵家の大事な跡取りなんですよ!? 万が一、穢れが移りでもしたら!!」
「『穢れが移る』というのは迷信だ。そもそも『黒持ち』は穢れていない。……私達と同じ人間だ」
結婚式後の夜。フロイドと『黒持ち』リズに殿下の護衛任務を託し、その後の処理などして深夜近くに帰ってくると寝ずに待っていた妻は開口一番、冒頭のセリフを叫んだ。
気持ちはわかる。私もまだ本心では大事な息子を『黒持ち』と書類上でも結婚など認めたくないのだ。だが、第五王子殿下の特殊事情を知れば護衛に就けるのはごく限られた者でしか就けないのも事実だ。
この国だけではないが、『黒持ち』に対する偏見と差別はごく当たり前のように存在する。あの『黒持ち』がここまで長く生きていたことが奇跡と呼ぶに相応しいといえる程、『黒持ち』が生きていくのは難しい。
ごく自然に差別され、毎日が命の危険だったことだろう。
そんなのが普通のこの国でいくら王族であろうと『黒持ち』の護衛など、誰が務めるというのだ。
今まで見下してきた存在を『王族』だからとしてもすぐに受け入れられるものだろうか。
前任であった執事や護衛騎士のヴァレンタインは殿下が生まれた時からその役目を担っていた。当初は嫌悪もあっただろうが、それでも生まれてすぐの純真無垢な状態の殿下を世話してきたのだ。今では情も湧いているだろう。
だが、これからはどうだ。執事は高齢の為退職。ヴァレンタインも急遽実家後継ぎとして去ってしまった。なら一体誰が殿下の護衛を務める。誰が殿下のお世話をするというのだ。
「書類上だけのことだ。三年もしたら白い結婚として離縁することが前提の仮初の夫婦でしかない。……余計なことはするなよ」
「でも……!!」
「マデリーン。大丈夫だ。陛下も第一王子殿下も、フロイドしか頼めなかったのだ。それはとても光栄なことでもある。嫌味を言ってくる貴族はいるだろうが、陛下が後見した結婚であることを前面に押し出して躱してくれ。嫌味も暴言も、全て陛下に対する言葉であるとな」
「……っ承知、いたしました……」
すまない。断り切れなかった私を恨んでくれ。いや、愛する妻に恨まれるのはとてもつらいが……
兎も角だ。認めようと認めまいとすでに婚姻は成立している。ならばここからはなる様になるしかない。それに、フロイド自身が乗り気なんだから仕方ない。
グリーンフィールド家の直系男子にはちょっとばかし面倒な性質が遺伝している。
私もそうだが、一度心の底から愛しいと思った人間に対しては死ぬまで一生を懸けて愛し続けるのだ。相手が見向きもしてくれなくても、相手に伴侶や愛する人がいてもその人のことだけを愛し続ける。
一緒になってもそれは変わらず、他の女性には見向きもしない。というか、愛した人以外は漏れなく全員が同一存在と化す。唯一とその他大勢として。
この面倒な性質のせいで後継ぎに難儀したことや最愛を亡くして生きる屍となった歴代当主は多い。私も妻とは死ぬなら同時がいい。先に死なれでもしたらすぐに後を追うことになるだろうし、先に私が死んだとしたら、妻が心配で連れて行こうとする自信がある。そう言えばそういうのを危惧して同時に命を絶ち来世でも共にいれられるようにする術式の開発に心血を注いだ当主もいたなぁ……
フロイドにとってはそれがあの『黒持ち』なのだろう。
妻以外全て同じに見えてしまう私ではよくわからないが、フロイドの魂に何か引っかかるものがあった。それだけのことだ。
この面倒な性質のせいで歪んで狂ったグリーンフィールド家の男の末路は悲惨だ。妻も、この家に嫁いできてくれたその日に母からその惨たらしく死んでいった男達の話を聞かされたようだ。そうして同じようにその男達から愛された女性たちのその後も。
呪われた血なのか、はたまたそういう性質なのか。いまだにはっきりしないが、こればかりは自分でもどうしようもないのだ。本能がその人を欲する。その欲に抗えば抗うほど反動は大きく、男を更に狂わせる。
フロイドは幼い頃から出来が良く物覚えも良かった。聞き分けが良くて侯爵家嫡男としての自覚も十分に持ち合わせていた。
見た目も良かった。顔立ちは私によく似ていたが髪や瞳の色は私の祖父にそっくりだった。
そんなフロイドは女性に対してかなり苦手意識を持っている気づいたのは学院入学前の誕生日パーティの時。
何人もの着飾った女の子に取り囲まれたフロイドは始めは上手く対応していたものの、どんどん顔色が悪くなってきた。幼い子供が付けるには匂いのきつい香水にあてられたのだ。顔色が悪いにも関わらず嫡男として相応の振る舞いを続けたフロイドは女性を見るだけで吐き気がこみ上げるようになったのだ。
いずれ克服するだろう。フロイドも最愛にして唯一の存在を見つけることが出来たなら。その人だけはこの世の唯一として愛するのだからきっと問題ない。そう思っていた。
後に判明したが、当時の女性家庭教師から教育と称されて度々体を触られていたらしい。それが判明した時、妻は教師を焼き殺してしまうが如く怒り狂った。その様はまるで戦場を駆ける女神のようだった。あぁ、今思い出しても本当に美しい私の妻。……っと、話は逸れたがそのことも女性に対する苦手意識、嫌悪感の要因となったのだ。
だが思いもしなかった。
まさか『黒持ち』がその最愛にして唯一になるとは……!
この場合はどうするべきか。普通なら引き離すのが良いのはわかるが、その後のフロイドが狂わないとは限らない。祖父に似たフロイドはその可能性が高い。祖父は祖母亡き後、幼い父の為に後を追うことが出来ずにゆっくりと壊れて行った。父は成人と同時に爵位を譲られた。そしてその日のうちに自らの命を絶ったらしい。
どうしてもそのことが頭をよぎる。
書類上の婚姻で恐らく三年ほどで離縁。白い結婚としてなら疵にもならない。だが、それはフロイドがあの『黒持ち』を愛していないことが前提だった。もし、本気で愛している中での離縁になれば……
ぞわぁっと悪寒が走った。
間違いなく怒り狂う。そうに違いない。私は会ったことのない祖父ほどでもないがそれでもマデリーンを唯一としてとても愛している。そんな彼女と離縁しろなど言われでもしたら。……全てを捨てて、国外逃亡。邪魔するやつは返り討ちにして愛の逃避行と洒落込むな……!
「マデリーン、愛してるよ」
「あなた、わたくしもよ。……でも、フロイドが」
「あぁ。フロイドは、あの子にとっての最愛は彼女なんだろう……」
「!! そ、そんな……っ」
愕然とする我が最愛。すまないね。そんな顔をさせてしまって。
「……待っているのは幸福な未来か、狂おしいほどの絶望か」
前者であってほしい。私も息子が可愛い一人の親なのだから。
しかし、世間はそうはいかない。『黒持ち』との婚姻など、貴族社会からつま弾きにされるのは目に見えているのだから。
「どちらにせよ、フロイドが唯一と定めた子が『黒持ち』でも、我々がどうこうすれば国も職も何もかも捨てて逃げるのは目に見えている。なら、このまましばらくは見守るしかあるまい」
「……そう、ですわね。……どうして、『黒持ち』なのよ……」
最後にぽつりとこぼした言葉。
本音としては祝ってやりたい。おめでとうと祝福してあげたい。
なのに、『黒持ち』ということで邪魔をする。
私も妻も、『黒持ち』でなかったらリズとの婚姻を喜んだだろう。平民であっても、フロイドの決めた人なのだから。身分など気にしない。我がグリーンフィールド家で重要なのは唯一の最愛を妻に出来るかどうか、だ。
リズは『魔術師』として目立った功績はないが、西方の『不可侵の森』近くの村から王都に転移してきたことから考えてかなりの実力者なのは間違いない。
なのに『黒持ち』ということが足枷となる。
『黒持ち』でさえなければ。平民であろうと、他国の王女であろうと。あの子の最愛が見つかったのなら全力で応援するつもりだったのに。
「『黒持ち』でさえなければ……っ」
悔しそうに涙をこぼす妻をそっと抱き寄せる。妻は泣き顔でも美しい。
不謹慎にもそんなことを思っていたが、思考を切り替える。
(唯一と引き離される気持ちはわかる。なら、『黒持ち』を受け入れるか?だが、そうなれば)
後継者はどうする。一族から養子を貰うにしても『黒持ち』と一緒になったフロイドの元に養子に出す親がいるだろうか?よっぽど金に困っていない限り難しいのでは?そもそも、侯爵家は大丈夫か。他の貴族と距離を置かれても問題視しないのはフロイドの勝手だが子供の世代はどうなる。子供が出来たとして『黒持ち』を親に持つというだけで苦労も人の数倍だ。
親の婚姻のせいで我が侯爵家が困窮することになれば……
いや、家より最愛を取るのがグリーンフィールド家だ。
もしそうなれば潔く爵位の返上をすれば善し。領民には迷惑をかけるかもしれないがそこは陛下に頼らせてもらおう。ふふ、学院時代のあの話を持ち出せば……
まぁ、フロイドならすでにそれも見越しているだろう。
何なら当主は次男の方に任せてもいいのだ。必ずしも家に縛られる必要はない。貴族としてはこの考えはダメだろうが、一番は子の幸せだ。子が幸せなら、何も言うことはない。
前途多難。お前進む道は険しいぞ。
リズよ。私の娘となったんだな。業務上の会話しかしたことがなかったが、今度一度ゆっくり話してみたいものだ。愛する妻が生んでくれた愛する我が子の妻なんだ。家族として愛しても問題ないだろう?
あっ! フロイドは嫌がるか? あまり他の男が妻に近寄るのは宜しくないな。私よりもその傾向は強いだろうし。
後日ゆっくりと親子としての時間を作ろうか。
なに、バレなければ問題ない。
息子の嫁と語らうのは別におかしなことではないだろう?
その時は妻も誘おう。
口では『黒持ち』である事を危惧しているものの、リズ自身のことはまだ何も知らないのだからお互いを知る為には会話が必要だ。
こうして、日程を調整してリズと私、妻マデリーンと二番目の息子と長女を交えての食事会がフロイドには内密に行われた。言えば必ず邪魔をするだろうし、なんならリズを塔から出さないようにするだろうからな。
そこでの食事会で、家族全員がリズを認めなんなら離縁しなくていい!!いや、しないで!!という流れになるのはまた後日のお話である。
最後までお読みくださりありがとうございました。
次回からはまた本編に戻ります。
今後もよろしくお願いします!!




