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ターニングポイント その2‐依頼持ちの訪問者‐

 来客の合図を耳にしたルシアは溜め息をつき、おもむろに立ち上がった。当然のことながら、リーシャの手を握っていた大きな手が離れていく。


「あっ……」

「ん? どうかしたか?」

「へ? あっ、ううん。なんでもない」

「? ならいいけど」


 変に追及されなかった事にリーシャはほっとした。

 何故自分の口から残念がるような声が漏れたのか不思議だった。そう感じながらも、離されてしまった手がどことなく寂しいような気がしたリーシャは、さりげなく自身の手を見つめた。


「つーか、こんな時にいったい誰だよ。まさか、またあのヤローじゃないだろうなぁ」


 ルシアは文句を言いながら、出入り口へと向かった。

 あのヤローというのはラディウスの事だろう。以前この家へ来て以来、ルシアは彼のことを毛嫌いしていた。温厚な性格のルシアのあれほど警戒し、嫌がる姿は今でも信じられない。

 もし本当に訪問者がラディウスなら、ルシアがまた不機嫌になることは間違いないだろう。とはいえ、ラディウスが所属しているギルドとは距離があるため、そうそう訪れてくる事はないはずだ。



 ルシアの足音が止まり、扉の開く音がした。

 直後、ルシアのいつも通りの声が聞こえてきた。


「あ、なんだシルバーじゃねぇか」


 訪問者は、リーシャと同じギルド所属のシルバー・ミストレストだったようだ。

 いつもは用事があっても、わざわざここまで来ることはない。リーシャは珍しいと思いながら様子を窺った。 


「えっと、お前は……ルシア、だったよな? リーシャはいるか?」

「ああ、自分の部屋で本読んでるぜ。リーシャァ! シルバー来てるぞ!」


 ルシアの呼ぶ声が聞こえてきたため、気は進まないながらもリーシャはベッドの端から立ち上がった。


「わかったぁ。すぐ行くから、客室に通しといてー」

「りょーかーい」


 ルシアが不機嫌にならずに済んだのはよかったけれど、訪問者がシルバーとなると別の面倒なことが起きる予感しかしない。


 わざわざ来たってことは、何か急ぎの頼みごとでもあるのかな。面倒なことにならなかったらいいけど。


 リーシャは手元の本を棚へと片付け、客室へ向かった。





「おまたせ」


 客室に入ると、机を挟んで向かい合わせで設置しているソファにルシアとシルバーがそれぞれ座っていた。

 リーシャは迷わずルシアの隣に座った。


「よぉ、リーシャ。元気そうだな!」

「まあ、体調悪くて引きこもってたわけじゃないからね。それより、シルバーがここまで来るのって久々じゃない? いつも王都で見かけたときに話を持ち掛けてくるのに」

「今日のは結構急ぎでな。リーシャ、折り入って頼みがあるん……」

「あ、断りします」


 リーシャは真剣に話そうとするシルバーの話を、笑顔でわざと遮るような形で即答した。

 シルバーの眉間に皺が寄った。


「……まだ、なんも言ってねぇだろうが」

「シルバーのお願いなんて、ろくなことにならないから。武闘大会に無理やり参加させられたのがいい例だもん」


 リーシャはわざと恨めしそうな顔をして言った。

 本当はそれ以外にも多々あるけれど、1つずつ挙げていったらきりがない。


「あれは悪かったって。まさかあんなトラウマがあったなんて思ってなかったんだからよ」


 おそらくシルバーは、リーシャのわざとらしい表情で武闘大会の件はたいして根に持っていないことには気づいているはずだ。悪かったと困ったような表情は見せているけれど、大して悪いと思っていないのが見え見えだった。

 リーシャとシルバーにとってこんなおふざけは挨拶のようなものなの。2人はほぼ同時にフッと噴き出した。


「で、要件は? とりあえず話だけは聞くよ。どうするかは聞いてから決めるから」

「ああ、それでいい。たのむ」


 シルバーは再び真剣な顔になった。

 やはり只事ではない案件のようだ。リーシャも真面目に耳を傾けた。


「で、頼みなんだが……率直に言うとリーシャ、これから行く討伐のパーティに入ってほしいんだ」

「……それだけ?」

「ああ、それだけだ」


 ただの魔物討伐というわけではないのだろう。

 難易度最高ランクであるSSランクのクエストに挑むにしても、シルバーならリーシャと組まずとも問題はない実力を持っている。そんなことでこんな森の奥まで頼みに来るなどありえない。

 それにシルバーには元々組んでいるパーティがある。そのメンバーたちもシルバーほどとは言えないけれど、かなりの実力者ぞろい。


 ってことは、シルバーのところのパーティでも手に負えない魔物の討伐って事か。


 リーシャにはあらかたの討伐対象の目星が付いた。


「そのクエストってSSの中でもヤバい系?」

「ああ。実は、1週間前に大陸全土に大きい討伐クエストが出されたんだ。各ギルド強制参加のやつな。連合軍を作るらしい」

「各ギルドって。かなりの大規模だね」

「だよな。俺もそれ聞いた時はマジかよって思った」


 リーシャがギルドに所属してから数年経つけれど、そんな規模のクエストが出てきたのは見たことがなかった。もしかすると、もっと長い間それほどの魔物の討伐クエストが出されたことはないかもしれない。

 そもそもそんな大規模で挑まなければならない相手など、数えるほどしかいないのだ。


「それで、相手は魔人? それとも竜? それ以外?」

「竜だ。最北の国の王都、アイズリークが滅ぼされたらしい。しかも討伐に向かった2つの大部隊が壊滅した」

「それはまた……厄介そうな竜だね」

「ああ。この前リーシャたちが倒した黒竜とは比べ物にならないだろうな」


 リーシャは目を閉じた。

 いつもなら強敵に挑む事にためらいはない。

 けれどその強敵がこれまで相手をした魔物と比べ物にならないほど強く、さらに挑むのも自分1人ではないとなれば話は別だ。

 以前黒竜と対峙した時もかなりの数の死者、負傷者が出てしまった。

 今回の相手はそれ以上の強さを持つ竜だ。リーシャはどこまで自分の力が役に立つのだろうかと不安になった。

 シルバーはリーシャの退路を断つように続けた。


「正直、今回はお前が来ても、倒せる相手なのかどうかもわかんねぇ。けど、お前がいない状態で連合軍を組んでも、ほぼ確実に負けると俺は思ってる」

「……」


 話を聞いているうちに、リーシャはあることを思い出した。

 まさかとは思いつつも、もしかしたらとも思えて焦燥感が芽生えてきた。


「ねえ、1つ聞いていい?」

「なんだ?」

「その竜って、火竜?」


 アイズリークを襲ったというのが、あの時出会った竜だったら。もし、あの火竜が原因だというのなら、やはりあの場でどうにかして倒しておくべきだったのではないか。そう考えるとリーシャは不安で仕方なかった。


「いや、雷竜(いかづちりゅう)らしい」

「そう。ならいいの」


 リーシャはそれを聞いて、少しだけ安心した。

 もしこれが火竜だと言われてしまっていたら、自分の知る火竜かどうか確認できるまで不安に襲われていただろう。最悪、対峙することなく、普通に見送ってしまった事を後悔する羽目になったかもしれない。

 シルバーはリーシャの変な質問に眉をひそめた。

 

「なんだよ。火竜だったらなんか問題でもあんのか?」

「そういえば、言ってなかったね。前、シルバーが村を壊滅させた竜の調査行ってたことあるじゃない?」


 シルバーにはすでにいろいろとバレている。

 誤魔化す必要性を感じられなかったリーシャは洗いざらい話してしまう事にした。


「ん? ああ。あの時のか。結局火竜が襲ったってことしか……ってまさか!」


 それだけの会話で、シルバーは何を言いたいか察したらしい。驚きの表情で前のめりになってリーシャを見た。

 そういう反応も当然だと思ったリーシャは、何食わぬ顔で答えた。


「会った。その竜に」


 シルバーは脱力し、ソファへ座り直した。


「まじかよ。あー、だから火竜かどうかが気になったんだな。アイズリークを襲ったのがその竜なんじゃねぇかって思って」

「うん。その竜はもう村とか街を襲うようなことはしないと思ってたから。違うってわかって安心した」


 シルバーは片手で頭を抱えた。理解できないと言いたげだ。


「なんでそう思うんだよ。相手は竜だぞ? 分かり合えるような相手じゃねぇのに」

「話した感じ、人と敵対するような竜じゃないと思ったから」

「はぁ? なぁに寝ぼけたようなこと言ってんだ。竜と話なんて……」


 後ろに気配を感じたシルバーは、座ったまま振り返った。

 背後にはいつの間にか客室に入ってきていた、ノアとエリアルが立っていた。ノアは目を細めてシルバーを見下ろしている。


「寝ぼけているのはお前だろうが。俺たちのことを忘れたとは言わせないぞ」

「……そういうことか」

 

 それだけの言葉で、シルバーは意味を理解したらしい。

 リーシャが出会った火竜は人の姿をし、人の言葉を話していたのだと。

 リーシャは、以前出会った火竜について簡単に説明した。



「ふーん、んなことがあったのか。つか、馴染みすぎてて、こいつらが竜だって事忘れてたぜ……」


 シルバーは、神妙は面持ちでルシアたちの事を見た。


「つーことは、今回の討伐はお前らにとっては同族が討伐対象ってことになるのか」

「まっ、そういう事だな」

「お前なぁ。知り合いじゃねぇとは言え、一応お前らの仲間だろ?」


 ルシアの平然とした態度に、シルバーの方が顔を曇らせていた。

 自分がと討伐しようしている相手が、付き合いのあるルシアたちと同じ種族であるということに突如として気づいてしまい、今更になってこの話をするのに気が引けてきたのだろう。

 ルシアは困った顔をした。


「そう言われてもなぁ……正直戦う相手が竜だろうと魔物だろうと大して変わらねぇっていうか……うーん……たぶん兄貴もエリアルも気にしねぇと思うぜ。なぁ?」


 ノアがルシアの問いかけに頷いた。


「ああ。同族とは言え知らない相手だ。人間同士だって昔は殺し合っていたのだろう? 俺たちにとって絶対なのはリーシャだけだ。リーシャが殺せというのなら俺たちはそれに従う。滅ぼせというのならこの身が果てるまで戦い続けるだけだ」


 ノアの宣言するような言葉を聞いたシルバーは、自分の心配は杞憂だったと感じたのだろう。先ほどまでの曇った表情は消え、いつもの豪快な態度に戻っていた。


「なぁに自分たちが戦うみたいな言い方してんだよ。お前らは参加させねぇからな」

「なんで! 僕らだって戦えるよ! なんたって僕、竜の姿に戻れるようになったんだから」


 ノアの横で話を聞いていたエリアルが誇らしく語った。

 たしかに竜の力を使える彼らはかなりの戦力になる。だとしても、この3人は討伐には連れていくことはできない。

 リーシャもシルバーの考えは同じだ。

 シルバーは険しい顔をした。


「バカか。俺以外にも人がいるんだぞ。そんな姿で戦ったらお前らまで攻撃対象になるだろうが」

「あ、そっか!」


 エリアルはなるほどと手をポンと叩き、納得した様子だ。

 ノアとルシアも何も言わないあたり、しぶしぶながらも納得しているのだろう。

 そんな3人の様子を見たシルバーの表情が緩んだ。

 

「わかったんならよし。で、本題に戻すが、リーシャ。雷竜の討伐クエスト、来てくれるか?」

「うーん。相手が竜なら……仕方ないかな。他国で起きた事とはいっても、王都が滅ぼされたのに見て見ぬ振りもできないから。いいよ」

「わるいな」


 話に決着がつくと、リーシャは立ち上がった。


「それじゃあ、私は今から荷造りはじめるけど、いつ出発? どこに行けばいい?」

「集合場所はクレドニアムの外壁の門の前。出発は明後日、朝8時な」

「……明後日⁉」


 出発までの時間の短さにリーシャは驚きの声を上げた。

 討伐する相手が相手だ。リーシャは十分に魔法の調整や薬を調達しておきたかった。それに遠征になるのだから、野営のための備えも揃えておきたいところ。それなのに時間がほとんどない。

 そんなリーシャの焦りをよそに、シルバーは淡々と話を続けた。


「あーあと、クレドニアムからは俺とお前と、あとレインで向かうことになってるから……」

「ちょ、ちょっと待って! 明後日って、ろくに準備できないじゃない!」


 言っても仕方ないとわかってはいたけど、文句を言わずにはいられなかった。

 シルバーは何故か呆れ気味の態度をとっていた。


「仕方ねぇだろ、お前全然王都に姿見せなかったんだから。今日だってこれだけのために、わざわざここまで来たんだぞ?」

「いやいやいや! 来るにしたって、もうちょっと早く来てくれたっていいじゃない!」

「俺にだって準備ってもんがあるんだ。ここまで来るの結構時間かかんだから、お前が王都来るのを狙って伝えた方が効率いいじゃねぇか」

「だからってさぁ! こっちにだって、そんな大規模な討伐になるなら、準備しておきたいことがいろいろあるんだけど⁉」

「大丈夫だって! 準備するったってお前はたいして準備するもんなんてねぇだろ。大体のものはその場で作っちまうんだから。それにこいつらだっているんだ。手伝ってもらえばいいじゃねぇか」


 シルバーは、親指だけを立てた手をリーシャに向けていた。


 知ってたよ。シルバーがこういう人間だってことは知ってた……けど、頼みごとをするくせにこれってあんまりじゃない⁉


 行くと言った手前、やっぱり行きませんなどとは言えない。

 それに討伐対象が竜であるのなら、戦力は多いに越したことはないのだ。


「はぁぁぁぁ……」


 リーシャは盛大な溜息をついた。


 仕方ない。今から急いで旅の準備を始めるか……


 リーシャはシルバーを追い出すように見送ると、慌てて準備を始めた。

 ノアたち兄弟も、リーシャが吐き出すシルバーへの文句を聞きながら、せっせと準備を手伝ってくれたのだった。

 お読みいただきありがとうございました!

 先日感想をいただき、少しでも面白いと思ってくれているかたがいると、やる気が満ち溢れてきました(ちょろい)。失踪しないよう頑張ります。

 では、また次回!

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