ターニングポイント その1‐変わらぬ日常?‐
この数日の間、リーシャは森の中にある自宅に籠っていた。
家から出ていない理由は、数週間前までのように人と会うのが怖かったから、というわけではない。
引きこもる直前の日、リーシャは王都へ出かけていた。その時になんとなく立ち寄った書店で、面白そうな小説や魔法書、その他諸々のたくさんの本と出会ってしまった。
家に書斎を作るほどに本が好きなリーシャがその大量の本を買う事にしたのは言うまでもなく、今はその本たちを読み耽っている最中。そのため家から出られないという状態になっていた。
リーシャが自室のベッドの上でうつ伏せになってゆったりと本を読んでいると、コンコンと扉が叩かれた。
「リーシャ。聞きたいことあるんだけど、今いいか?」
「うん、いいよー」
リーシャがページをめくる手を止めて返事をすると、扉が開かれた。
訪問者はルシア。片手には分厚い本を抱えていた。
「どうしたの?」
「わかんねぇとこがあるから、教えてほしいんだけど」
「何がわからないの?」
リーシャはベッドの端に腰かけ、自分の隣を叩いてルシアに座るように促した。
ルシアはうっすらと頬を染め、促されるまま腰を下ろした。
「えっと……これなんだけどさ」
ルシアは分厚い本を開くと、わからないというところを指差した。その本は魔法書だった。
「土魔法について?」
「ああ。有属性魔法としての土魔法の仕組みはなんとなくわかった。けど前にフレイが言ってた、なんで魔法使い以外も使えるのかとか、使えても有属性魔法として使うより魔力量がいるのかとか、この本には詳しく書いてないんだよ」
「この本は有属性魔法のことしか書いてないからね。えーっと、有属性の魔力を使わずに土を操るにはね、動の刻印や硬化の刻印、相対位置固定の刻印とかいろいろな刻印が刻まれた魔道具を同時、もしくは連続で操作しないといけなくて――……」
リーシャはゆっくりと説明を始めた。
ルシアは魔道具技師を目指すようになってから、わからないことを聞くためによくこうしてリーシャのところへやってくるようになった。
あの頭の弱いルシアが真剣に話を聞き、自分の理解が合っているか確認しながら学んでいく姿は感慨深いものがあった。
それに教えられたことをなかなか理解できず、悩んで眉をしかめていると思ったら、理解できて目を見開く。そんなルシアの変化する顔を見るのは面白く、リーシャはこの時間が好きだった。
「……――と、いうわけ」
「なるほど。だから、無属性の魔力で発動された土魔法は、厳密にいうと土魔法じゃないのか。地面に足がついてないと発動できないし、魔法使いが操るほど多くの土魔法の種類は使えない。だから疑似土魔法って言われてるんだな」
「そう。逆に魔法使いは魔力そのものを土に変えることもできるから、木の上で隠れながらでも土魔法を使えるし、土人形を作って離れた場所から操作したりもできるよ。他にもいろんな使い方ができる。あ、でも土人形を操るのは難しいから使える魔法使いは少ないけどね」
リーシャが体の前に手を伸ばすと、何もなかった掌の上にリスのような形をした土人形が現れた。
そのリスはお世辞にもうまくできているとは言えない。
不格好なリス人形は、リーシャの手の上で周りをキョロキョロと伺うような仕草をすると、反対の掌に向かって腕と肩の上を走った。
そして掌の上まで来るとそのまま動きを止め、微動だにしなくなった。ただの土人形に戻ったのだ。
「すげぇ……今の全部リーシャが動かしてたのか?」
「そうだよ。無属性魔法じゃこんなことはできないんだ」
「なるほど」
ルシアは興味深そうに、リーシャの手の上にある不格好な土人形を見ていた。気になるのならば手に取って見ればいいのに、人形を触ろうとはしなかった。
リーシャは笑顔で人形をルシアへ差し出した。
「はい、これあげる。一応、粘土で作ったからそう簡単に崩れたりはしないから」
「あ、ああ……ありがとう……」
ルシアは受け取ると、手の上にたたずむリス人形を何も言わずじっと見つめた。
嬉しそうでも、迷惑そうでもないルシアの表情にリーシャは狼狽えた。
「どうしたの? はっ! 私、形を作るのが苦手で、上手く作れなくて……一応これ、リスのつもりで作ってみたんだけど……」
「いや、そうじゃなくって。わざわざ俺のためにこいつを作って。しかも、あげるって。そんなこと言ってくれるとは思ってなかったから、嬉しくて」
ルシアは今度は破顔して、その人形を眺めていた。
なんとなくで作ったへたくそな土人形なのに……
こんなに喜ばれるとは思っていなかったリーシャは、ルシアの嬉しそうな顔を目にしてむず痒く感じ、しかも段々と恥ずかしくなり、顔は熱も持ち始めていた。
リーシャは赤面している顔を見られないようにするため、両手で顔を覆った。
「たかだか……そんなことで喜ばないでよ。そんな変な出来の人形なのに、そんなに嬉しそうな顔して受け取られたら、なんだか、恥ずかしい……から…………」
「リーシャが作ってくれたものなら何でも嬉しいに決まってるだろ?」
「……そんなことより、わからなかったとこはわかったの?」
「ん? ああ。たぶん大丈夫だ。ありがとな」
ルシアから恥ずかしげもなく出てくる言葉から逃げたくなったリーシャは無理やり話を戻した。指の隙間から見えたルシアの顔は、ニカッと笑っている。
遠慮してそう言っているわけではなく、本当にきちんと納得することができたようだ。自分が教えている相手が成長していく姿を見るのは素直に嬉しいものだった。
リーシャも恥ずかしさの抜けない顔で笑った。
「それならよかった」
リーシャは気を取り直して横に置いていた本を膝の上に乗せた。
さて、これで読書の続きができる。
リーシャはルシアが立ち去ったら、そのまま読み始めるつもりだった。
けれど、ルシアは用が済んだはずなのに立ち上がろうとしない。
まだ何かわからないことでもあるのだろうかと思ったリーシャはルシアの顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「……なぁ、もう少しそっちに寄っていいか?」
「え? 今でも距離だいぶ近くない? というか、勉強の続きをしなくていいの?」
ベッドの端に座る2人の距離は、2人の掌を並べたほどの距離しか離れていない。これ以上距離を詰めると、少しでも身じろぎをしたら肩が触れてしまいそうな距離になる。
ルシアはリーシャに気付かれないうちに、わずかな距離をじわりと詰めた。
「最近、夜中に来てないんだからさ、休憩がてら、いいだろ? 何もしねぇからさ」
「えー……っと……」
リーシャはルシアのお願いについて、ぐるぐると考えを巡らせ始めた。
夜中にベッドに潜りこまれるのに比べたらマシな気はするけど……それに、ルシアも勉強頑張ってるし、それくらいなら……
リーシャは何とも思っていない態度を装いながら、ルシアとは反対を向いた。
「まあ、いいけど……」
「やりぃ。言ってみるもんだな」
ルシアは自分の膝の上に置いていた本と人形を横に置き、距離を詰めた。そしてリーシャの手の上に自身の手を重ねた。
その不意の行動に、リーシャは慌てて手を引き抜き、立ち上がった。
「ちょ、ちょっと! 何もしないって言ったじゃない!」
リーシャの心臓はドキドキと感じ取れるくらい、大きな鼓動を打っていた。
別に嫌だったわけではない。ただ驚いただけ。
一瞬だけ感じた温かさがまだ手に残っていて、リーシャの顔はじわじわと熱くなっていった。
何でこんなに驚いてるんだろ。ただ手を触られただけなのに。もしかして、私、ルシアの事をそういう意味で意識し始めて……ううん。それは無い。だってルシアは竜。人間じゃない……
そんなことをぐるぐると考えていたせいで、リーシャは無意識に難しい顔をしていた。
その表情を見たルシアはとても慌てていた。
「わ、わるい! 調子に乗った……」
ルシアは、リーシャに嫌悪されたのではないかと思ったのかもしれない。
いつもは釣り上がっている眉を、しょぼんと下げて落ち込んでいた。
ルシアのそんな姿を見てしまい、リーシャは自分がひどいことをしてしまったような気分になってきた。
「……手、繋ぐ以上のことはしない?」
その質問に、ルシアは勢いよく顔をリーシャの方へ向けた。
「しない! 絶対にしない‼」
ルシアは嘘をついてリーシャの信用を裏切ってくるような竜ではない。素直でいい子なのは知っている。
リーシャは溜め息をついた。再びベッドへ腰を下ろすと、ルシアへ手を差し出した。
「ん」
「!」
ルシアは差し出された手を躊躇いがちに取ると、いつでも振りほどけそうなくらい優しい力で握りしめた。
リーシャに不快感はなく、どちらかというと心地よいように感じていた。
そのまま2人は特に会話をするわけでもなく、ただ手をつないで座ったまま時間は過ぎていく。
いくらか時が過ぎ去った後、家の外側から、入り口の扉をたたく音がした。
この訪問者の要件が今の日常を崩し去ることになるなど、この時のリーシャは知る由もない。
お読みいただきありがとうございます。
今回からしばらくかけてこちらの話を進めていきます。サブタイトル通り、ターニングポイントです。頑張って進めていきますよ!
では、また次回!




