王都で祝祭 その3‐グレイスの魔道具屋‐
グレイスの店は人通りの多い道から外れた、比較的静かな通路にある、緑に囲まれた建物だ。
リーシャとルシアがグレイスの店に着いた時、店先を掃いている女性が1人いた。グレイスだ。
「グレイスさん」
名前を呼ぶと、グレイスはリーシャたちの方を見て微笑んだ。
「あらぁ、リーシャちゃんじゃない! 祝祭に来たのね! どう、楽しんでる?」
「はい。エリアルに引き回されて、いろいろなお店を回りました。食べ物の出店ばっかりなんですけど」
「あらまぁ。エリアルくんは食べ盛りなのねぇ。ところで、そのエリアルくんは?」
グレイスはリーシャの隣を歩いてきたルシアへ視線を向けた。見かけない顔だったせいか、怪しい人物を見るかのような視線だ。
自分に向けられている視線に気がついたルシアは、その視線の意味など考えもせず人当たりのよさそうな雰囲気の笑顔を見せた。
「こんにちは」
「……こんにちは」
けれどその笑顔は、すでにルシアへの不信感を抱いていたグレイスには逆効果だったようで、余計に怪しまれていた。
うーん……ルシアって元々軽そうな人のイメージあるからなぁ。羽目を外した顔だけいい男に付き纏われてるんじゃないかって、思われてそうな気が……
本当にそんな誤解をされているのなら、ルシアがかわいそうだ。リーシャは、誤解されているのなら今のうちに解いてこうと思い、口を開いた。
「エリアルはさっき寝ちゃって。1番上の兄に先に連れて帰ってもらったんです。こっちはルシアといって、2番目の兄です」
「まぁ、お兄さんだったの。ごめんなさいね。てっきりリーシャちゃんが可愛いから、付きまとわれてるんじゃないかと思っちゃって」
思った通りの誤解をルシアは受けていた。
けれどルシアはそんなことなど気にするような性格ではない。そんな事よりもリーシャに関する話題の方が重要だったらしい。
「リーシャが可愛いってのは同意だな。虫が寄ってこないように気を付けとかないとなんないし、気が気じゃねぇ」
「そうよね、そこは頑張ってちょうだいね」
「ああ、任せといてくれ」
ルシアが怪しい人物ではないとわかったグレイスは、いつもの優しそうなおばさんに戻っていた。グレイスはルシアに向かってにっこりと笑った。
「それにしても……エリアルくんは可愛らしいけど、お兄さんは男前なのね。私惚れちゃそ」
「はは……ど、どうも」
グレイスが冗談を言った途端、ルシアの顔は引きつった。
グレイスはルシアの事をかなり気に入ったようであれこれ質問攻めにしていた。ルシアは後ずさりをし、引き気味になっている。
弟のエリアルはグレイスのことを気に入っていたけれど、反対にルシアにとってグレイスは苦手なタイプのようだ。
質問を一通りしたのかグレイスは、突然忘れていたことを思い出したかのような声を出した。
「そうそう! ちょうど今日、戦闘向けの新しい魔道具が入ったのよ! ちょっと見ていきなさいよ」
「ほんとですか? 是非!」
リーシャは目を輝かせた。
前回来た時からいつも以上に期間が空いている。
まだ御目にかかれていない魔道具とのたくさんの出会いがあるかもしれないと、リーシャは胸を躍らせた。
グレイスが扉を開き、リーシャたちを店の中へ招き入れた。
リーシャは促されるまま、ルシアを連れて意気揚々と店の中へと足を進めた。
グレイスが営む店の中にはたくさんの魔道具が置いてある。魔法使いが使うような杖から、リーシャの家にもある洗濯用の魔道具のようなものまで、種類は様々。
リーシャが嬉々として店の中を巡っていると、見覚えのない魔道具がちらほらと目についた。
「かなり商品入れ替わりましたね。前来た時こんなのありましたっけ?」
「それは先週初めて仕入れたものよ」
「やっぱり」
「あっ、そこにあるペンダント型のは今日入荷したものよ」
リーシャはグレイスが指を差している魔道具の前で足を止めた。
雫型に加工された金属に、さらに雫型に加工された青い石が埋め込まれたデザインのものだ。石の向こうには魔法を発動するために必要な刻印、魔力刻印が見える。
「これはどんな効果があるんですか?」
「それは回復の魔道具ね。これまでで1番効果の高いって言われてた魔道具と比べて、最大で1.2倍の効力を発揮できるらしいのよ。まあ、魔力消費もかなり大きいみたいだから、使う人を選ぶ魔道具ね」
「へー……」
「リーシャちゃんなら使いこなせるんじゃないかい?」
「そうですかね……」
回復魔法を苦手としているリーシャは、その回復の魔道具を買うかどうか真剣に悩み、1人百面相をし始めた。
今の手持ちでは買えないけれど、貯めているお金を使えば余裕で買える額ではある。
悩むリーシャを横で見ていたルシアが口を開いた。
「そんな悩むくらいなら、買えばいいじゃないか。どうせ余裕で買えるんだろ?」
「そうなんだけど、こう、苦手だからって、努力もしないで、魔道具に頼るっていうのが、私としては、許せないというか」
リーシャの中では、効果の高い珍しい魔道具を手にしたいという気持ちと、自身が回復系の魔法をうまく使えないため、魔道具に頼りっぱなしになるのではないかという気持ちがせめぎ合っていた。それをうまく表現できず、リーシャはとぎれとぎれの言葉で紡いだ。
第3者から見れば、リーシャのその様子は挙動不審な人以外の何者でもないだろう。
リーシャが回復の魔道具を買う踏ん切りがつかずに唸っていると、店の奥から男性が姿を現した。
「グレイスさん。注文分は倉庫の方に運んでおきましたので」
「悪いわねぇ。助かったわ」
他に誰かがいるとは思っていなかったリーシャは、声が聞こえた方へちらりと目をやった。丁度その時、男性もリーシャに視線を向けたため、視線が合った。
金色の長髪に眼鏡姿。リーシャはこの男性にどこかで会ったような気がした。
「あれ? リーシャさんじゃないですか。奇遇ですねぇ」
「? えーっと……」
リーシャは男性の事をもう少しで思い出せそうな気はする。けれども気がするだけで、なかなか思い出すには至らなかった。
うーんと、誰? どこであったんだっけ? 確か最近だったような……
リーシャが首をかしげ、眉間にしわを寄せていると男性は困ったように笑った。
「あらら、覚えてないですか。まぁ、私は試合であなたのことじっくり見させてもらいましたけど、あなたはほんの少しの間しか私のこと見てなかったですからね。しかも、あの時のあなたは情緒不安定でしたし……それでは、ヒントをあげましょう。君の腕にはめられている物は何かな?」
腕にはめているもの。それはブレスレット型の魔道具だ。
これは最近、ある魔道具技師がリーシャのためにわざわざ作ってくれたものだ。
「あっ‼」
出そうで出てこなかった記憶が引き出され、リーシャは目を輝かせた。
目の前の人物は、まさにその魔道具を作ってくれた魔道具技師だった。
「ギルバートさん!」
「正解! いやぁ、きれいさっぱり忘れられてなくてよかったです」
フレイは冗談交じりの困ったような顔で笑った。
前回、フレイと顔を合わせたのは1週間以上前だ。初対面で時間もほんの10分程度。
とはいえ、自分のために手間暇かけてくれた相手を忘れていた事にリーシャは申し訳なく思い、しゅんとなった。
フレイはリーシャのコロコロ変わる表情に、ふっと笑みをこぼした。
「元気そう安心しました。もしかしたらまだ気落ちしているんじゃないかって、心配していたんですよ」
フレイは初対面の時、意気消沈したリーシャのことを心配していた。なので、今の元気を取り戻したリーシャの姿を見て安心したようだ。
リーシャは申し訳なく思う反面、フレイの心遣いが嬉しくて、照れくさかった。
「あはは、一応もう大丈夫です。最近まで引きこもりだったんですけどね。ギルバートさんは、今日は配達でこちらへ来たんですか?」
「ええ。本来配達は見習いたちに任せている仕事ではあるんですけどね」
「何か用事があったんですか?」
他にも仕事を抱えているであろう凄腕の魔道具技師が、自分でする必要のない配達をわざわざ自分でしているのだ。よほど重要な用事がこの地にあったに違いない。いったいどんな用事があるのだろうと、リーシャは興味を搔き立てられた。
「ええ、そうなんですよ。今日はこちらの国の魔道具工房の方との話し合いがありまして。そうだ! よければリーシャさんの意見も聞いていいですか?」
「? なっ、なんですか?」
リーシャが一般の人より詳しいのは魔法についてだ。
それなりに魔道具の知識も有しているけれど、現役の魔道具技師と意見交換できるほどの知識があるかどうかは怪しい。
いったいどんなことの意見を求められるのだろうと、リーシャの中で少しの緊張が走った。
フレイはリーシャのそんな緊張を解きほぐそうとしてくれたようでフッと笑った。
「そう身構えないでください。聞きたいことというのは武闘大会で使用する魔道具についてです」
「今使われている魔道具以外にも必要になったんですか」
「ええ。今使われているものって、武器で直接相手を攻撃する選手じゃなければ発動できないものじゃないですか」
「そうですね。剣や槍を介して、攻撃を与えた部分へ回復魔法を発動させるものですから」
「だから、リーシャさんたち魔法使いのように、遠距離から攻撃する人に対する対処が、今のところできていないんです。もともとそういう人たちは大会に出場していませんでしたから」
「魔法使いの役割は後衛からのバックアップがメインですからね」
遠距離戦が得意な人間は、回復やサポート攻撃を主とした修練を積んでいる者が多く、1対1で戦う武闘大会には不向きなのだ。だからこれまで大会に出場した遠距離タイプの人間はいない。
リーシャは、自分のためだけに対策を考えるというのだろうかと申し訳なく思った。
けれど、どうやらそういうことではないらしい。
「最近はですね、あなたの影響を受けて大会に出場を希望する魔法使いが増えているようでして。今後のことを考え、大会運営側から対策となる魔道具の作成の依頼が入ったのですよ」
「なるほど。やっぱり、ギルバートさんはすごい方だったんですね」
「いえいえ。私なんてまだまだ」
工房としては大きな受注が入って喜ばしいことではあるはずだ。
けれど、どんな魔道具という具体的な要望もなく丸投げされてしまい、困っているらしい。
「現在大会で使われている魔道具を作ったときは、わりとあっさり案が出てきたのですけど、今回は難航していまして……リーシャさんとしては、どのような魔道具があればいいと思いますか?」
リーシャはフレイの質問よりもある言葉が気になった。
回復の魔道具のとき? あっさり案が出た? あれを作ったのって……
凄腕だとは思っていたけれど、想像以上だったことにリーシャは目を見開いた。
「え? ちょっと待ってください。もしかして、大会で使われてるあの魔道具って、ギルバートさんが作ったんですか⁉」
「? そうですけど。あれ? お話ししませんでしたっけ?」
「聞いてないです!」
驚くリーシャを見たフレイは軽く首をかしげた。
話をしてみたいと思っていた人に、まさかこんなにあっさりと知り合えるなんて!
リーシャは興奮気味に、フレイの事を食い入るように見つめた。
そんな熱量を向けられてもフレイは態度を変えることはなかった。
「それは失礼しました。製作者のことは皆さんあまり気にされないものでして。まあ、その件もあってなのか、今回の依頼も妙に期待されていまして、困り果てているのですよ。意にそぐわないものを作るわけにもいきませんし……」
「そうなんですね」
フレイは本気で困っている様子だ。
手助けできるものなら手助けしたいと思ったリーシャは、組んだ片腕を口元にあてながら、頭の中で考えを巡らせた。
けれど、そう簡単に良い案など思いつくはずもなかった。
「……ええっと、すぐに思いつくとしたらやっぱり、魔力上限を決めて制限をかける、ですかね。けど、“有属性魔法”の付属効果として回復魔法をつけてしまったら、余分に魔力を使うことになって、魔法使いには不利な戦いになってしまいますし……」
一応思いついたことを伝えてはみたものの、これくらいの案をあの魔道具を作り上げたフレイが思いつかないわけがない。
その感は当たっていたようで、フレイは困り気味に首筋に手を当てた。
「やはりそうなりますよね。リーシャさんでも思いつかないとなると次の大会までに良い案が出てくるかどうか……」
フレイは肩を落とした。
よく見ると、目の下にはうっすらと、クマができている。大会後に会ったときはクマなどなかったような気がした。
よほど根を詰めて取り組んでいるのだろう。
「お役に立てなくて、すみません……」
「あ、いえいえ。こちらこそすみません。これは私への依頼なので、リーシャさんが気に病むことなど一切ありませんから。むしろ、自分でも打開案が出ない難題を、あなたに投げかけてしまって申し訳ない」
疲れた顔をしているフレイは申し訳なさそうに、にっこりとほほ笑んだ。
お読みいただきありがとうございます。
(知り合いに、「セリフの前後あけた方が読みやすいよ」と言われたのであけるようにしてみました)
できれば、4月中に祝祭の話を終わらせられたらなぁと思います。ではまた次回。