王都で祝祭 その2‐食べ過ぎ!‐
「リーシャねぇちゃん! これおいしいよ! 半分あげるね!」
「う、うんありがと……」
出店巡りを始めて、はや1時間。
リーシャたちはエリアルを筆頭に、何軒もの出店を渡り歩き、買い食いをしながら歩いていた。
とはいっても、買い歩いているのはほぼエリアルだ。他の3人はエリアルが食べ飽きた物の処理のために食べているようなものだった。
エリアルはまた気になる店を見つけると、指を差した。
「あっ! あれも食べたい! ルシアにぃちゃん、これ持ってて。食べたかったら食べてもいーから」
「おまっ、まだ食うのかよ!」
「だって、まだまだおいしそうなお店、いっぱいあるんだよ! せっかくだから食べたいじゃん!」
「……まじかぁ……」
エリアルは手に持っていた食べ物をルシアへ差し出した。それをルシアは渋々受け取った。
エリアルは手が空くと、すぐにリーシャの手を取った。
「ねぇちゃん行こっ!」
「わかったから待って!」
エリアルはリーシャを連れて走りだした。
ルシアが「ちょっと待て」と言っていたけれど、おいしそうなものを前にしたエリアルが止まるわけはなく、リーシャを引っ張ってどんどん前へ進んでいった。
ただ、リーシャの事を転ばせないように、手を引っ張る強さを加減できているという進歩は見られた。
目的の店の前に着くと、エリアルは並べられた商品を食い入るように見始めた。串に刺した肉や野菜を揚げたものが数種類並べられていて、エリアルはのどれを食べようか真剣な顔をして悩んでいる。
そんな顔をし始めて1分ほどたった頃、エリアルの口元が緩み嬉しそうな顔へと変わった。
「おじちゃん、これください!」
エリアルはトリの肉の串揚げを指さした。
「はいよっ! って、リーシャちゃんとこの子じゃねぇか。よっしゃ、おまけしてやる! 坊主! もう1つ好きなの選びな!」
「ほんと? おじちゃんありがと! じゃあね……これっ!」
エリアルはウシの肉と野菜が交互に刺された串揚げを指差していた。
「これだな。袋入れてやるから待ってな」
「わーい。ありがとー、おじちゃん」
先ほどからエリアルと一緒に出店へ立ち寄る度に、今と同じようにおまけと言われ、何かを貰っていた。
いくらこの祝祭の主役的存在だからって言われてもなぁ……
リーシャは申し訳なく思い、店主の男性に頭を下げた。
「すみません」
「いいってことよ! リーシャちゃんも好きなの選びな!」
「あ、いえ。もうすでにお腹いっぱいなので私は……」
せっかくの厚意ではあるけれど、食べきれないものを貰うのは失礼な気がした。
それにこの後も、まだまだ食べる必要を迫られる予感しかしないため、できる限り腹の中は埋めないようにしなければとも思っていた。
エリアルはズボンのポケットからノアから貰ったお金を取り出すと、金額を確認して店主に差し出した。
「はい、おじちゃん。お金」
「ほいよ。んじゃあ、これな。熱いから食べるときは気をつけろよ?」
「うん、ありがとー」
エリアルは揚げ物が入った袋を受け取った。おまけで1本多く貰えて上機嫌だ。
店主に別れを告げると、エリアルは買ったそれを早く食べたいようで、嬉しそうに袋の中を覗き込み始めた。
すぐに食いつくのかと思いきや、袋から視線を上げると何かを言おうとしたのか口を開いた。
けれど、何も言わずに辺りを見渡し始めた。
「ねえ。にぃちゃんたちは?」
「え? あれ、そういえば」
先ほどまでエリアルとリーシャが走って先へ行くと、ノアとルシアもその後をついて来ていたというのに、今はどこへ行ったのか姿が見えなくなっていた。
周囲を見回して2人の姿を探していると、ルシアの声が聞こえてきた。
「おーい、こっちだ」
声がした方を見ると、ルシアが手を振りながらリーシャたちの元へと向かって来ていた。
その姿を見つけたエリアルは、ルシアの元へ駆け寄った。
「ルシアにぃちゃん! 見て! お店のおじちゃんにおまけしてもらったの!」
「おー、よかったな。ちゃんとお礼は言ったのか?」
「うん!」
ルシアがエリアルの頭を撫でるとエリアルは、とても嬉しそうな顔をした。
仲のいい兄弟の姿は微笑ましい。
あれ? そういえばノアが、いない……?
周りを見直すけれど、やはりノアの姿はなかった。
「ねぇ、ルシア。ノアは?」
「兄貴? 向こうの階段で座ってる。気分悪くなったんだとさ」
食べすぎか、はたまた長時間この人ごみの中を歩いたことによる人酔いか。
どちらにしてもそのまま連れ回すのは避けた方が良いだろう。
「ちょっと休憩しよっか。私も歩き疲れちゃったし」
リーシャもずっとエリアルに引っ張りまわされ、足を休めたいと思っていたため好都合だった。
「そうだな。エリアル、いったん店に行くのは中止な。リーシャも俺らも疲れたし、お前ひとりで行かせると迷子になるかもしれないからな。いいか?」
「はーい」
エリアルは素直に頷いた。
弟の面倒を看る兄の姿は微笑ましい光景ではあるのだけれど、一応彼らは同じ年のはずだ。
それなのに年の離れた兄が小さな弟に言い聞かせているように見えていたリーシャは苦笑いを浮かべた。
「そっ、それじゃあノアが待ってるし、行こ」
「はーい!」
3人はノアが待っているという階段へと向かった。
「お待たせ」
「ああ……」
合流したノアは項垂れるようにして階段に座っていた。一瞬だけ上げた顔はどことなく血色が悪いように感じた。
「大丈夫?」
「……ああ……」
リーシャの問いにそれだけ返すと、ノアはそれ以上は口を開かなかった。
これ以上話しかける雰囲気でもなかったため、リーシャは一番下の段に座り、ぼんやりと人の往来を眺めはじめた。
その隣にルシアとエリアルも腰を下ろした。
エリアルは据わるとすぐに先ほど買った串揚げを頬張り始めた。
リーシャは、エリアルの胃のどこにそんな量が入るのだろうと疑問に思った。
「よくそんなに食べられるよね」
エリアルの身長はリーシャより低く、体格も細身。いったいどこに食べたものをしまい込んでいるのだろう。
エリアルは頬張っていた物を飲み込むと、口を開いた。
「おいしいものはいくらでも食べれるよ! リーシャねぇちゃんもこれ食べてみてよ。おいしいから!」
「あっ、ありがと……」
エリアルに串揚げを差し出され、リーシャは内心困惑していた。すでに分けてもらった結構な量を食べ、腹の限界が近いのだ。
油物はさすがに……堪えるけど……
キラキラしたエリアルの申し出は断りづらい。
リーシャは串を受け取ろうと手を差し出した。けれどエリアルはすぐにその手を引っ込めた。
「このまま食べて!」
「えっ⁉」
何を考えたのか突然そんなことを言いだした。
更なる困惑で身動きが取れなくなっていると、リーシャはある事を思い出した。
「そういえば……」
リーシャは以前エリアルと手を繋いだ時の事を思い出していた。
前に手を繋いで歩くカップルを見たときも、似たようなことになったような……
もしかしたらどこかで食べさせあっているカップルを目撃したのかもしれない。
リーシャが黙り込んでいると、エリアルは首を傾げた。
「? どうしたの? 食べてみてよ。おいしーから!」
エリアルは満面の笑み。こうなったらエリアルは聞く耳を持たない。
リーシャは髪をかき上げ、エリアルが差し出す串揚げに嚙みついた。
自分で口に運んだわけではないためうまく噛みつけず、かけられていたソースが口の端にベタリとついた感覚があった。
リーシャはそれを手で軽く拭った。
「ね? おいしいでしょ?」
「うん、おいしいね……」
リーシャは無理やり笑顔を作った。
おいしい……けど、これ以上は、もう無理……
そんなことをリーシャが考えていることなどつゆ知らず、エリアルは手元に残った串揚げに噛みついた。
「あっ……」
「ん? 何? ねぇちゃんどうしたの?」
「……ううん。なんでもない」
まさか自分の食べかけのものをエリアルが迷いもなく口へ運んだことにリーシャは驚いた。
けれど食べた当の本人は、嫌悪や照れといった感情を特に持ってはいなさそうだったので、あえて触れるのは止めた。
リーシャは若干の胸やけを感じながら、おいしそうに顔をほころばせるエリアルの顔を眺めていた。
リーシャはふと1週間もの間悩み続けていた自分を思い出し、再び人の流れの方へ目を向けた。
ギルドの仲間も、それ以外のこの王都に住んでいる人たちもみんな普通に接してくれている。
そんな中でもリーシャに対して否定的な考えを持っている人もいるだろう。すべての人に好かれるというのは無理だということはわかっている。
けれど、大半の人がリーシャに好意的に接してくれたという事実を目の当たりにし、1週間自分がうだうだと考えていたことがばからしく思えるようになっていた。
そのまましばらくぼんやりと人が歩くさまを見ていると、エリアルの体がコクリコクリと船を漕ぎ始めた。
「ちょっと、エリアル。このまま寝ないでよ」
「……うん……」
返事はしたものの、エリアルは手にフォークを握りしめたまま、ほんの数秒で寝落ちてしまった。
意識が夢の中へ落ち、バランスを維持できなくなったエリアルの体が顔面から地面へと倒れそうになった。
それに気づいたリーシャは慌ててエリアルの体を横から支えた。
「もう! どうするのよ!」
「このまま寝かせてやれ。どうせ起こしたところでうつらうつらして、歩いては帰れないだろう」
休息をとって体調が回復したノアはエリアルの前に回り、持っていたフォークと焼麺を回収し、空いた袋へしまい込んだ。
1番祭を楽しんでいたエリアルが寝てしまい、リーシャ自身行きたいところもない。そろそろ頃合いだろう。
「はぁ。仕方ないから帰ろうか。ギルドにも顔みせて用事は済んでるし」
リーシャがそう言うけれど、賛同の声は得られなかった。
ノアにいたっては、いつも以上にじとっとした目でリーシャの事を見つめていた。
「え? だめだった? ノアも何か用事があった?」
「グレイスという人間のところには行かなくていいのか?」
「あっ」
さっきアメリアにグレイスの話を聞いたばかりだったというのに、リーシャはすっかり忘れてしまっていた。
ノアは呆れた顔をした。
「忘れていたのか……俺たちがエリアルを連れて先に帰るから行ってきたらどうだ?」
「いいの?」
「ああ。日もまだ高いし、せっかく王都に来ているんだ。行ってくればいい」
「うん、ありがとう。じゃあそうする。2人ともエリアルのことお願いね?」
「ああ」
ノアが返事をした。ルシアからは返事はなく、何か考え事をしているようだった。
それにしても、最近ノアの態度、少しだけど変わってきたような気がする。この前までのノアなら絶対にこんな提案してこなかったよね。意地悪なこと言ってばっかりだったし。
不思議に思ったリーシャは無言でノアのことを見つめた。
その視線に気づいたノアは不快そうに眉間にしわを寄せた。
「なんだ」
「……最近ノア優しいよね。なんかあんまり意地悪じゃなくなった感じがする」
「……そうか? なら優しいついでだ」
ノアはリーシャの頬に顔を近づけた。
何をされるのかと身構え目を瞑った瞬間、生暖かい湿った何かが口元近くを這うような感覚がした。
リーシャは驚いてノアから即座に距離をとった。
「なっ、なんで舐めるの⁉」
「ソースが頬について間抜け顔になっていた。それをとってやっただけだが?」
ノアはどうという事もないような態度で口角を上げていた。
だからって舐めなくたって! 手で拭ってくれればいいじゃない!
リーシャは恥ずかしさと怒りで顔は真っ赤になった。
「それ優しさじゃないでしょ! ただの意地悪!」
「ふん。さて、どうだかな」
ノアはリーシャの叫びなど気にも留めていないようで、涼しい顔をしていた。
階段にもたれかかっているエリアルを背負うと、ノアは王都を出入する唯一の門がある方へと歩き出した。
「おい、ルシア帰るぞ」
ノアはついてこないルシアの方へ振り返った。
普段であれば大概ノアの言うことを聞くのだが、この時のルシアは言われるままに帰ろうとはしなかった。
「兄貴、おれリーシャについて行ってきてもいいか?」
ノアは横目でほんの数秒ルシアを見た。意図をうっすらと感じ取ったらしいノアは、ルシアの方へ体を向けた。
「好きにすればいい」
「……いいのか?」
ルシアは面食らったような顔をした。まるで行かせてもらえないとでも思ったような顔だった。
「? 止める理由がない。魔道具が気になっているんだろう? お前は」
「よくわかったな、兄貴」
「お前たちは単純だからな。態度を見ていたらわかる」
リーシャもルシアが魔道具に関心を持ったのだろうかということを武闘大会の時に感じ取ってはいた。けれど、たったあれだけのやり取りでは流石にルシアの考えている事には気づけなかった。
さすがは兄とでもいうべきだろうか。
「動機はどうであれ、やりたいことができたならやればいい。俺も好きにやらせてもらうからな」
「ははっ。兄貴にはお見通しってわけか」
ルシアが苦笑いしていると、ノアはルシアへ歩み寄り、耳元近くで話しかけた。
「リーシャに好かれるようにせいぜい努力するんだな」
「ああ、わかってる」
一瞬ルシアの目がギラついたけれど、後ろ姿しか見えていなかったリーシャにはそんな事など知る由もなかった。
通常モードに戻ったルシアはリーシャの方へニカッと笑いかけた。
「それじゃ行こうぜ、リーシャ」
「う、うん」
2人はグレイスが営む魔道具屋に店へ向けてと歩き始めた。
いったい何を話してたんだろう。
リーシャは先ほどノアとルシアが話していたことが気になっていた。
その話に少しでも自分がかかわっているとは全く考えていなかったのだった。
今回は3兄弟と戯れる回でした。最近エリアルの出番が少なかったのでちょっと多めに出てきていただきました。書いてて楽しかったです。読んでいただいている方々が誰推しなのかちょっと気になるこの頃です(笑)。
でわ、また次回。お読みいただきありがとうございました。




