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魔法世界のセデイター 4.フィリスのセデイト研修  作者: 七瀬 ノイド
第五章 覗き許すまじ
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5-5 変わった姉と弟

 ギルド内の一角に同行のふたりを待機させたセデイターが、数人の情報屋に当たってみたものの、件のターゲットに関する目新しい情報はなし。隠密行動を取っている「加速覗き魔」なんてのは、そもそも目撃するのも難しい。捕縛依頼として出ていた連続露出狂のように、派手な行動を取ってくれれば、見つかるのだけれど……。そっちのほうに宗旨替えしてくれないものだろうか? リンディ個人としては、覗かれれば頭にくるし、そうなったら決してただではおかないが、見せられる分には、別にどうでもいいというか、実害はないように思える。とはいえ、あまりに汚いものを見せられれば、やはり気分はよくないか……そういうイメージって後まで引きずるらしいし……ご飯の時までそれが残ってたら……ボコボコに値するな。


 ターゲット本人の情報がないのなら、そいつらが立ち回りそうな覗きスポットともいうべき、覗き頻発地点がどこなのかを知る必要がある。それらについては、最初に尋ねた情報屋に怪訝そうな顔をされた挙句、ギルドのカウンターで聞いたほうがいいと言われたため、そちらに当たってみた。

 担当者の説明によれば、頻発する地点なんてのは、要するに覗きが露見した場所であり、そういったところは、すでに対策が取ってある。それでも、覗きたいやつは、やるだろう。そして、そんな場所はたくさんある。つまるところ、覗き魔なんてのは、どこにでも出没する……そこにその欲望の向かう先があるのであれば。したがって、その覗き魔が覗くと思われる対象の多数存在するところを当たるべし……そんな内容だ。

 なんだか、役に立つのか立たないのかよくわからないアドバイスである。結局は、奴の性癖がわからなければどうしようもない……。とはいえ、なにも取っ掛かりがなければ動きようがないので、様々な好みに応じた覗き頻発地点のデータを得た。ギルドでは、この程度の統計的データなら、公的捜査機関から取得することが可能であり、このような便宜も図っている。

 それにしても、数多くの覗きスポットのデータを見るだけでもうんざりするのに、これから、そんな覗き魔の趣味嗜好に合わせた場所を巡回する……。考えるだけで、リンディはげんなりしてきた。まるで覗きのアラカルト……こちらにそんな性癖はないというのに……。


 待たせていたフィリスとナユカのいるテーブルへ戻り、腰掛けて手短に方針を説明したリンディは、最後にどうしても気がかりなことを告げる。

「……それで……ユーカは、さ」

 意味あり気な視線を受けた当人が、目を合わせる。

「あ、はい」

「来るの?」

「え? 行きますけど?」

 もしかして、帰れと……。ナユカは、またかという気分になる。

「いや、だって……やっぱり……」マスターは助手を見る。「ねぇ?」

「危険ですよね!」

 まさに当を得たり、という趣の過保護な健康管理責任者。今回、特に反対はしていなかったはずだが、やはり、完全に納得してはいなかったか……それとも単なる保護欲による条件反射か……。いずれにせよ、リンディの趣旨はそこではない。

「いや、そうじゃなくてね……」いわば、「覗きツアー」みたいなのに健全な異邦人を案内するかのようで、連れて行くのは気が引けていた。でも……本人がいいなら……。「ま、いいか」

「は?」

 反対しようとするフィリスの機先を、ナユカが制する。

「はい、よろしく……あれ?」

 言葉を途中で止めたその視線は……。

「ん?」

 リンディを素通りしているようだ。後ろを振り返る前に、フィリスも気づく。

「あ、さっきの」

「よぉ、リンディ。久しぶり」

 その声に、呼ばれた側が振り返ったとき、すぐ目の前には……。

「うわ!」

 腹部があった。

「あ」

 いち早く反応したナユカの声……そして……ガチャーン。落下したグラスの割れた音。

「あー、やっちゃった」

 驚いたとき、自分のひじが当たった……。状況を把握したリンディに、ヒーラーから声がかかる。

「怪我はありませんか?」

「ないよ」

 落ちたグラスを見つめるリンディの頭の上から、元凶の声がする。

「ごめんなさぁい……」

 不本意ながら、この短時間でこの声は聞き慣れた。

「あー、はいはい」

 顔も上げず、おざなりに返事。そこへ、弟の叱責。

「姉さん、後ろに下がって!」

 そうそう、それだ。……無言で同意するリンディ。近すぎるっての。だから驚いて……。

「……あ」

 ようやく問題点に気づいたアマミエルが、よろよろと二歩下がる。

「申し訳ありません。今、担当の方を呼んできます」

 弟がカウンターへ向かいかけたところ、手際のいいことに、すでに掃除用具を持ったギルドの管理担当者がこちらへ近づいてきていた。彼らはセキュリティ面から常にギルド内を監視しており、こういった事態にも迅速に反応する。カラムゥは数歩進んで出迎えるように合流し、手慣れた担当者はテーブルの前へ。

「こちらですね。今、片付けます」

 すぐに作業へ入る。

「ごめんなさい、あたしが……」

 不服な要素がありながらも、担当者に対して大人な態度を示したリンディを、カラムゥがさえぎる。

「いえ、あなた様の責任ではありません。すべて姉の責任です」割った本人と担当者に、交互に頭を下げる。「申し訳ありません」

「……ごめんなさぁい」

 うなだれたまま、それに倣った姉、アマミエル。

「もういいよ、別に」

 リンディとしては、この件は、さらっと流したい。正直、グラスが割れた程度のことで、これ以上、この面倒な姉弟と面倒な関わりを持ち続けたくない。

「グラスの弁償は、こちらのほうでいたします。それから、みなさんのお勘定のほうもお支払いいたします」

 よくできた弟だな……。ちょっと感心するリンディ。自分もおねーちゃんのためなら、このくらいはしないと……。まぁ、あたしはおねーちゃんに怒ったりはしないけど。

「……なんか、悪いね」

 利用者による共済機関という体であるギルドの備品は、壊した者がきっちり払うことになっている。これは、時に荒くれ者の集まるギルド内での暴力行為を抑止するためでもある。

「いえ、みんな姉のせいですので」

 そうかもしれないが、弟にこう言われてしまう姉が、少々不憫に思える……。特に、シスコンの妹には。

「まぁ、あまり責めないようにね……」

 その言葉がアマミエルに届いた。すると……。

「ふ……ふぇぇぇぇぇん」

 泣きながら走り去った……。またも、出口へ向かって。それを呆然と見つめるリンディ。

「……あたし、なんか悪いこと言った?」

「いえ、その逆ですね」

 カラムゥの答えの意味するところは……アマミエルは感動して逃げていった、ということになるのか? ……もはや、弟以外にはさっぱりわからない。そんな彼も姉の後姿を見ているだけで、動かない……というより、この場の収拾をつける必要があり、動けない。

「あの、わたしが行きましょうか?」

 そこへ、状況を察して立ち上がった俊足のナユカを、医師として心的ケアも心得ているフィリスが席を立ち、押しとどめる。

「あ、それならわたしが。専門ですので」

「待って。あたしが行く」

 今度は、リンディが立候補。アマミエルとは初対面のふたりをややこしいことに巻き込むのも気が引ける……。しかし、対抗馬が出現。

「いえ、わたしが行きます」

 カラムゥとしては、ある意味、原因となった人物を向かわせるのは避けたい。その張本人は、即、出馬断念。

「どうぞどうぞ」

「では、少しの間お任せします。すぐ戻ってきますので」

 弟は一礼し、姉の走り去った先へ向かう……。見送るリンディは、ぐったり。

「……疲れた」

「そうですね……」

 立ち上がっていたナユカが席に着き、フィリスも腰を下ろす。

「わたしも……」

「片付けは終わりました」

 こっちがごたごたしている間、このギルド内管理担当者はてきぱきと作業をしていたようだ……。

「あ、ご苦労様。グラス代はあたしが立て替えておくから、請求書、用意して」

 結局、割った本人が払うことにする。

「承知いたしました」

 会釈して、担当者はカウンターへ向かい、リンディも席を立つ。

「さて、行こうか」

「あれ? ふたりを待たないんですか?」

 見上げたナユカへ、リンディが即答する。

「待たない」

「グラス代は?」

 意外に細かい異邦人。異郷ではガッチリしていたほうがいいのかもしれないが……。

「そんなもん、どうでもいい。落としたのはあたしだしね。それより、早く逃げよう」

「そうしましょう」

 同意したフィリスもすっと腰を上げ、ナユカも追随する。カウンターで清算を済ませて、三人があたふたと出口から外へ……出たところ、右手にデ=マイウ姉弟が歩いてくるのが、先頭のリンディの視界に入った。

「走るよ!」

 いきなり左手へ走り出すリンディ……それを、ナユカは反射的に追う。状況がわからなくても走って追いかけるのは、アスリートの習性というよりも、獣の本能のよう。一方、フィリスはなにが起きたかわからず、いったん逆手、すなわち、右方向を見て事態を把握してから、左へ走り出す。


 脱兎のごとく駆け出した三人を見て、姉弟がそれを追う。遅れてスタートしたフィリスは、足は速くない。しかし、追いかけてくる二人は、両者ともなかなかの俊足で、みるみる近づいてくる。背後にその気配を感じ、かつ、前との差が一向に縮まらないことから、業を煮やしたフィリスは、自らに加速魔法をかける。

「なにかあったんですか?」

 隣に並んだカラムゥから声を掛けられ、逆側に並ばれたアマミエルとで挟まれたと同時に、加速魔法が発動。前方のリンディとナユカへ向かって猛然と突き進み、その差を一気に詰めてゆく。その直前、目標のうち一名は、すでに走力の限界に近づきつつあった。

「も……もう……だめ……」

 息も絶え絶えなのは、体力のないほう。併走する体力娘は、余裕のラン。

「はい?」

「じゃなくて……もう、いいかな……って」

 見栄とともに、リンディは速度を緩めて停止し、後方の状況を知るべく、振り返る。すると……。

「どいて、どいて、どいてーーー!」

 猛スピードで突っ込んでくる物体が。

「うわ!」

 かわすのが得意でも、体力切れ。それでも、すんでのところで衝突は避けたリンディ。バランスを崩して転びそうになったところを、助けに入ったナユカに抱き留められる。他方、急には止まれなかった物体のほうは、生ける障害物を避けようとしたことでコースを外れ、少し先の街灯へ激突。

「うごっ」

 転倒して、ようやく停止した。ぶつかる前にすでに歩行速度程度までスピードが落ちていたことで大怪我には至らなかったとはいえ、それ相応のダメージを食らい、いくら有能なヒーラーであっても、直ちに集中して回復魔法をかけられる状態にはない――すなわち、とても痛い。

 そこへ駆け寄ってきたのは、魔導士であり、ヒーラーでもあるカラムゥ。こちらも加速魔法をかけてきたのだろうか、早いお着きである。

「治療します」


 攻撃魔法と回復魔法は、発動に必要とされるイメージの性質が違うため、それらをバランスよく使う魔導士は、たいてい、どちらも中途半端になるか、どちらかがメインで他方は付随的な能力になるものだ。カラムゥの回復魔法は必要十分な能力を発揮していることから、この魔導士はヒーラー寄りなのだろうか……あるいは、全体の能力値そのものが高いか……。まぁ、一緒に仕事することもないから、それがわかることはないのかもしれないけど……。近寄って治療の様子を見つめつつ、リンディはほぼ回復したこちらのヒーラーに声を掛ける。

「それにしても、加速魔法まで使うことないのに」

「追いつけないと思って……」フィリスは、そのときにはリンディも加速魔法を使うかと思った。でも、考えてみれば、敵に追われているわけではないし、魔法が効かないナユカを差し置いて、自分だけに使うことはないかな……。たとえ、この俊足娘が速くても。「そのときは」

「それにしたって、加減ってものがあるよねぇ」

 あそこまで強力にかけることはないし、その場合は、全力で走ることはない。それに、リンディには、あんなに強い加速魔法はかけられない。

「それは……」

 ただ単に、使い慣れていないだけ……。フィリスがそう答える前に、カラムゥが魔法を止めた。

「回復終了です」

「ありがとうございます」自分の体をささっと見回す患者。「完璧です」

「どういたしまして」上級医師が治療対象だとは知らないまま、微笑んで立ち上がると、カラムゥはリンディとナユカに目をやる。「ところで、みなさん……どうしてあんなに急いでいたのですか?」

「え」

 まずいところを突かれた。リンディは……答えられず。フィリスは立ち上がりながら、言い訳を考える。

「えーと……それは……」

「トレーニングです!」声を張り上げたのは、ナユカ。「ですよね?」

「あ、うん……そう」リンディが乗っかった。「そうなんだよ……ね?」

 その視線を受けたフィリスも、話を合わせる。

「そ……そう、そう」

「加速魔法を使って、ですか?」

 痛いところを速攻で突いてきたカラムゥ。

「あ。だ……だから、加速しちゃだめだってのに……フィリスったら、もう」リンディは隣の額を小突く。「この……お茶目さんっ」

 苦し紛れで、キャラがおかしい。

「そ……そう、わたしったら……」フィリスは自分の頭を軽くこつんとやる。「おばかさんっ」

 こっちもキャラが……。ナユカは唖然。

「……」

 なにかするべきかとも思ったが、やっぱりやめておいた……。ちょっと……無理。

「そうでしたか。なんだか逃げられたような気がしてしまって……」

 にこっと笑うカラムゥ。

「う」

 ばれてやがる……食えない奴。リンディは返す言葉もない。

「ところで……」とりあえず納得した素振りを見せるデ=マイウ弟は後ろを振り返り、いつの間にか背後に立っている姉と短くアイコンタクトを交わしてから、首を戻す。「姉からお話があるそうです」

 一歩下がる。

「あ、いたんだ」

 というリンディの率直な感想に、アマミエルは……。

「い、『いた』? ふ、ふぇ……」

 うつむいて泣き出しそうな姉を弟が一喝。

「姉さん!」

「はいっ」アマミエルは自分の顔を両手ではたくように抑えてから、手を離して顔を上げる。「よぉ、リンディ」

 突然、表情と口調が変わり、呼ばれたほうもそれに合わせる。

「お、おう」

「あ……えーと……あの……」また勢いを失った。無礼な荒くれ者の真似をしないと照れて話せない姉は、グラスを割ったことで、弟からそれを禁じられた。しかし……頑張る。「手伝う!」

「は? 何のこと?」

 怪訝そうなリンディの視線を受けたアマミエルは、一歩下がって、弟を前に押し出し、その先を託す。

「さきほどご迷惑をおかけしたお詫びに、お仕事をお手伝いさせていただけませんか?」

 慇懃無礼かと勘繰りたくなるほどに、カラムゥの物腰は丁寧だ。しかし、セデイターは乗ってこない。

「いいよ、別に。気にしないで」

「実は、最近、痴漢の捕縛依頼を受け……」

 言いかけたカラムゥをリンディがさえぎる。こんな話をし始めるということは……。

「なんで知ってる?」

 ……こちらが覗き魔を相手にすることを。

「ギルドでのお話が……聞くとはなしに、聞こえてしまいまして」

 この弟の言い様は、どうも気に入らない……。盗み聞きかと疑わしげなリンディ。

「それはそれは」

「聞こえちゃって」

 こっちは姉。タイミングは妙でも、なんだか、こっちのほうが信用できそうな……。そんなリンディに代わって、ナユカが反応。

「あのとき、ちょうど覗き魔の話をしてましたから」

 アマミエルの腹がリンディの前に現れたときのこと。

「……まぁね」

 別に小声で話していたわけでもないし、聞こえていてもおかしくはないか。それに、知られて不都合なわけでもない。

「それで……ご協力できるのではないかと……あ。もちろん、こちらは無報酬ですので」

 カラムゥの提案内容は、手掛かりの限られている今、好都合なのかも知れない……とはいえ、この面倒くさい姉弟との共同作業は避けたいセデイター。

「でも、研修中なんだよね……」

「研修で協力を仰ぐのは問題ないはずでは……」まじめに突っ込んでしまった助手はすぐ、マスターが自分に送る視線に気づく。「あ」

 余計なことを言ってしまった……。しかし、それを無視して、カラムゥが付け足す。

「お邪魔はいたしません」

 こうなると、さすがに断りにくい。それに、痴漢相手なら、状況によっては男のほうが役に立つかもしれない……男湯に逃げられたときとか。

「わかったよ。ただ、こっちの指示には従うように」

 セデイターのOKが出た。

「はい。ありがとうございます」

 丁寧にお辞儀をする弟の少し後ろで、姉のほうは下を向いて密やかにガッツポーズ。こうして、ややこしい姉弟を交えた五人で、覗き魔の捕縛へと向かうことになった。




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