世界一どうでもいい逃避行
エルセビア王国のお城では深夜十二時の鐘が鳴りました。
その夜、舞踏会で王子を魅了した麗しの姫君は、その鐘の音を聞くと大階段を駆け下り、幻のように消えてしまいました。
すぐさま姫のあとを追いかけた王子は階段の途中で足をとめ、立ち尽くしました。
姫がはいていた靴が、階段の途中に転がっているのを見つけたのです。
「なんということだ、姫の手がかりはこの靴だけ……ああ、姫」
取り残された王子の、姫への思いは募るばかりです。
「もう一度あなたとお会いしたい」
「お気の毒な殿下。では、国中からこの靴にぴったり合う足の主を探してまいりましょう」
そう言いながらガラスの靴を拾い上げようとした家来の腕を、王子は強く掴みました。
「誰もこの靴に触れてはならぬ」
「しかし、殿下。手がかりはこの靴だけなのですぞ」
「同じ足のサイズなどいくらでもいる、そんなことをしても無駄だ」
「では」
彼は颯爽とマントを翻し、家来に下命しました。
「鑑識を呼べ」
王子は諦めてなどいなかったのです。
エルセビア王子の指揮する王家直属の鑑識団は、最先端科学を駆使する科学捜査を得意としていました。
その科学力をもってすれば、舞踏会に現れた身元不明のお姫様の個人情報を暴き出すのは時間の問題かと思われました。
ところが、捜査は困難を極めました。
「何⁉ 姫の身元が分からなかった、だと⁉」
一週間後、王国鑑識団から中間報告を受けた王子はかんかんです。
「現場からは、捜索者の足型に加え、毛髪、靴に付着していた皮膚片などの生物試料を入手しています」
「それだけ揃っていて、何も分からないのか!」
王子が多額の予算をつけて、研究や技術開発に取り組んできた直属組織です。
出資者の王子の重要依頼を受けておきながら、分からないで済むはずがありません。
鑑識団員たちはすくみあがりながら、次々と報告を行いました。
「は、靴に付着していた微物の鑑定を行いましたところ、城下町の中央通りを通った可能性があります」
「可塑性の特殊素材でできていると思しき靴は、国内メーカーに生産実績がありません」
「皮膚組織のDNAを抽出し国民全員のヒトゲノム情報を管理するデータベースと照合しましたが、マッチした対象者はいませんでした」
「では他国の姫なのではないか」
短気で有名な王子は苛立ちを募らせました。
「不法入国者でなければ入国審査時にゲノム情報を取得しております」
「むむ、では彼女は何者なのか」
そのころ、議論の白熱する会議室の扉の外に張り付いて、室内から漏れ聞こえる話を聞いていた一人の少女が青ざめていました。
「困ったわ、あの王子が私を探しているだなんて。お断りよ!」
王城で掃除バイトをしていたこの少女は、シンデレラといいました。
シンデレラはこうなってしまった経緯を思い出します。
シンデレラはエルセビア王国の城下に住んでいる街娘です。週に一度、趣味のための小遣い稼ぎに王城に掃除バイトに入っています。
実の母は病死し、父が後妻に迎えた意地悪な継母のもとで育てられてきました。
シンデレラという名前は本名ではないのですが、灰を指でこすって絵を描く灰アートにドはまりしていたことがきっかけで「シンデレラ(灰かぶり」と呼ばれるようになりました。
連れ子の姉たちから「灰アートなんて爪も黒くなるからやめなさい」「咳が出て喉をいためるわよ」「喘息になったらどうするの」と嫌味を言われることもあり傷ついたりもしましたが、だからといって辛い思いばかりをしていたかというとそうではありません。
家事ノルマを手際よくこなし、感性の赴くままに描き散らかした灰アートをきちんと片づければ叱られることもなく、食事当番を任されているため料理の一番おいしい部分をがっつりつまみ食いし、継母たちの外出中にお菓子を作ってこっそり食べいたおかげで、ひもじい思いをすることもありませんでした。
むしろシンデレラは家族いちの食いしん坊で、下腹や二の腕が気になってきたところです。
シンデレラが下腹をつまみながら結果にコミットしそうなライサップの広告を熱心に見ていた頃、国中の若い女性を王城に招待し、王子がじきじきに結婚相手を探すという舞踏会への招待状が義姉たちに届きました。
ポストでそれを見つけたシンデレラは呼ばれてもいないのに心が躍りました。
招待状を受け取った義姉たちも浮かれはじめます。
「ああ、王子様の舞踏会なんて。何を着ていきましょう」
「私を見初めてくださらないかしら」
「お姉さま、私も行きたい。ねえ、いいでしょう」
シンデレラも義姉たちにうったえてみましたが、たしなめられました。
「だめよ、お前はまだ結婚年齢に達していないわ。その証拠に、招待状が届いていないじゃないの」
そうなのです。シンデレラに招待状が届かなかったのは、継母のいやがらせでもなんでもなく単純に年齢条件に達していなかったからです。
「お前も年ごろになればよいご縁があるわよ」
が、シンデレラは義姉の言葉には聞く耳持たずです。
姉たちのように出会い目的ではありません。シンデレラは王城で小遣い稼ぎの掃除バイトをしているので、あの王子の性格を知っています。後述しますがあの王子との結婚は絶対にナシだと思っていました。
彼女の目当ては舞踏会の食事です。
ダイエットはまた今度の機会にするとして、何とか舞踏会に紛れ込んで王城の料理にありつけないものかと考えはじめました。
しかし舞踏会に潜入するには、綺麗に着飾り、ドレスコードをおさえつつ下腹をひっこめつつ、忍び込まなければなりません。なかなかの難題です。
「ああ、どうしたものかしら……お城のディナーとスイーツ、絶対に無料でたらふく食べたいのに」
そのときです。
寝室で毛布にくるまり、途方に暮れていたシンデレラの前に眩い光が差し、美しい魔女が現れました。
「私があなたをプリンセスにしてあげましょう」
シンデレラは深夜の闖入者に警戒し、サバイバル用の十徳ナイフを握り、ナイフディフェンスの構えをとりながら飛び起きます。彼女は、もしもというときのために護身術だけは完璧でしたが、微妙な外見をしていたために襲われることもなく、洗練された護身術を披露する機会はこれといってありませんでした。
「あなたは誰⁉ 私をどうするつもり⁉」
「それはこっちのセリフよ。心臓とまるかと思ったわ、物騒なものはおろしてちょうだい。私はドレスデザイナーとして自分の店を持つために奮闘している魔女よ」
なんだかよくわからない変人が枕元に来たものだな、とシンデレラは引きました。
「あなた、今度お城で開催される舞踏会に行きたいんですって? あなたの心の中はお見通しよ! 私にトータルコーディネイトを任せたいってね!」
魔女はまくしたてます。誰もトータルコーディネートを頼んだ覚えはありません。
「舞踏会に行きたいのは本当ですけど、どうしてそんな人が私のところに? 私にはお支払いできるお金もないの」
こんな冴えない町娘をコーディネートしてくれるだなんて絶対に裏がある、バイト代はおやつ代に消えてしまったし、ぼったくられても困る、とシンデレラは訝しがりました。
しかし魔女はお構いなしです。
「あなたが私の魔法のかかったドレスを着て舞踏会に行くでしょ、あなたは料理を堪能している間に王子様に見初められ求婚される。婚約発表とともにお妃の着ているドレスが注目される。そうすれば私にも仕事がたくさん入ってくるわ!」
魔女は早口で興奮気味に、雑でかつ杜撰極まりない計画を語りました。
彼女は自分のデザインしたドレスを売るために、見境がなくなっているようでした。
「作品を発表したことはあるんですか?」
「作品はこれから作るわ」
注目を浴びさえすれば売れる、その機会がないだけ、私は天才なの!
作品を発表したこともないくせに無敵な心理になるのは、創作初心者にありがちな思い込みです。そういう人は初めてのコミケに参加をした時などに同人誌の部数を読み間違えたりするものです。
「そんなに飛ぶように売れるものかしら。まずはメルキャリあたりからで反応を試してみたら?」
シンデレラはさすがに計画性がなさすぎると批判的です。
それなりの腕前だと自負しているシンデレラの灰アートだって、インスタ映えするであろうとは思いましたがインスタに上げようと思ったことは一度もないのです。
すると、魔女の声が一オクターブほど上がりました。
「あなた、お妃の御用達ブランドの服を手に入れたいミーハーな消費者を知らないの? どの国にもいるのよ! 猫も杓子も同じ皇室御用達ブランド! 服がかぶるかぶる! 見てるこっちが恥ずかしくなってきちゃうわ!」
魔女は脳裏にリアルな実例を思い浮かべているようですが、シンデレラはそんな事情は知りません。
魔女はシンデレラの冷たい視線に気づいたのか、「とにかく」と咳払いをして改めて取引をもちかけました。
「あなたは王城のディナーが食べたい。私はドレスを売りこみたい。どう?」
「利害は確かに一致しているわね」
「取引成立よ!」
魔女とシンデレラはお互いのくだらない欲望のために握手を交わし、血判をついて契約を行いました。
シンデレラは30ページにわたる契約内容に不穏な空気を感じましたが、「王子が私を気に入るなんてありえないし」と求婚される可能性を意識の外に追いやりました。
魔女は張り切ってシンデレラの舞踏会の支度にとりかかりました。
もったいぶって取り出してきた魔女の自信作は、明らかに葉物野菜をひっくりかえしたようにしか見えない奇抜なデザインのドレスです。
「どうこれ! このライトグリーンのドレス! 素敵でしょう!」
「わ、わぁー」
魔女の用意したドレスは、普段ドレスに袖を通す機会のまったくないシンデレラから見ても正直センスの欠片も感じませんでしたが、これも舞踏会に潜入し料理にありつく為です。
適当に「すごーい、キャベツかレタスみたーい。このリボンは青虫をモチーフにしたのね!」と褒めそやしておきました。
気をよくした魔女は、魔法でヘアメイクとメイクを施してくれます。ちょっと髪型がとぐろを巻きすぎて斬新だし緑色のシャドーが強烈過ぎるんじゃないかなとシンデレラは思いましたが、これも我慢です。
「さあ! これで支度ができたわ! 鏡を見てみる? どこから見てもプリンセスよ!」
「遠慮しておくわ」
魔女は自慢げに鏡を持ってきましたが、途中から明らかに魔女のセンスがヤバイとわかったので、シンデレラは鏡を見るのを断固拒否しました。
「さあ、行きましょう。もう舞踏会は始まってしまっているわ」
「徒歩で行くの? せっかくのドレスが汚れたら勿体ないし、タクシーを呼んでくださるかしら」
この格好で街中を練り歩けというのは罰ゲームです。
「そういえばそうね、タクシーも味気ないわ。馬車と御者を支度しましょう」
センスは人一倍悪い魔女でしたが、魔法の腕だけは無駄にありました。
手近にあったかぼちゃや、そのあたりを走っていたC57BL/6系統のマウス(鑑識団が逃がしてしまったと思われる実験用マウスです)を捕まえて馬車と御者に変身させ、それで王城まで送ってくれました。
馬車の中から顔を出した魔女はシンデレラに忠告します。
「十二時にはお城を出なさいね。十二時の鐘が鳴ると編み上げ紐が全部切れるようにしておいたから、ドレスが脱げてすってんてんになるわよ」
「なんでそんな時限式の魔法をかけたのよ!」
シンデレラはあまりに非常識な魔女の魔法に恨み言を言いましたが、こうなっては時間がありません。
シンデレラは王城に着くなり、挨拶もそこそこにかたっぱしから料理を食べて回りました。
王城の料理はどれも絶品で、早くもお腹が張ってきたシンデレラはウェストにゴムを入れておいてもらってよかったと思いました。
所かまわず舌つづみをうっていると、周囲からひそひそ声が聞こえてきました。
「なに、あのドレスと髪型」
「おかしいんじゃない? あんなに食べて、はしたない」
なんとでも言え、とシンデレラは取り合いませんでした。こちらは料理にありつければそれでよいのです。猛然と料理を食べすすめるシンデレラは、さながらフードファイターです。
ドレスのセンスもあって悪い意味で目立ちまくり、彼女の周りには自然と人だかりができました。
そんな人だかりに誘われるようにして、王子が近づいてきました。
(あっ、いけない。王子だわ、目を合わせないようにしないと)
シンデレラが気付いたときには、王子に回り込まれ、顎くいをされて捕捉されてしまいました。並みの女子なら惚れてしまうようなシチュエーションです。が、シンデレラは後述の理由のために惚れたりはしませんでした。
「おおっ、そなたなんと美しい!」
「えええっ⁉」
センスのヤバイ魔女に魅了の魔法をかけられたドレス。その効果は本物でした。
王子にとってのシンデレラは、世界一美しい姫君としてその目に映ってしまったのです。
王子の目の色が変わり、魔法がかかってしまったということに気付いたシンデレラは動揺しましたが、逃げようにも王子に手首をがっしりとホールドされていました。
「一曲踊っていただけませんか」
「は、はぁ」
ホールに集った招待客の注目をいっしんに受ける中で、王子じきじきに誘われてしまっては断ることもできません。シンデレラは名残惜しそうに山盛りにスイーツを載せた取り皿をテーブルに置くと、不本意ながら一曲を踊り終えました。日ごろの運動不足が足腰にたたります。
シンデレラが肩で息をしていたその時、お城の十二時の鐘が鳴りました。
(大変、ドレスの紐が切れて全裸になってしまうって言われていたんだわ)
「ごきげんよう。殿下、私はこれでっ!」
「待ってくれ!」
「待てません! やーっ!」
シンデレラは王子を反射的に投げると、恥ずかしさのあまり脱兎のように逃げてきました。
そして王城の馬車寄せに横付けしていた魔女の馬車に飛び乗ります。
「遅かったじゃない!」
「ごめんっ!」
「しっかり捕まっていなさい! 舌かむわよ!」
魔女は馬車の無謀運転で信号無視をしまくって、完全に追手をまきました。
深夜の街道のどこをどう走ったかわかりませんが、なんとか無事に帰宅して今に至る……という経緯なのです。
「はぁ……」
バイト先の王城の会議室の前でモップを片手にため息をつきながら、シンデレラはどうしたものかと思案します。魔女はあの夜以来、名刺交換こそしましたがぱったりと姿を現しません。
きっと、シンデレラがお妃になった後のドレス需要をあてこんで、趣味の悪い新作ドレスの制作にとりかかっているものと思われます。
「鑑識団の科学捜査にかかれば、舞踏会の姫が私だとバレるのも時間の問題かしら」
とはいえ、シンデレラは何度かお城の大広間の掃除に入っていたので、彼女の毛髪や皮膚片は当然落ちているものとして、鑑識団のゲノムデータベースの照合から予め外れていたようなのです。
(もしかして、鑑識団の目は節穴なんじゃ)
靴から直接皮膚片まで取れているのに照合から外れるとか、さすがに集合論をやり直した方がいいんじゃないかと思いました。小卒のシンデレラでも小等部で習いました。
最先端機器を使いこなせても、そんな人材ばかりなのかと思うと泣けてきます。
しかしその基礎的なミスに気づきポンコツ先入観が取り払われ、身バレをしてぜひお妃に、という話になれば大変です。なにしろこの国の王子、顔はイケメンなのですが、かぞえ天狗なみの数マニアなのです。シンデレラはひそかに「かぞえプリンス」と呼んでいました。
こないだなど、食事中にキャビアの数を全部数えて一粒ずつ食べていましたし、コーンの粒も全部数えなければ気がすみません。葉物野菜の葉脈の数も数えてしまいます。
リゾットだって米粒を数えなければ終わらないでしょう。
お妃になったとして、料理がさめ切ってしまうまで彼との食事に付き合うのは拷問です、王城の贅沢な暮らしがあったとしても、とても喜ぶ気にはなれません。
シンデレラは料理が温かいうちにおいしく食事をしたかったのです。
それに王子は潔癖症です、灰アートの趣味を許してくれるとも思えません。
「お先真っ暗よ! こうしてはいられないわ!」
シンデレラは魔女の名刺から住所を探して、魔女のドレス製作所に乗り込みました。
魔女はお針子バイトを五人も雇って急ピッチでドレス制作を進めていました。
売る気満々です。シンデレラは頭が痛くなってきました。
「あらシンデレラ。王子からプロポーズされたの? おめでとう!」
「あの王子のお妃になるのだけは絶対に嫌!」
シンデレラは秒で反論しました。
「都合がいいことを言うわね。それはダメよ。契約書にはお妃になってドレスをプロモーションするって25ページにわたって書いてあるわ。あなたは契約通り王城の料理を食べた。私のほうの契約が果たされていない。これは魔法の契約書なの、破棄することはできないわ」
魔女はいかにも残念そうな顔をしていましたが、にやついた目もとは口ほどにものを言います。
今すぐ殴ってやりたいとシンデレラは思いましたが、作戦を変えることにしました。
「契約内容は確かに読んだわ。でも、この国のお妃になれとは書いてない。あなたにはこんな小国でのドレスデザイナーなんてもったいないわ! あなたの才能を世界で試してみたくない⁉ 私、あなたの才能を信じてる!」
「そ、そう……?」
魔女はシンデレラの口車にまんまと乗せられてしまいました。
魔女は典型的なキャッチセールスでカモられるタイプだなと、シンデレラは思いやられました。
チョロすぎる手口で説得されてしまった魔女はすっかりその気になって、世界進出のため、工場をたたむ準備にかかりました。
「今日でこの工場は終わり、私は世界に進出するふごっ⁉」
魔女に雇われていたお針子バイトの鉄拳が、魔女のみぞおちに飛んできました。
「ふざけんな、あたいたち給料もらってないよ!」
お針子バイトたちは魔女をボコボコにして給料を巻き上げると、ばかばかしくなって帰ってしまいました。
魔女は前かがみになりながら車庫から真っ赤なコルベットを引っ張りだしてきて、点火します。
「乗りな、シンディー」
大通りに野太いV8の大排気量サウンドが鳴り響き、魔女はサムズアップしながらシンデレラに呼びかけました。
「たのむわ相棒。やがて灰になるまで、風の吹くままさすらうのさ」
おもむろにサングラスをかけ、身ひとつで車に乗り込んだ頃には、二人ともすっかりキャラが変わってしまいました。気分はすっかりロードムービーのヒロインで、ハートは熱いビートを刻んでいます。
旅立ちに必要なものは、好奇心以外には何もありません。
勢いよくアクセルを踏み込むと、後輪が転がっていってしまいました。
びっくりするほどの整備不良です。
結局、ロードサービスを呼ぶことにしました。
タイヤを取り付けてもらい、料金を支払うと、魔女は気を取り直して言いました。
「これでニューヨークまでまっしぐらよ!」
魔女はファッションの中心地というとニューヨークだと思っているようでしたが、もちろんヨーロッパの片隅にあるエルセビア王国からニューヨークへは車では到着できないということは小卒のシンデレラも社会の科目で習いました。
もしかして、シベリアとアラスカ間を横断してアメリカ大陸に渡るつもりでしょうか。
シンデレラは不安になって尋ねてみました。
「ベーリング海峡を通るつもりなら、まだつながっていないわよ」
「ベーリング海峡って何? どこにあるの?」
「シベリアとアラスカをつなぐ海峡よ、そこを通らないとニューヨークには行けないわよ!」
魔女は少し考えて言いました。
「とりあえずベーリング海峡は橋を渡りましょ」
「だから橋もトンネルも架かってないって言ってるの」
「とりま地図を取ってくるわ」
「そこについているカーナビは飾りなの⁉」
もう面倒くさいから魔法を使ったらどうだろうか、とシンデレラは喉元まで出てきた言葉を飲み込みました。魔法を使ってニューヨークに到着してしまったら、ドレス制作を手伝わされるに決まっています。
ここは引き延ばしが肝要です。
「うるさいわね。目的地をホワイトハウスに設定するわ」
「うん、そこはワシントンだけどね。ホワイトハウスはニューヨークにあると思ってる? 200マイルちょっと位置がずれてるけどね。もういいわ登録して」
魔女はカーナビに目的地を登録してルート検索を始めます。シンデレラはイライラとしてきました。
かれこれ30分は待っています。
「って、ベーリングを海峡超えられないからルート検索が終わらないじゃない!」
魔女の方向音痴と問題解決能力のなさにシンデレラは先行き不安になりましたが、コルベットごとフェリーに乗ればいいかと思い直しました。
シンデレラは運転免許を持っていませんが、それくらいのことはわかりました。
それから遅れること二日後、国境を出たというコルベットを追うマスタングの一団が現れました。王子です。彼もまた、シンデレラを追って旅立ったのでした。
どうやら、基本的なミスで躓いてゲノムデータベースからシンデレラを除外していたことに気づいてしまったようです。
こうして、訳アリな二台の車の、世界一くだらないカーチェイスが始まりました。
そして訪れた各地で、彼らは大迷惑をかけることになるのでした。
☆次回:あいつらがベーリング海峡横断に挑む!
冬童話用の短編です。
気持ち的には続く予定ですが、完結済みにしないと企画に参加できませんでしたので、またどこかで続編を書くかもしれません。
※画像は購入有償素材です