第22話 「迷路の入り口/白昼夢」
久しぶりに街を歩いてみた。見慣れた光景も、光の量が違えば見え方が変わる。それは思い出が積み重なるごとに風景の持つ意味が変わっていくのにも似ている。
逃げ水に濡れた街に、子どもたちの笑う声や「いこうよ」という呼びかけが飛び交って、太陽に白い色を被せられたそこかしこに、人や車が現れたり消えたりしている。それでも空はこんなにも青くて、そんな空の下を歩く私もきっと、この風景の中に溶け込んでいる。
この呼びかう声、響きあう声の中に、もし私が自分の声を投げ入れたら、あの人の声がそれに応えて私を呼んでくれる……そんな、夢を見る。
私の心の中に在る迷路。あいまいなままの記憶が作るあやふやな領域。揺蕩う水面のような場所。時の流れに取り残されたその場所を巡り歩いて、その輪郭を指でなぞって、まだ残るあの頃の熱を感じている。そしてあの人が私に触れた……その感触をこの肌はまだ覚えていて、ただの錯覚だとしてもそう思っていて、心には消えない跡が残っていると信じていて、強く強く、そして何度も、私は思い出そうとしている。
はやく人でないものになりたい。そしたらもっと幸せになって、すぐに会いたい人に会えるのに。ふと目を上げた。横断歩道の信号は赤だった。一人の少女が私の顔を覗き込んでいる。なんとなく微笑んでみた。ぱっと咲く笑顔。信号が青に変わる。駆け出したその子の背中を、私は見送った。ふんわりと風に揺れる髪。風の涼しい日、夏を待つ空、太陽の光。
この世界で汚れないものは何? この世界で濁らないものは何? この世界で清らかなままのものは……?
すべてを言葉にできるということ。それは優しさ? それとも冒涜? そして一つの物語が一人の人間を描き切る、ということ。私の心に狂気の火をつけて、それでもあの人は笑っている。
そして一歩、また一歩と歩を進めるたびに、こんこんと湧く愛おしさ。それが私の心を犯して、私の記憶を溶かして、だから私は祈っている。
『どこにも行かないでください。ずっと私の中にいてください。私の記憶の中でこれからも、私は何度でもあなたに出会って、私の知らないあなたを見つけて、これからだって少しずつ、あなたを知っていくんです。そしていつか、私の中に生まれてほしいんです。あなたの新しい言葉を、私が紡いでゆけるように』
そんな祈りの中で私は、また帰り道を見失って、振り返ればそこにあるはずの戻る道も、見慣れない風景に変わっていた。




