表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋姫天衝 ~対極の御遣い~  作者: 雀護
第一部 西涼~
9/44

優しさに涙して







++捨てられぬ剣、非業の矢 (後)++





 

 俺は振り返っていた。

 家路に着くなどといつ振りだろうかと。

 君と過ごした多くの日々。

 君と出会えたあの日を・・・。


 あの時から非日常こそが日常で。

 今日は日常の中でも非日常だった。


 正常なことが異常で、異常でいることで正常を保っていた俺にとって。

 当たり前のように俺の周りでは人が死に。

 生き続けられる事は幸福なことだった。


 決して恵まれた環境だったとは言わない。

 決して恵まれていないとも言わない。

 俺には君がいた。

 だが俺は失ってから気づいた。

 独りで生き続けるのは幸福ではなかった。


 その中を俺は生き続けた。

 生きる気力も失っても

 君を失っても・・・

  もう限界だと思った

 何度も君の元へと思った。

 それでも俺は生きた。


 俺の願いではなく、俺のためでなく。

 君の願いだから、君が生かしてくれたから。

 俺の幸福を願っていてくれた。

 それを知っているからこそ

 俺は苦しかった 


 でも・・・わからなくなっていた。

 もう・・・わかりたくなかった。

 そして思い返す取り戻したかった日々を。

 そして思い直すもう戻らないのだと。


 涙が流れ続ける。

 まるでその涙が記憶の中の君を流してしまうように。

 溢れ出る思い出が擦れていく少しずつ。


 少しずつ・・・少しずつ・・・・・・


 流す涙は枯れて残った心が流れて。

 君との日々は風化していく。

 君の声は風になり君の姿は霞んでいく。




 ・・・



 

 ・・・・・・




 ・・・・・・・・・




 俺の視界は静かに現実に戻る。

 映る世界には君はいない。

 目の前を歩くのは馬超達三人だけ、それが俺の今いる世界。

 辺りを見渡しても隣を歩く君の姿はない、それが俺の現実。

 だが、その感情を表情に出さないようにした。

 母親からの贈り物を嬉しそうに担いで歩く三人の笑顔を見るとそれをしたくなかった。

 彼女達の笑顔を曇らせたくなかった。

 片手で顔を覆うようにして揉む、沈んで固まってしまった心を解すようにして。

 「兄様どうしたの?」

 ふと振り返った馬超が俺の仕草を見て不思議そうな顔で尋ねる。

 覆っていた手をどけてから少しは解れたその顔で悟られないように笑顔を作って答える。

 「昨日は夜更かしをしてしまったから少し寝不足でな・・・」

 「だめだよ兄様。よるはちゃんとねないと」

 「そうだな。今日は早めに寝るさ」

 そう答えて馬超の頭を軽く撫でる。

 もしかしたら、俺の沈んだ気配を感じて心配してくれたのかもしれないと優しく感謝を込める。

 俺にまだ心が残っているのを思い返させてくれる。

 この子達の笑顔を見るとまだ人であることを許してくれている気がした。

 君の面影を感じる事が出来た。

 だがそれ以上に・・・。




 丁度屋敷の入り口についた所でやり残した事を思い出した。

 好都合な事に剣を貰えた事で財布に余裕がある。

 馬騰さんの屋敷に入ると早速と中庭にいこうとする馬超達に声を掛ける。

 「馬超、町に忘れ物をしたから少しだけ待っていてくれないか?」

 「「「えぇぇぇ~?!」」」

 と三人が残念そうな声を上げたため少々悪い気がしてならない。

 だが、昨日も今朝も俺自身は馬騰さんに何もしていない事に気づいてしまったからしょうがない。

 恩を受けたままいるのも居心地が悪い。

 「本当にすまないが馬騰さんにもそう伝えてくれないか」

 「じゃまたあたしがあんないする」

 「馬超達の案内が上手かったからもう大丈夫だ。すぐに戻るから」

 「うぅぅ」

 うなるような声を上げてなかなか引き下がろうとしない馬超。

 どう言ったものかと少し考えてから一つ思いつく。

 「実はこの槍を受け取る時に手入れ用の道具を忘れいてな、自分の槍なら手入れ道具も自分のがいいだろ?」

 「ほうとくのところ・・・うぅ、わかった」

 「ありがとう馬超。馬休、馬鉄も俺が戻るまで槍は使わないでいてくれな」


  庖徳・・・お前は本当にこの子達に何をした


 嫌われすぎというかこれほどまでに苦手だと思われていると心配になる。

 あの場で俺が庖徳を止めなかったら、本当にこの子達は何一つ勉強をしなくなっていたのではと思う。

 「はやくかえってきてね」

 「あぁ、それじゃ行ってくる」



 なんとか誤魔化して町まで戻ってきた。

 馬超を納得させるためといってもまた庖徳のところに行くのは気の重いものだった。

 戸を開ければ同じようなやり取りをし、掴まれない様にと間合いに入らないよう最大限の警戒をする。

 警戒している事を気づかれないように会話して、どうにか三人分の手入れ道具一式を受け取り「馬超達を待たせているから」と足早に店を出る。 その時も背中を見せないようにして外に出た。

 これほどまで警戒して行動したのは前線の廃墟に潜伏した時以来だと思う。

 死の恐怖はないがこの恐怖をなんと表現したらいいだろうか。

 庖徳から『勉学』と言う単語を聞くたびに今まで経験した事のないプレッシャーを感じた。

 ともあれ無事に外に出た後、市場の方へと足を向ける。



 ・・・・・・

 

 ・・・・・・



 「んぁ、さっき馬超様を連れてたあんちゃんじゃねぇか?一人でどうしたんでい」

 「馬騰さんに世話になってばかりじゃ悪いんで」

 市場でいくつかの食材を買って回っているところで肉屋の店主に声をかけられた。

 自身の持っている物を見せ説明をすると。

 「おぉそうかい。ならこれも持っていけぇ!太守様には俺らも世話になりっぱなしだかんよ」

 そう言って豪快な口調で肉の塊を渡そうとする。

 「さすがにこんなに受け取るわけには」

 「気にすんねぇ」

 「だが、こんなに渡したら商売ならないだろう、それに俺に渡すより直接馬騰さんに渡した方がいいんじゃ・・・」

 「問題ねぇよ、後でかかぁに怒鳴られる程度だぁな。それに太守様は俺らが渡そうとしたって受け取ってくれやしねぇ。”町に住む皆は家族で家族のためにしてること”だっつってな。だからこういう機会でもねぇとな。それに受けた恩を返そうって野郎に悪い奴がいるもんけぇ。俺の感謝もついでに兄ちゃんに任せた」

 だーはははっと口調と同じように豪快に笑い肉の塊を押し付けられ、なし崩しに受け取ってしまった。

 肉屋の親父と引き換えに俺はハハハっと乾いた笑いしかでない。

 こういうごり押しに弱いのかと自身の弱点に気づかされてしまった。

 「・・・負けたな。本人が受け取らないのに俺が受け取ってしまうと後で何を言われるか・・・」

 「細けぇことは気にしてたら何も返せやしねぇじゃねぇか。兄ちゃん、頼んだぜ」

 「わかった。済し崩しではあるが店主の気持ちは責任を持って届けよう」

 「おうよ。それでこそ男ってもんよ、だ~っははは」

 豪快に笑いながら俺の背中をそれも豪快にバシバシッと無遠慮に叩く。

 そのやり取りを聞いていたのか辺りの店からも人が集まりだしてきて

 「馬騰様の所の御客人じゃないかい。何してんだい。夕飯の買出し?ならこれも持っていきな!!」

 と八百屋や魚屋やらのおばちゃんやらおやじ達が集まって俺に自分のところの商品を押し付けてくる。

 明らかに予定していた分量を超えている。

 それでもお構いなし、俺の積載能力の限界でも試しているかのように次々と俺の腕に乗せられる。

 訳もわからないままお祭り騒ぎの中心になっている。


  ・・・恐るべし馬寿成の人徳


 「あんたら何か良い事でもあったのか?!さすがに受け取りきれないぞ」

 収まる事のない騒ぎと腕の限界が近づいてきて声を上げる。

 何故だか受け取る側の俺が頼み込んで量を減らしてもらうという珍事が起きてしまった。

 最初に受け取った量の10分の1程度まで減らしてもらったがそれでも鞄に収まらなく、ここに来て何度目になるだろう溜め息を漏らした。

 「はぁ~、皆は何故昨日今日来た俺なんかに渡すんだ?馬騰さんに客人として世話になってはいるが名前すらわからない余所者で、あんたらの思いを託すには不足だろう」

 当然といえば当然な疑問を漏らす。

 馬騰さんへの感謝という説明だけでは納得し難い、俺でなくても誰かが代表していけばいいのでは?と思う。

 そこまですればさすがに馬騰さんは受け取ってくれるだろう。

 「今日は兄ちゃんのおかげで気分の良い日だからだな」

 そう集まったおやじ達は声を揃えて言う。

 「特に俺はあんたらに何かしたわけじゃ・・・」

 「あに言ってんだ。馬超様達があんな風に笑って歩く姿を見れるなんていつぶりだかぁわかんねぇくれぇだ。それが見れただけで今日は良い日なんだよ」

 言っている意味がよくわからなかった。

 文字通り町に着いたのは昨日で、町を歩いたのは今日が初めて、そんな俺では普段の馬超達がどんな顔をしているのかなんて想像できなかった。

 おやじ達の言葉を聞く限りではあまり笑っていなかったのだろうか。

 「・・・馬超ちゃん達の父親が戦場で逝っちまってからかもねぇ」

 傍に立っていたおばちゃんがぽそりと呟くように淋しそうな顔をしていた。

 別段気にしていた訳ではなかったが確かに父親の姿はなかった。

 「でもな今日、兄ちゃんと歩いてる時の馬超様達は良い顔してたかんなぁ、だから、おれぁ兄ちゃんにならって思っただけよぉ」

 「昨日なんかもあたしゃあんたが馬超ちゃんを負ぶってる姿をみてねぇ、馬超ちゃん見るまで本当の兄妹かと思っちまったもんさ」

 『それだけで俺なんかを信用するな』そう口に出しそうだった。

 いついなくなるかも知れない俺を。

 責任を負うことから逃げ続けた男を。

 信用するなと声に出してしまいたかった。

 だが、俺にくっついて歩く三人の楽しそうな顔。

 コンビーフ缶を食べた時の驚いた顔。

 魚を取り方や槍の突き方を聞いてそれができた時の嬉しそうな顔。

 そして、何のために馬超を誤魔化してまで町で食材を買いに来たのかと考えたら、俺は口からその言葉は出せなかった。



 ・・・・・・


 ・・・・・・



 町で食材を受け取った後に簡単に挨拶をしてから馬騰さんの屋敷まで戻ると笑顔で出迎えてくれる馬超。

 「おかえりっ兄様」

 「っ、ただいま馬超」

 その笑顔を見て声が詰まってしまった。

 さっきまでどうという事はなかったというのに何か後ろめたさを感じてしまっていた。

 

  俺はこの子達と・・・・・・


 そう思うと急にブレーキが掛かってしまう。

 確かに馬騰さんと交わした約束はあるがそれでもこれ以上を望んではいけないとこれ以上俺は笑ってはいけないと思ってしまった。

 「?兄様、それどうしたの?」

 「ぁあぁ、町を歩いていたら皆に貰ってしまってな。馬騰さんはどこかな」

 「母様はさっきしごとがおわってへやにいるよ。ルオソウもいっしょ」

 「そうかすまないが案内してくれないか。まだ家の部屋がわからないんだ」

 「きょうはあたしが兄様のあんないやくだからまかせて」

 トンっと胸を叩いて町を歩いた時と同じように手を取って、俺は引っ張られるように家の中へと入っていく。

 馬騰さんの部屋の前に来ると馬超はノックもなしに戸を開ける。

 「母様、兄様かえってきたよ」と俺より先に俺の帰宅の報を告げそれに合わせて俺は馬騰さんに頭を下げる。

 その姿を見ると馬休と馬鉄が駆け寄ってきて捕まってしまう。

 「ふふふっ、随分懐いてしまいましたね。それで町はどうでしたか、貴方の期待に添えましたでしょうか」

 「はい、いろんなものを見ることが出来ました。少し変わった人間もいるようですが良い町ですね」

 「庖徳、の事でしょうね。あの娘は少々行き過ぎるところがありますが良い娘でしょう」

 「確かに、悪い奴ではないのはわかります」

 「それで何か見つける事は出来ましたか」

 「俺がいた世界とは違うと実感するばかりでした。文字も俺のいた国のものとは違い、年号も俺の知るものではありませんでした。しかし、天意と思えるものはわかりませんでした。ですから他の町へ行き多くを見たいと思います」

 「そうですか、しかし急ぐことはないでしょう。朝のうちに使いを出しておきましたから返事があるまではうちで過ごしてください。貴方が最初にここに来たと言うのは意味があるのでしょうから」

 俺は少し歯を食いしばった。

 世話になりっぱなし、そしてそれ以上に俺の表情に気づかれてしまったのか馬騰さんは馬超達に少し庭で遊んでくるようにと言い馬超達は少々渋々ながら外に出る。

 部屋の中には二人だけになった。

 少しの静寂、かすかに外で遊ぶ馬超達の声が聞こえる。

 「・・・町で何か不快なことがありましたか」

 「いえ」

 俺は静かに否定した。

 不快な思いなどしなかった、その逆今まで経験した中でも穏やかな日だった・・・むしろ好むべき事なのだと思う。

 「では、何故貴方はそのような顔をされるのでしょうか。戻ってきてから貴方の気は淀んでしまっています」

 それでも馬騰さんは俺の抱いている感情に気づいてしまう。

 これも気を使える人間の特権と言うわけか。

 なにかやましい思いを持っていてもその気配から感じ取られてしまうという事。

 この人を前にしては隠し事も通用しないのだろう。

 だが上手く言葉に出来なかった。

 「すみません、俺もまだ過去を整理できていないんです」

 「少しで構いません。お聞かせ願えませんか」

 普通の人だったら俺の言葉を聞けば訳ありだと知りそこから無理に踏み込んではこないだろうが馬騰さんは一歩俺の内側に進んできた。

 口を一度開いてしまえば楽になる、だがと開きかけた口を噛むように閉じる。

 「お会いして丸一日も経ってはおりません。そのような私に話せない事なのは重々承知です・・・けれど話す事で楽になれる事もあります」

 「っ何故貴方そんなに俺を思ってくれるのですか」

 俺の中に踏み込んでくる馬騰さんを押し返すように噛み締めていた口から出せたのは今朝の問答の続きのような問い。

 ただ俺が馬騰さんに嘘をつかないから裏切らないからでは説明できない。

 「貴方が時折見せる笑顔の裏で寂しそうな顔や罪悪を感じた顔をされるからです。私はそれを見るたびに惹かれるのです。何かできないかと力になりたいと思うのです。もしかしたら、貴方は私が通ってきた道の上に今いるのではないかと」

 「・・・馬騰さんの通ってきた道、ですか」

 「はい、私は夫を五胡との戦いで失くしました。その後しばらくきっと貴方のような顔をしていたのだと思います・・・もしや、貴方も大切な人を・・・・・・」

 「っ」

 奥歯がぎりっと音を立てる。

 きっとそれだけで馬騰さんは分かってしまっただろう、それでもその後の言葉を続けずに俺の言葉をじっと待っていた。

 何度も口を開きそうになり、その度に口を閉じた。

 何度も閉ざした口を開こうとしたが、その度に口が閉じる。

 馬騰さんを見ることが出来ずに視線を落として奥歯を噛み締める。

 するとふわりっとした感触が俺を包んだ。

 「無理をしてはいけません。貴方の心が潰れてしまいます」


  抱きしめられた・・・


 もう誰にもそんなことをされることはないと思っていたところに不意打ちのように優しく馬騰さんは俺を包み込む。

 噛み締めた口から力が抜けてもう言葉を押し留めておく事が出来なかった。


 「俺は、」


 一度開いた口は次々と言葉が漏れ出した。

 

 「嫌だった、」


 視界がぼやけていく。


 「俺は君がいないのに」


 もう馬騰さんに向けた言葉ではなかった。


 「笑っている俺が許せなかった」


 膝が曲がって床に着く。


 「俺は君を過去にしてしまうようで」


 君を思う事が出来なくなってしまいそうで。


 「俺は!」


 嗚咽と共に叫ぶように繰り返す。


 「俺は!!」


 この町は眩しい位に優しかった。

 馬超達と笑顔になるたびに捨てた感情が追い縋ってくる。


 「俺は、君のいない世界で生きていたくない」


 過ごす時間が君を消し去ってしまう。




 

 ・・・




 ・・・・・・




 ・・・・・・・・・





 「それでも貴方は生きてください」

 涙が滝のように流す彼を抱きしめてそういう告げる。

 残酷なのかもしれないと思った。

 それでも逝ってしまった人を追いかける事はしてはいけない。

 残された者がこれほどまでに想いを寄せる人ならば尚の事、望みはしない。

 天意などと大層な事を言いはしたけれど、きっとこの人が知りたいのはその解なのかもしれないと思っていた。

 「貴方は生きて笑っていて良いのです。幸福であってください」

 この人が言う”君”が言うであろう台詞を代わりに、私の気持ちと共に乗せて伝える。

 けれど、私を見る彼は悔しそうに苦しそうに私を見つめる。

 「人はいずれ死を迎えます。その時に貴方はその方が過ごせなかった日々を笑顔で教えてあげなくてはいけないのです。そうでなくては貴方を残して逝ってしまった方も向こうで安らかに眠ることが出来なくなってしまいます」 

 跪くようにして崩れた彼の頭を抱きしめて優しく包む。

 「私が貴方を支えます。ですからもう少しでいいですから私達と生きてください」

 私も同じような過去があった。

 それでも生き続けることが出来たのは傍にあの子達がいてくれたから。

 

  知って欲しい


  あの子達と一緒に生きて欲しい



 まだ青年になったばかりと思えるこの子は恐らくその年通りの時間を過ごして来れなかったのでしょう。

 耐え難い時間ばかりが過ぎて自身を見失って欲しくはなかった。

 彼から答えはなくただ涙を流すだけだった。

 しばらくすると力が抜けたように意識を失い眠りについていた彼を抱きかかえて隣の寝室へ運んで涙を拭き取る。

 そのままでは翠達に泣きはらした顔を見せることになってしまうから。

 翠達には頼れる兄であれるように不器用ながらも優しい兄でいられるように。

 そして、彼を寝かしてから部屋を出て翠達には少し疲れているようだから寝かせてあげるようにと言ったが、残念そうに俯く三人。

 何でも槍の突き方を教わる約束をしていたそうでその時の様子を興奮気味に話してくれた。

 そんな三人が微笑ましくなって彼の代わりに謝りながら

 「明日の朝いつもより早く起きれたら良いものが見れますよ、貴方達の兄さんは本当に凄いのですから。その時に教えてもらいなさい」

 と伝えると三人は早めの夕食をとった後すぐに眠りについた。




 ・・・・・・

 

 

 ・・・・・・




 眼を開けて気づいたら夜になっていた。

 あのまま泣きはらして気を飛ばしてしまったのだろうか。

 随分と情けない姿をさらしてしまった。

 馬騰さんに抱きしめられた後はまるで肉体に感情が引きづられるように幼くなってしまった気分だ。

 体を起こそうとするとぐいっと何かが掴まれている。

 「?」

 左には馬超が右には馬休と馬鉄が俺の腕の裾を掴んでいる。

 眠っている三人を無理に剥がす事が出来ず上着を器用に脱ぎ起き上がる。

 そこは俺が使っている部屋とは違う部屋だった。部屋の脇には俺の持っていた荷物が置かれている。

 食材は他のところに持って行ってくれたのかなくなっていた。

 とりあえずと残されている物を持って部屋を出る。

 井戸で顔を洗い中庭へ進み出る。

 手に持った2本の剣を見つめる。

 そこでふと耳に残った言葉が思い返される。


  ”馬超ちゃん達の父親が戦場で逝っちまってからかもねぇ”

 

 町でそれを聞いた瞬間に感情が静まり返り、亡くなっていたのかと同情するわけでもなくただそう思うだけだった。

 俺にとっては不要な情報だったため、それを知っても心を揺らさないためにそういった事情に関しては前の世界から踏み込み過ぎないように過ごしていた。

 聞かずに知らずにいたかった。

 俺は人を殺して生きてきたのだから

 もし、その中に俺の知っている人間がいたなら、俺が手にかけた人間がいたならと考えたら。

 

  次は俺は・・・

 

 その妻を子供を友人を知り合いを・・・

 

 俺をその妻が子供が友人が知り合いが・・・

 


  ・・・殺すのだろう



 責任逃れ、だとは思うだが。

 

  ”古来征戦幾人回”


 書店で見かけたその言葉。

 俺はその場にいたとしても書物を見るのと同じ。

 他人の生に対しても、死に対しても無関心。

 ただ自身が自身の大切な人が生きているならいい、死ななければいい、人の生死などその程度。

 だが、君を失ってから少し変わった。

 もう自身の生死にも興味がなくなっていた。

 だた呼吸をし食べ物を口にし排泄しているだけの人形のようだった。

 君の願いのままただ死なないでいただけ。

 そして別世界に来たと言うのに俺は変わらずに、この剣を手にして人を殺すのだろう。

 そういう生き方しか知らないのと死の近いところで生きて死を渇望するのだろう。

 

  俺は何を浮かれていたんだ・・・

 

 忘れていたわけではない。

 だが、自身の置かれた状況に混乱していた。

 知れずに踏み込んでしまっていた。

 これ以上は情が移ってしまう。

 恩を返した後は俺はあの子らと無関係でなくてはいけない。


  ・・・だと言うのに


  ”それでも貴方は生きてください””私達と生きてください”


 俺を抱きしめた彼女はそう言っていた。

 そんなことをしていたら俺が望んでいた結末に届かない。

 事情さえ知れればもう終わってしまっていいのに。

 いっその事この場で果ててしまって構わないのに何故・・・。

 それ以上の考えを止めて両手に握った剣を抜いた。

 考えたところで望むものは変わらない。

 望んだところで願いはかなわない。

 ただただ剣を振り回すように鍛錬を始めた。

 なにも考えずになにも思わないように。

 そして疲れ果てて地面に倒れるように横になり空を見上げる。

 遠く遠く光る星々を眺め自身の思いなど生き死になど在り方などこの星のひとつにも過ぎないのだろうと目蓋を閉じた。




 ・・・・・・



 ・・・・・・




 「ん・・・龍さん・・・」

 「・・・ん?」

 眼を開くとすでに朝日が昇る頃だった。

 「おはようございます。龍さん。そんな格好では風邪を引いてしまいますよ」

 傍には馬騰さんが覗き込むようにして座っている。

 体を起こして挨拶を返す。

 「体を拭いて着替えてきたらいかがです。貴方の元着ていた服は昨日のうちに洗濯をして部屋においておきましたので」

 その言葉に従って一度体を拭いて元々着ていた服に袖を通すがやはり袖は折らないとだめなのかと自身の体の変化にがっくりときた。

 着替えを終え革のベルトで剣を腰に下げてまた中庭に戻る。

 そこには昨日と同じように棒を持った馬騰さんの姿があった。

 違うとすれば持っているのは一本だけでそれが木製ではなく金属製だという事くらい、それは槍の穂先を外したものだろう。

 また機会があればとは言っていたが二日連続という事だろうか。

 「昨日は私の得意な長物だったにも関わらず一本取られてしまいましたから。少し本気で鍛錬いたしましょう」

 町から帰った俺が槍ではなく剣を手にしている事からそう言ったのだろう。

 だが、正直に上げるなら剣も得意という事もない、得手不得手がないのが俺の特性だと思っている。

 絶対なる一つを持たずに千、万でも持てるものを利用しているのが俺の戦い方。

 その中に棒や槍といった長物、剣や銃、無手に短剣などがあったに過ぎない。

 多目的性重視で剣を持っているだけ長物よりはやや使いやすいというだけ。

 「今日もお手合わせお願いいたします。その前に少し体を動かされますか?」

 「いえ、剣が馴染む程度には昨日動かしましたから馬騰さんさえよければ」

 「では、昨日と同じ寸止めで行いましょうか」

 馬騰さんは穂先のない槍を構える。

 俺も剣を二本両手に構える。

 馬騰さんはその姿にやや不思議そうな顔をしていたが、面白いといった風に口の端が持ち上がり槍を握り直す。

 鍛錬といえどこうして相手と対峙すると雑念を捨てられる。

 自身よりも強い相手なら尚の事。

 どちらともなく動き出し組み手が始まった。



 十数合のやり取りをしたが互いに決定な一撃はない。

 正確な事を言うならどちらも攻めているようで防御を意識しているせいで攻め手に欠けている。

 自己評価するなら上手く誤魔化せていると言ったところ。

 同じ槍同士では単純に強いものには敵わない。

 もっと言うなら時間稼ぎならできているだけそれが昨日よりは長いだけ。

 虚がつければ良いが相手の意識が防御に向いているうちは簡単に虚をつけない。

 恐らくはその意図を読まれているため数ある剣の型を節約しながら攻撃を返していくが、切り替えしの際に少なからず俺の手の内を晒さずを得ない。

 対して馬騰さんは言葉の通りに昨日よりも鋭い槍捌きを見せた。

 突き、払い、振り下ろす、俺の攻撃を受けては避け、弾き、逸らすその全てが流れる川のように途切れず止まらず行われる。

 言葉にするのは簡単だがそれを出来る人間はそうはいない。

 攻守の切り替わりの時、突きを放った後や攻撃を受けた時その全てが止まらず次への複線となる。

 緩急の付けられた一撃一撃は攻め難く守り難い。

 受けるたびに剣を弾かれるたびに腕が痺れ握力が奪われていく。

 払われる一撃を受けると体の芯が痺れる。

 時間が過ぎるほどに体力の差、力量の差でジリ貧状態になっていく。

 一度距離を取れると呼吸を整えながら馬騰さんと見据える。

 「すぅぅ、ふぅ。今日はなかなか取らせてもらえないですね」

 「お互い様ですよ。私も太守などと呼ばれていますがそれでも一武人ですから取られてしまった分を取り返したいと思うのですよ」

 「ならそろそろ俺が本気にならないと終われないという事ですか」

 俺に向けた瞳はそのままに口元だけを上げる。

 「そういうことです」

 「なら、全力を出さざるを得ないですね」

 構えを取り直す。

 正面を見て背をやや前傾にする。

 右手を片手で正眼に構え、左手の剣は逆手にして腰の位置に収めるように構える。

 馬騰さんには気の流れで虚など見切られてしまうかもしれない。

 「はあぁあぁぁぁぁっっ!!」

 気を扱ったり気の流れなどは感じる事は出来ない、だが全身を血が流れるのを意識して流れる血が熱くなるのを強くイメージする。

 内気功で咆哮しそれを外側に力を出す。

 それで少しでも馬騰さんが困惑してくれれば御の字と自身の中の力の流れを変える。

 体を熱く、心を冷たくする。

 咆哮と共に吐き出した息を深く吸い込み余った分を軽く吐き出す。

 馬騰さんが槍を少し上げるのを確認した瞬間に構えをそのままに駆け出す。

 近づいてくる俺に向かって牽制でありながら必殺の威力を持つ突きが繰り出される。

 それを避けずに正眼に構えた右手で打ち払うように内側に逸らす。

 体の捻りを利用して飛び込み、逆手の剣で逸らした槍を沿うようにして首筋へと振りぬく。

 普通の使い手ならそれで終わる。

キーンッと逆手で振りぬこうとした剣は馬騰さんの振り上げられた槍に巻き上げられて宙を舞う。

 次いで来るのは振り下ろされる一撃を残った一本で受ける。

 飛び上がって宙にある体はそのまま地面に強制的に戻され膝をつく。

 「ぐっ」

 上半身のねじりで受けた一撃を逸らしてもう一度体全身で飛び込み右手の剣を伸ばして突き出す。

 だが、当然の如くの左側から払いの一撃が振るわれる。

 そこまでは予想通りだ。

 払われる一撃を左手でもった鞘で受け止め衝撃を回転して右手の一撃を加速させ喉元に突きつける・・・はずだった。

 だがその一撃を馬騰さんは前に踏み込み上半身を右に逸らして避けられる。

 「なっ?!」

 読みきられていなければ避けれないタイミングだったそれは宙を突く、手首を返して軌道を払いに変えようとしたがそれも許されなかった。

 前に踏み込んできた馬騰さんはそのまま距離を潰し、槍を回転させ石突を前に突き出して俺の右脇に差込み回転するように俺との立ち位置を入れ替え俺を地面に倒す。

 地面に倒された俺は体勢を直す間もなく顔面に槍を突きつけられた。

 「これで一本あり、でしょうか」

 「はははっ、貴方も人が悪い。負けましたよ」

 昨日のやり取りの逆転。

 そこまで宣言して一本取り返したというわけだろう。

 負けを認めると馬騰さんは槍をどけて手を差し伸べてくれた。

 「ふふふっ、少々意地になってしまいました」

 「意地?」

 「えぇ、お互いあの子達の前で簡単に負けるわけにはいかないでしょう」

 気づけは昨日鍛錬を馬騰さんが見ていたところに馬超達三人が立っていた。

 昨日に続いて今日まで鍛錬に集中しすぎたのかほかに意識が回っていないとはまだ余裕が足りていないという事だ。

 「では私は朝の用意をいたしますので後をお願いしますね・・・娘達との約束があったのでしょう」

 普段なら朝早くに起きて眠気が抜けていないだろうに三人は先程の立会いで眼が覚めてしまったようだった。

 眼を輝かせて中庭に駆け下りてくる。

 「本当に貴方には敵いません」

 では、と中庭に俺達を残して馬騰さんは駆け寄ってきた娘達に何か耳打ちをしてから母屋へと戻っていった。


 







NextScene

++矢の雨と、渇望の渦++  



例によって解説と言うか弁解です

前後分割upなのに投稿が遅れてすみません。m(__)m

前話からの流れで修正と言うか後編を何種類か書いていました。

早く次にいくための短縮版とかホウトクさんの二度有ることは三度ある版等々でも作者としてはオリ主うじうじ版は必要と思いこちらにしました。


補足と言うか蛇足です。

作者の武術知識は+拳児+に依るものが大きいです。

なかなか文字だけで攻防書くと・・・技量が足りないです。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ