第82話 鬼の目にも涙
地球
2031年11月1日土曜。
ポルガンの誕生日まで、あと2ヶ月と15日。
精神と時の空間。
88日目。
時の間に居られる時間、あと392日。
♪なんてことないさー♪
♪そんなことないさー♪
テレビから流れる一回目のお使いのCMソング。
「まきちゃん、桜子ちゃん、フルーチェって美味しいみゃーね。」
フェイ太郎は大きなスプーンでフルーチェを口いっぱいに頬張り、幸せそうに耳を揺らした。
「あたしもフルーチェ大好きー!」
桜子も笑顔でスプーンを持ち上げる。
「そう? 良かった。」
まきは優しく笑った。
「いろんな味があるから、また作ってあげるね。」
「まきちゃんが作ったのー?」
フェイ太郎が目を丸くする。
「天才シェフだみゃー! オイラびっくりだみゃー!」
三人は笑い合った。
テレビでは、パンダがエオンモールの新人教育を行っていた。
「お客様は神様です!」
『お客様は神様です!』
従業員達が一斉に復唱する。
「生産者様! 我々販売スタッフは女神様です!」
『生産者様! 我々販売スタッフは女神様です!』
まきは思わず吹き出した。
「相変わらずねぇ、パンダ。」
その時。
胸元のペンダントが淡く光る。
『まき! 今からそっち行っていい?』
深雪の声だった。
「どうしたの、深雪? もちろん大丈夫だよ。」
ぽわん。
ドコデモゲートが開き、ウニクロの黒い服を着た深雪が現れた。
「まき……。」
顔を見た瞬間だった。
堪えていたものが一気に溢れたように、深雪の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「えっ!?」
「どうしたの、深雪!」
まきは慌てて駆け寄った。
「パパだー! 泣き虫ー!」
桜子が笑いながら抱きつく。
「深雪だー! 深雪、いい匂いだみゃー!」
フェイ太郎も足元へ飛びついた。
まきは深雪の涙を指で優しく拭う。
「フェイ太郎、桜子を連れてスミットへ行ってきてくれる?」
「牛乳とフルーチェお願い。」
「分かったみゃ!」
深雪が鼻をすすりながら言った。
「お、俺も行くぅ……。」
「スミットのお寿司食べたい……。」
まきは思わず笑う。
「じゃあ、まず泣き止まないと。」
ティッシュを差し出した。
「ほら、鼻かんで。」
「一体どうしたの?」
深雪は何度も頷きながら鼻をかむ。
「うん……。」
「訓練生として入ったイケメン俳優の五十嵐薫がさ……。」
「俺とすれ違う時に『気持ち悪い』って言ってきたんだ。」
「取り巻きの俳優達まで……。」
「ディレクターのくせに目立ち過ぎだとか……。」
「ホモみたいで気持ち悪いって……。」
また涙が溢れる。
まきは深雪の肩を抱いた。
「あーあ、また泣いちゃった。」
「深雪ってさ。」
「周りからは強そうに見られるけど、本当は繊細なせんこちゃんなのよね。」
優しく頭を撫でる。
「よしよし。」
「美味しいお寿司食べたいんでしょ?」
「買い物行こう。」
「フェイ太郎、みんな運べる?」
フェイ太郎は困ったように耳を倒した。
「さすがに重すぎて無理みゃー。」
深雪が涙を拭きながら笑う。
「俺、一人でなら飛べるぜ。」
「長距離は無理だけど。」
◇
スミット。
「今日はパパも一緒なのね!」
店員が笑顔で頭を下げる。
「訓練頑張ってください!」
「はーい!」
さっきまで泣いていたとは思えないほど元気よく返事をする深雪。
寿司コーナーへ一直線に向かう。
「これも!」
「これも!」
次々と寿司をカゴへ入れていく。
二十パック。
「さすがにお金ないから、このくらいで我慢!」
まきが笑う。
「レオンとパンダにもあげるの?」
「うん!」
「みんなで食べる分!」
さらに深雪は自分用の弁当も選び始める。
「これは今から食べる!」
「寿司と!」
「唐揚げ!」
「天丼!」
「食べ切れるの?」
「えへへ。」
その頃。
フェイ太郎が牛乳とフルーチェを抱えて走ってきた。
「持ってきたみゃー!」
全員が好きなお弁当を選び終え、会計を済ませる。
深雪はレジ袋を豹柄の四次元収納ポシェットへ放り込んだ。
「便利なポシェットねぇ。」
「だろ?」
得意そうに笑う深雪。
◇
「いただきまーす!」
四人で食卓を囲む。
「はぁ……美味しい。」
深雪は幸せそうに唐揚げを頬張る。
「桜子。」
「フェイ太郎。」
「まき。」
「唐揚げ一つずつ分けてやるからな♡」
「ありがとう深雪ー。」
「太っ腹だみゃー!」
「ありがとーパパ!」
「ありがとう、深雪。」
食卓には笑顔が戻っていた。
◇
「ふぅ……。」
食べ終えた深雪は、そのまままきの膝へ頭を乗せた。
「もう……。」
「嫌なこと全部忘れちゃう。」
「俺はゲイじゃないし。」
「格好いい!」
まきはクスッと笑う。
「深雪はゲイじゃないわよ。」
「ちょっと綺麗な子が好きなだけ。」
優しく髪を撫でる。
「パパ甘えん坊ー!」
桜子が抱きつく。
「桜子もギュッてするー!」
「オイラがギュッてしてやるみゃ。」
フェイ太郎が桜子を抱きしめる。
「フェイ太郎大好きー!」
部屋中に笑い声が響いた。
安心した深雪は、そのまま静かに眠りについた。
◇
二時間後。
ピピピピッ。
スマートウォッチのアラームが鳴る。
「ん……。」
深雪は目を擦りながら起き上がった。
「じゃあ行ってくる!」
「パパ頑張るよ!」
「めげない!」
「泣かない!」
「怒らない!」
「またね!」
「レオン!」
「飛ぶぞ!」
深雪はぽわんと言う音と共に部屋から跡形もなく消えた。
◇
精神と時の空間。
「おっと。」
レオンが飛び込んできた深雪を受け止める。
「お帰り。」
「……ちょっと太ったんじゃないか?」
深雪はムッと頬を膨らませた。
「そんなこと言うなら!」
「お前達に買ってきたスミットのお寿司、お前にだけやらないぞ!」
レオンは笑う。
「悪かった。」
「ありがとう。」
少し離れた場所。
訓練生達がその様子を見ていた。
「三角ディレクター。」
「またドクターレオンとイチャイチャしてますよ。」
取り巻きの俳優が笑う。
「本当に腹立ちますよね、五十嵐さん。」
五十嵐薫は黙ったまま深雪を見つめていた。
「……五十嵐さん?」
「どうしたんです?」
「いつもの五十嵐さんらしくないですよ。」
「あ……あぁ。」
五十嵐は小さく息を吐いた。
「何でもない。」
だが、その視線は深雪から離れなかった。
(男の癖に……。)
(なんで、あんなに可愛いんだよ……。)
五十嵐は、自分でも理解できない胸のざわめきに、小さく眉をひそめた。
フェイ太郎みゃ!
五十嵐薫って、カッコいいけど意地悪みゃねー




