済 第58話 修行だ!②
地球。
西暦2031年10月20日火曜
ポルガンの誕生日迄後2ヶ月と27日。
精神と時の空間。
1日目。
時の空間に居られる時間、後480日
「精神と時の空間での最初の修行よ!」
ミカエラの声が、広大な訓練場に響き渡った。
レオンと深雪、踊り子達。
魔王軍の魔法兵士。
法王庁の騎士団70名と、各領地から集められた白魔法使い達70名が、ミカエラとユリウスの前に整列している。
「レオン、深雪! それから踊り子達も、魔王軍魔法兵士の黒魔法と、剣による物理攻撃を、防御しないで受け続けなさい!」
「えっ?」
深雪が思わず聞き返した。
「最初の修行はレベル上げよ!」
ミカエラは腰に手を当てる。
「レオンは、この前のダンジョンでかなりレベルが上がったけど、深雪は死んだからレベルが上がってないわ!」
「死んだのに、そこは何も貰えないのかよ」
深雪が不満そうに呟く。
「死んだ人間がレベルアップしてどうするのよ!」
ミカエラは深雪を指差した。
「取りあえず百回! 死ぬギリギリまで攻撃を受けなさい!」
「百回も死にかかるの?」
「くれぐれも、本当に死ぬまで攻撃を受けないようにね!」
ミカエラは銀色の指輪を掲げた。
「限界までいったら、すぐに名乗り出ること。この指輪が赤くなるから、黙っていても分かるけどね」
続いて、法王庁の騎士団と白魔法使い達へ向き直る。
「法王様の騎士団、その他の領地の白魔法使い達は、回復魔法に交代で専念しなさい!」
「攻撃する者も、回復する者も、きちんと回復の泉を使うの!」
「魔力や体力が減ったまま、無理に続けるんじゃないわよ!」
「分かったわね!」
「はい!」
白魔法使い達が一斉に返事をする。
「それから深雪!」
「はい?」
「着替えなさい」
ミカエラは、深雪が着ている踊り子の聖具を指差した。
「その聖具、回復力が高すぎるわ! それを着たままじゃ、どれだけ攻撃されても死ぬ寸前までいけないでしょう!」
「了解でーす」
深雪は気の抜けた返事をした。
「ところで、百回も死にかかるとどうなるんですか?」
深雪は少し不安そうに笑う。
「痛いのは嫌だなぁ」
「痛覚は、今から渡す指輪で鈍らせるわ」
ミカエラは深雪とレオンへ、青色の指輪を渡した。
「完全に痛みが消えるわけではないけど、耐えられないほどではなくなるわ」
「それなら、まあいいか」
「その他の魔道具は着けないでね」
今度はレオンを見る。
「レオンも、不誠実の指輪と、痛覚を鈍らせる指輪と、通話用のネックレス以外は全部外しなさい」
「分かった」
レオンは身に着けていた魔道具を、一つずつ外し始めた。
ユリウスが白い髭を撫でる。
「レオンは百回も死にかかれば、魔力も体力も、今の二倍くらいになるじゃろう。深雪は二十倍は硬いな」
レオンが自分の手を見つめた。
「それなら、かなり強くなれそうだな」
「ナルとリアとママはどうするの?」
ナルがユリウスを見上げる。
「リア、痛いのは嫌だなぁ」
リアは不安そうに、レオンの脚へしがみついた。
「お前達は、死にかけるような修行はせん」
ユリウスが優しく笑う。
「パンダとリアとナルは、身体を鍛えるだけでよい。わしが三人の指導をする」
「あーパンダは筋トレしたくないにゃ」
パンダは嫌そうに顔をしかめた。
「身体を鍛えるのは大切じゃぞ」
「パンダは頭脳担当にゃ」
「身体が弱ければ、頭脳を使う前に倒されるぞ」
「あー聞こえないにゃー」
パンダは両手で耳を塞いだ。
「それより、外に出て情報を得たいにゃ」
「子供達をよろしく頼むにゃー。バイバーイ!」
ユリウスが止める間もなく、パンダは精神と時の空間の出口へ走っていった。
結界を抜け、そのまま外へ出ていく。
「あ、逃げやがった」
深雪が呆れたように言った。
「ママ、ずるい!」
ナルが叫ぶ。
「リアも外に行きたい!」
「駄目じゃ」
ユリウスは二人の肩を押さえた。
「お前達は、きちんと修行をするぞ。テレビクルーは誰を撮影する?」
深雪がテレビクルーに指示する。
「俺はドクターレオンと三角ディレクターの修行をカメラで撮ります。」
「ナル君とリアちゃんは音声担当が撮影します。照明担当は異世界の観光地でも撮影させます。」
高橋が答える。音声と照明が頷く。
その数分後。
精神と時の空間の入口が開いた。
「ただいまにゃー!」
パンダが戻ってきた。
その後ろには、魔王真央、ポルガン、橘。
さらに、大量の荷物を抱えた五人の従者達が続いている。
紙袋や箱が積み重なり、従者達の顔はほとんど見えない。
「結界から出た所で、みんなに会ったにゃ」
パンダが平然と言った。
真央はミカエラの姿を見つけると、嬉しそうに駆け寄った。
「ママー!」
「水戸内原のエオンモールで、色々使えそうなグッズを買ってきたよー!」
「あらー!」
ミカエラは真央の服を見て、目を輝かせた。
「真央、素敵な服ねー」
真央は得意そうに、その場でくるりと回った。
「でしょー?」
「ポルガン君に選んでもらったの!」
「とてもよくお似合いでしたので」
ポルガンが微笑む。
真央は嬉しそうに、ポルガンの隣へ並んだ。
「ちょっと待っててね、真央!」
「全員、鍛錬を始めなさーい!」
ミカエラの大声が響いた。
「踊り子達は、すぐに深雪の服を着替えさせて!」
「はい!」
踊り子達が一斉に深雪へ駆け寄る。
「ちょっと待って、ママ!」
真央が慌てて両手を広げた。
「まだ鍛錬を始めないで!」
「何よ?」
「レオンと深雪を、ちょっとこっちへ連れてきて!」
真央は従者達が抱えている大量の荷物を指差した。
「私達、エオンモールのDASASOで、凄い魔道具を買ったのよ!」
「みんなに見てほしいの!」
「DASASOで魔道具?」
ミカエラが眉を上げる。
「そう!」
真央は深雪へ手招きした。
「ちょっと深雪、レオンに抱きついてみて!」
「は?」
深雪は自分を指差す。
「ついでにキスでもして、レオンのこと魅了してみてよ!」
「真央様、随分と大胆な実験ですね」
橘が静かに言う。
「魅了解除の魔道具なんだから、先に魅了させないと試せないでしょう?」
「それはそうですが」
呼ばれたレオンと深雪が、真央の前まで歩いてくる。
「こうかー?」
深雪は悪戯っぽく笑うと、レオンの腕にしなだれかかった。
「おい、深雪」
「ちょっと我慢しろよ」
深雪はレオンの肩へ腕を回す。
身体を密着させ、その頬へ軽く口づけた。
「……っ!」
レオンの顔が一瞬で赤くなる。
「や、やめろ! 深雪!」
口では拒絶しているが、深雪から視線を離せない。
耳まで真っ赤になり、呼吸も少し荒くなっている。
「やっぱり魅了されてる!」
真央が叫んだ。
「ちょっと、あんた達! 荷物を降ろして!」
真央が従者達へ指示を出す。
五人の従者達は、抱えていた荷物を床へ並べた。
「あー、どの袋だっけ?」
真央は紙袋の中を、次々と探し始める。
「確か、DASASOの袋に入れたはずよ」
「こちらではありませんか?」
ポルガンが白い袋を手渡した。
「それ!」
真央は袋の中を漁る。
「あった、あった!」
真央が取り出したのは、蛇腹状に折られた大きな紙製のハリセンだった。
「これよ!」
「それが魔道具?パワーは感じるけど。」
ミカエラが目を細める。
「まだ分からないけど、凄い力を感じるの!」
真央はハリセンを両手で握る。
そして、魅了されたままのレオンへ近づいた。
「いくわよ!」
パシーン!
乾いた大きな音が、訓練場中へ響き渡った。
「えっ!」
レオンが頭を押さえる。
その直後。
レオンの赤かった顔が、元の色へ戻った。
深雪へ向けられていた熱っぽい視線も消えている。
「あれ?」
レオンは何度か瞬きをした。
「僕は、どうして深雪に抱きつかれているんだ?」
「治ったにゃ!」
パンダが声を上げた。
「叩いた瞬間、すぐにレオンの魅了が解けたにゃ!」
「成功よ!」
真央はハリセンを高々と掲げた。
「DASASOのハリセンは、魅了解除の魔道具だったのよ!」
「最初から魔道具として売っていたわけではないと思いますが」
橘が小さく付け加える。
ミカエラは真央からハリセンを受け取ると、表と裏を何度も確認した。
「何よ、これ!」
「凄い魔道具じゃない!」
ミカエラの目が輝く。
「お手柄よ、真央! ポルガン! 橘!」
真央は胸を張った。
「十個も買ってきたよ!」
「十個もあるの!?」
「十個で銀貨一枚くらいだったわ!」
「そんなに安いの?」
ミカエラは興奮しながら、ハリセンを握り締めた。
「ほかに何を買ったの?」
「いっぱいあるよ!」
真央が床に並んだ荷物を指差す。
「全員、修行を始めるのじゃー!」
ユリウスが大声を上げた。
「お披露目は後じゃ! いつまで遊んでおる!」
「そうだったわ!」
ミカエラは、はっと我に返った。
「レオン! 深雪! 元の位置へ戻って修行を始めなさい!」
「踊り子達は、すぐに深雪を着替えさせて!」
「はい!」
踊り子達が深雪の両腕を掴んだ。
「ちょっと待て、自分で着替えられる!」
「聖具は扱いが難しいので。私達が脱がせます!」
「引っ張るなって!」
深雪は踊り子達に囲まれ、そのまま更衣用の幕の奥へ連れていかれた。
しばらくして、踊り子の聖具から、動きやすい簡素な訓練着へ着替えさせられた深雪が戻ってくる。
指に痛覚を鈍らせる指輪以外、魔道具は身に着けていない。逃げ出さないように魔道具のヘアピンは取り上げられた。
「これ、普通の服すぎない?」
「修行に色気はいらないわ!」
ミカエラが言い切った。
レオンも不誠実の指輪、痛覚を鈍らせる指輪、通話用のネックレス以外を全て外し、深雪の隣へ立つ。
その向かいには、黒魔法を放つ魔法兵士達と、剣を構えた魔王軍兵士達。
踊り子達も訓練着へ着替え、二人の横へ並んだ。
「それでは始めるぞ!」
ユリウスが片手を上げる。
「攻撃する者は、相手の指輪が赤くなったら直ちに攻撃を止めるのじゃ!」
「白魔法使い達は、限界まで体力を減らした後、完全に回復させる!」
「これを百回繰り返す!」
「はい!」
「第一回目!」
ユリウスが勢いよく手を振り下ろした。
黒い炎。
雷。
氷の刃。
魔法兵士達の攻撃が、一斉に放たれる。
「うわー! 本当に防御しちゃ駄目なのかよ!」
深雪の叫び声と共に、黒魔法が炸裂した。
レオンも歯を食いしばり、剣による攻撃を全身で受け止める。
「痛覚を鈍らせても、痛いものは痛いな!」
「だから死にかける修行なんじゃ!」
ユリウスが楽しそうに笑った。
「頑張れ、お前達!」
一方。
訓練場から離れた静かな休憩室。
ミカエラ、真央、ポルガン、橘、パンダが、エオンモールで買ってきた品物を机の上へ並べていた。
本来は異世界の観光地を撮影する予定だった照明も、真央たちが大量の買い物をして戻ってきたのを見て、
「こっちの方が面白そうですね」
と笑いながらカメラを構え、そのまま買ってきた品物の撮影を始めた。
従者達も、次々と袋や箱を運び込んでいる。
「凄い! 凄い! 凄い!」
ミカエラは、子どものように目を輝かせた。
「この魔道具十個が、銀貨一枚で買えるの?」
「だから、まだ魔道具として売られていたわけではありません」
橘が訂正する。
「魔力を込めたら魔道具になるんだから、同じようなものでしょう!」
ミカエラは、今度は扇子を手に取った。
「それに、この扇子!」
広げると、鮮やかな模様が現れる。
「素敵ー!」
ミカエラが扇子へ軽く魔力を込める。
すると、扇子の周囲に小さな風が巻き起こった。
机の上にあった紙が、クルクルと宙へ舞う。
「ほら!」
「少し魔力を込めただけで、立派な旋風の魔道具になったわ!」
「これも十個で銀貨一枚?」
「それも一個、銅貨一枚くらいだよ」
真央が答える。
「安すぎるわ!」
ミカエラは次々と袋の中身を取り出した。
鏡。
収納用品。
化粧用のブラシ。
玩具の剣。
光る棒。
小さな鈴。
髪飾り。
「これも魔道具にできそう!」
「これも!」
「こっちは魔力を込めれば、魔物を探す道具になるかもしれないわ!」
「でかしたわ、真央!玩具の剣は魔力強化用にナルとリアに持たせましょう。軽くて扱いやすいわ。」
「えへへ」
真央は得意そうに笑う。
ミカエラは、改めて真央の服を眺めた。
「それに、この真央の服!」
「素敵すぎるわー!」
真央は嬉しそうに裾を持ち上げた。
「SARAで買ったの」
「ポルガン君が選んでくれたんだよ」
「真央様に似合うと思いましたので」
ポルガンは少し誇らしそうな顔をしている。
「決めた!」
ミカエラが勢いよく立ち上がった。
「私もエオンモールへ行きたい!」
「買い物に行くわ!」
「今すぐよ!」
ミカエラは橘とパンダを交互に見る。
「橘! パンダちゃん!」
「案内して!」
ポルガンも静かに手を挙げた。
「俺も真央様と、もう一度行きたいです」
「橘、良いでしょうか?」
「魔道具にできそうな商品の買い物と、エオンモールの視察です」
真央は、得意そうな顔でポルガンの隣へ立った。
「私達、今度はもっと詳しく見たいの!」
橘は少し考えた後、頷く。
「分かりました」
「今度は水戸内原ではなく、幕張新都心のエオンモールへ行ってみましょう」
「店舗の規模や構成も異なりますので、比較するには良いと思います」
「SARAは入っていないかもしれませんが」
「えー!」
真央が残念そうな声を上げる。
「ほかの服屋もたくさんあります」
「それならいいわ!」
橘はパンダへ向き直った。
「パンダさんはどうしますか?」
「あーパンダは、少し調べたいことがあるにゃ」
パンダは腕を組む。
「だから別行動するにゃ!」
「みんな、買い物を楽しんでくるにゃ!」
「取りあえず、明日の朝、精神と時の空間から出るにゃよ」
ミカエラは、DASASOで買ってきた扇子とハリセンを手に取った。
「この扇子とハリセンは、ここへ置いていくわ」
「修行中に魅了された者が出ても、すぐに叩けるようにしておかないとね」
そして、真央の服を上から下まで眺める。
「真央、服を貸してね!」
「さすがに、この服じゃ幕張を歩けないんでしょう?」
ミカエラは、自分が着ているエルフのセクシーな衣装を摘まんだ。
金色の刺繍。
長い裾。
宝石の付いた絹のロングドレス。
どう見ても、普通の買い物客ではない。
「サイズは同じよね?」
「多分、同じくらい!」
真央が頷く。
「いっぱい買ったから、好きなの選んでいいよ、ママ!」
「助かります」
橘も真央へ頭を下げた。
「お願いします、真央様」
訓練場からは、深雪の叫び声が聞こえてくる。
「ちょっと待って! もう赤くなってない!?」
「まだ橙色じゃ!」
「赤と橙色なんて、攻撃されながら見分けられるかー!」
パシーン!
今度は剣の一撃が、深雪の背中へ命中した。
「ひっでぇー!」
休憩室の中で、真央が首をかしげる。
「深雪、大丈夫かな?」
「死ぬギリギリまでは大丈夫よ」
ミカエラは真央から借りる服を選びながら、平然と答えた。
「さあ、幕張へ行く準備をしましょう!」
修行を続ける者達。
エオンモールへ向かう者達。
そして、別行動で何かを調べようとしているパンダ。
精神と時の空間の中と外で、それぞれの時間が動き始めた。
パンダだにゃ!
パンダは頭脳担当だからにゃ!
諸葛孔明もビックリの戦術を探し出すにゃ!
おっ楽しみににゃ!




