第96話 深雪オジちゃんの悩殺
精神と時の空間――舞台演習場。
舞台の上では四十八名の踊り子たちが、一糸乱れぬ動きで踊っていた。
舞台袖では舞台演出家や照明担当、音響担当が慌ただしく動き回る。
中央では五十嵐薫が腕を組み、鋭い視線で踊り子たちを見つめていた。
「そこ、もっと腰を落とせ!」
「腕が遅れてる!」
「次!」
舞台いっぱいに緊張感が漂う。
その時だった。
舞台袖へ、小さな二つの影が現れる。
リアとナルだった。
花火工房へ向かう途中、舞台演習場の前を通り掛かったのである。
深雪は二人に気付くと、嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
「リアー!」
「ナルー!」
舞台の上から大きく手を振る。
その瞬間――。
パシン!
「痛っ!」
五十嵐の扇子が深雪の頭を軽く叩いた。
「三角。」
「集中しろ。」
「す、すみません!」
「すみません!すみません!」
深雪は何度も頭を下げる。
「大体、お前は踊りが雑なんだ。」
「神具の力に頼り過ぎている。」
五十嵐は深雪を指差した。
「その神様から貰った神具、脱げ。」
「しばらく普段着で踊れ。」
「えぇぇぇ!?」
「返事。」
「は、はい!」
踊り子たちが笑いながら深雪の神具を脱がせ始める。
その様子を見ていたリアが首を傾げた。
「深雪オジちゃん、お役御免になったの?」
ちょうどその時。
ペットボトルの麦茶を片手に、レオンが通り掛かった。
「お前達仕事はクビか。」
レオンは笑いながらリアとナルへインカムを差し出す。
「二人も着けてごらん。」
「みんなの話が聞こえるから。」
「ありがとう、パパ!」
リアとナルは嬉しそうにインカムを耳へ付けた。
「パパも、お役御免になったの?」
リアが尋ねる。
「違う違う。」
「休憩時間に深雪をからかいに来ただけ。」
レオンが笑うと。
深雪も思わず吹き出した。
「プアハハハ!」
その笑い声に五十嵐が咳払いする。
「ゴホン。」
「……。」
深雪は再び九十度のお辞儀。
「すみません!」
「すみません!」
舞台袖では高橋がカメラを構えたまま呟いた。
「俺の三角ディレクターが……。」
舞台演出家も苦笑する。
「あーあ。」
「衣装を着て踊るのはミカエラさんの指示だったんですけどね。」
踊りの指導者も腕を組む。
「神具の力を借り過ぎています。」
「普段着で基本からやり直した方が良いでしょう。」
五十嵐が振り返る。
「レオンさん。」
「ちょっと舞台へ上がってもらえますか?」
「僕?」
レオンはリアとナルを軽々と抱き上げ、そのまま舞台へ飛び上がった。
「なんだい?」
「そこに立っていてください。」
五十嵐は深雪を見た。
「おい三角。」
「着替えたらレオンさんを魅了してみろ。」
「神具なしでどこまで出来るか見てやる。」
レオンは不思議そうな顔で、リアとナルを舞台におろした。
深雪は真剣な顔で頷いた。
「……はい。」
着替え終えると、ゆっくりレオンへ近付く。
普段着姿の深雪は、腰を少しくねらせ、視線を下から甘く持ち上げた。
そして首へ両腕を回し、わざと体を密着させる。
「レオン……。」
吐息が耳にかかるほど近い。
「今夜は……優しく、してね?」
甘い声が、くすぐるように耳の奥へ滑り込む。
「なっ……!」
レオンの顔が一瞬で真っ赤になった。
麦茶を持っていた手が、わずかに震える。
「…………。」
完全に魅了されている。
踊り子の一人が礼儀正しく頭を下げた。
「失礼します。」
ハリセンがレオンの頭へ炸裂する。
パシン!
「痛っ!」
レオンは我に返った。
「レオンさん。」
「チョロ過ぎですよ。」
五十嵐は腕を組んだ。
「今度は俺にやってみろ。」
「俺を魅了してみろ。」
「五十嵐さん!」
「やめた方が!」
取り巻き二人が慌てて止める。
「うるさい。」
「俺は男は嫌いだ。」
「魅了なんかされるわけがない。」
「レオンさんじゃあるまいし。」
深雪は静かに、しかし少し色っぽく腰を揺らしながら近付く。
「薫ちゃん……。」
両腕を首へ回し、体をぴったり寄せた。
温かい吐息を首筋に吹きかけ、頰へ軽く、湿ったキスをする。
「もうちょっと優しく、お・し・え・て?」
甘く、ねっとりとした声。
唇が少し離れる瞬間、わざと舌先を軽く触れさせた。
舞台中が静まり返る。
「…………。」
五十嵐は真っ赤になった。
耳まで火照り、唇がわずかに震えている。
リアが目を丸くする。
「ナル。」
「すごい。」
「五十嵐さん、深雪オジちゃんに悩殺されてる。」
ナルも頷く。
「真っ赤。しかも耳まで。」
インカム越しに、その声は舞台中へ響いた。
「ち、違う!」
五十嵐は慌てて叫ぶ。
「悩殺なんかされてない!」
「息がくすぐったかっただけだ!」
「それに……舌、触れてたろ!?」
「わざとだろ!?」
リアが真面目な顔でナルへ言う。
「ナル。」
「そういうこと言わないの。」
「五十嵐さん、可哀想でしょ。」
再び舞台中が静まり返る。
深雪は慌てて五十嵐から離れた。
「すみません!」
「五十嵐さん!」
「俺、踊りの基本からちゃんと勉強します!」
五十嵐は真っ赤な顔のまま咳払いした。
「……よし。」
「舞台演習、最初からやり直し!」
「はい!」
踊り子四十八名が一斉に返事をする。
その様子を見ていた舞台演出家助手は笑顔でリアとナルへ声を掛けた。
「リアちゃん、ナル君。」
「次は花火師さんの工房へ案内しますよ。」
「本物の舞台は、花火と一緒になって完成するんです。」
リアとナルは顔を見合わせる。
「うん!」
「行こう!」
二人は舞台へ手を振ると、舞台演出家助手と一緒に花火工房へ向かって歩き出した。
舞台の上では、五十嵐がまだ少し顔を赤らめたまま、深雪を睨みつけていた。
「三角。」
「次は絶対、神具なしで踊らせるからな……。」
深雪は小さく笑いながら頭を掻いた。
「はい……。」
一方その頃――。
リアとナルは、舞台演出家助手に案内されながら花火工房へ向かっていた。
どうも、五十嵐薫の取り巻きーずの一人櫻井です。
俺達、五十嵐さんと同じ事務所のイケメン俳優二人組です。
実は俺、櫻井と加藤は深雪ファンクラブに入ってます。
まあ、五十嵐さんには怖くて言えないけど。加藤なんてファンクラブNo.二桁なんですよあなた!
あ、五十嵐さんが来る!内緒ですからね!内緒!




