第三十六話 撤退
地下施設最深部。
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ミーミル・アーカイブ。
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警報音が鳴り響く。
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赤い警告灯が規則的に点滅し、巨大な記録庫を不気味な色に染めていた。
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天井は十メートル以上。
太いコンクリート柱が並び、その間を無数の保管ラックが埋め尽くしている。
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数百台の保存装置。
天井を這う通信ケーブル。
壁際に並ぶ大型冷却設備。
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低い駆動音が地下空間全体へ響いていた。
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ミーミル・アーカイブ。
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それは研究施設ではない。
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ミーミル計画で生み出された全ての記録を保管するための施設だった。
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研究報告書。
実験記録。
通信履歴。
関係者名簿。
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七年前に終了した計画の痕跡が、この地下深くに眠っている。
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まるで巨大な墓所だった。
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「全部は持ち出せません!」
通信担当の隊員が叫ぶ。
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「データ量が大きすぎます!」
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サミュエルは頷いた。
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最初から分かっていた。
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アーカイブに保管された全ての記録を持ち出すことなど不可能だ。
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「エドワード関連だけを抽出しろ。」
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「了解!」
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検索プログラムが走る。
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数万件の記録。
膨大な映像データ。
研究報告書。
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その中からエドワードに関係するデータだけが選別されていく。
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エドワード関連データ転送率。
八十一%。
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その時だった。
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通路の奥から重い金属音が響く。
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ガコン。
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ガコン。
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防爆扉が順番に開いていく。
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複数の白い光。
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戦術灯だった。
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警備部隊が包囲網を狭めている。
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サミュエルは周囲を見回した。
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巨大なアーカイブは地下施設の一部に過ぎない。
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地上には研究棟。
発電施設。
レーダー施設。
港湾区画。
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地下には管理区画。
保守通路。
設備区画。
そしてアーカイブ。
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この島そのものが巨大な研究要塞だった。
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その頃。
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施設中央管理区画。
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巨大モニターには島全体の見取り図が映し出されている。
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赤い点が侵入者。
青い点が警備部隊。
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施設責任者は静かに状況を見つめていた。
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その横にはマーカスの姿もある。
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「何を回収していると思う。」
施設責任者が尋ねた。
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「エドワード関連でしょう。」
マーカスが答える。
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短い沈黙。
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そして小さく呟いた。
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「まだ諦めていなかったか。」
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施設責任者は小さく頷く。
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「七年前の真実に辿り着こうとしている。」
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「だが遅すぎた。」
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マーカスは黙ったままモニターを見つめる。
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そこにはアーカイブへ向かう警備部隊の位置が表示されていた。
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「生け捕りは可能か。」
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施設責任者が尋ねる。
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「可能なら。」
マーカスは短く答えた。
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「だが優先順位は記録の保護です。」
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施設責任者は満足そうに頷いた。
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「その通りだ。」
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その頃。
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地下施設最深部。
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ミーミル・アーカイブ。
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エドワード関連データ転送率。
九十二%。
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隊員たちは必死に作業を続けている。
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警報音。
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冷却装置の駆動音。
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そして近付いてくる足音。
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巨大な記録庫は徐々に緊張感に支配されていた。
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その時。
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一人の隊員が声を上げた。
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「隊長!」
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サミュエルが振り返る。
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モニターにはエドワードの最終報告書。
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【提出先:マーカス・ヘイル】
【日付:七年前】
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そして。
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一行だけ閲覧できる文章。
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【ミーミル計画は人類に制御できない】
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全員が息を呑んだ。
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その警告だけで十分だった。
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エドワードは何かを知った。
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そして。
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それを止めようとしていた。
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その瞬間。
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通路の奥から怒号が響いた。
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「侵入者を確認!」
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「前進!」
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「出口を封鎖しろ!」
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警備部隊だった。
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防弾装備。
ライフル。
大型シールド。
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十名以上の兵士たちが隊列を組みながら前進してくる。
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銃に装着された戦術灯が暗い通路を照らした。
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白い光がアーカイブ内部へ伸びる。
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サミュエルは素早く周囲を確認した。
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警備部隊は正面通路から接近している。
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アーカイブへ続く唯一の正規ルートだった。
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だが。
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保守用搬入口へ続く退路はまだ生きている。
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問題は時間だった。
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このまま敵が前進を続ければ。
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退路も封鎖される。
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「転送を急げ!」
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「隊長!」
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「データを持ち帰る。」
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「それが任務だ。」
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警備部隊との距離は二十メートル。
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十五メートル。
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十メートル。
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大型シールドの後ろからライフルが向けられる。
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だが発砲はない。
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生け捕り命令が出ているのだろう。
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サミュエルはそう判断した。
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そして。
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モニターに表示される。
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エドワード関連データ転送完了
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サミュエルは即座に叫んだ。
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「撤退する!」
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隊員たちは端末を回収する。
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保守用搬入口へ向けて駆け出した。
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潜入任務は終わった。
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だが。
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ここからが本当の戦いだった。




