第3話 資本主義の犬
結局1ヶ月はここに滞在することが確定し、私はしばらく不機嫌であったが、流石に現実ではあるまいと思い直し、なんとかご機嫌に戻ろうと頑張った。
せっかく明晰夢なら楽しもう。そもそも本当に異世界なら、言葉だって通じないはず。てことはこれは夢なのだ。夢の住人が、自分らの消失を恐れて夢じゃないと必死に否定しているだけ。起きた後は、クリエイターになってもいいかもしれない。この世界の出来事をもとに、一本映画か小説か……。でも、そんなに甘い世界じゃないか。
「はぁ……それで、私に二代目勇者になれってこと?」
「そういうことです」
「でも、私、勇者になったとして、ずっとここにいることはできないよ。お金貯めて帰るからね」
「いいんです。勇者といえばあの男、ではなく、勇者というジョブをつくる……それが本プロジェクトの目的です。国家単位のプロジェクトですから、できれば成功させたいところです」
「できれば、なんだ。控えめだね」
「ええ。そもそもが、すこしばかり無茶な話ですから」
チェレーゼはどこからかホワイトボードを持ってきて、なにやらきゅっきゅと書き始めた。
「あなたが地球に戻る方法は、いくつかあります。注意すべきことも」
ひとつめ、と言いながら、親指を横向きに立てる。人差し指を縦に立てるのでないのは、文化の違いだろうか。
「先ほどご説明したとおり、二代目の勇者となり、ピグイタンに勇者というジョブを作ること。それを通じて、勇者を目指す気力と希望を国民に与えることです。そうすれば私たちは満足してあなたを地球へ帰せます。私たちもタダ働きはできませんのでお金は必要ですが、勇者ともなればちょいちょいと払えるでしょう」
ちょいちょいと、じゃないんだよ。と思いつつ、いいやこれはフィクションのキャラクターなのだ、漫画に出てきたらいい性格をしてるし美人の萌えキャラだ、と思い直して怒りを抑えた。
ふたつめ。今度は人差し指を立て、銃を撃つポーズのように手首をひねって横向きにする。
「あなたが勇者になれないと証明すること。つまり、力不足であることを証明する……あなたが逆立ちしても先代勇者ほどの名声は得られないと判明し、新たな勇者候補を呼ぶ必要性に迫られれば、あなたのことは不要となりますので、この場合も地球にお帰しできます」
「なんか失礼だな……」
声が漏れてしまった。魅力的なキャラクターも、実際に会話をしているとイラつくものらしい。私は彼女をできるだけキャラクターとして細分化することで、アンガーマネジメントを試みた。
銀とも白ともつかない艶やかな長髪を、不思議な髪型に……少なくとも地球ではあまり見ない、形容がむずかしい編み方にしている。よく見ると、後ろ髪は短く、長いのは前髪だけのようだ。
こちらをチラチラ見る目は、幅の広い平行二重。一年で一番気持ちがいい日の空のような、水色の瞳を持っている。
神官みたいな服はやはり白と青で構成されていて、その白というのもオフホワイト、青は若干紫に近い濃紺だ。良く似合っている。ブルベっぽいな……ブルベ冬だろうな。
そう考えているうちに、みっつめ。中指を立て、手も縦に戻す。数えるたびにゆらゆらと揺らすのがピグイタン風らしい。あるいは煽りの可能性もある。
「あなたが勇者になる前に、ピグイタンから勇者が現れること。突如天才が生まれるとか。とにかく、これらに共通することは、私たちは勇者を必要としている……ということです」
「よくわかった。そんで、注意点っていうのは?」
ホワイトボードに、おそらく現地の言葉で1、2、3と書かれ、今までの説明の要点が書かれていた。その下にガッと線が引かれ、また何やらよくわからない文字が書かれはじめた。注意点、という意味であることはわかった。不思議な感覚だ…… 読めないはずなのに、全部読めている。
「ひとつめ。死なないでください。私たちは死者を復活させる技術を持ちません。ふたつめ。異界へのワープホールを作れる技術チームは私たちの他にいません……今のところは。ですから、私たちの誰一人にも攻撃を加えるべきではありません。みっつめ。あなたが異界人であることはできるだけ隠してください。偽のプロフィールを用意しています。他国の田舎出身といえば、ある程度常識がなくても問題ありません……よろしいですか」
喉奥がひゅっ、と鳴った。
「死、死ぬ可能性、やっぱあんの?」
「私が守ります。ですが、ゼロとは言えません。清廉潔白な市民だって通り魔に殺されることはありますからね」
「……あなたは……チェレーゼさんは強いの?」
「少なくとも、この部屋の中では一番。ですが、あなたがいずれ一番になるでしょう。最初から危険に晒したりはしません、あなたひとりに、たくさんの血税がかかっていますから」
そう言ってチェレーゼは指ハートのような形を作った。この世界でお金を意味するジェスチャーだろう。予算予算予算、お金お金お金。しまいには見積もりに1ヶ月! イメージされるファンタジーな異世界とは随分違う。日頃仕事に追われてるから、資本主義に毒されて、夢の中まで侵食されたのだろうか。最悪だ。助けてくれ。
「あ、そうだ」
チェレーゼは、忘れてた、と言いながら胸の辺りにある内ポケットか何かをゴソゴソと弄り出す。
「私の名刺です。申し遅れましたが……国営セレンゼ神殿補佐神官、兼、科学省技術部信仰科学研究課長、二代目勇者育成プロジェクトのリーダー。チェレーゼ・イグノジーと申します。どうぞ、呼び捨てにしてください」
私も資本主義の犬である。つい名刺を取り出そうとしたが、あるわけもなく、パジャマの胸ポケットを空しく叩いた。




