ほんとうの名前
ガネットが手錠の代わりに魔力素子を抑えるブレスレットを持ってきてくれて、コロネの拘束を解くことができた。そのまま捕虜室1……ナカネの入っている捕虜室3からはかなり離れている……へ、コロネを入れる。そのまま、尋問用のデスクで向かい合った。部屋の中には他に、書き物をする机と布団がある。
「……殿下は」
「悪いけど、ピラセ・ラピに帰らせる。向こうでどういう扱いを受けるかは知らないけど……この前会ったカナデ・ネガダって人いるでしょ? 彼女の心配は本物だった。きっとよくしてくれる」
「……カナデ様。時々、殿下からお名前を聞いたわ」
コロネは頬杖をつきながら、遠い目をして語った。
「影武者とはあまり関わらない方だった。私たちが表に出ているときも……多分、気づいていたのね。必要がなければ話しかけてこない」
「……」
「影武者としては恐ろしかったわ……欺けない存在なんて、いてはならないもの。本来なら」
「そっか」
コロネはこちらを向き、まっすぐ私の瞳をとらえた。
「……私は、どうなるの?」
「多国籍隊の班長になるんだよ」
「……本気?」
「本気」
しばらく睨み合いが続く。
「言ったでしょ。全部が終わったら班長にするからねって」
「……呆れた。私がここで働くインセンティブが何かあるわけ?」
「わかってるでしょ? クラコ殿下の生の様子を聞くには、私を介するしかないってこと」
「……」
「もし殿下のことなんてどうでもいいって、心から思える日が来たら……それはそれでいいことだから、その時は転職してもいいんじゃない?」
私の発言に、彼女はため息をついた。そして、話題を逸らした。言い返せなかったのだろう。
「……殿下は……幸せに生きられるかしら」
「会いにいけばいいじゃん」
「……は?」
「気になるなら会いにいけばいいよ。私がカナデと話してあげる」
「……殿下が私を許さないわ。本当は、全てのしがらみから逃れられるはずだったのに」
「もし怒られたらさ、そんな主捨てちゃえ。私なら部下の献身に感謝こそすれ、恨まない」
「簡単に言うわね……」
呆れたような顔をするコロネ。私は身を乗り出し、もっと呆れたような顔をしてみせた。
「殿下、殿下っていうけどさ。あの人、そんなにいい主に見えないよ。元カノに今カレとの縁結びを手伝わせるとか、サイコパスでしょ」
「……王族は自由恋愛なんて出来ないのよ。やっと見つけた本物の愛だもの。何に替えても守りたかったのよ」
「だとしてもさぁ。私なら無理、ムカつくわ……現恋人との恋を手伝わせるだけであり得ないのに、男って。マジで無理」
「……なんか、私怨が混ざったような言い方に聞こえるけど」
「……実は男と浮気されたことがあって……」
「……ふふっ。あなた、同性愛者なのね」
「あっ」
コロネはくすくすと笑っている。私は誤魔化すように咳払いをした。
「……ともかくさぁ。そんな酷いことする人よりも、私の方が、いい主だと思わない?」
「……は?」
「私ならあなたを身代わりにしたりしないし、僕のことは全力で守る。それこそ、何に替えたって」
「……」
コロネは私をじいっと見つめた。
「……なんか、勧誘ってより告白みたいな顔ね」
「……もういなくなってほしくないの。コロネ、あなたをもっと知りたい……作られたあなたじゃない、本当のあなたを」
「……あなたも、作られたソメヤ・イストゥールばかり見せてるくせに」
「!」
動揺して足を組み替える。狭い空間で、コロネの足とぶつかってしまった。あっ、と声を上げると、コロネが私の手を掴み、自分の方へ意識を向けさせた。
「性的指向だけじゃない。同類だからわかるの。あなたは役目に過剰適合してる。何かを隠している」
私は思い出す。「人の秘密を聞くなら自分から」と言った、彼女の言葉を。
「私の秘密……」
「……ええ」
「……ごめん、本当に言えない。本当に言えないんだけど……」
私は項垂れた。どうしても、どうしてもそれだけは……異界人であることだけは言えない。言ったらどうなってしまうか、私の想像力ではわからない。
「でも……ひとつだけ」
だけど……このぐらいなら。覚悟を決めて、前を向く。
「私の本名は、染谷いつな。どうか2人きりの時は……イツナと呼んで」
コロネはしばらく黙り込んだ。
「……イツナ」
「うん」
「……バカな人」
「うん……」
「どうしてここまでしたの……」
「わかんない。顔が好みだからかも」
「ふふっ、なにそれ……この顔は偽物だけど、悪くない気分ね。……まるで、自分でいるみたい」
「……どういうこと?」
「私の元の顔は、変身魔法だけでなく整形手術も併用して、ほとんど本物のクラコ殿下の顔だったから……今の顔の方が、自分って感じがするの。名前も……人様のものだけど……もう、セファ・ルルよりもコロネ・ココロの方が……私って感じ」
「じゃあ、コロネって呼ぶよ。いつまでも」
「……うん」
コロネの手の震えが、私にも伝わった。二人の鼓動が連鎖するように、脈も早くなっていく。
「ありがとう……勇者……ソメヤ・イツナ。殿下のことは許せないけれど……」
手の甲に、私のものでない雫がぽたりと落ちる。
「イツナ、あなたと出会えてよかったと……そう思ってしまうのが苦しいわ」
それからコロネはしばらく泣いた。敬愛するクラコ殿下を守りきれなかったこともそうだけれど、ずっと自分として生きられなかったことも、愛する人が自分を駒としてしか見ていなかったことも、本当は全てが苦しかったのだろう。すべてを解放するメシアを求めていた……それが私だった。
私はコロネを何も知らない。けれど、これから知っていきたい。
落ち着いてきた頃合いで、ハンカチでそっと顔を拭った。顔を背けられた以前と違って……コロネはなされるがままだ。やさしくやさしく拭って、汗でじっとりと張り付いた前髪を避けてやった。妙に扇情的なその顔を見ていられず、私は慌てて目を逸らし、ハンカチを渡した。
「……ふっ」
コロネがいつもの調子で笑う。不思議に思って視線を戻すと、いきなり顎を手で掴まれ、次の瞬間、唇が触れていた。
「んっ……!?」
1、2秒ほどだっただろうか。ただ唇を重ねただけのキスだが、私の顔がしっかり紅潮していくのがわかる。
「物欲しそうな顔だったから……違った?」
生唾を飲んだ。
──え、私たち、そういう関係になるの?
「……ち、ちがわない……けど……」
「ふふ」
一度キスをすると、彼女が妙に可愛く見えてきて、私の心臓は早鐘を打った。あ、ああ、だめだ。元々好みの顔だったのもあって……完全に呑まれてしまう。
「これからよろしくね、イツナ」
「……は、はい。コロネさん」
「はははっ! なにそれ! 結構手慣れてそうだと思ってたのに……ねえタチ? ネコ?」
「た、タチです」
「くっ……ふふっ……」
「バカにすることかなぁ!?」
「いや……タチっぽいけどぽくないというか……ふふふ……」
「うるせー!!!」
一応今まではバリタチのフェムとしてやってきたのだが、明らかに小馬鹿にされている。言い訳するのもダサいが、何か言わずにもいられない。
「いやほら、ビアンだし能動的に探さないと恋人なんかできないと思ってたから……ピグイタンにもきたばかりだし、恋愛の準備ができてなかったっていうか……」
「それもそうね。本当偶然。珍しいことだわ……神のお導きじゃないかしら」
「コロネって、結構信仰あるの?」
「え、ないわけないでしょ……どこまで異常者だと思われてたの?」
「あ、あ、そうだよね。ごめん」
いつの間にか涙は収まり、楽し気に笑っている。その笑顔を永遠にしたいと思った。
「えと……ねえ。彼女って呼んでいいのかな」
コロネのとろけるような、不思議な眼差しが、私の顔を一周まわった。見定めるように。
「そうね。僕って呼ばれるよりは、彼女の方がずっとマシ」
こうして私たちは恋人同士になった。薄暗い捕虜室の中で、私たちは再度キスをした。




