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2仁田祥子

ページ数は、手が覚えていた。テーブルに着くなり雑誌をパラパラとめくっていく。

お目当てのページには、クリスタルの輝くトロフィーを両手に抱えた、眩しいばかりのアイドルが載っていた。

「祥子」

聞き慣れた声がして、私はさりげなく雑誌を閉じて顔を上げた。

見慣れたその顔は、少しやつれているようにも見える。

新生児との格闘ぶりが見てとれる。

「姉ちゃん。この間ぶりだね」

私の言葉に姉がほおを緩めた。

「こんなに短期間で会うことなんてなかなかないんじゃない?」

髪が伸びたのか、後ろで一つにまとめていた。2人目が産まれてすぐ会いに行った時は少しふっくらとしていたが、少し痩せたようだ。

「旦那さん、今日休みなの?」

「いや、仕事。上の子は保育園だし、下は義理の両親に預かってもらってる」

へぇ。そんな信頼関係が出来上がっていたとは。

「ここのパスタ屋、久しぶりにきたけど、相変わらず人の入りはまばらだねー」

姉があたりをざっと見回してそう言う。平日の昼間。ママ友らしき集まりのテーブルと、その隣には老夫婦が座っていた。

「不景気で店も結構潰れてるのに、ここが生き残ってるのが不思議なのよね」

姉妹揃って失礼極まりないことを堂々としゃべっていると、店員さんがお冷を持ってやってきた。

「明太クリームパスタと…」

姉が、予想通りのものをオーダーする。

昔馴染みの店にきて、昔と同じものを食べる。姉らしい、と思ってしまう。

「この間さ、懐かしい曲を聴いたんだ」

姉は、その時に戻りたいんだよね、とぼそっと呟いた。

「そうなの?」

姉が弱音を吐くところをあまり見たことはなかったので少し驚いた。いつも模範的な道を進んでいる姉は、私と違って要領が良く、そんなに悩んでもいないんだろうなって勝手に思い込んでいた。

「あの時はちょうど旦那と付き合ってた頃で。まだ仕事も張り切ってやってたなぁって思い出したのよ」

うん、とだけ私は相槌を打った。ストローの袋を開け、お冷の入ったグラスに差し込む。

「子どもがいない人生もありだったなって。もしいなかったら私はきっと…バリキャリになってたかも」

姉は少し砕けた調子でそう言った。

「まー、公務員でバリキャリっていうのも居場所なくしそうだけどね」

軽くフォローを入れておく。

「まあね。だから転職とかしてさあ、もっと頑張って他の道いく選択肢、あったのかもなあって今になって思うわけ」

私は、うーん、と唸って、テーブルの端にあったアンケート用紙とペンを手に取った。裏面の白紙部分に、一本の線を書いた。

「まずここがスタートライン。大学行って、いくつかある職業から公務員をえらんだ、と」

線は複数に分岐させ、そのうちの一本を強くなぞった。

「そして姉ちゃんは結婚し、子どもを産んだ」

分岐した線は更に複数に分かれ、その中の一本の道を進んでいく。

「パラレルワールド的な世界が広がっているとしたらさ、今の選択をしなかった姉ちゃん。たとえば営業職についてバリバリ働いてタワマンに住んでるとして」

「タワマンかぁ〜いいねぇ〜」

姉が笑って答えた。

「別の世界の、子持ちの姉ちゃんを羨ましく思うかな?」

姉は黙った。お冷をぎゅっと握りしめている。

「…わからない」

私は姉の方にぴっと指をたて、続けた。

「たぶんね、羨んでると思うよ。子持ちの人生もありだったかなぁ〜って、多分このパスタ屋で私に言ってる」

姉がえー、そうかなぁと笑った。

「どんな道を選んでも、いつかは振り返る時がくるからさ、姉ちゃんはきっと今、そういう時期なのよ。あの時はよかったなぁーって思える今があるってことは、それなりにいい人生なんじゃない?」

私とは真逆の生き方をしてきた姉。あれこれ迷いながら、周りの声に惑わされながらも姉ちゃんは自分が望む道を歩いているのだ、きっと。そしてそれは私も同じ。

「まー、私が思うに、姉ちゃんは性格的にバリキャリには絶対ならないから、この選択肢自体、ナシかな」

そう言って、枝分かれした一本にバツとつけた。

「可能性が一個減っちゃった」

しょんぼりして言う姉がなんだか可愛い。

「だからさ、いくらやり直したところで、本人が変わらない限り同じ選択をし続けるのかもね」

「残酷だなぁ〜」

と答える姉を見ながら、私はさっきみた雑誌のことを思い出していた。

あの輝くトロフィー。

限界などまるでないかのように上へ上へと突き進むあのアイドルはきっと、自分の中に宇宙よりも広い可能性と、その先に見える輝かしい未来を感じているだろう。その微笑みは眩しくて、妬ましい。私である限り乗り越えられそうにない壁をひょいひょいと超えていく。

あの雑誌のあのページを何度も見ては心がキリキリしていた。私にはきっと無理なんだろうと。同僚に足を引っ張られたり、独立の道を断たれたり、そんなんばっかりだ、最近。

「祥子?」

やけにいい匂いがするなと思ったら、目の前にパスタが到着していた。姉が心配そうに覗き込んでいる。

アンケート用紙に書かれた枝分かれの線を見た。どの道を選んでも、私である限りこんな気持ちに苛まれるのだろうか。




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