クリーン活動
夏休み。太一は姉の総美からアルバイトをしないかと声を掛けられた。人手があると助かると言う事で相棒の速水貴真を誘った。二人とも裕福な育ちなのでアルバイトによる小遣い稼ぎは初体験である。
「まずはこれに着替えてもらうわ」
二人は総美と同じ上下一体型の作業服を渡された。
「仕事については道中で説明するわ」
十人乗りのワゴンカーで現場に向かう。後部は座席を倒して道具が積んである。
「私は家業の一環として空き家の管理委託業務をやっているのだけれど。その過程で様々な雑務が発生するのよ」
持ち主が引っ越して家の中が空な場合には、維持管理だけを行えばいい。問題は荷物が残っていた場合である。
「家主立会いの下で不要物を処分するのだけれど、どうしても捨てれらないモノが発生するわね」
貴重品は持ち帰ってもらうか、貸金庫に保管する。持って帰れないモノについては貸し倉庫へ移すのがベストであるが、事情に応じて置きっ放しになる場合もある。
「その場合はリストを作成して定期的にチェックする。経年劣化が激しい場合には確認の上で処分になる事もあるわ」
「保管料をケチったら、損害を被るのも致し方ないですね」
と太一。
「倉庫業も兼業すればさらに儲かるのではないですか?」
と貴真に言われて、
「あまり手を広げすぎるのもねえ」
と苦笑する総美。
「倉庫として使う物件を別に用意しなければならないでしょう」
「コストに見合うリターンが得られるかが鍵ね」
等と言っている間に現場に到着する。
経験者の太一は外で草刈り機を担当し、貴真は中で総美の手伝いをする。
車から道具を取り出す太一に、
「気を付けてね」
と声を掛ける総美。
「なるほど。そう言うことか」
鬱蒼とした草むらの中に空き缶や空き瓶が放置されている。恐らくは不法投棄だろう。
太一はまずゴミを回収して缶と瓶を分別して袋にまとめた。その作業中に不審なバイクが二台やって来て、一人が空き缶を敷地内に放り投げてくる。
太一は黙ってそれを拾う。
「あんた誰だ」
「それはこちらの台詞だよ」
売り言葉に買い言葉。もう一人が空き缶を投げようと構えるより先に、太一の手にある缶がヘルメットを直撃する。
バイクごとひっくり返った相棒に視線を取られた隙を突いて、太一はもう一人に詰め寄って掌底を顔面にぶち当ててそのまま地面に押し倒す。ヘルメットをしているので手加減せずにそのまま気絶させた。
「てめえ」
起き上がって来たもう一人が殴りかかって来たが、軽く受け流して背後に回って右腕を首に巻き付けて締め落としてしまう。
二人をひもで縛って拘束すると、悠々と草刈り作業に取り掛かる。
「仕事が速いわねえ」
と中の仕事を終えて出て来た総美。
「その二人は?」
と貴真に訊かれて、
「ポイ捨ての実行犯。僕を呼んだのはこの為でしょう」
と答える太一。
「昼間からやらかしてくるとは流石に思わなかったわ」
今日は状況確認だけの心算だった。それを込みでの先程の台詞だった。
総美は車からファイルを取り出して、
「これはそこのカメラで撮った写真なのだけれど」
犯行の証拠写真だがヘルメットを被ったままなので、
「流石の神林でも個人の特定が出来なくてくてね」
「この二人も写っていますね」
ヘルメットとバイクの車種で同定が可能だ。
「名前は・・・」
既にスマホを取り上げて個人情報を入手済みだ。
「残りの名前は彼らから訊きましょうか」
一人ずつ家に入れる。総美が正面に座って尋問し、後ろに太一が立って肩に手を置いて動きを制する。残りの一人は外で貴真が見張ると言う配置だ。
写真を突き付けられると、写っているのが自分であることは簡単に認めたが、他のメンバーについては一切語らない。
「仲間を売らないと言う態度はある意味立派だけれど、手遅れなのよね」
と言って相手のスマホを取り出す。
「名前さえわかれば同定は容易なのよ」
そう言って相手の目の前で電話を掛ける。
「私が誰かって。貴方たちに迷惑を掛けらえたモノよ。お仲間を二人ほど預かっているわ。こちらの指定する場所に来るなら話し合いに応じるわ。来なければこのまま警察に任せるけれど。怖ければお仲間を集めて来ても構わないわよ。戦争になるだけだから」
「姉さん。喧嘩慣れしてますね」
と太一に言われて、
「そうかしら」
と苦笑する総美。
「あんたら一体?」
「私の顔を見ると、三人に二人は素性を察するのだけれど、貴方は少数派なのね」
「良かったじゃないですか。知っていてやっているなら少々厄介でしたけれど」
と太一が宥める。
「それもそうねえ」
総美が指定した会見場所は小高い丘の上。道は一本で夜は人が来ない。
「何人くらい来るかしらね」
呼び出したのは実行犯と目星をつけた三名だが、お仲間を連れてくることは咎めない。むしろ推奨した。人数が多ければ気が大ききなって喋ってくれるだろうと言う計算だ。無視されるのが一番面倒なのである。
「あのレベルなら二十人までは捌けますよ」
と太一。
「まあ、本気で喧嘩をしたいのは十人も居ないでしょうけれど」
車の前に二人を縛ったうえで座らせる。集まったのは十五人程度。十メートルほど離れた場所に白線を引いてそこを越えない様に警告を発した。
「こちらから指定した三名だけその白線のこちら側に立ってくれ」
と太一。
プリントした写真を三人それぞれに渡して本人確認をする。三人とも自分が映っていると認めたので、次の段階へ進む。
「君たちの犯罪行為はすべて録画してある。但し残念ながらヘルメットをしているのでこれだけでは証拠能力に乏しい」
「彼らが何をしたと言うのだ」
と後ろから声が上がる。
「単なる不法投棄ですよ。警察も簡単には動いてくれないから、自衛するしかない訳で」
と状況を説明すると、
「彼らの行為については自分が代わって謝罪する」
先程声を上げた人物が前に歩み出る。どうやら一団のリーダー格らしい。
「その謝罪は受け入れられませんね。現行犯で押さえた後ろの二人は別にして、こちらの三人はまだ犯行を認めていませんから」
「その点も含めて自分が引き受ける。その代わり自分と戦ってくれ」
「話が繋がりませんね」
と首を捻る太一。
「君は滝川太一君だろう。十代目獅子王の」
「へえ。僕が何者か知った上で勝負を挑むと言う訳ですか」
この手の相手も珍しくない。
「覚悟してくださいね」
挑戦者は白線を越えて、代わりに三名が後ろへ下がる。背は太一よりも小さい。動きからしてボクサータイプだ。対する太一は左足を半歩引いて右半身。左手は腰の後ろに回して右手を肩の高さに挙げて掌を前方へ突き出す。一対一でよく使う構えだ。そしてここから繰り出される多彩な技を見切ったものは一人もいない。
二人はほぼ同時に距離を詰める。そして次の瞬間には挑戦者は仰向けに倒されていた。
順を追って描写しよう。太一の右手が挑戦者を頭を鷲掴みにする。挑戦者は反射的にその腕をつかみに行ったが、その直後に両足を太一の右足に払われて後ろへ押し倒された。挑戦者の後頭部は地面すれすれで止まった。太一は仰向けになった挑戦者の上に腰を下ろして、
「まだ続けるかい?」
続けるも何も完全に詰んでいる。ここから逆転する手など存在しない。
「降参です」
挑戦者は太一の右手から手を放して大の字になる。
「この場合の勝ち方には二通りあって」
と後に太一は語る。
「相手の技をすべて受けきって勝つか、相手ににもさせずに瞬殺するか」
太一は後者を選んだわけだが、
「前者だと、挑戦者が弱いと言う事になって彼のカリスマ性が失われてしまう」
今回の勝ち方だと、太一の強さだけが際立つので現状の組織を毀損することなく太一がその上に君臨できる訳だ。
「箱根を制圧した時もそんな感じだった訳ね」
「さて改めて」
太一は立ち上がると、
「選択肢は二つ。犯行を認めて謝罪するならば、一週間の勤労奉仕で手を打つ。認めないならば、一週間ほど病院に入って反省してもらう」
後者は言うまでもなく病院送りにすると言う意味だ。
リーダーが瞬殺されたことで三人を庇うモノは誰も居ない。空気を察した三人は即座に前者を選択した。ギャラリーは皆引き揚げてリーダーだけは責任感から立ち合いを希望して許された。
「俺の出番はなかったな」
後詰で呼ばれていた竜ヶ崎麗一が木刀を携えて現れた。太一は二十人くらいなら捌けると言っていたが、麗一が木刀を持てば百人は軽いだろう。明らかにオーバースペックだ。
残った三人と先に捕えていた二人を加えて五人。それに立会人を務めるリーダー。車に控えていた総美が出てきて条件を提示する。
「一週間と言ってもぶっ通しではなく五日間。一日当たり五時間で、途中に一時間の休憩を挟むので最低でも六時間の拘束。昼休憩の食事はこちらで用意します」
これは太一たちに提示した条件とほぼ同じ。二人にはもちろんバイト代を出している訳だが。
「仕事を全うするまで、バイクは担保としてこちらで預かるわ。仕事の内容についてはこちらの契約書類に書いてあるから読んで頂戴」
と契約書を差し出す総美。
「一つ確認しておきたいのだけれど」
と太一。
「君らは何故こんなことをやっていたの?」
この直球な質問に、
「先輩がやっていたのを真似て」
その先輩の方は監視カメラに気付いて辞めたらしい。
「あいつらか」
名前を聞いて憤るリーダーだが、
「証拠が無いからねえ」
とサバサバとした総美。
カメラの設置に際して、分かり易く見せる事で威嚇抑制を狙った案と、証拠集めの為に割らない様に仕掛ける案が提示された。総美は手っ取り早く抑止を狙った訳だが、
「そこはまあ費用対効果もありますからね」
と太一。
「彼らに関して言えば、反省する機会を得て幸いだった」
と麗一が別の側面から意見を述べる。
「微罪の段階で発覚しなかったことで、エスカレートして取り返しのつかない犯罪に手を染めると言うのはありがちだから」
彼ら五人はこれをきっかけに就職先を得て更生を果たす。上手くすり抜けた悪い先輩の末路についてはまた別の機会に。