加減情緒
希総の後輩四人が卒業を控えて久しぶりに顔を合わせた。四年ぶりに春高バレーに出場した南高男子バレー部の応援の為である。
南高は秋には部活動を引退する。バレー部もその例外ではなく、彼らもインターハイの初制覇の実績を持って引退した。その後の新チームが出場して以来の春高出場になる。
南高男子バレー部は県内では未だに強豪であるが、三年生が抜けた直後はどうしても戦力が落ちる。
「やはりあの人の存在かなあ」
ベンチには顧問として野田(旧姓)刹那が座っている。実際の指揮は部の主将が執っているのだが、彼女がいるだけで味方の士気が上がり、相手は深読みして自滅していく。
刹那は夏の総体では女子部の担当であったが、総体は日程を考慮してバスケを男性教師が、バレーを彼女が担当することなった。バスケは女子部だけが勝ち残って初出場を果たし、バレーの方は男子だけが生き残ったので痛み分けと言う所か。
順当に勝利を収めた後輩を労いに行った四人は、先客と出くわす。
「妙な組み合わせだな」
そこにいたのは彼らと同学年の竜ヶ崎麗一。元剣道部でインターハイ三連覇を成し遂げた伝説の男だが、隣にいたのは御堂真梨世。一級下で北女の元生徒会長である。
「パートナーはあちらだよ」
刹那と語り合っているのは麗一の恋人瀬尾華理那。南高の元生徒会長で、真梨世と共に彼らの先輩神林希総の異母妹になる。
「奇遇。でもないか」
そしてもう一人が岩城正倫。四人の一人鹿角とは大学の同窓でチームメイトである。
「鹿角君。今日の試合の感想があったら話して」
と刹那が呼ぶ。
「彼らは四年前の卒業生。つまりインターハイ優勝メンバーよ」
と紹介すると、後輩たちから歓声が上がった。
鹿角以外の三人は、岩城とは試合ネットを挟んで対峙したことは有っても会話するのは初めてである。
「お時間があるなら、ランチをご一緒しませんか」
と真梨世に誘われて、
「お邪魔でないなら」
と返したのは真梨世と唯一面識のある菊池静馬。姉の羽衣音が真梨世と同じ北女の卒業生なのである。
真梨世が選んだのは都心の高そうな寿司屋であった。
「カード使えるかな」
と岩城がカードを見せると、奥の個室へ案内される。
「じゃあちらし寿司を八つとお任せで握りを六人前」
岩城がメニューも見ずに頼む。
「食べられるよね」
気になるのは胃袋ではなく懐である。
「取り合えず千円だけ出すよ」
と麗一が言うと、四人がそれに倣う。
「改めて自己紹介しようか」
と先陣を切った猪口。
「W大の猪口猛。卒業後は神林警備保障から内定を貰っている」
「兄さんの後輩ですね」
と真梨世に言われて恐縮している。
「K大でバケ学を修めた蝶野睦紀です。研究職としてMMMでお世話になります」
相手が御堂家のお嬢様なので丁寧に対応する。
「岩城と同窓で法学部の鹿角晃です。神林の法務部に採用になりました」
「M大の菊池静馬。松木先輩と同じくパルコムに所属することになっています」
「第四の男、ですね」
と華理那が笑う。
「岩城正倫です。卒業後は御堂財団で平理事をやることになっています」
「すると結婚が決まったんだな」
と察しの良い鹿角。
「卒業式の後で入籍して、五月には式を挙げるよ」
と岩城。
「今日はその打ち合わせが目的の半分なんです」
と真梨世。
「君たちも僕らの披露宴に参加してもらえないかな」
と言って招待状を差し出す岩城。
「友人が少ないのか?」
と揶揄する蝶野に、
「条件が厳しくてね」
真梨世の友人たちが結婚相手を探すために多く参加する。彼女たちの目に叶うような優良物件を集める必要があるのだ。
四人のうち、菊池のみは姉からの紹介で彼女持ちだったが、残り三人は大学に入ってからは女っ気なしだった。
「りーせと岩城さんの出会いもまれ兄さんの結婚披露宴だったものね」
と華理那。
「送迎が必要なら返信ハガキにチェック欄があります」
至れり尽くせりである。
そして四か月後。送迎バスの運転席には神林希総が座っていた。
妻の掟は妊娠中で欠席である。既に安定期であるが、着ていくドレスがないと言う理由で。
乗り合わせたのは四人の後輩たちに加えて、菊池の姉の羽衣音。そして大先輩の柳原高之である。
「ギハラ先輩も合コン要員ですか」
と失礼な蝶野に対して、
「俺は新婦側の参列者だけどな」
と答えをはぐらかす。
「君らは御堂本邸は初めてか」
と柳原。
「俺は大学時代に一度泊めてもらったことがあるが。御堂邸は上空から見るとMの字を描いていて」
と解説を始めた。
「神林邸とどっちが広いかな?」
「床面積の合計では同じくらいですね。敷地面積はうちが若干広いですが、御堂邸にはあの裏山がありますから」
と希総。
「昔は薬草園として使っていたらしいけれど、今は子供の遊び場になっていて」
「春ボンが一周五キロのクロスカントリーコースを作っていて。一緒に何週も走ったなあ」
柳原は春真と一緒に大学駅伝の助っ人を頼まれたことがある。
「あそこが出来たときに、兄弟でタイムアタックをした事がありまして」
一周のタイムでは総志が一番速かった。そこで三周でと春真が言い出した。三周のタイムでは春真が一番だったが、最後に五周に挑戦したら希総が一番になった。
トップスピードではダントツだった総志も、それを維持できるのは三十分程度。バスケならそれで十分だった。バレーは一定の得点が入るまで勝負が終わらないので、実力が拮抗する相手だと試合が長引く。セッターだった希総はスタミナに関しては一番で、一周のタイムも五周のタイムも、ほぼ一定のスピードで走っていた。
中庭は柵が設けられて、入り口で滝川太一と速水貴真が受付を行っていた。
「スマホやデジカメはここでお預かりすることになっています」
これは顔出しを避けている岩城家の人々が写りこまない為の配慮である。そのルールを了解できない人間は参加できない。
一行はそれぞれがご祝儀として一万円を包んできたが、希総だけが分厚いご祝儀袋を取り出す。母の希代乃と合わせて二百万。自分の結婚式で貰ったのと同額を返しただけだと笑う。
その後、受け取った撮影許可証を首から下げて、カメラを抱えて小走りで式場へ向かった。
「式場ってどこにあるんですか?」
と鹿角。
「あの正面の棟の向こう側に催事場があるんだ」
五十人の観客がゆったりと見られる規模で、その気になれば親族を入れることも可能だが、それだとこちらへの移動に余計な時間を要する。そこから出たアイディアがモニター中継であるが、これも兄春真の結婚式の前例がある。
会場内は大きく分けて三種類の集団がいた。
最も奥に集まっているのが新郎新婦の親族。岩城家の一族と御堂家の係累である。一族が使う東棟の近くに御堂家、客用の西棟の前が岩城家と言う配置になる。それぞれにテーブルが置かれて料理も別に運ばれる。
岩城家の人々は株式の配当と借地料だけで暮らしているが、その関係で趣味人が多く、楽器の習得を家風として課している御堂家とは話題に事欠かない。これが実用主義の神林家であったら・・・。
その次が二人の結婚を祝いに来た友人知人たち。菊池姉弟もここに加わった。
そして三番目が合コン組。もちろん新郎新婦を祝う気持ちはあるが、その上で幸せのおすそ分けに預かろうと言うのである。柳原と三人の後輩たちもここに混ざる。
第二と第三のグループは中央に置かれたテーブルから料理を取ることになるが、親族用と同じものが供される。
この料理だけでも十分に元が取れるであろうが、これに加えて御堂楽団から選抜された弦楽四重奏団が演奏準備を始めている。彼らには日当の他に一曲単位で追加の手当てが出る。受付の際にリクエストが出来る。予定曲の他にそれ以外の曲も可能なら演奏してもらえる。
雨の心配は無さそうだが、万が一の時には屋根が架かる仕組みが無されている。今はその骨組みだけが見えている。
「正面のモニターにご注目ください」
司会進行を務める水瀬麻里奈の声が響く。
モニターには三々九度の様子が流れているが、
「誰ですか。あの美人は?」
と言う蝶野の声を聞きつけて、
「私の姉よ」
と希理華が答える。
「久世希理華さん。北女の元生徒会長で、今は官房長官夫人だよ」
と柳原が紹介する。
「美人姉妹ですね」
とお追従を述べる猪口に、
「年は二十一も離れているけれどね」
「え」
「分かりやすく言うと、新婦の母上と同年齢よ」
「新婦の御母堂も若く見えるけれど、あの人はそれ以上ですねえ」
モニターが消えると、
「新郎新婦の入場までしばしお待ちください」
モニターの前に金屏風が置かれ、新郎新婦がそこに立つ頃にはモニターは撤去されていた。実に見事な手際である。
先回りした希総がこの場を代表してカメラで撮影する。これで彼の今日の任務はお仕舞いだ。
「この写真は後程引き出物に添えてお持ち帰りいただけます」
とだけアナウンスされて、カメラマンについての紹介はない。知るべき人間はすでに知っているし、知らない人間には知らせる必要がないのだ。
室町慶長氏による乾杯の音頭の後、新郎新婦はお色直しで一度引っ込む。
ここから第三グループの動きが活発になるのだが、触媒となって動いたのが春真である。
春真が行ったのは柳原に声を掛ける事だけ。彼が自分と親しい友人であることを周知させることで、妹である真梨世の友人たちが柳原達に声を掛けるきっかけを作った。
「真梨世の学友たちは、女子校育ちで男性慣れしていないからねえ」
一連のスケジュールが終わって両家親族が屋敷へ引き上げると、預けられていたスマホが返還された。新郎新婦の挨拶回りを撮影するためと言うのが表向きの理由で、二次会で参加達が連絡先を交換出来るようにするのが本筋である。
「収穫はあったかな?」
と聞いてきた春真。
「数人と連絡先を交換したけれど、ここから絞り込むのが難事だなあ」
と柳原。
四人はそれぞれ十人前後と連絡先を交換した。男女はそれぞれ二十人程度いたが、重複を考慮するとほぼ全員の連絡先が集まっていた。
まずは各人の本命を突き合わせる。互いの好みが異なっていて競合していないのが幸いだが、向こうにも選ぶ権利がある。
「こちらの本命と向こうの本命が合致していれば話は早いけれどね」
「出会って半年で結婚したお前が例外すぎるんだよ」
妹の方も出会って一年である。
「俺たちは家を背負っているから選択肢が限られる。選択肢が多すぎると却って決められない、と言う事もあるんじゃないかな」




