最後の後始末(その2)
台風が二つまとめてくるとは何とも慌ただしいものです。
外に出かけずに済めばよいですが、なかなかそうも行かないようで。いやはや。
(18/08/29)一人活躍を忘れていたので少し足しました。
「リリィィィィィィィッ!!」
その人物からは聞いたことないような悲鳴じみた絶叫が聞こえた。
ワイバーンの目の前からリリーを掻っ攫ったミスキスは、すでにリミッターを完全に解除したホバーボードを駆ってワイバーンの前から逃げ出す。
「……ミス姉ぇ。」
ゴツン。
両手でリリーを抱きしめているので、頭突きをして不満の意を表すミスキス。
「お姉ちゃんは怒ってます。」
ゴツンゴツン。
痛いというほどではないが、顔を伏せたまま何度も頭を打ち付けてくるので、別のところが痛む。
「そういうのはダメです。絶対ダメです。」
いつもよりも饒舌な、そしてどこか湿った声のミスキスにリリーも声が詰まる。
「ごめん……なさい。」
すっかり涙目だ。
「お姉ちゃんはいいです。いつでも妹の味方です。……だから一緒に叱られてあげる。」
ミスキスの言葉にリリーの顔が青ざめる。
「ハカセに叱られる……」
「うん、でも大丈夫。あの人はちゃんと謝れば許してくれる。」
「う、うん……」
「待って。」
不意に普段の調子に戻ったミスキスが言葉を切る。逃げていたはずだが、元々速度に優れているわけでもなく、軽いとはいえ少女二人が乗ることはジェラードでも想定していなかった。そもそも、人一人が乗る程度の大きさのないホバーボードというよりは、ディスクだ。実際に立てるのは一人だけで、そのミスキスがリリーを抱きかかえているような格好なのでバランスも取りづらい。
二人を追ってワイバーンが迫る。
「ミス姉ぇ!」
「……大丈夫。何があっても妹は守る。」
どこか覚悟したかのようにギュッとリリーを抱きしめて、それでも必死にホバーディスクを操って、ワイバーンから逃げようとするが、弱った獲物をなぶるように雑に尻尾の毒針を振るう。
「……!」
たまたま振り回した毒針の先端がホバーディスクを掠める。ゴリッと表面のプラスチックが削れ、内部の部品が散らばり、一気に高度が落ちる。ジェラードの安全設計のせいか、墜落とまではいかないが、不時着ぐらいの勢いで落下する。ただコントロールができずにフラフラとしていては今襲ってくれと言わんばかりだ。
もしかしたら笑ったのかもしれない。ワイバーンがトドメとばかりに尻尾の毒針を二人めがけて突き刺した。
「亜竜ごときが!」
裂帛の気合がほとばしる。
「可愛い妹たちに手を出すとは、真の竜の恐ろしさを知らぬと見える!」
二人で逃げ回っていたのは無駄ではなかった。ワイバーンを町に近づけ、そして町から再度出陣した者たち。どこか一か所でもミスがあれば成り立たなかった方程式。
「サク……姉ぇ!」
「うむ、なんとも心地よい響きよ。」
チン、とわずかに湾曲した片刃剣を鞘に納めると、サクはニコリと花が咲いたようなと表現したくなるような笑みを浮かべた。そのまま空中を蹴ると、二人の元に跳び、左右の腕で一人ずつ小脇に抱えると、再び空中を蹴った。
サクの声に一瞬気圧されたワイバーンだが、思い出したように尻尾を突き刺そうとして、絶叫した。
毒針を備えた尻尾が根元から断ち切られていた。あまりにも鋭い斬撃だったので、動かそうとしたときに初めて切られたことに気づくほどであった。
「で、二人とも息災であるな?」
「う、うん。」
「サク姉さんのおかげ。」
「うむ、ならば良し。」
痛みに怒り狂ったワイバーンが怨嗟の声を上げて、高度を落としながら空を駆けるサクたちを追う。
が、
「光の矢よっ!」
謎のローブ男が杖を振りかざすと、天空から無数の光が降ってきてワイバーンの両の翼に降り注ぐ。鎧に覆われた身体の部分はともかく、比較的弱い皮膜を次々と貫き、ボロボロになり浮力が失われワイバーンも高度を落としていく。
「どりゃぁぁぁぁぁっ!!」
正体を知っていたら、やや品のない叫び声を上げながら、もう一人の謎のローブ男が光に包まれた剣を大上段から振り下ろした。
剣から伸びた光がワイバーンの右の翼を切り裂く。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
一人の戦乙女が馬上槍を構えてワイバーンに突撃する。元より鍛え上げられた上に、魔法で強化された肉体は、ワイバーンの牙をかいくぐり、左の翼の根元へと馬上槍を導く。
沢山の魔獣を屠った為、槍というよりは太い鉄の塊になっていたが、突進力が皮膚や鱗の防御力を超え、翼の骨に痛撃を与えた。
両方の翼を傷つけられたワイバーンが地面に落下した。
「全員かかれ!」
テオの号令で、テオ達の部隊が、町の衛兵たちが、冒険者たちが一斉にワイバーンに襲い掛かる。尻尾を失い、両翼を傷つけられたとはいえ、まだ強靭な牙と足の爪がある。空を飛べなくなったとはいえ、決死のワイバーンは恐ろしい魔獣だ。
対するテオ達は波状攻撃で攻めては下がりを繰り返し、ワイバーンの狙いを散らし、消耗させる作戦に出た。確かにあちこち傷つき出血しているので時間はかかるが、これ以上の脅威がいないので、一番の安全策だろう。
が、魔獣の生命力は予想以上だった。
首を大きく振り、周囲を薙ぎ払う。
直撃を受けた者はいないが、それでも隊列を崩されて連携に支障がでる。効果的と理解したのか、再びワイバーンが首を振った。
「おらぁぁぁぁぁぁっ!!」
大楯のアンカーを地面に突き刺したバズが、ワイバーンの首を真正面から受け止める。押し戻されそうになるが、仲間たちがバズの背中を支える。
力が均衡して、双方の動きが止まった。
「お嬢! 今だ!」
微力ながらも動きの止まったワイバーンの首を棒で抑えながらテオが叫ぶ。
「お嬢!」「お願いしやす!」「頼みましたぜ!」「「「お嬢!」」」
あちこちから声が上がり、困惑するリリーに、ミスキスがどこかヨロヨロしながら彼女に素材不明のバトンを渡す。
「ミス姉ぇ……?」
隠していたわけじゃないが、リリーを助ける時に無理をしてあちこちの筋を痛めていた。さっきまでは興奮状態だったので忘れていたが、一息つけたせいか、それが一気にぶり返したのだ。治療が必要なまでではないがこれ以上の無理はできない。
「たぶん今一番動けるのはリリーだけ。そしてこれが使えるのもリリーだけ。」
「う、うん。」
「迷っている暇はない。もうみんな限界。最後の力を振り絞ってるだけ。」
人数がいたとしても人間と大型魔獣の力比べなんて長くもつものではない。
「一振りだけでいい。この武器は凄い。」
「ハカセの…… うん!」
颯爽とリリーが走り出す。その姿に直接ワイバーンと構えている者も、構えられなくなった者もお互いを鼓舞するかの如く歓声が上がる。
力比べもそろそろ限界でワイバーンが押し返ることに勝利の確信をしたとき、結局喰らうことができなかった、あの矮小な生き物の姿が見えた。手には武器とは思えない短い棒を持ってこちらへ駆けてくる。
興味が引かれたわけではない。もしかしたらどこか直感めいた危機感を感じたかも知れない。ただ、それは全て手遅れであった。
「とりゃぁ!」
どこか気の抜けた声でリリーが短いバトンを持った手を振りぬいて、
「!」
まるで手ごたえが無い、それこそ霧か煙を手で払ったかのような感じだ。ミスキスに言われて、ジェラードに渡されたゴーグル越しには光の線がワイバーンの首を通り抜けたように見えたのだが。
一瞬、戦場に静けさが降りる。
「?」
バズが小さく首を傾げる。
急にワイバーンから力が感じられなくなったのだ。
その巨大な頭がゆっくりと下がっていく。
いや、違った。
人の身体よりも太い首が、綺麗な切断面を見せてドサッと地面に落ちる。一呼吸遅れて、残った巨体もゆっくり倒れた。
「え? ええ?!」
不可視のフィールドを原子サイズの薄さまでに展開したバリアブレード。同様のフィールドシステムには無力という欠点はあるが、この異世界においてはバリアブレードを防げるものは存在しない。全く容赦ない切断力と軽さのため、扱いは非常に難しいが、その威力は絶大である。
切断面から血が噴き出すのが見えて、やっとワイバーンが絶命したのが分かり、戦場は大歓声に包まれた。
インターミッションはあと1話の予定です
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