最後の後始末(その1)
注意:残酷表現あり
視点:三人称
ハンブロンの町を遠くに望む空の上で一人の旅装束の男がほくそ笑んでいた。
手にはゴツゴツとした杖を持っていて、その杖の先には水晶質の石が自らぼんやりと光を放っていた。
「なかなか頑張ってるな。」
どこか遠くを見ているような、正確には「何か」を通して見える光景に昏い喜びを見出していた。彼は「とある理由」でハンブロンの町に召喚した魔獣を襲わせていた。
召喚魔法に関しては大きく二つのパターンがある。一つは強力な魔獣を召喚し、使役・契約・懇願のどれかをするものだ。召喚術士の技量にもよるが強力な魔獣は知恵も高いので、交渉次第では自分の能力を上回る魔獣の力を借りることができる、こともある。
逆に比較的弱い魔獣を複数、もしくは大量に召喚する方法もある。自分のキャパシティを超えない範囲ならコントロールも難しくない。
それこそ、町を潰すなら人よりも強い程度の魔獣が大量にいた方が効率がいい。
男が手にしている杖は召喚魔法に特化して、先端の宝玉が魔力を補助し、杖に刻まれた文様が制御力を高めている。
人が乗れるほどの鳥型の魔獣に乗りながら、大量の魔獣を呼び出しては遠くに見える町に向かわせる。
自分も杖も魔力にまだまだ余裕がある。偵察用の鳥型魔獣を通して見ると、向こうには見知らぬ武器を使っている者も見えたが、この事態を逆転できるほどの能力はなさそうだ。
まだ町には入れないが、それも時間の問題だろう。男が「負ける」可能性は考えようが無かった。
その時までは。
音は聞こえなかった。
何の予告も無く、杖の宝玉が砕かれ、杖がほぼ真ん中からへし折れた。強い衝撃がかかり手から杖の残骸を落とさせた。。
「な!」
次の瞬間、右膝が跡形もなく粉砕され膝下が吹き飛び、乗っていた鳥型の魔獣の頭が爆砕した。
思考が停止するほどの激痛とショック、そもそも物理的に立てなくなり、さらに乗っている鳥型魔獣が即死したため、空中に投げ出され落下する。町を襲わせた使い捨ての魔獣とは違って、ある程度の魔術的な繋がりを持っていたので、その「死」が自分にも一部フィードバックしてきて精神的なダメージを受ける。立て続けのことにショック死しなかったのは幸運だったのか不幸だったのか。
とりあえず自分が失血死が免れないほどの重傷で、さらに地面に激突したら間違いなく命が無いことも少なからず理解できたが、急激に失われる血液が意識を混濁させる。
とりあえず、落下を防ごう、と言うことだけは考えていたのだろう。杖の補助も無いので後先考えずに「空を飛ぶ魔獣」を半ば無意識で召喚した、と思われる。
空中に魔法陣が描かれて、そこから一体の魔獣が呼び出された。
ドラゴンの亜種とされるワイバーン。上肢を持たぬ翼を持った二足歩行するドラゴンである。能力も千差万別だが、基本的には巨体で知能は低く肉食で空を飛び、尻尾に毒針を持つ。
使役できれば大きな戦力にはなるだろうが、召喚されたワイバーンが見た物は空から血を流しながら落下する二つの物体だ。
幸か不幸か、魔力を振り絞ってワイバーンを召喚した結果、気を失ってしまったため、自分がどんな最期を迎えたのか知覚することは無かった。
「それ」に最初に気づいたのは空を飛んでいたリリーだった。
元々高速で飛ぶだけのホバーボードに長い棒が武器であり、他の人たちと一緒に戦うのには向かなかったので、孤立したり怪我をした人の救出を主に行っていた。速度と搭載量はそれに十二分に役立った。
ジェラードが残りの魔獣をほぼ一掃したのと、追加も来なくなったようなので、ある程度の高さをとって周囲を見渡していた。
たぶん気づいたのは偶然もあったのだろう。
遠くで何かが翼を広げて飛び上がったのが見えた。それは少しずつ大きくなり、こちらに近づいてくる、ような気がした。
最初は鳥か何かかと思ったが、徐々に大きくなって、自分の想定以上の大きさになる。
「ワイバーンだ!」
誰かが叫んで、リリーも理解した。
今まで倒してきた魔獣とは格が違う。ある程度近づいて、その大きさが分かると同時に、その口元が体色とは違う赤い色に染まっているが見えた。
どうやらどこかで「食事」を済ませたらしく、そしてまだまだ満腹には遠いようだ。知能は低いが、少なくとも自分が「飛べる」という利点は理解しているらしい。
地面には沢山の魔獣の死体に、人間も数多くいる。「それ」にとっては選り取り見取りのビュッフェ状態だ。
その前に空を飛ぶ生物は縄張り意識が高い。ワイバーンにとっては、自分よりも矮小な存在が同じ空にいることを好ましく思わない。
だから狙うとするならば……
「こっち来た!」
おそらく全速出せば振り切れるだろう。でも逃げてどうする? そうすれば他の人たちに襲い掛かるだけだろう。倒せるか? いや、無理だ。倒す方法が無い。リリーは自分の技量を十分理解していた。
そもそも、ワイバーンは数十人クラスで十分な魔法や準備を備えてどうにか倒せるようなものだ。時折冒険者の一団が倒して「ワイバーンスレイヤー」という称号が与えられるくらいだ。
最後の最後でこんな大物が出てくるとは。
「…………」
状況を確認する。おそらく今戦力になるのは、ジェラードたちと、謎のフードの二人だけだろう。他の人たちは残念ながら空を飛ぶ強力な魔獣に対してはほぼ無力だ。地面に引きずりおろせれば話は別だろうが。
(ハカセとラシェ姉ぇとパンサー君はいない。カイルとヒューイさんは何か準備しているっぽい。ローブの人は分からない。)
今狙われてるのは自分だ。
逃げ回ったとしても時間の問題だ。
ゴクリ。
緊張で喉が鳴る。
(ハカセ…… ごめんなさい。)
挑発するように目の前を飛び回ると、あっさり引っかかってリリーしか目に入らなくなる。おそらく自分あてに何か言ってるのがわずかに聞こえたような気がするが、無視することにした。
大口開けて迫るワイバーンに背を向けてホバーボードを全速で飛ばすと、距離が開いたところで空中で鋭角ターン。
ワイバーンとの衝突コースに乗って、その開いた口に向かってホバーボートを突っ込ませた。
口に異物が入り、しかもその異物は自分を押し戻すかのように突き進んでくる。振り払おうとするが、勢いよく進んでくるのでなかなか振り払えない。
噛み砕けはいい、と気づいて、思い切り口を閉じると、思った以上に堅い感触に食べ物ではありえない味。そして口の中でその板状の物が小さいながらも爆発した。口の中が多少なりとも傷つき、不快な感覚が広がる。
あの板に乗っていた矮小な生き物は今落下していた。
傷つけられた怒りがその小さな生き物へと向かった。
(アイラ、ラシェ姉ぇ、ミス姉ぇ、サクさんにカイルにヒューイさん。あとキューブ君たちもゴメンね。)
体当たりで玉砕する気は無かったし、ホバーボードを相手の口に突っ込ませるところまでは上手くいった。
その後のことは全然考えてなかった。いや、考えていたのだが、解決方法は思いつかなかった。
ワイバーンとの戦闘は全くの想定外だった。今は少しでも体勢を立て直す時間が必要だった。それこそ、ジェラードたちがいればこのピンチもどうにかなるに違いない。そのためには少しでも時間を稼げば……
怒り狂ったワイバーンが落下するリリーに迫った。
え~と、ホントは本編に入れる予定でした。
でもちょっと間の入れ方に悩んで一度お蔵入りにしましたが、ちょっと書いてみたら意外とボリュームが出たので、結局入れてみることにしてみました。
異世界人の底力、見守りたいと思います。
お読みいただきありがとうございました




