実践しよう
※閲覧注意
出血表現等があります。
「ところで、治療をする際に何を考えていますか?」
「何…… ですか。そりゃあ『治れ、治れ』と念じています。」
「なるほど、そこからですか。」
ジェルが、ん~ と眉をひそめる。
「まず皆さんには人体の構造を勉強してもらいましょう。まずはそこからです。」
バーチャルキーボードを取り出したジェルがキーを叩くと、空中にディスプレイが表示される。
「まずは人体を維持するのに必要な血液の話です。おおよそ体重の十三分の一の量があり、三分の一を失うと、失血死となります。」
かくして始まる基礎の解剖学。
まぁ、あたしもある程度はハイスクールまでに習っているし、応急処置ができる程度には勉強している。そんなもんだから、いきなり人体の構造の映像を見せられてもそんなにビビることは無いが、彼らには刺激が強すぎたのか休憩を挟みながらとなった。
それでもジェルの、
「あなた達の魔術が隊の生命線となります。更に魔法が使えない時にも、医療知識は役立ちます。知識は時には剣にも勝る力となります。」
という言葉が彼らのやる気を奮い立たせた。
「一つ仮説を立てましょう。
今まではただ単に『治れ』と念じるだけでしたが、今度から具体的にどこをどう治すのか考えながら魔術を使ってみましょう。」
そうなると、当然治す順番を考えなければならない。部位にもよるが、大きな血管が傷ついたまま皮膚を縫合するわけにはいかない、ということだ。
「もし私の予想通りなら、魔術の効果が大幅に上がって消耗も少なくなるという良いことづくめになるかと思われます。」
とはいえ、とジェルが言葉を濁す。
そりゃそうだ。治癒魔法の実験なんて、怪我人がいないと試しようがない。
さてどうしようか。
そんな風に考えていると、いきなり「雄牛の角亭」の扉がバン、と開いた。
「ジェラード!」
あ、町の門番のちょっと偉い人のバモンさんだ。なんか血相を変えている。何か緊急事態か?!
「確か医者だって言ってたよな! すまん! 南門までちょっと来てくれ。怪我人だ!」
「……!
すまん、ラシェル。私のトランクにメディカルキットが…… いや、汎用箱型作業機械に持ってこさせる。まずは行こう。」
耳に着けてる通信機に二、三指示を飛ばすと、バモンさんの後を追ってすぐに駆けだそうとして、状況についていけない四人を振り返る。
「いきなりですが実践です。そうでなくても使える手は使います。あなた達も南門まで来てください。」
入り口の前でプカプカ浮いていたホバーバイクに飛び乗ると、あたしもその後ろに乗ってジェルの腰にしがみつく。
あたしの腕に力を込めたタイミングでジェルがアクセルを開いた。
ほどなく南門――つまりは王都のある方の出口に到着する。馬車が横倒しになって、人が集まっている。
「医者だ! 道を開けろ!」
珍しく乱暴な口調でジェルが叫ぶ。
おそらくは事故か何かが発生して、すぐに門番からバモンさんへと伝令が来て、それから「雄牛の角亭」だ。どれだけ時間が経ったか分からない。
人だかりの中心に近づくと、ムッと血の臭いがする。
「怪我人はどこだ!」
「こ、こちらです!」
皮鎧に槍を持った門番の一人がジェルを認めて手を上げた。
ホバーバイクから飛び降りると、ジェルが走っていく。
そこには一人の男が倒れていた。服装は旅装束っぽい。ただ右足の所が真っ赤に染まっている。
「聞いてるから状況を説明してくれ。」
「は、はい!」
ジェルが素早く右足の付け根を白衣のポケットから出したロープで縛ると、バリアブレードを抜いてズボンを切り裂く。
その間に門番の人が説明を始めた。
なんでも急いで走ってきた馬車が、止まろうと思って速度を落としたところでおそらく車輪が壊れて横倒しになってしまったそうだ。御者が下敷きになって、馬車をどかしたところ、右足に金属製の部品が突き刺さっていて、動かしたショックで抜けて大出血、というわけだ。
「足は大静脈をやられてるな。肋骨も何本か折れてる。おそらく肺に刺さってるな。
まずいな。道具も施設も何も足りない。」
ジェルが渋い顔をする。残念ながらさすがにジェルも徒手空拳では何もできない。
「ハカセー!」
お、この声は……?
上からリリーがホバーボードごと降ってきた。結構な勢いのはずだが、あたし達の前にふんわりと着地する。ボードの上に立ってるリリーの前後にキューブよりも大きい箱が乗っていた。
「! リリー、でかした!」
前の箱を開けて、ペットボトルに入った水を取り出すと、あたしに向かって二本ほど投げる。
「ラシェルは生食で傷口を洗ってくれ。」
そう言い捨てると、もう一つの箱からメディカルキットを取り出し、手慣れた感じで二本無痛注射器を倒れた男の首筋に当てる。
あれは麻酔と強心剤か?
その間にペットボトルの中身を足にぶっかけて血を洗い流す。見えた傷口は結構深く、中身が見えてウゲッて感じだが、多少は見慣れてるのでまだ耐えられる。止血しているので今のところはあんまり出血してないが、長い間はもたない。
「ジェル!」
あたしの呼びかけにジェルが無言で足に向かうと、素早く手を消毒して、鉗子で傷口を広げる。
「「お待たせいたしました、サー!」」
遅ればせながら、モスたちが到着する。
「早速だが順番に行こう。
この怪我人は太ももの大静脈が切断されている。今血管を見せるからそれを繋いで、次に筋肉・皮膚の順番に魔法をかけてみろ。」
「サー、イエッサー!」
傷の酷さに顔をしかめたモスだが、気を取り直して治療の魔術に集中する。
「傷口に集中するんだ。治したい部分をイメージしろ。」
返事も出来ないくらいに集中して、魔術を構築する。お、魔力が広がらずに細いパイプを通すように指先から真っすぐ伸びる。
「! よし、血管の縫合完了。まだいけるか?」
「サー、イエッサー!」
「なら続いて抉れた筋肉を修復。今力任せに止血しているからあんまり時間はないぞ。」
「いきます!」
続けざまに魔術が発動して、ゆっくりと肉が盛り上がっていく。
「よし。皮膚を縫合するので、そのまま治せ。後の三人はこっちだ!」
「「「サー、イエッサー!」」」
傍から見るとヒョイヒョイと皮膚を縫い合わせたジェルが、後はその傷をモスに託して上半身に向き直る。
上半身の外傷はないが、右胸のあたりが凹んでどす黒く内出血をしている。
「こっちは肋骨が折れて、右肺に突き刺さっている。分かっていると思うが、まずは骨折を修復して、肺の治療だ。いけるか?」
「「「サー、イエッサー!」」」
三人が胸の上に手をかざして、魔力を放出するのが見えた。
「患部をイメージしろ。傷の重要度と順番を常に意識しろ。身体なんて意外と単純なもんだ。出血を止めて、骨が繋がれば命は助かる。」
その間にジェルが失った血液代わりのリンゲルを輸液して、失血性ショックを少しでも和らげる。
見る間に胸の凹みが治っていき、呼吸が落ち着いていく。
「…………」
ジェルが手を拭きながら眼鏡を操作して、負傷者の全身を上から下まで眺める。
沈黙が広がった中、ジェルがゆっくりと口を開いた。
「よくできました。これでもう命の心配はありません。
……あなた達が助けたのですよ。」
「「サー、イエッサー!」」
湧きあがった歓声の中、ビシッと敬礼した四人。感極まったのか、大の男たちが涙を流していたが、誰も笑う者はいなかった。
……というか、笑わせてなるものかい。
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