つかの間の平和を満喫しよう
そろそろ伏線みたいなものを入れたいなぁ……
と、今回は一応間に合ったので、ちょっといい気になってみます。
部屋の明るさを見ると、普通通りの時間に目覚めたらしい。ふと気づくと、あたしの腕の中にジェルがいて……じゃなくて、あれ? なんでしっかり抱きついている? 足まで絡めて。
うん、寝る前に抱きついたことまでは憶えている。とても残念なことに、間違いなく足を絡めていったのは寝ぼけたあたしの方なんだろう。
「起きましたか。」
身じろぎしたのに気づいたのか、ジェルがやや疲れた声で口を開く。
「ごくごく個人的な意見ですがね。うら若き女性が、彼氏でも何でもない男に密着するのはいかがなものかと思いますが。」
「……彼氏、ってことにする?」
「…………ご勘弁ください。」
間が長かったので許すことにする。即答していたら腹パンくらいしても陪審員の理解は得られると思う。
するすると腕と足を抜いてベッドから降りる。微妙に外が騒がしいので、窓際に向かうと汎用箱型作業機械が暗黒馬車に色々積み込んでいるのが見えた。
……あれ?
驚いてジェルを振り返ると、いつの間にかに普段の白衣姿に着替えていた。あたしの視線に気づいて、イヤン! と言わんばかりに片足を上げて自分の身体を抱くようにするジェルだが、面白くも無かったのでスルー。
「もう出ちゃうの?」
「グラディンさんが急いでましたからね。ただまぁ、こちらで積み込む物の準備もあるようなので、出発は明日かと。」
そう言われて、改めて窓から見下ろすと暗黒馬車の整備や使った消耗品を補充しているようだ。
「先に降りてますよ。」
再度振り返ったときはドアが閉まるところだった。
なんか敗北感がある。まぁ、嘆いても仕方がないので、あたしもさっさと着替えて身支度を整えてから下に降りた。
「遅いぞラシェル。」
「ラシェ姉ぇ、遅いー。」
腹ペコ組にそんなことを言われたので、どうやら出遅れてしまったらしい。
すでにアイラとジェルがいるテーブルにつくと、全員揃ったので、皆でいただきますをすると、一気に食卓が騒がしくなった。
「うめぇ!」
「おいしー!」
いつものシャウトに思わず振り返ると、バケット一本を丸々使ったバケットサンドを端からあむあむしている姿に心が和む。
ちなみにあたし達の前にはちゃんとカットしたバケットサンドが置いてある。中身は野菜と卵、そして…… これはローストビーフか? グラディンさんのリクエストもあって、リーナちゃんも色々考えたようだ。
「なんじゃこの旨さは!」
「これはたまらん味やな!」
獣人二人にも好評だ。
今朝焼いたと思われるバケットはサクサクふわふわで、ローストビーフがどっしりとしたボリュームを感じさせる。
「おおっ、なんか辛みがあるな。……これは何の辛みだ?」
ん? 確かにパンのバターに何か混じっている。唐辛子や胡椒とは違う、どこか爽やかな辛み…… って、ローストビーフと言ったらアレか。
「これはホースラディッシュという植物をすりおろしたものです。近くの森で見つけてきました。」
というか、森に生えてるんだ。なんか時折森に行って、野草とかを見てきているそうだ。行くときはヒューイが一緒なので、間違っても危険なことはあるまい。
森に行ってるのは、植生――植物の生えてる分布、だったかな――の調査と、あとはサンプルの採取の為もあるらしい。ついでに敵性生物の調査もあるとか。データはボチボチ集まっているようだけど、ジェルからは特に報告は無い。ただ、結構難しい顔をしていることがあるので、単純な話じゃなさそうだ。
「娘御、これは実に旨い。ワシらは明日の朝出る予定じゃが、これを持たせてくれると助かる。」
「はい、かしこまりました。ご用意させていただきます。」
おおっ、とグラディンさんが嬉しそうな顔をする。
「ウチはあのお湯をかけるだけで食べられる奴がええな。ようさん欲しいわ。」
「ではいくつか種類を用意いたしますね。」
「なんや! 種類あるんか! そら楽しみやなぁ。」
「なんじゃ狐娘。何を隠しておる。」
「うっふっふー 秘密や秘密、夜まで秘密やで~」
ちょっと悪い笑みを浮かべたカエデが鼻歌交じりで上機嫌になる。
「おお、気になるのぉ。
……しかしあれじゃな。こんなに出かけるのが楽しみなのは久しぶりじゃな。」
どこか感慨深げに呟くグラディンさん。
「婆の戯言じゃがな、一度町の外を出たら、帰ってこられないかも知れない、って毎度毎度思うわけじゃ。送る側も同じで、戻ってこないかも知れない、とな。」
それこそ隣町に行って帰ってきて一週間以上かかる。時間がかかってるのか、どこかで果てたのか、知る方法はない。
遠く離れたところでも通信出来たり、メールとか飛ばせる世界じゃない。人一人が容易く世界に飲み込まれてしまう。そういう意味では、あたし達のいた所よりも広大なのかもしれない。
「しかしあの黒い馬車はズルいな。そんな怖さが全く感じられない。
たとえワシらに何かあったとしても、最期に言葉を残せるかも知れないわけだ。ズルくて…… ええのぉ。」
すごく優しい笑顔を浮かべたかと思うと、急に表情を引き締める。
「行くぞ狐娘! 時間と銅貨を無駄にする者は幸運を失う、じゃ。どんどん仕入れて、どんどん売りに行くぞい!」
「なんや狸婆さん、商売はやめたんちゃうか?」
なんかそんなことも言ってたな。
「知らんわ! 商売人の言うことを真に受けとったら金がいくらあっても足りんぞ!」
なんとも騒がしく出ていったグラディンさんとカエデだが、一日中コンラッドの町を走り回って色々仕入れてきた
アイラとリーナちゃんは馬車に積み込むための保存食を用意し、慌ただしく一日が過ぎていった。
そして翌日。
夕方には帰るわ、というくらいの気楽さで二人は旅立っていった。
次に会えるのは二週間後くらいだろうか。
一晩いただけだったのに、二人がいなくなっただけでなんか静かになったような気がする。
……そしてまたややこしいことに巻き込まれるわけだが、なんとなーくそんな気はしてた。
平穏が欲しい。いや、マジで。
MISSION:平和を満喫しよう
...MISSION COMPLETE
お読みいただきありがとうございます。
そろそろ話を動かしたいので、一度ここで一区切りです。




