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魍魎アフリクターズ  作者: 機場 環
第参章
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亡き想い 其ノ壱


 師走。その昔、師匠の僧が経を上げるために東奔西走することから付けられた旧暦だが、そんな名前とは反対に、暇な祓い師が此処に一人。


「ぁー……、暇だ」

「ちょっと明ちゃん、暇って言うの何回目ー?」


 相談所の応接室にある安っぽいソファに、まるで休日の父親のように寝転がり文句を漏らす明月。それに対し、篠が頬を膨らませた。


「一姫んとこの、炬燵良かったなぁ。此処にも欲しい」

「あ、私が行った時は出てなかったのに。ずるーい」

「お前等に炬燵を与えたら、この相談所は終わりだ」


 神社に居た時の明月の様子を思い出しながら、柚月は溜め息をつく。書庫にいる時以外の明月は、専ら炬燵の中に居たような気がしてならない。

 幽霊である柚月に寒さというのは関係無いが、妖怪には関係が有る。しかし何故か一姫は寒さなどまるで気にせず、必要以上腰が軽かったせいで明月は炬燵に入りっぱなしであったのだ。


(―――あいつは明月を堕落させようとしている。)


と、柚月は、舌を出す一姫を思い浮かべながら顔を顰めた。


「しかし、(さみ)ぃ。二度寝してぇ」

「駄目だよ明ちゃん。そんなことしたら休日の父親っていうよりリストラされた父親みたいになっちゃう」

「まぁ暫くはあの陰険眼鏡の謝礼でなんとかなるだろ……」

(駄目だコイツ。)


 柚月と篠は溜め息を漏らす。

 陰険眼鏡こと霧苑 庵。彼は妹の遺体が見つかったことに対し、一度断った謝礼金を寄越した。ぽいと、投げるように百万円を。多額だと受け取らないと思ったのであろう。(明月にとっては百万円も十分に多額だが。)

 しかしその時、明月は何も言えなかった。謝礼を渡してきた時の、庵の顔。まるで抜け殻のような、全ての血を抜かれた後のような蒼い顔をした庵の顔を見たら、言葉が出てこなかったのだ。

 そして、自分は姉が死んだ時に、どんな顔をしたのだろうか、と。同時にそれを思い出せない自分に、どうしようもない苛立ちを覚えた。


「『あ〜。このまま働かねぇで、可愛いロリ小学生とか女子高生とか誑かせねぇかな〜。』」

「……何言ってんだ、篠」

「明ちゃんのその険しい顔にアテレコしてみた。」

「お前の中の俺はそんな奴なのか……!?」


 明月は勢い良くソファから起き上がると、立ち上がって篠に近付く。すると篠は、「きゃー、こわーい! 乱暴しないでー!」と大声で叫ぶ。


「人聞きの悪いこと言うな! 聞こえたらどうするつもりだ!」

「心配しないで! 遊馬ちゃんに音声メッセージ送っといたからっ!」

「何が『心配しないで』!?」


 何故か誇らしげに遊馬とのLINE画面を見せてくる篠。因みに今送ったメッセージには既読の文字。明月は、遊馬がリストラされないか途轍もなく心配にならざるを得ない心境にさせられる。

 そして間も無く、明月の携帯に電話がかかってきた。遊馬からだ。


「ん? 遊馬ちゃんなの? やっと現行犯逮捕?」

「うるせぇ……、もしもし?」


 明月は顰めっ面で不機嫌に電話に声をかける。


『もしもし。お前、篠ちゃんに手を出すなら合意の時だけに……』

「手ぇ出してねぇから!」


 明月は、「どいつもこいつも」と呟きながら、持っている携帯を床に叩きつけたい衝動を必死に抑えた。


「まさかお前、そんなことで電話してきたのか!?」

『いや違う、ちょっと最近、妙なことが起こっててだな』


 遊馬の電話の内容はこうだ。

 昨日今日で、指名手配犯が何者かに殺されるという事件が三件も起きたらしい。三人は全員、首の骨を折られ、死んでいたという。


「――で、それは依頼なのか?」

『いや。』


 そう言うと、遊馬は少し間を空ける。


『最後の事件がそっちの方だったんで、大丈夫だろうかと、な』

「んだよ、俺は指名手配されてねぇ」

『婦女暴行は中々卑劣だぞ。お前、篠ちゃんは良いとして、柚月ちゃんには手ぇ出すんじゃね――』


 そこで、明月はぶちりと一方的に通話を切った。手は小刻みに震え、今にも携帯を潰さん程に力が入っていることがすぐに分かる。


「お前等は俺をどれだけ馬鹿にすれば気が済むんだー!」

「やーん! こわーい!」

「……あの。」

「あ!?」


 話しに水を差すようなタイミングで現れた訪問者に、明月は迷うことなく怒りの矛先を向ける。


「さっきから声、外まで聞こえてますよ……」


 そこにいたのは、いかにも“サラリーマン”という出で立ちの、明月と同じ位の年齢であろう青年。いつぞやの雷獣、葩井 清春(ひらい きよはる)であった。


「出た。妖怪一の社畜」

「柚月さん、それって褒めてませんよね……」

「いや、クソ真面目さだけは明月も見習うべきだと思う。……が、勿論社畜は褒めていない」


 クソ真面目も褒めてないよな、と、清春は思った。

 清春は、妖怪であるのにも関わらず見た目通りにサラリーマンだ。食べなくても、屋根が無くても生きていけるが、何故働いているのか。それは彼が人の胎内から生まれ、戸籍が有るというのが大きく関わるだろう。

 妖怪の出生。これは人間の恐怖からというのが最初だが、そこからの繁殖は二通りだ。

 人間の胎内を借りて生まれるか、妖怪から生まれるか、である。人間から生まれるというのにも更に分岐され、人の女性に妖怪の子を身篭らせる場合と、胎内に寄生させるようにして生まれるか、どちらかだ。清春がどちらなのか、本人は語らなかったが。


「で、おい。避雷針。テメェどうしたんだよ。何か用か」

「その、避雷針って止めてくださいよ。今日は客なんですからね……」

「なんか悩みか避雷針。彼女出来ないとかそういうのは止めろよ」

「……明月さん、さっきから自分に八つ当たりしてません……?」


「確かに彼女はいませんが。」と、溜め息。その言葉からは隠しきれない悲壮感が漂ってきた。


「私のこと見えてるのに無視してた癖に、そんなこと言ってるからモテないんだろうねっ」

「……いやぁ、だってそれは……」


 無視していた、それは篠が清春に憑いていた時の話しだ。

妖怪が妖怪に憑くというのも奇妙な話しであるが、妖怪は、強みのある“特定条件下”というものが存在する。

 例えば火車ならば、“悪人の死体を運ぶ”。雨女なら、“惚れた相手にとり憑く”。その条件下において、妖怪はその持てる力の限りを発揮するのだ。故にこのようなケースもごく稀に有る……らしいということが、この件で判明した。


「ま、まぁですね、あのですね。依頼というのは」


 返答に困った清春は焦りながら、無理矢理話しを仕切り直す。


「最近何か(・・)が暴れてるらしいんです。」

「は? 何か(・・)?」

「はい。それが、友人に聞くところによると、小さな少女らしいんすよ」

「ロリ! 最近多いね!」

「うるせぇ篠。」


 急に目を輝かせる篠を、明月が一喝する。そして清春と目を合わせ、詳しく話せと示した。


「とんでもなく強い少女が、妖怪や悪人を蹴散らしてるらしいんですよ」

「……あー」


 明月は、先程聞いたばかりの遊馬の話しを思い出した。『指名手配犯殺人事件』。遊馬は妖怪関連とは言っていなかったが、それも当たり前。遊馬は視えない(・・・・)側の人間なのだ。基本的には、全て人為的なものと考えている。

 何はともあれ、結局今回のことも、妖怪が関係していると思って間違い無いだろう。


――しかし、とんでもなく強い少女というのに違和感が有るな。


 妖怪すら、何者か分からない少女。

そしてもう一つ、悪人だけでなく妖怪にも手をかけているという事実。


「おい愚弟、もしかして……」

「少女って聞いてやる気になったのー? やだー、やっぱりロリコンなんだぁー」

「えっ、明月さんそんな趣味が……?」


 と、真剣な表情で考え込む明月を見た三人は、それぞれ失礼極まりないことを口にする。

 勿論柚月と篠はわざとであり、にやにやと口角を上げていた。


「あーもー! うるせーなー!」

「いたっ! 何で自分が殴られるんすか!?」


 しかし清春という、手を上げられる人物(サンドバック)を得た明月は、遠慮も加減もせずに清春を殴った。

 それは、師走の名の通りに怪異相談所の面々も走り回らなくてはならないほど忙しくなる寸前の、他愛もない1コマである。




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