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魍魎アフリクターズ  作者: 機場 環
第肆章
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悪霊と妖怪 其ノ壱

 ーーぽたり、ぽたり。



 少女はそんな水音が聞こえた気がして、ベッドを降りて部屋の洗面所を見に行った。



 ーーぽたり、ぽたり。



 どうやらその音は、病室からではなく廊下から聞こえているようだ。少女はまるで引き寄せられるかのように、その音を追った。廊下は小さな証明しか付いていないせいで薄暗く、真っ白く塗られた壁や床が、まるで病人の肌のようだなぁ、と、少女は思った。



 ーーぽたり、ぽたり。



 その音はどんどん近付いているようだ。少女は小さな歩幅で、その音へと足を進めた。廊下がやけに寒い。



 ーーぽたり、ぽたり。ぽたり、ぽたり。



 当然、その音が重なった。その音は微妙にリズムがずれ、少女の耳に響くように聞こえてきた。



 ーーぽたり、ぽたり、ぽたり、ぽたり、ぽたり。



 少女は怖くなって引き返そうとして踵を返した。

 するとーーー





 ◇◇◇◇◇



「すると老若男女沢山の仏さんが、少女を囲んでじっと見つめていたんだとか」

「……。」


 そう無表情で語ったのは、“白衣の天使”というのには少し抵抗のある看護師さんである。

 いや、綺麗な人なのだが、天使と言われて思い浮かぶような、所謂癒やし系というタイプではないのだ。長い黒髪をきっちりとポニーテールにしており、すらりと通った鼻筋は、凛とした印象を強く与える。


 ーー看護師さんってより、女医さんみてぇな。


 なんて、そんなことを漏らすと篠や柚月に文句を言われそうだが。それに彼女の、何処と無く罰ゲームであるかのようなナース服姿は、中々に眼福であった。

 明月は霧苑兄妹、そして浅香……ではなく歩治との戦いのせいで両腕骨折。入院一ヶ月である。しかし共に入院している浅香や、この、看護師さんのお陰、そして庵の多額の資金により病室は個室であり、中々に充実した入院生活を過ごしていた。個室にしてもらったのは、お見舞いに来る篠が五月蝿いからなのだが。

 因みに浅香は明月より軽傷であるものの、歩治が浅香の身体に負担を与えたせいで入院している。


「……なんだ、怖がらないな」


 臥見 紫(ふしみ ゆかり)というネームプレートを付けた看護師は、そう言って口角を上げる。


「そりゃぁ、俺に怖い話されても……」


 日常的に妖怪やら幽霊やらを見ている明月にとっては特に恐怖は浮かばない。そもそもこの、臥見さんは、最初はノリノリに怪談の雰囲気を出しつつ話していたのに、後半になると完全に飽きていた。自分が話しだしたのにも関わらず。

 ……だが、横目で視界に捉えた浅香の蒼い顔に、明月は言葉を失った。

 浅香にも霊(犬のだが)が憑いているし、“視える”側の人間なのだが。


「ここ、怖くないですよ……。そんな……」


 そう言う浅香の瞳には涙が溜まっており、ぷるぷると小さく震えている。男であれば誰でも、庇護欲をそそられそうな様子だ。


「可愛いなぁ君。」

「うぅ……。」


 浅香に対して、しかし表情をさして崩さずに言ったのは紫である。この二人の絡みは何故か絵になる。すなわち、百合百合しい。


「ーーおっと、もうこんな時間。じゃあな。」


 そんな明月の妄想を知ってか知らずか…いや、恐らく知らないであろう。紫は片手を上げながら颯爽と去って行った。その姿は無駄にイケメンだった。


「……ねぇ、明月さん。あれ、ほんとなんですかね……」

「あれ?」

「その……、幽霊……」


 ぷ。と、明月は吹き出す。

 浅香は一気に、かぁっと顔を赤くした。


「な、何で笑うんですかっ!」

「だってよぉ、姉貴とは普通に話してるくせに……」

「柚月さんは……、可愛いですし……」

「可愛い? 姉貴が?」


 あの高圧的でつっけんどんな姉貴が、と明月は頭の中で柚月を描く。しかし確かに、その容姿には恐ろしい幽霊とはかけ離れていた。


 ーー幽霊。

 それは妖怪のように、人の勝手な思いから生まれたものではない。正真正銘、人“だったもの”。

 妖怪が人の“恐怖”だと言うのなら、幽霊は人の“未練”だ。

 それは自分だったり。周りの人だったり。ちょっとした心残りから怨念まで、あらゆる未練の産物なのである。

 しかし明月と言えど、黄泉の国……、天国や地獄というものは分からない。彼は祓い師であってお坊さんでは無いのだ。

 そちら側との繋がりが有るとの言い伝えが有る火車、炎角は、いつも当たり障りの無い答えで其処ら辺の話題は躱している。


 ーーいや。

 ーー仮に炎角が“地獄は存在する”と言っても、どうせ何も起こらない。


 明月はそう思う。

 仮に誰かが天国が存在すると言ったとして、地獄が存在すると言ったとして。それを信じるような人間は、最初から信じているのだろう。誰かが自信満々にそう宣言したことで皆が天国を目指すようになるのならば、苦労はしない。

 明月はどちらかと言うと、無いと思っている。だって、仮に有るのだとしたら、あの姉がこんなツマラナイところに留まってはいないだろう、と。そう確信を持って考えているからだ。


「……ね、ねぇ、明月さん」


 と、明月が考え事をしていると、浅香がそんな、震えるように小さな声で言った。


あれ(・・)って……」


 指を差す浅香。その白く細い指は震えている。明月は反射的に浅香の指す方向を見た。


 ーー二階の病室であるはずの、すっかり暗くなった窓から、真っ白な顔の男の子が顔を出していた。




 ◇◇◇◇◇



 幽霊が人の前に現れる理由。それは大まかに二つである。

 一つは、何かを伝えたい時。

 もう一つは、呪いたい時である。

 突如として現れるのは、幽霊が力を持ちやすい場所、見た人間側が“そちら側”に近付いた場合。そんな色々な理由のせいで、幽霊は神出鬼没なものだと思われている。明月や浅香のようにいつでも見える人間からすると、幽霊も人間と同じようにいつでも存在しているのだが。

 幽霊が力を持ちやすい場所というのは、霊が集まっていたり、恐怖が集まる場所…、妖怪がいる場所だ。

 そう。幽霊も、人間の恐怖によって力を持つ。

 ーーそれならば、その境界線というのはーー。


「びっくりさせちゃってごめんね、お姉さん」


 明月の後ろに隠れるようにして顔を覗かせる浅香に、青白い、いかにも病死したというような少年が、屈託の無い笑顔でそう言った。

 少年の名前は朱義 鞘(あかぎ さや)。見た目通り、この病院で亡くなったらしい。

 聞くところによると、明らかに“見えている”明月と浅香が怖い人ではないものかと、窓からこっそり様子を伺っていたのだとか。


「でね、お兄さん、お姉さん」


 少年は言った。何だか苦笑いである。


「僕のお願い、聞いてほしいんだ」





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