第9話「冒険者は、なぜ貧乏なのか」
月光草の一件から、半月ほどが過ぎた。
バルドへの乾燥月光草の納入は月一回の定期便になり、俺は集落と町を往復する生活に、少しずつ慣れてきていた。現金は相変わらず心許ないが、信用ランクEの個人商人として、顔を覚えてくれる店も増えた。
その日は、納入の帰りに市場の北側を回っていた。
市場ではユナが、集落から届いた乾燥月光草の束を検品していた。赤い紐の結びを一つずつ確かめ、湿気の戻った束を別に分ける。彼女の仕事は、もう町の薬屋の側にも知られていた。
「この束、干しが甘い。誰の分?」
「集落の若い衆だな。言っておく」
「次は買い取りから外すって、脅しといて」
「品質責任者は怖いな」
ユナは満足そうに頷いた。彼女の名前で品質が語られる。それが少しずつ、この町で当たり前になりつつあった。
納入の帰り道、俺は市場の北側を回っていた。
交差した剣の印がついた建物があった。冒険者ギルドだ。文字は読めないが、印で分かる。そして、その隣に小さな店がくっついていた。
『素材買い取り』
看板の、その並びだけは形で覚えていた。半月の商売で何度も見た文字だ。読める、というほどではない。だが半月前、薬屋の木札の前で立ち尽くした頃とは、少しだけ違う。
店先に魔物の牙や皮や魔石が並び、冒険者らしい連中が出入りしている。見れば分かる店だった。
店の前で、足が止まった。
若い冒険者が、カウンターに魔石を並べていた。年の頃は十七くらい。革鎧は継ぎ当てだらけで、左肩には新しい包帯が巻かれている。
店主は並べられた石を、ざっと数えた。
「二十個。一個三枚で、六十枚だな」
銅貨の小袋が置かれた。若者はそれを受け取ると、隣の薬屋の露店で安い回復薬を一本買い、残りを数えながら鍛冶屋の方へ歩いていった。
六十枚。三日分の命がけの稼ぎが、それで終わりらしい顔だった。
俺は店先の木箱を覗いた。買い取られたばかりの魔石が、他の石と一緒に放り込まれている。大きさも色もバラバラだ。
――その中に、一つだけ妙な石があった。
夕日の差す角度で、内部が澄んで見えた。濁った他の石と違い、向こう側の光が透けている。
「親父さん、その石」
俺が指さすと、店主は木箱から適当に石を掴み、面倒そうに言った。
「どれも同じだよ。ゴブリンの魔石は一個三枚。それが相場だ」
「その『相場』は、誰が決めたんだ」
「昔からそうだ。文句があるなら、冒険者ギルドに言いな」
俺は木箱の石を、もう一度見た。
月光草の時と、同じ光景だった。いい物も悪い物も、同じ値段で括られる。括られた瞬間、品質の差は値段から消える。
(違うのは、こっちは命がけだということだ)
草は腐らせても、次が採れる。だが冒険者の稼ぎが安ければ、装備は貧弱なまま、薬も買えない。貧弱な装備で森に入れば――包帯の巻きが増える。
俺は鍛冶屋の方へ歩いた若者を追った。
「さっきの魔石、二十個で六十枚だったな」
「……誰だ、あんた」
「天瀬衡。商人だ。あの二十個、森で何日かけて集めた」
「三日。ゴブリン相手に、三日」
若者は警戒した顔で、名乗った。
「ルーク。Fランク。……で、商人が何の用だ。俺の稼ぎを笑いに来たのか」
「逆だ。内訳を聞かせてほしい。六十枚は、何に消える」
ルークは少し面食らい、それから包帯の肩をさすった。
「宿と飯で、一日十枚。薬が十五枚。剣と鎧の修理で、残りが飛ぶ。……つまり、三日働いて、元通りだ」
「貯金は」
「できるわけないだろ」
彼は自嘲気味に笑った。
「冒険者ってのは、夢がある仕事だって言われる。成り上がれるって。でもな、駆け出しはみんなこうだ。稼ぎが安いから装備が悪い。装備が悪いから、安い獲物しか狩れない。安い獲物しか狩れないから――」
「稼ぎが安い、か」
堂々巡りの輪だった。市場の問題は、値段だけじゃない。値段の安さが、次の生産の質まで決めてしまう。
俺は財布から――いや、その前に聞いた。
「ルーク。あんたが売った石の中に、一つ、妙に澄んだ石があった。あれが何か、心当たりは」
「……ああ、あの洞窟のか。奥にいたデカいゴブリンから取れたやつだ。でかい分、手強かった」
「それも三枚で売ったんだな」
「店主が『どれも同じ』って言うから」
ルークは、当然だという顔をした。
大きな獲物から取れた、澄んだ魔石。それが、くすんだ小粒と同じ三枚。
俺は買い取り屋の方を振り返った。店主は次の冒険者の石を、また数え始めていた。
(誰が悪いわけじゃない。測る物差しが、どこにもないだけだ)
値段の決め方が存在しなければ、品質は消える。品質が消えれば、努力も、腕も、報われない。
月光草の集落と、まったく同じ病気だった。
「ルーク。次に石が揃ったら、買い取り屋の前に、俺のところへ持ってきてくれないか」
「……あんたが買うのか」
「買うかどうかは、調べた後だ。まず、その石が本当はいくらなのかを、確かめたい」
ルークは疑わしそうに、しかし少しだけ期待の混じった顔で頷いた。
(第10話へ続く)
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