第107話 荒廃した村
バス移動で徐々に人気が無くなるアルプスの山岳地帯を東に
ゆるやかに登っていく安斎達は車体に揺られていた
「黄禍論って何だっけ安斎?」
「19世紀後半から20世紀前半に存在した日本人脅威論だな
日露戦争を皮切りに〝東洋の猿は白人国家に災いをもたらす〟という論説に拍車を掛けたんだ
詳しいことは分からねぇが その時代の一種の人種差別だよ」
「へぇ…… 俺はそんなの聞いたこともなかった」
「俺も知ったのは最近だしな 少し前まではネットにすら情報非公開だったんだぜ?
ただどっちかといえば黄禍論は中国に向けられたのが主体だったんだな
あの国民の多さを怖がる人間が当時 誇張して吹いて回っていたんだろうよ」
「……その日本人を差別する人間がこの国にもいるってことなのか」
「まぁ…… 災いは既に起き始めてるしなぁ」
森林を抜ければ人っ子一人もいない荒れた土地が目に入る
驚いたのは風化した大規模な火災の跡 停車するバスの近くには沢山の墓標が立っていた
二人と同時に数人の残りの乗客も下車し 運転手だけの無人バスは近くに停留する
「十字架の墓標が何個かあるだけでもうやべぇな……」
「そんな事を言わんで…… どうせ来たなら祈ってやって下さい」
背後から老女がノソノソと歩いて来て 数ある墓石の一つの前で屈んだ
「お前さんはジャーナリストか何かかい?」
「最近この国で探偵を始めました 安斎と言います」
事務所の新しい名刺を受け取る老女はそのまま籠に仕舞う
「ここは私の地元でね…… 酷いもんだよ…… 大火事が無ければ私の夫ももう少し生きれたのに」
「大火事?」
老女はさらに東の方角に指を差す 遠い場所に小さいが整理された土地が広がっていた
「何だあれ?」
「……分譲地か? 何軒か住宅が見えるな」
「悪いことは言いません ここはもうすぐ戦火に包まれます」
意味深なセリフを残し 老女を含めた来訪者は次々とバスに乗り込む
「おいそこのお二方!! 乗らないのかい?!」
「俺達は残ります お構いなく」
バスは行ってしまい 安斎達は奥の分譲地に近付く
荒れた土地はならされ平らにされ 家も何軒かが建ち
今にも不動産関係が商売を始めようかと思わされる光景があった
「まぁ普通に考えれば復興に注力してるんだなぁって思うが……」
「あぁ…… さっきのお婆ちゃんのセリフが違和感を生んでるな」
二人は暫く辺りを見渡す 重機やら資材置き場は見れるが肝心の労働者が一人もいない
「今日って休日じゃねぇよな?」
「だなぁ…… だが見てみろ安斎 ショベルカーの扉が開けっぱなしだ
他にも何かやってる途中で それをほっぽり出したかの様な形跡があるぜ?」
言われてみれば散らかっている
「緊急招集か若しくは…… 何かから逃げたか……」
空っぽの分譲地 偶然無人なだけもあり得るがまだ腑に落ちない
「……何か臭くねぇか? 北から風が吹いてるな」
「おいおい安斎…… この臭いやべぇぞ?」
「ん?」
「これは人間が燃やされてる時の臭いだ……」
臭いの方向は森の中
恐る恐る入って行く二人の表情は青ざめている
徐々に黒い煙が青い空を多い 赤い揺らめきが視界にチラつけば
そこには雑に丸太に磔にされた丸焦げの人間がいた
「嘘だろ……」
「……オェェェ!!」
フレバーはその場で吐き 安斎はもっと近付こうとしたが
遠くより人影が複数見えて 二人は急いで大木に隠れる
「……良い焼け具合だな」
「だなぁパァパ……!!」
二人の男性は丸焦げの人間を 手足を縛って豚の丸焼きの感覚で持ち上げ
来た道を引き上げていく その様子を窺っていた安斎は深呼吸を繰り返していて
「会話からして食人族か? まさかこの時代に?」
「バランタインにそんな奴等がいるなんて聞いたこともねぇ…… 存在しても普通捕まるだろ?」
「四ノ海の人間を探しに来ただけなのに まさかこんなイカれた光景に遭遇するとは……」
「どうする安斎? 普通は逃げるぞ?」
「フレバーお前は帰れ! さすがに危険過ぎる」
「安斎は残るのかよ?!」
「幽霊よりはマシだと思ってる 何より奥に何があるのか知っておきたい
マジで食人族がいるならそれを無視してこの国に居座りたくねぇしな」
覚悟を決めた安斎を前にして フレバーはスマホを取り出して彼に渡す
「……何だよ?」
「久留美に何かメッセージ残しておけ」
「ハァ?? いらねぇよそんなもん」
「何でもいいから!! あと俺も行く お前に死なれたくないからな」
「……じゃぁ深追いは互いにしねぇ いいな?」
「分かった」
二人はさらに森の奥へ
するとそこそこ大きな民家が出迎える
煙突からは黒煙が立ち上り 人の気配は言わずもがなだ
「どう攻めるんだ安斎?」
「二択だな 普通に正面から何食わぬ顔で近付くか 見つからない隙間から忍び込むか
食人族なら初対面にまとも振るのが通例だろ?」
「安全を優先するなら後者だ」
「分かった なら遠距離からこの家を一周して見て回ろう」
茂みの音も敏感になる安斎達はグルッと半周し 開いた二回の窓を発見する
「アイツらが食料を運んでいるとすれば 時間的に昼食の可能性が高い」
「……行くか 心臓が潰れそうだから何事も次の段階に進みてぇ」
屈んでゆっくり家に近付く二人
一階の窓は曇っていて把握し辛いが
近付く度に中の状況が判ってくる
「屈め」
安斎は何かを見て窓の下に隠れる
その窓の奥には一人の女性の顔が映っていた
「今日も私の料理は格別よぉ♪ ウフフフフ♪
カスパル~~? リュディガ~~? お料理をリビングに運んで頂戴♪」
「「 うーい!! 」」




