今、すごく叫びたい【一気読み】
--1 すごく叫びたい。
暗くなったモニターの前で僕は伸びをした。ヘッドホンを外すと耳が蒸れている。伸びた前髪が目にかかり鬱陶しいので机の上におきっぱなしのヘアゴムで髪を後ろに括る。後頭部に生えた短い尻尾をちょっと振って遊んでみると1ヶ月ほど前まで振れば外れていたヘアゴムと結われた髪は本当に尻尾のように左右に跳ねながら揺れていた。僕は少し笑った。
数秒後こんな事をしている場合ではないと立ち上がり机の上にあるエナジードリンクの缶を部屋の片隅にある床に直置きのゴミ袋に入れた。7割ほど缶が溜まっているので今週の土曜は早起きしなきゃなと思いながら今週も忘れそうだと思い直しポケットに入れてあるスマホを取り出して目覚ましをセットしておく、同じ曜日、同じ時間に前もってセットしてある目覚ましを見てこれで大丈夫だと前の週も言った気がする。
扉を開けて部屋を出るとキッチンがありすぐ前には玄関がある。部屋は暖房が効いていたがキッチン前は12月の寒さを忘れていた体にしっかりと刻み込んでくれた。身震いしながら僕は顔を洗う。温水を待たずに顔を洗った僕は一発で目が覚めた。別に眠かったわけではないけれど覚めている目がさらに覚めた気がした。
部屋に戻りベットに横になってスマホを確認するとメッセージが来ている。
「明日は絶対一杯叫ぶから」
に続き良い笑顔の芝犬スタンプ
明日が楽しみすぎてウズウズした彼女が暇つぶしに連絡をよこしたんだろうと僕は予想した。それから少し考えて返事を送った。
「明日、いっぱい叫べたらいいね」
それから風呂に入りベットに倒れ込んだ僕は夏から出しっぱなしのタオルケットと最近ようやく出した毛布と布団の上で新作の動画を確認する。何本か見終えた頃には夜中の1時を越えており慌てて布団にくるまり目を閉じて寝ようと頑張った。
明日は特別な日になる。そんな思いがずっと頭にあるせいか中々に寝付けない。ベットの中で右を向き、左を向き、丸まってみたり、布団を抱いてみたりする。何も考えないようにしたり、逆に色々な事を考えたりしたが後一歩の眠気が中々来なかった。
仕方がないので僕は考え事をしていた。その日は彼女からの連絡のせいか若い若い高校生の頃を思い出していた。
今、僕のスマホが没収された。すごく叫びたい。
5時限目の教室はみんなが眠たそうにしていた。あるものは肘をついて、あるものは伏せて寝ていた。こっくりこっくりと舟を漕いでいる生徒もいれば眠たそうに欠伸をする生徒もいる。
そんな教室で僕はスマホを触っていた。特に理由があったわけでない。なんとなしに暇な時間があったので(いや授業中だから暇というのは間違いではあるのだけれど)調べ事でもしようと思い立っただけの事だったが間の悪いことにそれは予想よりもすぐに見つかってしまった。いや元々見つかるつもりはなかったのだけれど。
いつの間にか背後にまで回ってきていた教師の存在にようやく気がついた僕は気まずそうにおずおずと振り返る。腕を組んだ険しい表情の教師が僕のスマホを見つめていた。どれくらい気配を殺してそこにいたのだろうか表情からは何万年とそこにいたような雰囲気があった。実際スマホを触り出してからの時間を考えればそこまで長くないはずだけれど僕は慌てて電源を切ってスマホを差し出した。
「教科書見ずにお前は何見とった」
教師は仏頂面で不機嫌を体現したまま僕を見つめる。どうやらその問いに応えなければ状況は進まないようで僕は考えた。
その時の僕はこの数ヶ月誰からも注目されなかった反動か誰かからの質問に少し浮かれていたのだと思う。興味を持ってくれた。自分のことを語れる。自分の凄さを語れる。そう思った。
実に単純で単細胞な脳組織だと思う。幸せなことで何よりだ。
「ゲームの最新情報記事です」
僕はこの時仏頂面の教師から少しばかりの好感的な反応が返ってくると期待していた。
「へー授業中も見るほど熱中してるのか、だが学校ではダメだぞー」
くらいの反応だと思った。いや、僕はこのだいぶ緩い予想よりもまださらに好感的な反応が返ってくるはずだと思っていた。少なくとも叱られはしても貶されたり批判されたりはないだろうと謎の自信があった。
教師は勿論そんな反応は取らなかった。当たり前と言えば当たり前だ。
「お前、勉強すら出来ないのにゲームだけはしっかりやろうとするんだな大人になって後悔するぞ」
僅かな怒りと諦めを含んだ先生の言葉に僕は黙ってしまった。
黙って奥歯を噛み締めた。顔が歪んだ。目元に怒りが現れた。
馬鹿にして、ゲームだから何だ。俺は頑張っている。毎日何時間もゲームに向き合って夢に向かって努力してる。お前みたいにダラダラ公務員で時間を潰してるだけじゃねぇんだ。夢を諦めたやつが何を偉そうに言ってやがる。頑張ってる奴を馬鹿にするな。
喉の奥まで出かけた言葉が暴れていた。激しい怒りの炎は爆発寸前まで僕を追い込んだ。危うく怒鳴り叫び感情のままに先生の批判をしだすところだった。
だが僕は怒りを直接ぶつける代わりにあくまで冷静を装って言葉を投げた。
「プロ目指してるんで」
教室がざわついているのを感じる。
それを僕は尊敬の眼差しや注目の眼差しだと思った。
プロゲーマー、今話題の動画投稿者に並ぶほど人気も注目度も高い職業だ。キラキラした世界で活躍するアイドルのような存在を目指す。みんなが驚きざわつくのも無理はない。
言い切った僕は満足げに周りを見渡した。実際みんなの表情は思っていたものと違った。かけ離れていた。
あざ笑うような奇妙なものを見るような嘲笑と冷めているようなひいているようなへの字口があった。
「プロゲーマーって何、ゲーム中毒みたいなもんでしょ」
「ゲームって遊びじゃないの?」
「プロゲーマーって…何百万人に1人とかだろ。なれるわけない」
喋ったこともないクラスメイト達はみんな仲良くなったもの同士コソコソと僕をチラ見しつつ笑っていた。
理解ができなかった。何で、そんな対応になるんだよ。
「そうか、まー先生もプロゲーマーをよく知らないがとりあえず授業だけは受けろ。どうしても嫌なら出席はつけんが保健室で休んでて良いぞ」
よく知らない?プロゲーマーを…?
まだ混乱する僕はまだ何か口から飛び出しそうになっていたけれど先生はこれ以上話を続ける様子がなく授業を休んでも良いと譲歩してくれている。口を開けたまま言葉が出なくなった僕をクラスメイトはまだヒソヒソと笑っていた。
騒がしさを残したまま授業は再開し手持ち無沙汰になった僕に一日中クラスメイトの冷たい視線が鋭く突き刺さった。
その日の放課後、初めて生徒指導室に入った。
トイレの個室1.5倍ほどの大きさの部屋に小さな窓、向かい合った二人掛けの皮で作られたソファ、ガラス板の机とその上に置かれるティシュの箱と僕のスマホ。皮のソファに落ち着いた緑色のセーターをきた小柄な担任の先生が背筋を伸ばして座っていた。
呼び出された理由は今日のスマホを授業中に触っていた件だったが内容はクラスでプロゲーマーを語った事についてが主だった話となった。
先生はゲーマーなんてよく分からない不安定な職業よりもう少し安定した現実的な職業を探しなさいと言った。曖昧に返事をしながら素直じゃない僕はずっと先生の粗探しをしていた。
プロゲーマーはフリーターみたいなものではないかと言う先生に全然違うと食ってかかった。担任の先生は素直に非を認めて謝った。僕の毒気が少し抜かれた気がした。
先生はもう一つ提案と称してクラスメイトの人ともう少し仲良くしてみると変わるかもしれないと言った。
僕は正直に無理だと思うと答えた。先生は諦めずに話しかけやすそうな子を何人か紹介してくれた。
懇切丁寧に教えてくれる先生に僕は考えるのをやめ、ただ時間が流れていくのを待ち説教は1時間ほどで終わった。
解放され家に帰った僕はいつものようにゲームに没頭した。今日のことが頭にチラついたがゲームをし続けるうちに自然と溶けるように忘れていた。脳が蕩けていったのかもしれない、僕はその日も4時までゲームをしていた。勝てるかではない、ただやる。何となくやり続ける。僕はゲームを続けた。
翌日はやはり体がだるかった。もうだるいのが当たり前となりつつあったけれどそれでも慣れることはなく体を引きずるように駅へ急いだ。遅刻寸前で入るのが当たり前となっている僕は今日も予鈴3分前に教室に着いた。教室へ入ると少なくない数の視線が向いてなぜ注目されるのか一瞬理解に苦しんだ。そういえば昨日僕はこの教室で語ったのだと思い出した。思い出したけれど無視すれば良いだけだとたかを括った気になっている僕は教室を横切った。
教室の滑らかで無機質な少し汚れた床と母親が買ってきた靴の先を見ながら足速に窓際の席を目指す。そんな時、本来聴こえるはずのない単語がするりと風に乗ったのかクラスメイトが集まったざわめく朝の教室を抜けて僕の耳に届いた。
一つの視線が友達と話している。
「プロゲーマーが来たぞ」
ニュアンス的にどうやら良い意味は込められていないそのあだ名は僕に少なくないショックを受けた。僕がプロゲーマーという言葉を使ったせいで悪口のように使われている事に気がついた時授業中泣きそうになるくらいには落ち込んだ。
落ち込んだ僕はそのまま伏せて寝ていた。ただ眠かっただけかもしれない。
中学時代、僕の周りには何故だかパソコンを持つ友達が多かったから自然とパソコンを持っているもの同士で仲良くなった。クラスでもそれなりに話す友達がいた。
僕と数人の友達は電話をしながら一緒にゲームを楽しんだ。パソコンを持っていない他の同級生達もそれぞれ仲のいい人たち同士で家に集まりゲームをしたり、ゲームをしない人達は外で遊んだりしていたはずだった。
高校に上がった僕は頭の悪い高校といえどパソコンゲームを楽しむ人はいると思っていた。中学から大きく変わる所などなくみんなゲームで遊び僕はいつも通り友達同士で遊べると思っていた。
だが違った。
みんな部活をしバイトをし遊ぶとなれば友達同士カラオケや映画に買い物へ行った。
フードコートで部活帰り夜遅くまで遊ぶのが普通でみんなゲームという名前の遊びなんて忘れていた。
皆が前々から知っていたかのように誰に習うでもなく、さも当たり前のように高校生になったらこうすんだよねって遊び始める物だから混乱を極めた。ついていけなかった。
夜に一人コンビニへ行った僕の横を通り過ぎていった集団に中学の友達がいた。楽しそうに騒ぎながらチェーン店のイタリアンから出てきた彼らを僕は馬鹿な奴らだと笑った。無駄に時間を過ごしやがって中学ではあれだけゲームを本気でしていたじゃないか、そう呟きながらコンビニに入った。
僕は高校一年生の初夏にはゲーマーというタグが付いていた。
部活もせず授業が終わると即帰宅。休み時間も特に誰かに話しかけることなどせず教室で一人スマホ片手にずっと調べ事をしている僕の頭から生えるゲーマーのタグはいつ着いたのか分からないけれどいつの間にかそこにあった。
こっそりついていたそいつは引っ張った所で簡単にはどうやら取れない仕組みな事を知って僕は憂鬱な日々がさらに憂鬱になった。
だが次第にこのゲーマーというタグも相応しくなかったようでまた少しずつタグの名前が変わった。
『一人でいる暗いよく分からない変な奴』
ゲーマーと呼ばれる人達は皆汚い画質の中小さなスマホを横持ちにして教室の隅で騒いでいる。そこに混じって遊べば僕のタグはゲーマーのままだったのだろうけど僕は頑なにどんなスマホゲームをも入れる事を拒んだ。
あんなの小さな画面で遊ぶなんて下らない。幼稚な時間潰しだと本気で思っていた。全然ゲームをわかっちゃいない。にわかがやる時間の無駄で馬鹿のやる事だと拒否した。それを隠さずにわかりやすく嫌悪感を向けていた。その結果が【一人でいる暗いよく分からない変な奴】なのだから誰に聞いても自業自得だろう。
それがプロゲーマーというあだ名になり変な奴がお高く止まったゲーマーにでもなったのだろう。お高く止まって何が悪い馬鹿どもが、僕は伏せたまま口元を歪めて笑った。
--2 【セン】
それから夏が来て秋が来て冬が来て春が来てその間まるで僕だけが同じ日々を繰り返す呪いにかかっているように僕だけが何一つ変わらず毎日同じように過ごした。
周りだけが季節に一喜一憂している様子を変わらない日々から下らない映画を見るように眺めていたらいつの間にかクラス替えが行われていた。
だが悲しい事に着いた習慣は中々にやめられないもので放課後即帰宅の道すがらに笑っていた。クラス替えが行われても同じ日々を繰り返していた。
誰かがこの状況を打破してくれるだとか突然僕がヒーローになってみんなの目が変わるだとか先生が強烈でクラスを大きく変えてゆくだとか…そんなものは一切ない。そんなものは教室で眠たい時に起こる妄想の中だけだとこの1年間で何度も思った。
今年も例年通り6月にもなるとだいぶクラス内で仲のいい人や仲のいい人同士で集まるグループができていた。
机を寄せ合い昼食を楽しく食べる彼らを見るのが嫌になり弁当から学食にしてもらった。母親は何も言わず毎週月曜日に朝食と共に5日分のお金を置いてくれていた。
梅雨の時期、長く降る雨でいつもは外であそんでいるはずの運動部達といつもの通りゲームで遊ぶ人達が仲良く席を寄せスマホゲームを楽しむ姿に僕はにわかがと教室の端から馬鹿にしていた。
あれから時が少し進み梅雨が終わり夏が来て憂鬱な学校生活を1ヶ月ほど行かずにすむ夏休みが始まった。
僕は部屋から出かけず何処にも行かなかった。窓の外から聞こえる小学生の楽しそうな声も一生懸命相手を探す蝉の声もたまにチカチカとカーテンの隙間から溢れる花火もお祭りもお化け屋敷もプールも遊園地も僕は関係のない、あんなもの馬鹿がやるものだと部屋でゲームをやり続けた。
そんな生活をしているとあっという間に夏休みは終わり始業式のためだけに学校に集められたクラスメイトたちは皆楽しそうに夏の思い出を語り合い夏休みがまだ続くかのようにはしゃぎあっていた。もちろん僕以外である。
そのまま朝のホームルームが始まり皆席についた時、先生に続いてもう一人教室に入った。
「門前 先、もんまえ せんって言います。訳あって休学していて今学期から入る事になりました。よろしくお願いします」
クラスメイトは皆整った顔立ち、軽めのセミロング、細身小柄なスタイル、色白の彼女『門前せん』に好印象だったのはその場の空気でわかった。
初めは澄ました顔でつまらなそうに彼女を見る僕だったが彼女が自己紹介をしながらクラスを見渡した時、目があった時、僕は思い出した。それからはこの場にいた誰よりも彼女に興味があった。
すぐに話しかけに行こうとした僕はクラスメイトに阻まれた。門前せんの周りはさっさと集まったクラスメイトが取り囲み始業式が始まるまで彼女の周りは人で取り囲まれていた、その後も彼女の周りは人が居続けた。どうやら彼女は話も上手いし人柄も良いみたいで1ヶ月もするとすっかりクラスに溶け込んでいた。
その間僕はずっと彼女と話す機会を伺い続けていたが1ヶ月経っても彼女が一人になる気配はなかったし、友達と楽しそうに話す中に入って僕の思いを伝える事はしなかった。尊敬する人にも痛い奴だと見られるのは嫌だったからかもっと野心的な感情がその時にあったのかは分からないがとりあえず一人になる時を僕は待ち続けた。
『世界で活躍する女子高校生プロゲーマー【セン】』と題して組まれた特集をネット記事で読んだ事があった。ネットで使う自身の名前ハンドルネームは自由なのでまさかこの名前が本名だと当時は微塵も思っていなかった。
正直言ってそのゲームタイトル自体日本では知られておらず海外のチームに所属する彼女を滑り込みのような感じで世界大会にいったのだろうなと僕は馬鹿にしていた。
その大会は各国から上位2チームしか出れない大会で強豪チームに食らいついたスーパーエリートな事に気がつくのはずっと先のことだった。
インタビューなどなくただ彼女に対する感想を書いた記事はお粗末で選手紹介の写真は暗い雰囲気とカメラを睨むような眼光に怖いなという印象が強かった。背丈も他選手に合わせられ拡大された写真からは今の教室で笑う門前せんとは到底思えなかったがやはり面影はあったし髪型なんかも当時と同じままだった。
つまり列記としたプロだ。【セン】というプロゲーマーが目の前にいる。教室に入ってきた彼女がセンだと分かった時の興奮はアイドルを生で見れた時のオタクそのものだった。立ち上がってサインをもらいに行きたかった。
だが彼女がプロゲーマーなのだと知る人間は僕を除いて誰一人としていない様子で当たり前のように部活に励み、友達とカラオケを楽しみ遅く帰り勉学に励む何処にでもいる女子高生を演じる彼女が僕にはよくわからなかった。
プロゲーマーは朝から晩までゲームをして強くなるために練習を続けるストイックな職業ではないのか、プロゲーマーとはみんなが凄いと羨む待望の職業なのでは無いのか、少なくとも世界大会に出れる強さならば誇る事はできるのでは無いのか。
僕はその日からセンと同じゲームを始めた。遊び方も僕が長く遊んでいたものに似ている為すんなりと始めれた。
いつか彼女に追いついてやろうと追い抜いてやろうと野心的な気持ちで始めた。彼女を負かしたら何か変わるのでは無いか、プロと対等なのでは無いかという気持ちが無かったとは言い切れない。もしかしたら彼女が強い人を見つけたと僕をプロチームに推薦してくれるのではないかなんて妄想を重ねていた。
それからも彼女の周りには人が居た。
彼女がプロゲーマーだという事はいまだに聞こえてこない。
そして僕のあだ名であるプロゲーマーはクラス外まで浸透しているのを一人学食を食べる僕の背中の方から聞こえてきた談笑で知った。
最近、どんどんゲームに当てる時間が増えており授業中頻繁に寝ている僕を見る教師達の目は厳しくなっていた。
それに伴い生徒指導室へ行くことも増えた。内容は説教というより経過観察、クラスメイトとの関わり方を助言するような内容で、責める気のないであろう先生の話ですら僕にはしんどかった。
教師達に目をつけられてからは大変で少しでも目を瞑れば注意が飛んでくる。当てられる回数も増えた。掃除の時は適当にするなとやり直しをさせられた。皆適当にやっているのにとぶつくさ言うとまた叱られた。髪の毛の長さで事細かに言われ未だに反省を見せない僕はあやうくバリカンで丸刈りにされる所だった。
それから季節はまた少し進み秋が深まりだし紅葉がわかりやすく色づいた頃、次の科目は音楽となっており歌ってよしピアノを触ってよし暖房の温度自由の天国と呼ばれる音楽室にいち早く着きたいのか皆せかせかと急いで準備をし足早に向かった。
僕は歌う仲間もいなければ弾ける曲もなく暖房の当たる位置はよく騒ぐ人たちが占拠するためゆっくりと授業に使うものを準備していた時だった。
彼女が【セン】が一人小走りで授業に使うものを忘れたのか戻ってきた。
友達は先に音楽室に向かったのか周りに誰もいないこのチャンスを逃すものかと僕は授業の準備を止めてセンに話しかけた。
僕が「あの」と声をかけると彼女は大粒の目をパチクリさせ周りをキョロキョロと見渡し「私?」と答えた。彼女と僕の他にもまだ数人ほど残っているクラスメイトがいたが他のクラスメイトに僕は一切の興味関心が無かった。
「プロゲーマーのセンさんですよね、世界大会行けるなんて凄いです、前々から話したくて」
それから続けようとした言葉が出なくなるほどには彼女の雰囲気は変わっていた。教室が秋を飛び越え冬の直中にいるように感じた。
初めて話せて嬉しい気持ちが一発で吹き飛んだ。緩んだ頬が一発で引き締まった。戦慄するという言葉の本当の意味を知った。それはどんなホラーゲームの敵役よりも怖く鋭く冷たいものだと感じた。
たじろぐ僕を置いて彼女は何も言わずに自身の机から教科書を取り出して教室を出ようと歩を進めた。焦った僕は手を伸ばしていた。
「なんでプロゲーマーの事を話さない!自慢できる。みんなが尊敬する。めちゃくちゃかっこいいじゃねぇか!なんで黙ったままなんだよ、センさん!」
思わず掴んだ肩に力が入り僕より頭ひとつ小さな彼女は最も容易く足を止めることとなった。彼女は尚、何も言わない。彼女の小さな背中が震えているのを見て恐怖が伝染したのか僕の手は力なく垂れ下がり、勢いよく飛び出た言葉に続く言葉が出ずそれ以上は何も言えなくなった。何か言いたいはずなのにこれ以上の言葉を紡ぐ事が出来なかった。何も言わず彼女はさっさと駆けて行った。
周りの人がコソコソと噂をしながら教室から出ていく中、睨まれた僕はチャイムが鳴ってもそこから動けずにいた。
彼女の睨んだ目にあった溢れそうな小さい雫を思い出し声を荒げてしまった事を反省しながら僕は音楽の授業を教室に残り昼寝をしてサボった。
皆が帰ってきた教室は早速噂が広まっていた。彼女がプロゲーマーの事でなく、僕が彼女に近づいて何やら脅していた事が広まっていた。
完全な間違いだとは否定できないが悪意に歪められた情報を聞いても僕はまだクラスメイトに興味関心が湧かなかったし興味の湧かない相手に弁解する意欲も湧かなかった。
その放課後は予想通り生徒指導室にいた。
いつもの担任の先生に今日は珍しく生徒指導の先生まで一緒にいた。
どうやら彼女の事は職員室にまで流れていたみたいだ。誰かがチクったのか彼女自身が相談したのかは分からなかったけれど2対1の状況で慣れた気がした狭い部屋が今日は拷問部屋のような牢獄のような恐ろしく冷たい部屋に見えた。
先生達に事の全てを話した。
この時先生はすごく本気で怒っていたし、先生達は彼女がプロゲーマーな事を知っていた。
せんはプロゲーマーという事をクラスメイトに隠していたらしい。考えれば当たり前のことだけれど僕はプロゲーマーを隠すことの意味がわからなかった。
生徒指導の先生は僕のあだ名がプロゲーマーのことも知っていたし授業中プロゲーマーに語ったことまで知っていると言った。その後
「彼女は世界に羽ばたいたプロゲーマーという称号どうすれば良いか凄く悩んでいたそうだ。悩んで悩んで悩んで結局学校では隠し通す事にしたそうだ。変に目立つよりもその選択が賢い事だと先生達も進めた。全力で学校側はサポートするとご両親に誓った。門前は高校終了前にはプロライセンスは切れてるし別にクラスメイトに嘘はついてないですよねって悲しそうに言ってたんだぞ!それを…お前はあろう事かクラスで騒ぎ立てて、彼女の気持ちにもなってみろ!いつも相手がコンピュータだから人の気持ちもわからんのだろ。おい!今回の事は流石に度が超えてるんじゃ無いか、ゆうぎ」
涙は出なかった。それは諦めの境地と言える場所にいる気がした。何も持たず無限の砂漠に飛んだような何も出来ないではないかと空っぽのような諦めがきていた。ただ彼女の隠していた事が広まらない様祈った。祈る以上のできる事を僕は知らなかった。
それから担任の先生と生徒指導の先生で彼女の家にいって話してくるから絶対明日から彼女の『あの話題』を出さない事と言われた。
それからも長々と注意をされたがほぼ右から左に流れて行った。
家に帰って僕はいつも通りセンがやっているゲームをした。したくてしているわけではない。体が勝手に動くのだ。パソコンが起きるまでの間モニターに映る自分の顔を見て蒼白で活力がなくクマが出来ていて本当に救えないなと笑った。
メッセージで謝れば良いものを僕は彼女に連絡を取ることすら怖がった。
翌日から彼女と仲のいい人達が明らかに嫌悪感を隠さず向けてきた。
宥める彼女にまだぐちぐち言っている彼女の友達を机にうつ伏せたまま横目で見ていた僕はわかりやすく悪い奴が出来たなぁと何処か他人げに笑っていた。
先生達の努力か彼女の努力か結局どちらの努力でもあるのだろうけど彼女がプロゲーマーという事は広まっていなかった。
その事だけが僕が今日学校へ行って良かったと思えた事だった。
--3 馬鹿な行動
それから深まった秋がいつのまにか冬に変わり街にクリスマスの飾りが見え始めた頃になっても僕とせんとの関係は改善していなかった。あれから周りにいつも以上に張り付くクラスメイトによって謝る機会が無かったと言いたい。なんなら時が経つにつれ情報は広がり他クラスにも彼女を脅したという噂が広まって悪化していた。
噂は噂を呼び尾鰭がついておまけに足までついて勝手に独り歩きする僕の噂話はもう収集のつかないところまでいっているので彼女に謝ってどうにかなる問題でもないような気がする。そう毎日呟きながら僕は謝罪の時を先延ばしにし続けた。現実から目を背け、目を固く閉じて誰かが、もしかしたら勝手に、先生がなんて妄想と祈りを続けた。
今日も冷たい視線を浴びながら生活していた僕にその日の夜、僕にとってはとても大切なイベントが起きた。
初めてゲームの大会に出たのだ。市民会館誰でも参加可能ドッジボール大会くらいカジュアルなものだったが僕は大変喜んだ。
何しろ初めてゲームの大会に出れたのだ中学生の頃から憧れた大会、それがカジュアルの大会であろうと僕は凄く価値のあるもので貴重な経験だと思った。
深夜、大会が終わり僕は一人部屋で小躍りをするくらいには浮かれていた。
翌日の朝、両親に話した。朝は毎日忙しそうで中学以来あまり喋っていなかったからか返答は淡白なものに終わった。何か言いたげだったけれど正直話す内容はゲームに関係ないだろう。そこはあまり聞きたくなかった。そもそもあまり意味がわかっていなかったのかもしれない。
僕は学校に行きゲーマー達に話しかけた。今日も今日とてクラスの端で椅子を寄せて騒いでいた彼らなら大会出場がどれだけ凄いかわかるはずだと期待していた。ゲーマーなら誰しも大会に憧れている物だから。
「へーすげぇじゃんどんな感じだった」
そう彼らは言って僕はその大会の熱いポイントを語るつもりだった。
だけど振り向いた彼らはそうは言わなかった。
「へーだから?」
鬱陶しそうに返した彼らはゲームに戻った。
何でこんなに興味がないんだろう。僕がクラスで浮いているからかな。いや彼らがあんな幼稚な遊びをしているから大会の凄さにピンとしていないだけだろう。ぶつくさ言いながら席に戻ってから彼ら以外に話しかけれる人間がいないことに気がついた。数回、短い間話しただけの彼ら以外誰も話しかける相手がいないほどに人間関係は浅くなっていた。
僕のモヤモヤは首の辺りまで来ていたけれど僕はそれすら気づかないふりをしてウキウキした気分を引きずった
昼休み僕は気分良く食堂に向かい食堂で働くおばちゃんから頼んだカツ丼を受け取った。
今日もゆっくり来た為8割方埋まった食堂を見渡す。一人の特権で席が空いているならどこでも座れるのでゆっくりきたからといって問題になったことはなかった。
相変わらず騒がしい食堂でちょうど良さそうな席を探している時、並ぶ長机の一つを丸々占拠する集団が僕を指差して笑っていた。
がっしりした体型に健康的に焼けた肌と大きな声をして髪型もそれぞれ個性的な人ばかりでよく目立つ彼らの周りは避けるように空いていたし僕自身彼らがいる場合は避けるようにしていた。それがこの食堂のルールのようなものだと知っていた。何も知らない馬鹿で無駄に度胸のある一年が彼らが座る背中合わせの席に座り食事を終えるまで延々と後ろから嫌がらさを受けた事を知っていた。それをみんなは見ながら黙っていたことも知っていた。
だから僕は極力彼らと離れた位置で食べていたのに相手からのご指名は聞いてない。
「女の子を怒鳴って逃げられた暗い変態がいる」
どこまで人を馬鹿にしてどこまで悪意を塗りたくればそんな解釈ができるのか分からない色々引っ付いた噂話に僕は昨日の大会の喜びを忘れるくらいにはイラついた。
その後も僕の噂話で盛り上がる彼らを無視し続けていたら僕の所までわざわざ人をよこして絡んできた。尚も僕は無視を続けた。この時に行うべき適切な対処を僕は知らなかった。
もしもーしと横から騒ぎ立て椅子を掴んで揺らし僕のカツ丼に卓上で控える七味を真っ赤になるまでかけて大笑いする彼らに僕の堪忍袋は弾け飛んだ。
真っ赤なカツ丼をぶん投げる。プラスチックが食堂の硬い床に当たり鋭い音が響いた時一気に静寂が訪れた。食堂にいた全ての人が僕の方を向いていた。
彼らはそれを見てさらに大笑いしていた。僕は見られている事に気が付かないくらいにはヒートアップしていた。頭に血が上り初めて人を殴った。ジーンと傷んで次の手が出なかった。殴られた彼は痛くないようで周囲にアピールを繰り返していた。
僕は力の限り頭突きをしようと頭を引く。瞬間、後ろにあった長机まで飛んでいた。
頭が反動で上限いっぱいまで下を向き、衝撃が肺へ背中と前から同時にきた。息ができない。呼吸が浅くなりまるで肺が潰れたように感じた。卓上にあった塩胡椒に七味と爪楊枝、使い捨てフォークとスプーンは全て倒れ床に机にけたたましい音と共に散乱した。
僕がぶつかった長机に座っていた人たちはいそいそと他の卓に移った。長机の衝撃が伝わり巻き添えになったのか怒りをあらわにし舌打ちをする者もいたがその矛先は僕に向けられている気がした。
自然と涙が出ていた。泣きたくない。恥ずかしい。そんな気持ちが涙を止めようとするのにさっきの衝撃で頭のどこかが壊れたように止めどなく涙はこぼれた。
僕は涙でぐちゃぐちゃのまま叫んで殴りかかった。その時僕はちゃんと声になっていただろうか音がわからない。何も考えていなかった。ただ殴る。拳が相手に届く。そのことだけを祈って。
けれど拳が届く前に彼はひらりと躱し慣れた動作で足をかけて僕を転ばした。顔から落ちた僕は急いで起きあがろうとするも体が上がらなかった。上に乗られたのだと重みで気がついた頃には何も出来ず冷たい床に伏せていた。
僕は3年生2人に乗られ他の彼らは腹や太ももを生徒指導の先生が来る直前まで悪態を吐きながら蹴ったり踏みつけたりしていた。
周りは僕を無視して話を続けたり、冷ややかな視線を送っていた。
遠巻きに散らばったフォークやスプーンを食堂で働く叔母さん達と片付けながら心配そうに見守る見知らぬ人たちがいた。助けてくれよとは言えなかった。僕はこの構図をどこかで見た記憶があった、その時僕はこう思ったんだった馬鹿な奴だと…それ以上は考えたくない。
彼女も食堂に居た。
けれど周りと同じように僕をまるで見たことのない人のように食事を続けていた。クラスメイト達も合わせて食事を続けていた。
先生が数人来た、ふらふらで満身創痍の僕はすぐさま保健室に行くと思っていた。
実際は氷を当てながら生徒指導の先生と生徒指導室に2人きりで座っていた。
「お前、食堂で飯を食ってた先輩達に殴りかかったそうだな。周りで見てた人から聞いたぞ」
僕は言葉を出そうと口を開ける。切った口内が痛んだ。一瞬言葉に詰まった隙に先生は言葉をねじ込む。
「彼らはそれぞれ進学先が決まり就職が決まってる。彼らにもし何かあっていけなくなりましたなんて事になれば彼らの人生に傷がつく。それだけじゃない大学先に謝りに行き就職先に謝りに行き親御さんに謝りに行き彼らに期待していた多くの人が大変落ち込む、悲しむだろ」
キツイような宥めるような言い方でそれでも確固たる意志を持って僕の行いを断罪するつもりだろう。僕も一緒に謝らせるためにここにいるのだろう。何もかもがあいつらの思い通りになっている。もう喋る気力すら欠け始めていたけれど僕は声を出した。
「違うんです。あいつらから喧嘩をうってきてカッとなって僕だけが悪いわけじゃ」
「うん、わかる。だけど俺はお前だけが悪いなんて言ってないだろ?後であいつらも叱る。だけれど絶対、人を殴っちゃいけない。言葉がある。先輩に直接いうのが怖いなら先生たちを頼ることだって出来た。なのにお前は手を出した。それがいけないって話をしてる、わかるか?」
そんなわけない。おかしい。絶対間違っている。けれどうまく言葉に落とし込むことができない。焦りで頭は混乱していく。先生の言っていることは正しいけれど間違っていて、でも僕の行いも間違っていて………
……諦めそうだ。心が折れそうだ。
「それだけじゃないお前の行動ひとつでこれまで多くの人たちが築き上げてきた歴史と信頼ある学校の看板に泥を塗ってるんだぞ。お前を受け入れてくれたこの学校に傷がつく。もちろんお前の経歴にもな。それから今後入ってくる多くの後輩が傷害事件を起こした人がいた高校として入ることになるかもしれない」
確かに僕は何をやっているのだろう。本気で怒る先生に僕は何も言えなかった。
僕は反応する元気もなくなり2時間ほど怒られたが途中から僕の記憶はなかった。もしかしたら途中で逃げ出したかもしれない。
渡された反省文の端を最後まで握っていたような気がする。何に対して反省を行えば良いのか、これまでのクラスメイト達と関わろうとしなかった事か、彼女に謝れなかった事か、根も葉もない噂に収集をつけようとしなかった事か、もっともっと前のことか、どれもこれも全てだろうな。
目が覚めると泣いていた。涙で濡れた頬を拭う。
いつのまにか部屋に帰っていたようで真っ暗な部屋でベットに倒れ込んでいた。制服のままに寝ていたようだ。
夜中の12時、起き上がり鏡を見る。ボサボサの目までかかった前髪の隙間から赤く泣き腫らしたクマのできた目が見えた。真っ暗な部屋で鏡の前に立つ僕は妖怪のように見えた。
暗がりの中いつでもつけっぱなしのパソコンが見えた。ゲーミングパソコンと呼ばれる無駄にピカピカと光る相棒の電源を久々に落とした。その七色に光る冷却用の排気口が静かに動きを止めたのを本当に久しぶりに見た気がした。
暗い部屋でまた僕は泣いた。
悔しかった
しんどかった
苦しかった
周りの目もプロゲーマーになれば変わると思っていた見返せるはずだと思っていた。それだけに縋っていたと言っても良い。
だがもういい加減わかっていた。きっと違う。
プロゲーマーになれたところで自分は自分だ。
誰彼構わず見下し、大して上手くないゲームに縋りつきながら夢に努力しているんだとデカい声で騒ぎ、変わらない毎日を送る馬鹿な野郎は僕だ。
最近どうもゲームが上手くいかなくなった。それに気がつきなくて逃げた先の大会だった。それを認めたくなくて喜んだふりを続けた。あの時間に意味があったのだと思いたかった。
みんなの言う通りへーそれでだ。意味なんてない下らない話だ。
そんな事は認めたくなかったから楽しそうにしていたのに今、認めてしまった。
僕のここまで生きた時間に、捧げた時間に、何一つ意味なんてなかったのだ。
みんなはみんななのだ。
僕が変わらない限り誰も僕のタグを変えることなんてないのだ。落ちる所まで落ちたらもうどうにも出来ない。終わりだ。高校は最底辺、夢も希望も無くなった。やりたい仕事など一つしかなかった。
今後1年間とそれ以上あの目に耐えながら過ごせる自信がもう今の俺にはなかった。それを考えるだけで体が震えた。吐き気がした。この暗い部屋以外行く場所がないように感じた。逃げ出したいのにどこにも行けない。呼吸が浅くなる。涙が溢れた。頭を掻きむしりイライラが激しくなる。歯を食いしばり枕を殴ってみる。
収まらない激情をどうにも俺は出来なかった。
叫びたいのに何に対して俺は誰に対して叫べば良いのだ。苦しくて吐き出したいこの気持ちは嗚咽しか出なかった。漏れ出す嗚咽は情けない悲鳴のようで震えていた。涙が溢れた。
ひたすらに暴れて疲れた僕はキーボードが置いてある机に寄りかかった。
動きを止めた相棒が見えた。こいつがいなくなれば僕は人生をやり直せるのではないかと思いついた。こいつが僕の人生を狂わしていたのだと気が付いた。
コンセントを引き抜きぬいた。暗い部屋で輪郭だけ見える寂しそうな相棒を気にせず持ちあげた。ケーブルを抜いた拍子にモニターがキーボードの元へ倒れる。けたたましい音が出たが全く気にならない。相棒を抱え窓を開け顔を出して下を覗くとまばらに車が止まっている駐車場があった。
よかった真下は車が無いななんて思いながら相棒を外に突き出す。だらりとコンセントが窓から外に垂れた。ズシリと重みを感じる。5キロかそれ以上ある相棒を下げるたび僕の体はどんどんと窓から出て行った。
離せばこいつは死ぬ。それだけなのに手が離れなかった。重さからか手が足が震え出した。爪先立ちとなっても僕はまだ少しずつ進んだ。離せと、危ないぞと反射的に叫ぶ頭に僕は叫んだ。
「いやだ!それだけは!」
このまま心中も良いな。そう思った時には足が浮いていた。
小学生の頃親父のパソコンを使ってゲームを初めて触った。
その頃から今も続ける一人称で人と撃ち合うオンラインゲームを遊んでいたが触り程度で適当に動かしては楽しんでいた。
小学生の頃はゲームより外で遊んだ記憶がある。友達も今よりずっと多く、鬼ごっこが好きで給食を早く食べては運動場や裏庭を駆ける少年だった。そう言えばあの頃めちゃくちゃ何でも笑ってたな。
中学の頃からパソコンゲームを本格的にやるようになった。
カッコいい人がいたのだ。音楽に合わせて相手を薙ぎ倒すヒーローのような人をみた。その人はプロゲーマーでいっぱいお金を持っててかっこよくて人気者で憧れ魅了された。
その人が出ていた大会を見た。7色のライトが会場の隅から中央を照らしてそこには僕の応援する選手合わせて5人の選手が2チーム向かい合って座っていた。バスケの世界大会、NBAも行われる会場は満員に観客が入り皆中央上にある4面の特大スクリーンで映される画面に観客全員が食い入るように見ていた。
1ラウンド、バスケやサッカーの1点を取れるたびに多くの人が立ち上がり叫ぶ。応援したチームが一人倒せばガッツポーズをしスーパープレーが出ると大歓声でみんなが沸いた。
その比じゃない位に選手も叫ぶ。
「let's go!!!」
試合中に雄叫びをあげガッツポーズを取り立ち上がる。相手を挑発し胸を叩きポーズを取る。
チームメイトと取った1点を称えあい隣の仲間とハイタッチをする。
勝てば笑顔で抱きしめ合い。仲間と称賛し合う。最後は嬉しさに涙することも少なくない。
負けたチームは悔しさに泣き、次に繋げると誓う。
そんな光景に毒された僕は寝る時間が少なくなり学校で寝るようになり口数が減り次第に友達も減っていった。
家族や昔からの友達とも交流が減り僕はどんどんゲームしか行き場がなくなった。
でもあの場所に立てば変わると信じていた。
今までは
「何してるの!!!!」
携帯を落とした母親が俺に飛びついた。
はっきりと携帯が落ちた音が聞こえた。硬いフローリングの床に当たる金属の鈍い音だ。
40を超えた母親が泣きながら足にしがみつく。
足以外が外に飛び出ている僕は駐車場を見つめた。そう言えば父親無理してこのマンション買ったんだったな。
あー確か中学に上がって一人部屋を欲しがった時か。あの時はまだよく笑ってたっけ。
そんな事を考えながら僕は窓からだらりと垂れたまま下を見ていた。駐車場はまだ遠く8階と言う高さは伊達ではないなと思った。夜風が冷たい。うるさくしたけれど下の人から苦情は来ないのだろうか。
「大丈夫かゆうぎ!!!」
ドタバタと騒がしい足音と共に親父が来たのが声でわかった。
勢いよく持ち上がる体。
母と俺を抱える形で上げた父親。
母親が抱きながら泣いていた。俺も泣いた。親父も少し泣いていた。
「担任の先生から電話があって3年生達が先に喧嘩をふっかけた事を証言してくれたんだって」
全てを担任の先生から聞いた母親は落ち着いた後話してくれた。
父親はその間パソコンを組み立て直して暇つぶしかパソコンの手入れまでしていた。
翌日は土曜日で登校日だったが僕はサボった。その間特にやることがなかったのでリビングで休みの両親と過ごした。
午後になって学校が終わり両親とともに学校に向かった。
そこの校長室で担任の先生と生徒指導の先生と校長までが勢揃いで謝った。当事者の生徒達も並び謝った。
母は僕の顔色を伺った。
これ以上この人達に何を求めれば良いのか僕にはわからずもう良いと伝え僕も殴った事を謝った。
その日帰って久々にリビングで長い事使われていなかった据え置き型のゲーム機を出して家族と遊んだのち反省文を書いた。僕も人を殴ったのだ。それは怒りに任せた馬鹿な行動でやってはならない禁忌だった。そう思っていたら簡単に反省文はかけた。
--4 動き出す世界
翌日は日曜日で2日ぶりにパソコンゲームをした。
驚くほど下手になっていた僕は思わず笑った。
そもそも僕は上手かったかすら忘れた。
だから初めてクラスメイトと会話を試みた。
「もし良ければ君が暇な時少しだけでも教えてほしい」
門前さんからすぐに返答が返ってきた。
「もちろん」
いつもメッセージに使っているアプリを今回は久々に電話として使った。中学の時以来だった。
僕は教わる前に返信してくれたお礼と教室でのことを謝った。
色々とプロゲーマーについて聞きたい事があったけれど言葉にはしなかった。まずは謝る事が僕の目標だったし隠している事をわざわざ掘り起こす事はもうしないと電話をかける前に決めていた。
それなりに覚悟がいった僕の言葉に門前さんは意外とすんなり別に良いよ、と言った。
それからインターネットで繋がった僕たちは同じ戦場、同じチームでゲームを始めた。
門前さんの一つ一つを素早くこなす丁寧さと流れるような動きどれを取っても僕を凌駕した。
一々驚く僕に彼女は言った。
「その門前さんってのはやめてよ。まだプロ云々言ってるの?」
だから【せん】と呼んだ。
彼女は「うん」と答えた。画面越しで見えないけれどちょっと笑っている気がする。
それから僕の画面を録画してそれ見ながら細かく注意点を上げてくれた。
どれを取っても目から鱗が溢れた。もはや溢れすぎて滝のように落ち続ける僕は必死にメモを取った。これまでゲームをろくに調べもしなかった僕は要領も悪く覚えも悪かっただろうがセンはゆっくりと歩調を合わせて繰り返し説明をしてくれた。
睡眠時間はしっかり摂る事、負けた所を録画して反省すること、自分の出来ることだけに集中する事。もっともっと彼女は教えてくれた。
睡眠時間をとるようになってゲーム時間が減ったのに右肩上がりに上手くなっている感触があった。イライラしなくなっていった。
笑顔が増えた。
面白い、分かる、強くなれる事が楽しいのだ。
いつぶりに感じる楽しさに僕は没頭していった。
負けた所を見なおすと明日に繋がる変更点が見つかった。
僕は毎日同じ事を繰り返す事をやめた。日々一歩ずつ進んでいる感触が確かにあった。教わってみればすぐに実践できるようなことばかりで少し考えればわかる事だけれどそれすらも考えていなかった僕は自身の浅さが人生何度目だろうか、よく沁みた。
翌日の月曜日僕はしっかりと睡眠を取ってから登校した。僕が入ると少し教室がざわついた。
来ないとでも思っていたのか。
僕は内心少し笑い顔を上げて教室を横切り席に座った。皆の少し驚いた顔と注目の視線がよく見えた。
席につき鞄を下ろし窓の外を見て、もしかしたら…本当にもしかしたらこの席に花でも置いてあった可能性を考えると心がキュッと締め付けられた。
実際今いる教室よりも2倍は高かったから『もしかしたら』と言うより『紙一重』の方が近いかもしれないけれど僕はいまいち死ぬ事に実感が湧いていなかった。もしかしたらみんな死ぬ時は死の実感なく死んでいくのではないだろうかなんて寂しくなった校庭の木を寒空の下、窓から顔を出して眺めていた。
僕はその日高校に来て初めて手を挙げて発表した。先生は特に何も言わずに手をあげる僕を指して僕は答えた。それだけだった。
内心間違っていたらどうしよう、凄く注目されるのではないだろうかなどと思ってはいたが実際そんな事はなくクラスメイトはいつものように授業を受けていたし先生も特に何も言わなかった。
答えは間違っていないので当たり前と言えば当たり前である。
それから月、火、水と僕は一日1回のペースでわかる所だけ手を挙げた。
木曜は2度手を挙げたが同じように手を挙げていた他の生徒が2回とも答えた。
少し落ち込んだ。
その日の放課後食堂へ向かう廊下で通りかかった生徒指導の先生に呼び止められた。
最近授業中に寝ていない僕は思い当たる節がないので何事かと思った。またどこかで噂話が広まったのかとドキリと心臓の音が聞こえた気がした。
生徒指導の先生は「最近授業に積極的らしいじゃないか。すごいぞどうした。顔色もいいし見違えるようじゃないか」と言って僕の肩を叩いた。
やっぱり素直じゃない僕は「どうも」だけ言ったけれど内心はとても嬉しかった。顔色一つ変えずに喜ぶ僕にやっぱり素直じゃないなとどこか笑う僕がいた。
明るく日がさした廊下は寒いはずなのに少し温かみを感じた。
その日、本当に嬉しくてカツ丼を食べていた時せんが話しかけてきた。
さっさと食べ終えた彼女は食器を返しにいく途中僕の席に寄ったようだ。驚く僕に気づいているのかいないのか横の空いている椅子に座った。
内容はいたってシンプルで今日ゲームを一緒にできるかと言う節で僕は了承の旨を伝えた。
「いつも通りメッセージくれれば良いのに」
そう言った僕に彼女は友達が一人飯をしてるなら話しかけるのがJKの嗜みなんですと笑って答え友達の元へ帰っていった。
僕は彼女の友達になった事に驚いたし友達が一人飯をしていても話しかけないであろう僕は女子高生でなくて良かったと思った。席に戻った彼女は僕の予想通り友達に囲まれて質問攻めにされていた。
あそこまで読んでいたのだろうか。気ままな彼女の事はよくわからなかったけれどその答えは夜約束通りゲームを一緒にしている時にしれた。
「いやー食堂で話しかけたじゃん?あの後私が君をトラウマになってると思ってたらしくみんなに心配されちゃったよ」
一対一で練習をしていた時に言い出したので僕は新手の精神攻撃かと思った。
そう伝えると彼女は笑いながらそんなんじゃゲーム続けれないぞと言った。
僕らは数時間ほど楽しくゲームを続け0時手前で解散した。
その翌日も彼女は教室の短い休み時間に気持ちの良い日差しを浴びながらぼーと窓の外を見ていた僕に話しかけてきた。
次はもちろん移動教室ということもなく話しかける正当な理由などないのだけれどそれでも話しかけてきた彼女は放課の予定を聞いてきた。
彼女の友達たちは何事かと様子を伺い運動部の人たちも僕の方を注目していたが気にならなかった。彼らは自分から僕に近づく事はない事を知っている。
僕は特にない事を伝えた。
「放課後遊びに行こうよ」
そう言われて特に断る理由もないので行く事を伝えた。
彼女はオッケーと答えて友達たちのところに向かった。
ただそれだけだった。
なんて事のない事だろうけれど僕はそれがとても嬉しかった。誰かに誘われて遊びに行く。そんな簡単なことすらもう何年も体験していなかった。とても幸せに思えた。救われた気がした。
今の僕をみる事ができるのは校庭だろうけど誰も見ていない事を祈った。多分僕は気持ち悪い顔をしている。頬が緩んでいるのを感じる。そのまま授業が始まるまで僕は日差しをたっぷりと浴び続けた。
それから僕はいつも通り授業を受けた。授業中、自然と放課後のことを考えていた。
時間はあっという間に過ぎ放課後僕は彼女に連れられ同じような学生が多い電車に乗って都心近くの…といっても都心にはまだ数駅は離れたショッピングモールについた。駅と合体しているそれは僕たちみたいな学生と主婦の方が多くそれなりに混んでいた。
もう日が落ちて夕暮れが濃くなっている中明るいショッピングモールに僕らは吸い込まれるようにして入っていく。飛んで火に入る夏の虫の気持ちが多少わかった気がした。彼女は道中話しながら慣れた動きでするすると人の間を抜けてゆく。僕は人にぶつからないようにするのが精一杯でなんとか躱しながら進んだ。
学生たちが数人並ぶカフェの前で席に到着した彼女は順番待ちの予約表を確認していた。
「20分待ちだってー」
「別に良いけど」
スーパーでコーヒーを買って適当な椅子を探すのではダメなのかと言いそうになったがこのカフェという選択もきっと彼女には大きなプランがあったのだろう。僕は彼女と話しながら20分時間を潰した。
周りの人がスマホを触る中僕ら二人だけが話していた。
それは中に通され注文を頼み木の温かみを感じさせるカフェの内装とほぼ全面ガラス張りの窓から見れる景色を僕が楽しんでいるときですら話し続るほどだった。まぁ内容はカフェを見つけた経緯やここから見れる夜景のおすすめなんかを喋っていたので無関係ではないけれどよくそこまで喋れるものだと感心していた。
ようやく彼女が会話に一息ついたのは頼んだカフェオレが届いたときだった。
紙製のカップにロゴが入ったカフェオレは持ってみると温かみが手に染み込んだ。僕の頼んだ方が先に来たので彼女の話半分口をつける。
何というか想像していたカフェオレの3倍は甘い。紙パックで売っているコーヒー牛乳くらいは甘く、甘いものが得意でない僕は少しずつ飲んでいた。単純にカフェオレが熱かったというのもある。
彼女のも届いたようでまたひとはしゃぎした後、飲んでまた感想を実に楽しそうに話していた。苦手なものが無くて大変羨ましかった。
彼女のにはカフェオレにクリームとナッツが追加で載っておりカロリーと糖分を気にしていた僕を欲しがっていると勘違いしたのか彼女はそれを差し出した。
ありがたくいただく。
なんだかほとんど甘味しか感じないそれに僕はほんの少し飲んで返した。
クリーム味コーヒーナッツトッピングが正解だと思った。コンビニ売ってある紙製カップに入ったバニラアイスを半分で甘くて辞めてしまう僕には一杯で十分だった。
「ほー君も大胆だねぇ」
返したカフェオレをニヤニヤしながら飲んでいる彼女を僕は無視して日が沈み込んだ街の景色を楽しんだ。
12月も半ば夏休みからいろいろな事がありそして今年がもう終わりに近づいていた。9月から12月が一瞬と言われるが確かに僕が体験したこの数ヶ月。せんが来てからの数ヶ月は本当に目まぐるしく突然世界が早送りに変わっていった。僕の中で大きく世界への見方が変りつつあった。進み出した世界の事を思い出しながらカフェオレを飲んだ。やっぱり熱いし甘かった。
それから僕らは頼んだホットケーキとパイが届く時間をやっぱり話して過ごした。彼女はどんなことでも楽しそうに話した。その内容は友達と遊びに行った時の話や海外での話なんかで僕には遠い話にどれも聞こえたけれど楽しそうに話す彼女をみるのは僕も楽しかった。
パイとホットケーキをそれぞれ食べて僕らはショッピングモールを出た。そのまますぐ電車で帰るつもりだった僕を彼女は引っ張っていった。
明るいショッピングモールを横切り映画の商店街のような個人経営のお店とチェーン店が同じくらいの割合で並ぶ道を進んだ。寂れていない商店街というのを初めて見たけれど新しい店やコンビニが多く、時代に適応した姿がそこにはあった。
が、彼女の目的は商店街には無いようで散策を楽しもうとしている僕を引っ張りどんどんと進んでいく。僕が彼女にどこへいくのか尋ねても秘密の一点張りだった。
住宅街に入り人々の暮らしの明かりがマンションやアパートから見てとれる商店街より少し暗い道に入った。けれど彼女のお目当ては住宅街にも無いようでさっさと抜けて僕らは10分ほど歩いて大通りに出て彼女は止まった。
そこはビル街でたまに立ち食い蕎麦や綺麗なレストランなんかがあったが僕らはそこに並ぶいつもは何の変哲もない街路樹に目を奪われた。
このシーズンだけなのか今日からなのかいつ頃からそうなっているかは分からないけれど枯れて葉っぱも無くなった街路樹は白を基調とし緑や赤などが混ざったイルミネーションが僅かな点滅を繰り返しながらずっと奥まで飾られていた。何個も棒状のライトがついた街路樹は幻想的という言葉がよく似合っていると思った。
同じ目的なのかチラホラ上を向いて歩く人達もいたけれど気にならなかった。僕は周りの人が気にならないくらいにはイルミネーションを楽しんでいたのだと思う。彼女はマフラーとコートをはためかせ忙しなく動き、大通りについてからずっと騒ぎながら写真を何枚も撮っていた。僕に映るように言ったけれど遠慮しておいた、そのかわり何枚か彼女のスマホで撮ってあげた。写真に初心者も玄人も関係ないだろうと思って撮った僕の写真は彼女のより数段映えていなかった。けれど、それでも彼女は大いに喜んでくれたので写真の出来に納得のいっていなかった僕は救われた気がした。大袈裟かもしれないけれど。
僕らは一通りイルミネーションで彩られた大通りを楽しんでからショッピングモールまで戻り駅で彼女と別れた。家はさらに都心に近いそうで僕は驚いたけれどよくよく考えれば彼女は一般の高校生ではない。そんな事をすっかりと忘れてしまった自分がいた事に驚いた。まぁ顔には出さず僕はそれなりに人の多くなった電車に揺られて普通に帰った。
翌日僕はクラスメイトに話しかけられた。それは彼女と授業での強制的な関わりを除いて本当に久しぶりにクラスメイトから声をかけられた。
朝のホームルームまでの時間に相変わらず僕は外を眺めていた。昨日のイルミネーションは校庭の木ぐらいの高さだったか、もう少し高かったかなんて下らない事を考えていたので声をかけられて驚いた。それが男の声だったのでさらに驚いた。
「よっ!門前と昨日どこ行ってたの?デート?」
ズカズカと単刀直入に聞いてくる彼に驚いた。
茶髪のマッシュとオールバックのいい所取りのような髪型の彼は隣にサラッと座り、窓の縁に乗って体を半分くらい外に出している。
危ない彼の質問に答える。
「ちょっと行った駅でショッピングモールと街路樹を見て帰ったよ」
へー、良いなデートのお手本みたいなルートだなと彼は笑った。その間ふらふらと窓枠から体を出して不安定そうにしているかれに僕は純粋に思った事を聞いた。
「何で声をかけたの?」
「いや?お前と門前がどこ行ったのか普通に気になるくね?珍しい組み合わせじゃん最近仲良いし」
さも当たり前の事をしているように彼は言うが僕はそれがよくわからなかった。ただ珍しい組み合わせなのは同意できた。
その後も彼は休み時間のたびに暇そうに外を見る僕に話しかけてきた。普段何しているのかとか本当にプロゲーマーなのかとか1日1回から2回くらい のペースで話しかけてきた。
彼女も相変わらず突然話しかけてくる。今日遊べるのかとかゲームをしようだとかもっと下らない話だってした。そんな誰にでもあるであろう日常を僕は2年の2学期終盤でようやく手に入れれた気がした。友達は2人だけでも僕は嬉しかった。喜びを噛み締めていたらあっという間に2学期が終わった。
終業式が終わりまた話しかけにきた彼と一緒に話しながら教室に帰った。彼は冬休み遊びに行こうと誘ってくれた。彼女の誘いよりも嬉しかったかもしれないなんて口が裂けても言えないが思った。同性は気が楽でいいと、この日贅沢な思いができた。
僕が教室に入るなり先に帰っていたであろう彼女は僕を待ち構えていたのか近づいてきた。友達の彼はさっと離れていった。空気をよく読む友達と全く空気の読めない彼女にため息が出かけた。
放課後の予定を聞かれ僕はいつもの通りないと答えた。彼女は放課後すごい所に連れていってあげると言っていた。
黒くて光って大きくそびえたっているとも付け足して言っていた。
面白いと思ったのか不思議の国のアリスに出てくる猫のような笑みを浮かべる彼女に僕は冷めた顔でビルだろと答えると面白く無さそうにしていたので悪戯好きの彼女に一矢報いれた気になった僕はちょっと嬉しくなって聞いた。
普通の女子高生ってそんな感じなのか、と
彼女は大体こんな感じじゃないのと答えた。分からないけれどと付け加えて、僕はやっぱり女子高生じゃなくて良かったと思った。
僕らはそんな感じの下らない会話をした。明日には、いや数時間後には忘れていそうな事をそれからも少し話して解散した。10分の休み丸々彼女は隣で話していた。僕はたまに返答しほとんど彼女が喋ったのだけれど終始上機嫌な彼女の話の内容はどこかへ連れて行く事以外忘れたけれど楽しかった事だけは記憶に残った。そういえばなんだかんだとよくどこかに彼女と出かける事が増えている気がする。毎回僕は彼女の案内で楽しい思いをさせてもらっている。今回も楽しみだと思いながら先生からの冬休みの過ごし方を聞き流していた。
--5 「助ける」
その日の放課後僕らは地上から250m上空にいた。
17時だというのにすっかり日が落ちたビルの上にあるヘリポートのような場所に僕らは立っていた。周りに光るランプと広い丸型のヘリポートがステージに見えたけれどほぼ暗闇に近いステージはまだ公演前のような感じに見えた。多分ここが明るく照らされる姿を僕は見ない。
そこからの景色は一言で言うなら絶景に尽きた。すぎゆく人を見下ろす。車のヘッドライトとビルの明かりはどんなゲームの景色よりリアルで幻想的でどんなSFゲームよりも非現実的で未来的な世界に見えた。
「うひゃー寒いねぇ」
ここに連れてきてくれた彼女は手袋にコート、マフラーとあったかい装備を身につけて下は短いスカートと上と下のアンバランスをツッコミたい僕だったが寒さと景色でそれどころではなかった。
「うわー寒いなこりゃ」
ビルの屋上の鍵を回しながら見知らぬおじさんがきた。あったかそうな紺色のガウンコートを着込み手を擦りながら寒い寒い言いつつ笑いながら歩いてきた。
「紹介します。これ私のチームのオーナー!このビルの24階がゲーミングハウスという名の練習場!」
「始めまして、つついゆうぎと言います」
オーナーと呼ばれたおじさんは髭を触りながら笑う。
「おーどうも君があれね、教室でプロゲーマーの事バラしそうになった」
特に気にしていないように笑うおじさんとひゃーと慌てておじさんの口を塞ぐ彼女に笑った。
「もう!じゃあもういいでしょ顔見たなら帰ってよ仕事仕事!」
彼女に押されて出て行くおじさんは最後まで笑っていた。
「お父さん?」
まだ怒っている風の彼女に聞く。
「まー近いかも、家にいるよりゲーミングハウスにいる時間の方が長いし。あの人よく喋るから」
僕は彼女の話を聞きながらヘリポートのど真ん中に座り、大の字に倒れ空を見上げる。彼女も続いてスカートの裾を流し座る。
ヘリポートは冷え切っており体の芯まで寒さが染みた。取り込む空気はキンキンに冷えている。口から出る息が白く夜空を舞っていた。
「私ねー来年の9月でプロ契約切れちゃうんだ」
横に座った彼女は珍しく沈んでいるように見えたけれど僕はこういう時にどう返したらいいかを知らなかった。だから「そう」とだけ伝えた。興味はあったけれどそれ以上に踏み込んでいい話なのかがわからなかった。もう一度息を吐いて舞う白い靄を見て冷えた空気を取り込んだ。唇が乾燥していた。
「オーナーは言わないけど更新はしないと思うな。仲がいいのは私がプロじゃなくて私だからだと思うけど来る理由が減るのは寂しいね」
家族を失ったことはないけれど思い詰めた彼女の横顔はそんな感じに見えた。奥に見える夜景とこの寒空と彼女の顔はよくマッチしていた。
「なんで更新しないの?」
「…どうすれば良いのかわかんないんだ。プロの時はやっぱり仕事だったから大変な時もあって海外にずっと居ることもあって高校一年の頃は学校に全然行けてなかった。中学もプロ手前みたいな生活してたからそこでも大変だったし今みたいに学校ちゃんといってないんだよね」
どう答えればいいのかわからなかった。彼女の悩みは理解できる人が限られた問題で僕は半分もわからなかった。けれどとりあえず学校でいる彼女を思い出しながら思った事を口に出す。
「学校というか今の生活も楽しいんだ」
「そう…だからどっちをとれば良いのかわかんないんだ。このままプロを辞めてゲーミングハウスじゃなくて家に戻る生活を続けて大学に行って就職して…も良いなーって思うんだ」
僕はもう一つの選択を考えた。このままプロとして彼女はどうなるのか。ゲームの盛り上がりは流れが早い。売れたタイトルでもパッと数年で消えてゆく。それに比べて大学への進学、就職はどうだろう。あまり想像できないけれどとりあえず安定した生活は望めるだろう。きっと毎日友達に囲まれて大学生活を楽しんで就職して結婚して…良い未来だと思った。だけど
「僕なら…ゲームを続ける」
それは意味のない答えだろう。僕は彼女みたいに沢山の人に囲まれていないしゲーム以外にも海外経験の多い彼女と引きこもりの僕には天地ほどの差があってそこまでの選択肢が少ないからかもしれないけれど…それでも彼女の状況になっても幸せな生活があっても僕は結局どこかでやるような気がする。病的なまでの依存というのかもしれない。
「君はーやばいよ。ゲームやりすぎ」
そう言って笑った。
「普通、殴り合いになって2日後にゲーム教えてなんてメッセージしないでしょ。しかもゲームのことでずっと変なあだ名ついてるのに気にせずずっとゲーム続けるしやばいよ」
バカだバカと笑った。
「そうだろうね」
体の芯まで冷えた僕らはまるで凍ってしまったかのように動かずただ白い息を出していた。
凍った口で僕は言葉を紡いだ。
「それ以外にないんだ。やりたい事」
「みんなそうでしょやりたい事なんてある方が珍しいんじゃない?」
彼女は当たり前に返した。
「でも…それ以上に馬鹿にされるまでやり込んだ事を捨てるのは嫌なんだ。本気になれた事は凄く…大切なものだと思ってる」
彼女はちょっと笑った。
「本気…ゲームに本気ね」
僕は少しムカついた。だけど彼女を見た時見たことのない悲しそうな顔で天仰いでいてその気持ちが吹き飛んだ。そんな顔ができる人なんだと屋上に来てよく思う。
「馬鹿らしいって…思っちゃった。中学の頃あれだけ嫌だったのにね。ゲームに本気になるって馬鹿だろ。遊びだぞ。ガチになるな。いっぱい聞いていっぱい言われてあれだけ嫌だったのに…思っちゃった」
彼女が横で立ち上がったのをなんとなくで感じた。その頃、僕は目を閉じて空を仰いでいた。その日はやけに星空が綺麗だった。高い場所にいるからか空気が澄んでいるからか、そもそも星はいつもこれくらい綺麗で僕が意識して見ようとしていなかっただけだろうか。
「ねぇ」
目を開けて起き上がる。彼女は屋上の端に立っていた。短いスカートとマフラーがはためいている。背景に広がるビルの明かりの中逆光で少し暗くなった彼女は笑っていた。
「助けてよ」
風が吹けば倒れて落ちてゆきそうなほどギリギリに立った彼女はそれでも笑っていた。
僕は立ち上がる。
「助けてくれるの?」
助ける?何を言っているんだ?そもそも彼女に助けられてばかりの僕は何を助ければ良いのだ。
わからない
でも
顔をあげて足を出し手を伸ばす。
「助ける」
そう口に出して近づく。彼女はその場から動かず右手だけを伸ばす。僕もつられて右手を伸ばす。指先が近づきあと少しで触れる。
彼女が後ろに倒れた。髪が舞い上がり眼前には彼女が少しずつ消えていき異物が無くなり完璧なまでに綺麗で儚い夢のような風景が広がり始めた。祈るように目を閉じた彼女の伸ばされた白くなめらな右手が離れてゆく。
頭に血が上った。何を考えているんだ。右足をさらに早く出す。離れるより早く右手を掴んで引いた。
華奢で小さな彼女は簡単に引き戻せた。衝撃で倒れかかる彼女と勢いよく引きすぎた僕は屋上に倒れる。心臓が破裂しそうなくらいに脈動しているを感じる。
「ゲームとか映画みたいじゃなかった?」
横で彼女は笑った。
「バカだろ」
僕は本気で思った。
彼女が僕のだらりと伸びている手を握ってきた。冷たく細い手を払い除けることも何かリアクションを取ることも出来たけれど僕はまた悪戯だろうとほっといた。ここの所彼女に振り回されすぎている気がする。悪い気はしないが肝の冷える悪戯は今後無いようにして欲しい。
それから彼女はしばらく僕の手をずっと握っていたけれど僕は肝を冷やし体を冷やしどこもかしこもが凍りついてしまったので流石にビルの中に入った。彼女は何事もなかったかのように伸びをして写真を撮りだしたので置いて行った。
誰かが下に降りて行くのを僕は見た。もしかしたら何か屋上に用事のあった人かもしれない、悪い事をしたそう思いながら中から彼女が出てくるのを待った。凍りついた体はバキバキで伸びをして体を捻ったり手を擦りジタバタして暖を取っていると彼女は不貞腐れた様子で戻ってくるのがドアについている小さな窓から見えた。
出てきた彼女は少し驚いて
「ふーん。助けるとか言って寒空に放置とは凍え死んでたらどうするつもりだったんですかね」
ふわふわの手袋で僕の腕を叩く。気の抜ける柔らかい音が出ている。
「どうすれば君を助けることになるの」
階段に足を出していた彼女は振り返り笑いながら言った。
「どっちの道が良いかを教えてよ。プロゲーマーか進学の道かをさ」
僕にはできる気がしなかった。そもそも僕は進学のしの字も考えたことがなかった。けれど一度やると言ったからにはやるしかない。これは彼女が言った通りゲームだ。クリアするまでやりこむしかない。ゲームと考えればできる気がしだして僕は馬鹿だなと思った。
--6 覚悟
翌日から冬休みとなった僕は友達の彼に誘われ遊びに出かけた。
映画を見てゲームセンターで遊びフードコートで晩御飯を食べて帰る。
そんな高校生らしい事を僕は初めて体験した。僕はそれをバカだとは思えなかった。
彼女は実家に顔を出しに戻るそうでゲームが置いていないと愚痴り暇なのか霜柱や10cmほど積もった雪で雪うさぎを作り遊んでいる写真がたまに送られてきた。僕は彼が遊びに誘ってこない限りゲームをしていた。
冬の暖房の中僕は黙々と前日の反省点と睨めっこをしながら一歩ずつ上手くなる事を心がけているとたまに両親が部屋に遊びに来くることもあった。大半はその後リビングでゲームをして過ごした。
冬休みは夏休みに比べ短いものですぐ休みは残り半分を過ぎて大晦日となった時彼女から久々に連絡があった。
「あのビルにまた来れない?」
時間は昼を越したあたり、僕はさっさと準備をして電車に乗ってあの夜のビルへと向かった。
空は雪でも降りそうな曇り空で僕は楽しそうに笑う人混みの中を進んだ。見上げると首が痛くなりそうな高さのビルの前で私服姿の淡い色のセーターにベージュのコートをきた彼女が立っていた。キョロキョロとあたりを見渡している割に僕が声をかけるまで気が付いていないのでちょっと大きめの声で話しかけた。僕の悪戯に驚いた彼女はちょっとびっくりした後
「遅い!寒くて死ぬ所だった!」
そりゃ申し訳のない事をしたと謝る。彼女はいいよと笑ってどんどんビルの中を進む。
ビルの中は通りよりはだいぶ人がまばらでスーツ姿の人が多く見られた。私服の僕たちは凄く浮いているけれど周りの人たちは自分のことで忙しいのか見慣れているのか足早にさっていく。よくよく考えれば今日は大晦日、スーツ姿で働く彼らが足早になるのも理解ができた。
ロビーのメインホールからエレベーターへ乗る。中は僕の住んでいるマンションのエレベーターとは大違いでよく手入れされた鏡には指紋一つなかった。ちょっと意識の差というか平民と裕福な人との差なのか少し居心地の悪さを感じながら僕の彼女を乗せたエレベーターが止まった。ランプは24階で灯っている。彼女はさっさと降りてゆき一つの部屋の前に立っていた。僕たち以外誰もいない寂しい廊下を追いながら進む。
僕が一室の扉の前に立つと
「どうぞお入り下さい」と何故が丁寧口調の彼女が扉を開けた。
擦りガラスが嵌め込まれた鉄の扉を開けると正面の壁だけ一面オフィス街が見えるガラス張りになった広いスペースが広がっていた。机、パソコン、モニター一式が一つずつ何台も並べられた白を基調とした部屋は机の上など多少の違いはあれどどれも丁寧に揃えられ椅子やパソコンのメーカーも統一された機器たちはジムに並ぶ器具を思い浮かべた。どちらかと言えば乱雑にゲーム用の機器が並んでいるゲームセンターのような場所だと勝手に思っていた僕の想像を遥かに超えていた。会社のオフィスとスポーツジムの中間のような狭苦しくもなければ余裕を持ってスペースが取られているわけでもないゲームをするためだけの部屋が広がっていた。
見惚れる僕を彼女は「こっち」と引っ張った。
フローリングの冷たい廊下を奥へいくと部屋が並んでいた。6つの部屋が並んでおりそれぞれ選手の名前が書かれたネームプレートがあった。センの名前もあったがそこには入らずセンは奥に進む。
一番奥の部屋はリビングとキッチンになっていた。なぜあるのかリビングには大きなコタツが置かれており彼女はさっさとこたつに滑り込んだ。僕も続く。
「何するの?ゲーム?」
こたつの上に顔を乗せて蕩けてゆく彼女に僕は聞いた。指先まで冷え切った体にこたつは痛いほどに暖かかった。
「ゲームー?うーん…したいならしてくれば?私の部屋のパソコンかオフィスにあるパソコン使いなよ私の一番手前」
彼女は蕩けた表情でこたつから動かないみたいですっかり毒に侵された彼女を最後まで看取る事なく僕は体が完全に温まるのを待って彼女の部屋に行くと言う選択肢は無くさっさとオフィスへ向かった。
1番手前の席に座りパソコンを起動させる。そう言えば僕はどういう立場でパソコンを起動してゲームをしているのだろうか。プロチームのオフィスに遊びに来てゲームをする少年…中々稀有な事になった。そう笑っているとゲームが起動した。
彼女のアカウントで始める。操作方法や視点移動が僕のと違うためうまくいかなかったけれどこの空間に飲まれた僕はひたすらにゲームを続ける気でいた。
「もう!」
一戦終えてもう一戦と手が伸びた時頭をはたかれた。振り返るといつのまにかこたつの毒から抜け出した彼女がご立腹な様子で腰に手を当て顰めっ面でそこには立っていた。
「何?」
「私がやる!君は横の使って」
渋々横の席に移る。僕の座っている席は韓国の選手でサポートタイプ、チームの支えとなる選手だ。チームメイトに慕われる無口な彼を僕は動画で憧れの眼差しで見ていた。そんなプロの席に今は座っている。そう思うだけで熱くなった。
それから2人で数戦ゲームを楽しんだ。隣でギャアギャア言いながら楽しそうに騒ぐ彼女を横目に見つつ僕も慣れない環境で彼女に置いていかれないように食らいついた。時間は21時を超え僕は立ち上がり肩掛けバッグを持って使った物を元の場所に返して帰る準備を始めた時だった。
「帰るの?」
ヘッドホンを首にかけ伸びをする彼女はどことなく焦っているように見えた。
「そのつもりだけど」
「泊まっていきなよ、チームメイトは全員帰省したしオーナーは追い出した」
何を言っているのか分からなかったけれど僕はその時も帰るつもりでいた。
「今日一人でここにいるのはちょっと…ね?寂しいし」
寂しいなんて彼女がいうとは思えなかったけれど屋上の件を思い出せば彼女は無敵では無い事は知っている。さらに頭の中が混乱した。ぐちゃぐちゃになっても僕の足は出口に向かおうとしている。引き止める何かも、歩を進める何かも僕は分からなかったけれどそのどちらかを常識と呼ぶのでは無いかと思った。
「…何するの?」
僕には残る理由がない。家に帰り自室のゲームをしたい。ゲーマーの僕はそれだけの理由で帰るのには十分すぎるほどの原動力となっていた。
手にかけた扉の持ち手は冷え切っていたけれど僕は離さず握り続けた。
「ご飯作ったり一緒にテレビ見たりまた屋上で星見たり年越し一緒に祝ったり…色々したい」
重そうな鉄扉を見つめる僕からは彼女の姿は見えないけれど、その声色はいつものハキハキと元気のある喋りではなかった。迷っているような曖昧で儚い…当たり前のようなお願いだった。
その提案に僕はとても幸せそうだと思った。どこかで僕も憧れていた生活なのだとそしてきっと彼女が憧れる生活なのだろうと思った。
きっとのこのまま頷けば彼女の言った通り事が進む。二人で作った夕食を食べテレビを見て年越しを祝い朝日が昇る頃に屋上へ行き二人で寒い寒い言いながら朝焼けで明るくなる空を見ながら笑うのだろう。
もう一度幸せだろうなと思った。
去年の年越しは酷かった。当時は気づかなかったけれど元旦に一人ゲームの画面に文句を言いながら夜通しでゲームをやるのは異常だ。このまま帰っても去年の二の舞で虚しいだけだろう。そう思えるほどに僕は今の生活が好きになってしまっている。
振り返るとやっぱりいつもの笑顔ではなく曖昧に微笑み手を後ろで握っている彼女がいた。僕の答えを待っているのだろう。
彼女の目を見た時やっぱり僕の心は大きく動かされる。
「わかった」
「ほんと!やった!よかったー」
パッと明るくなる彼女は安心したように息を吐き出す。
「ご飯食べてからまた一緒にゲームをしようよ」
ギョッとした顔で彼女が僕を見た。
「…ゲーマーだから」
露骨に嫌な顔をする。
僕は思わず吹き出して笑った。
「さっ行こうよリビングに夜食を作ってさっさとゲームに戻ろう」
露骨に不機嫌な彼女の手を引っ張って僕はキッチンに立った。
気持ちの整理が幾分かついたのか、冷たい廊下で頭が冷めたのか分からないがしかめっ面は治った彼女が手早く食材を出していく。ひき肉に小麦粉卵に玉ねぎ…手際よく並べた彼女は彼女にしては久々に口を開いた。
「ほんと有り得ない」
怒りながらも手際よく玉ねぎの調理を開始する。僕はと言えば料理などした事がないので横に立ったままだ。
そのまま彼女はぐちぐちと僕のダメなところを上げていった。毎回力が強すぎる所、もっとロマンやお約束を勉強したほうがいい事、話の話題がゲームしかない所、もっと自主的に行動すべきだと彼女は言った。僕はそれを笑顔で聞いていたらまた怒られた。料理の邪魔になると最後は皿の準備をすることとなった。
その全てを僕は幸せに感じた。
だってそれは友達がいなくちゃできない事でこの5年間僕の経験していない事だった。小学生の頃は友達と一緒に料理なんかしてないからきっと初めての事だけど友達に怒られたり一緒に並んでゲームができる事がすごくすごく嬉しかった。
出来上がった料理を二人で食べた。キャンドルに小さなクリスマスツリー白いテーブルクロスをかけたこたつ。
彼女がこの日のために準備して色々と考えたであろうプランをぶち壊した僕だけど不思議と話は弾んだ。
彼女が出した白ワインのせいかもしれないけれど飲み始める前から話は弾んでいたので酒のおかげとは言いたくなかった。
「こたつにテーブルクロスは考えたね」
「一々コタツを退けてテーブル出してクロス引いてはめんどくさいからね。ダサいのはまぁ愛嬌という事で」
「すごくいいと思うよ。ゆっくりできて足はあったかいし雰囲気は出るし」
「雰囲気壊した君がいう?」
また嫌な顔をする彼女の話を聞きながらハンバーグを食べる。ソースからにんじんの付け合わせまでしっかり作られたハンバーグはご飯とよくあった。素直にハンバーグの出来を誉めると彼女の不機嫌な顔は一発で治り満足げにここまでの料理の修行を語り出した。
「すごくおいしいよ」
ゲーマーですからと謎の自信があるようでいつものペースを取り戻した彼女はペラペラとよく喋った。ゲームと料理がどう関係があるか分からないけれど料理もゲームもまだまだな僕はよく喋る彼女の話を聞いていた。
22時ごろキャンドルの芯がほとんどなくなった頃に僕らは食器の片付けを終えていた。テレビを見たそうな彼女に一緒にゲームをしようと誘う。
「仕方ないなぁ」
渋々ついてくる彼女とウキウキな僕はまたゲームをした。
お酒のせいかいつもより調子が二人ともでていなかったけれどいつも以上に盛り上がっていた。ガッツポーズしてハイタッチをする。横に誰かいるというのは新鮮でそれが気持ちをさらに盛り上げていたのかもしれない。
彼女もヘッドホンをして集中モードだったけれど1ラウンドを取れるたび「やったー!」と横でガッツポーズをしていた。
僕らの集中モードはそれからもずっと続いていた。この日のゲームはこの何年間も続けたゲーマー人生の中で最高に楽しく盛り上がった。最後は立ち上がって叫んでいた。
「let's go!!」
「さいきょー!!」
手を挙げガッツポーズをする。どれくらいゲームをしていただろうか。時が経つのを忘れるほどに僕たちは熱狂していた。楽しんでいた。叫んで叫んで叫んで喉が痛くなった二人はようやく疲労を思い出し休憩しようと伸びをする。ふと一面ガラス張りの窓を見た。オフィス街の明かりは前に見た時よりも今日見た時よりもずっと減っていてそのかわりずっと奥のビルとビルの隙間が少し明るくなっていた。
「屋上へ行こうよ」
彼女に連れられ屋上に向かう。鉄のドアを鍵であけ凛とした鋭い寒さが流れ込む。一歩踏み出し眩しくて目を瞑る。白んだ空に今年初めての太陽が登っていた。
「今年もよろしくね」
彼女は白い日差しに照らされながら笑っていた。僕も笑った。結局あれだけ幸せに憧れてもゲームをするだけで楽しくなっちゃう僕らはどうしようもないゲーマーでそれでもいいやと笑えた。
今年はたくさん笑える一年で有りますように僕はご利益があるのか知らないけれど太陽にそう願った。
それから大した装備もつけず何となくで出てきたせいか彼女が大きなくしゃみをした。笑った拍子に僕もくしゃみが出た。寒いねと笑いながら直ぐに部屋に戻り僕らはこたつに入ると自然と眠りについていた。2人バラバラの方向から頭を出して昼まで寝ていると追い出されたオーナーが帰ってきて僕らはボサボサの頭のまま起きた。
「おーせんちゃん、ゆうぎくんおはよー」
呑気な声でスーパーの袋をこたつに置いてアイスを3つ取り出して社長がこたつに入る。彼女は急いで顔を洗いにいって僕は何故だかオーナーからお年玉をもらった。
戻ってきた彼女もお年玉をもらってお礼を言うだけの僕とは違い全身全霊で大はしゃぎしていた。
それから3人でこたつに入りアイスを食べてオーナーが頼んだおせちを3人で食べてアニメを見たいオーナーと音楽番組を見たい彼女が騒いで結局彼女が勝ったのか音楽番組を見てから夕方が近くなった頃オフィスを出た。
「じゃまた連絡するねー」
「またおいでねー」
2人に見送られながら僕は入った時よりだいぶ明るくなった廊下を進んだ。人は誰もいなかった。それぞれ正月を楽しんでいるのだろう。電車はものすごく混んでいたけれど誰も彼も幸せそうで着物を着た人もちらほら見える街は色とりどりに彩られ歩くだけで幸せに感じられた。
「ねぇ…覚えてたんだね助けての言葉」
私はすやすやと眠る彼の頬を突く。実は今日は徹夜だろうと準備をしていたのであまり眠くはなかった。まだ眠気が来ないので彼の横に入ってみる。彼の温かみは触れ合う背中から伝わってきたけれど狭いこたつの真ん中で眠る彼の横で眠る事は流石に無理だと諦める。横で私が寝ていたら彼は起きた時どんな顔をするのか楽しみだったのだけれど残念だ。今日はやけに君に振り回されている気がする。
仕方ないので横に移り君を覗く。寝返りをたまにして涎を垂らす彼はとても可愛らしかった。写真を撮っておこう。
「君は本当に馬鹿だ」
屋上から飛び降りようとした私を馬鹿だと言って何事もなかったかのように扉の前で待っていた。実はさっさと下に降りてゲームでもしていると思っていたから扉をあけて君がいた時は本当にびっくりして、つい憎まれ口を叩いてしまった。
昔のトキシックだった頃が君といると出ちゃうのかもね。
小学生の頃私は父親に褒められるためか怖いからかもう忘れたけれど兎にも角にも一位を目指していた。それはもう小学生の私が考えられるありとあらゆることで一位になろうとしていた。
一位になればいつもイライラしている父親は笑顔で褒めてもらえる、母親も頭を撫でてくれる。家族がその一瞬、私が一位を報告するその一瞬だけ幸せな家庭に戻る。その事だけが救いだった。
父親は常々自分で起こした会社に奔走していた。口を開けば自分の会社の良さと社会での勝者の話。金の稼ぎ方から知名度の付け方、マネージメント、ブランディング、ビジネスモデル。小学生の頃の父親は口を開けばいつもそんな話題ばかりだった。
勉強、運動、あとその頃やっていたピアノのコンクールでも一位になった。毎日小学校が終われば家にすぐ帰りその時一位になりたいものに全力投球をしていた。授業中でも私は構わず続けた。
毎日6時間まだ正常な母親がもう寝なさいねと言いにくるまで私は打ち込む生活を続けていた。
小学校の中でも高学年となり家に飾られる表彰やトロフィーやメダルの数が増えていき、その分だけ敗者を見てきた私は最近母親殴る回数が増えさらにイライラしている父親を自室から覗いている時気がついてしまった。
ああ、今負けているんだな。焦っているんだな。もがいているんだな。そう思うと不思議と辻褄があっていった。それからは父親に褒めてもらいたいという気持ちは消えていった。
中学生となり私専用のパソコンを父親が買い私は覚えたてのローマ字でパソコンを使っていた。ある時ゲームを入れた。そのゲームには世界中でどれくらい強いのかのランキングがあって名前の横に並ぶ国旗の種類でここに世界が広がっている事を実感した。ここで一位になりたい。勝ちたい。そんな思いが私をゲームに駆り立てた。
それからゲームに没頭していった私は何十時間でもやれる時間全てを費やして1か月もすれば百戦百勝、一騎当千あっという間に日本のランキングに名前を刻んだ。
その頃だったか中学生の私にある男の子が話しかけてきた。内容はクラス何人かで遊び行こうという誘いだったけれど私はゲームがあるからと断った。
男の子は負けじと夜からやれば良いじゃないかと言った。
私は「それじゃ勝てなくなる」と言った。
男の子は笑って言った。「ゲームなんて遊びじゃん、勝てても何にもならないよ」
そうだった。ゲームは勝っても誰からも誉められない。これは遊びで私の目指す先に何もない。そんな思いが心に刺さった。
初めは何も父親は言わなかった。子供だしゲームで遊ぶことくらいあるだろうと思っていたのだろうが私はなにかで遊ぶということを知らない。止まることを知らない私を父親は殴るようになったけれど、負けそうで苦しいんだな。もがいているんだな。そう思うと痛みは消えていった。母親はもうその頃から奴隷のような扱いになっていた。体重もかなり減り昔の母親の面影すらない姿になっても父親に殴られる生活を続けている母親に庇ってあげたいという気持ちはなくなり殴られ声も出さず床に倒れる姿が私の中で母親の当たり前の光景となっていた。
その頃から私はトキシックになっていた。画面の向こうの味方に敵に暴言を吐き母親に当たった。ただのストレス発散、負ける奴が弱い奴が悪い。気分はマネキンに唾を吐いている程度の感覚だった。
それからも、それでも私は強かった。世界ランキングに名が載りジリジリと日本一位が見えてきた頃
当時コーチをしていて今はオーナーと同じチームになった。何をとち狂ったのかオーナーは暴言を吐く私を自分の持つプロチームに誘った。当時郊外の一室を借りて練習場としている韓国のチームで会社の名前とKOREAがついたチーム名に5人の韓国人で構成されたチームに私が入るのは変な気分でうまくやっていけるのか心配しながら自己紹介をした私に彼らはカタコトの日本語と最大限の笑顔で歓迎してくれた。それからはゲームオフィスと自室を行き来しながらゲームを続けていた。家族との関係がさらに悪化していた私はオフィスと仲間がとても好きだった。
小さな中学生の女の子が郊外のオフィスまで行きプロの横で練習をする生活を誰にも信じてもらえなかったけれど私は気にせず通い続けていた。彼らは試合となれば韓国語で捲し立てるように喋るので私はいつのまにか韓国語を習得していた。
彼らは世界ランキングでも私より上にいたのに驕ることなく1試合1試合をこなしていた。失敗を認め指摘し合い褒め称える。彼らは言った。反射神経の良い若いうちに僕はエースになって一生分のお金を稼ぐんだ。その言葉に救われた。私の努力に意味はあって希望がある、そんな気がした。キラキラと輝く目で未来のために1日を1試合をその一瞬に全力な彼らを見ているうちに私は自分の事に集中するようになった。私のできる限りのことをやり続けるそう決めた時トキシックは治った。それからは睡眠時間の大切さや動きの細かな調整を教わり順調に強くなっていた。チームに入り1年が経ったある日未だゲームに没頭する私に父親の堪忍袋の尾がついに切れた。口では聞かない事を知った父親は私の目の前でパソコンを破壊した。フレームが曲がり中の部品はけたたましい音と共に暴れ回り透明なプラスチック板は粉々になりあたりに散乱した。止めようと声の限り泣き叫び力の限り暴れる私を母親はあざだらけの骨と皮だけになった腕で取り押さえていた。
その日を境に家に帰らずオフィスにいる事がすごく多くなった。高校受験は私立の適当に受かる所にしたので受かったけれど私は高校生プロゲーマーとして活動できる大会に積極的に参加し海外によくいくようにその頃にはなっていた。
アメリカであった賞金総額3億円の大会で3位となり韓国では2度目日本人では初の快挙を成し遂げた頃から取材のオファーが何度かきたけれど金や知名度という言葉から父親が連想されて私は全て断ったし私は本当の世界一位になれる試合以外に興味がなかった。
高校生2年生の夏、都心近くのビルにオフィスを移した私たちの元へ母親が来た。
中学生の頃にもう残った肉は無いような姿だったのにさらに痩せこけ内臓を何個か減らしたのではないかというほどすり減った母親はオフィスの床で土下座をして高校に行ってほしいと言っていた。
そんな姿を見ても私は決めれずにいた。まだ勝ってない。一位になれていない。そう思っていたけれどオーナーもチームメイトもまだ若いし今世界一位にならなくても良いのではないのかと説得した。きっと母親が土下座をして頼みにくる事に度肝を抜かれたのだろうけれど彼らは「戻ってくることを信じている」と送り出してくれた。私はその言葉を信じて実家へ久々に帰った。
絶対にまた1億円越えの大会に出てさらにその先の世界一位になってやると意気込んで高校へ望んだけれど本気でやってくれる仲間が周りにいない。それが私は怖かった。
実際高校は思っていたよりずっとずっと楽しかった。ゲームの事を隠しながら海外の話をするとみんな喜んで聴いてくれた。みんな可愛いと褒めてくれたけれど韓国でプチ整形をしていた事は黙っておいた。私の友達は守ってあげたくなると言っていた。素直に甘えると本当に正義感の強い私の友達はいつ何時も守ってくれた。困る事がある前に解決する彼女に私は甘えていた。
馬鹿な君を知ったのは1番初めでクラス紹介をしてくれた私の友達が君をプロゲーマーと呼ばれ友達は1人もいないのに何故か学校には来続ける変なやつと言っときだった。その時にこっそり誓った。プロゲーマーの事は絶対バレないようにしようと。
それなのに君は私に話しかけた。プロゲーマーの事をわざわざ言い出して本当に焦った。何か言いたいけれど可愛い私を演じたい私と反論して怒鳴りたい気持ちが相まって黙ってしまった。
君の酷い噂が広まった事を謝りたかったけれど私の横にはいつも私の友達がいて彼女に守ってもらう事に甘えてしまっていた。
食堂で君は蹴られてボコボコにされて冷たい視線を浴びてその時も私は無視をしてた。君が見ていた事、実は気がついていたんだ。
先生に学校が終わって全てを伝えたらその翌日君を私の言った事が救ったと担任の先生は言っていた。先生に私が言った事は隠すようにお願いした。マッチポンプもいいところ、恥ずかしくて泣きたくなったよ。本当にごめんね。
実際君はもう来ないと思った。中学生の私は男の子の一言で学校を休みがちになったから。きっと彼はゲームをやめるか学校をやめるだろうと思っていた。
もしかしたら一緒に友達としてゲームができるかもしれないと思っていたのか寂しく感じていた時に君から連絡が来た。
メッセージの名前を見て本当に驚いた。本当に嬉しかった。すぐ返事を返して電話をかけたら君は第一声で謝ったね。私こそごめんね。
その分プロとして教わる事を全部君に教えた。強くなっていく君をみるのは楽しかったけれど私の中で生まれた選択肢は取り返しのつかないほど大きなものになっていた。
死んでも良いと思えるほど重く深く頭から外れたネジがキリキリと心臓を締めていたみたいだった。
君は「助けてくれるの?」なんて問いにまっすぐ目を見て答えたね。誰かを助けるなんてものすごく難しい事はよく知っているくせにそれでも君は手を伸ばしてくれた。
君は私に普通の女子高生ではなく一緒にゲームをする道を進めるんだ。その道は険しくていっぱい非定されて大変な道なのに、悪い悪い馬鹿な友達だ。全く。仕方ない。ほんとうに。私も覚悟を決めなければならない。
--7 春光
それから僕らは時々連絡をとりながらゲームを楽しんだ。友達とも一度正月の盛り上がりがひと段落した時に遊びに出かけたりもした。
僕の人生で最も楽しかった冬休みはあっという間に終わりを告げ始業式の日に集まった僕らは冬休み前と変わらず過ごした。
彼女も友達もそれぞれの友達と遊びに出かけ僕は家に帰って今日もゲームに取り組んだ。
脱いだ制服を掛け暖房をつける。生暖かい風が部屋に流れ出すのを確認してから僕は革張りの青いラインの入った椅子に腰をかけキーボードを叩く。起動音を聞きながらマウスを握り軽く振るとポインターが左右に揺れた。そんなことをしているとゲームが起動しヘッドホンから流れる音を聞きながら僕は画面に集中した。
僕の技量は確かに上がっているけれど以前より上手くなっていく感覚は薄い。それに伴いどこか淡い焦りをここ最近感じるようになっていた。それは大晦日オフィスでやった時から感じるようになっていて僕は自然とチームのメンバー募集を探していた。
募集を探して数分、難航しそうだと一旦探すことを諦めゲームを再開し数時間のち眠りについた。
翌日、教室に入った僕はまだ来ていない友達達を探した。チラホラと明るい日差しに照らされたクラスメイト達がいるだけで多くの人は部活の朝練ともう少し後から登校するのだろう。今日は少し早めに来すぎた気がした。自分の席に荷物を置いていつもの窓際に立って窓から外を眺める。
少しずつ人の波が濃ゆくなる中、いつもの白色マウンテンバイクで通り過ぎてゆく彼女の横顔は曇り空の日のように暗かった。
この違和感に僕は窓の下の土を見つめた。校舎に日差しを吸われグラウンドのネットと何のためにあるのか分からない木が植えられてさらに冷めた土を見ながら僕は白い息を吐いた。微かに心臓の音が聞こえた。
教室に入った彼女は扉とは反対のところにいた僕ですら聞こえる声で友達達に挨拶をしていた。振り返ると晴れやかな笑顔で友達達の輪に混じった彼女がいて一安心するより先に僕は屋上の事を思い出していた。飛び降りる彼女ではなく幻想的な街中を背景に立つ彼女の笑顔が浮かんだ僕は冷や汗が噴き出した。唾を飲む。
一歩踏み出した。彼女との距離はまだ遠い。友達に囲まれて笑う姿に僕の2歩目は出なかった。
「よっ!門前になんかよう?」
僕の肩が掴まれる。振り返ると白い歯と歯茎がよく見えるいい笑顔で僕の友達が笑っていた。
「あー、うん」
困った僕はとりあえず相槌を打った。彼なら話しかけれるのだろう。僕は
「門前ー彼氏が話したいって」
突然にそう言って彼女と友達の輪に僕を連れて飛び込んでいく。周りの目が一斉に集まる僕の頭はミキサーみたいにぐちゃぐちゃになって言葉がまとまらない。焦りで汗が出て視点が定まらなくなる。息も少し浅くなった気がする。
肌が逆立っているのかかゆみのようなウズウズ感が出てきて汗がひどくなる。何もいえない僕は彼女の目を見た。
「そんなんじゃないって、もーゆうぎくんパニックになってる」
ちょっと微笑んだ彼女は僕の友達の胸を軽く叩いた。お仕置きを受けて彼はヘラヘラと笑いながらそうかー?と返していた。こんな時、彼は空気が突然読めなくなる。
周りの人たちは彼女が否定した事に安堵し、ならばなぜ僕が彼女に話しかけるのかと怪訝に思ったであろう。いつも彼女が僕に絡んでいるように見えていたのかもしれない。大体あっているけれど絡む彼女を嬉しく思っている事は皆知らないのだろう。
「でーなに?」
他所行きの仮面をつけているのか少し他人げの彼女に僕はここまで来た事を少し後悔する。いや後悔はしていないけれどやはりまだ小骨がかかっているような先ほどの暗い顔は僕の思い過ごしではないのかとか、もう少し場所と時間を選べばよかったのではないかとか、もうここまで来て遅い発想が頭をよぎって言葉を邪魔した。
「放課…後」
うわずって言葉が切れた。焦りからか汗が吹き出す。次の言葉を紡ぐ。
「遊びに行こう」
早口になりごもりがちになった。注目される事に弱いのだと気がついた。失敗と恥を塗り重ねて紡いだ言葉に彼女は答えた。
「うん!またビルでいい?別の場所行く?」
彼女の友達は僕と彼女が遊びに出かけている事を知っているはずだけれど驚きの表情を見せた。冗談か何かだと思っていたのだろうか。
頷く僕の後ろから空気を読まなくなった友達が入ってきた。
「いいなぁデートかよ、それで付き合ってないってマジ?」
皆気になっているようで彼女の友達も話に混じる。当事者となってしまった僕は何もいえず下を向いていた。
「うん、振られた」
「ふられた!?」一同がハモった。それはもう綺麗に
が、当の僕は覚えがない。そもそも付き合うとか恋愛とかそんな感情を抱いた事は一度だけ、ほんの短い間想像しただけ、ほんの少しの想像でとても幸せそうだと思えたけれど僕は覚悟を決めていた。
残った彼女への想いは尊敬と覚悟の念だけだった。
「話したらめっちゃ面白いから楽しくなっちゃって」
意外そうにみんなが僕を見る。そうは見えないけどなと怪訝な顔で。
僕の友達だけがわかるわかると頷いていた。
「ふった覚えは無いよ。人からの愛情を断るなんてそんな烏滸がましい恐れ多い事僕はしてない」
彼女との会話に集中すると自然といつもの調子が出てきた。
「じゃあ付き合ってよ、で今日のデートはプラネタリウムにしよう」
「………それはちょっと」
「ほら!」
みんなが噴き出した。僕は困り顔で彼女を見ていた。彼女は僕を指差しながら周りで笑う友達達に「ほら!」と憤慨していた。
「これは門前が悪いわ」
彼女の横にいつもいる勝気な彼女は一通り笑ってから言た。
怒りが冷めたのか元々怒っていなかったのか普通に戻った彼女はサラリと「まっじゃあビルで待ち合わせで」と言って10分の短いようで長いような休みに幕が降りた。
放課後僕らはオフィスのこたつにいた。
僕と彼女は向かい合うように座りもう1人オーナーが座っていた。羽織を来たオーナーはメガネをかけて忙しなく指を動かしている。りんごマークのついた薄型ノートパソコンの画面には枠組みと文字の羅列が赤や黄色で色付けされて並んでいた。
暇そうな彼女が言った。
「そういえば何で遊ぼうなんて君から言い出したのー?」
学生達の割合が少しばかり多い電車の中で2人並んでビルに向かう道中彼女は楽しそうに話すので僕の中にはすっかり登校時のことを忘れていた。
「登校する時の顔が暗かったから何かあったのかと思っただけ」
別に何も無いならそれでいい。問題が起こらない事に越した事はないのだ。それに僕が遊びに誘う時だってある、今日がたまたまその初めての日になっただけの話だ。
だけれど僕の思いとは裏腹に問題はあった。
「まー大晦日前に家に帰ったら親からだいぶ言われてね、正直ゲーム続けれないかも」
親の言いなりになっている恥ずかしさなのか、迷っている曖昧さなのか、自分の悩みという弱みを曝け出す不安感なのか、それ以外の何かなのかわからないけれど何かしら負の感情を含んだぐちゃぐちゃで曖昧な歯切れの悪い顔を彼女はしていた。
自己解決できるような相談した方が軽くなるような、まだ迷っている彼女の悩みに僕は驚いた。
ゲームが出来なくなる、続けられなくなる。
それを受け入れようとしているのか。
「君には悪いんだけどさ」
へらっと力無く笑う彼女に返す言葉が出なかった。
何かを言おうと構えた言葉は虚空に消えて空気となり残ったのは半開きの口だけだった。彼女の顔から自然とコタツの木目に目を移していた。滑らかにコーティングされたコタツに映るぼやけた自分の顔は登校時の彼女にどこか似ている。まるで悩みが伝染していくかのようにじわじわと僕の心は重くなっていった。
僕はゲームを続けられないなんてことを考えた事はなかったけれどもしかしたら僕の環境は恵まれていたのかもしれない。そう初めて思った。
「いやーにしても君、私の登校する時の顔をガン見するってどんだけ好きなの、なんか凄いね」
へへへと少し照れてる彼女の声は僕には響かなかった。
彼女とこれからもずっと…長く長く、漠然とした大人と呼ばれるその頃まで僕たちは仲良くゲームを共に続けれると思っていた。君の後を追い、時に助けられ教えられそんな日々が続くと思っていた。
実際、僕らは後2ヶ月ほどで春休みに入りそれからクラス替えがある。クラスが変わり僕たちはそれまでの関係を崩すことなく続けていけるのか、クラスが変わって疎遠なんて事になるのではないか。
クラスが同じでも彼女の周りの状況は変化する。僕の周りだって今は友達が2人いるけれどまた一人ぼっちの可能性だってある。今よりひどい状況になって学校に行けなくなるかもしれない。
いつでもゲームに集中していたけれどそれは現実を直視していなかっただけではないのか。そんな思いが頭をよぎった。
「ていうか、私が横切った一瞬で今日落ち込んでるなーって思ったって事!?え、もしかして君、私のこと好きすぎでは?」
恥ずい恥ずいと顔を手で覆う彼女をようやく見れた。
体をくねらせる彼女に僕は言った。
「うるさい」
へへへと照れ笑いを続ける彼女を無視して僕は続けた。
「ゲームが出来なくなるってのはここに来れなくなるって事?」
「そー女子高生が親の許可無しに泊まるのは犯罪だとか言い出して警察に突き出すとか言い出しちゃって」
想像以上に大変な事になっていて僕は度肝を抜かれた。度々彼女とのスケールの違いに驚かされる。
「そうなったら流石にチームに迷惑だしもう半年後とかには契約の更新がある身だしここらが良い頃合いかなーとも思うわけですよ」
「でも、まだ迷っているからここのコタツでいるわけだろ」
パソコンから手を離し伸びをしながらオーナーが口を開いた。
メガネをしているからかいつものふわふわした雰囲気よりも真面目に見えるオーナーはいつも通りゆったりした手つきでみかんを僕達に配った。
「なんならせんちゃんは対処の仕方まで考えついてるんじゃない?」
僕はもらったみかんの皮を剥きながらオーナーとせんの顔を見ていた。オーナーはみかんに視線を落としちまちまとみかんの白い筋を取っている。せんはもらったみかんには手をつけずちょっと反って後ろに手をつき天井を見上げていた。
「オーナーとして言わせてもらうならさっさと辞めてもらったほうがありがたいのは事実だね」
僕は度肝を抜かれた。そんな事言われたら僕ならショックで熱でも出しそうだ。驚く僕とは裏腹にせんは体制を変えずにいつもの調子で「そりゃそうだ」と言った。僕の顔は歪んだ。なんて心臓もっているんだ。強心臓の域を超えている。
口をぱくぱく動かしている僕に彼女は言った。
「ちょっともう少し考えてみるよ」
そう言うとセンはパッと起き上がりみかんを制服のポケットに入れて出ていってしまった。
「まぁ難しい問題だわな」
見送るオーナーはせんが見えていないように扉の先に続く長い長い廊下を見ているようだった。
「オーナーとしてじゃなかったらなんで言うんですか?」
みかんを一口食べて落ち着いた僕はオーナーに話しかけた。
「んー?そりゃずっといて良いよって言うよ。中学生のちっちゃな頃から見てるんだぜ?コーチコーチって言っててそりゃ可愛いもんよ。自分の子供みたいなものだ」
ふわふわした微笑んでいるような笑顔とどこか自慢げな顔でオーナーは語った。昔どこかで父親みたいなものだと言っていたせんと2人の思いは似ている。産みの親より育ての親という何処か残酷な言葉があるけれど僕はそんな感じだと思った。きっと血の繋がりよりも深い何かがあるのだろう。
「せん変なところあるから、ほら屋上で飛び降りようとしたりさ」
僕は驚いた。あまり想像できないが彼女が自分で言ったのだろうか。
「君が止めそうになかったら僕が行くつもりだったけれど君はせんを止めてくれた。子供を止めるのはいつだって親の役目だけれどいつまでもって訳にはいかないからね」
止めるのはいつだって親の役目、僕にも思い当たる節があった。ここら辺は産みの親だろうが育ての親だろうが謎の勘が働くのだろうか。子供を作るという発想に実感が持てない僕は全くもってわからないけれどいつかわかる日が来るのだろうか。
「せんは凄いよ、鋭く鋭利な思考と行動力を持ってる。その分の脆さは鞘の仕事だろうね」
みかんの皮の上にはたくさんの白い筋が載っていた。あらかた筋が剥がれたみかんを食べながらオーナーは笑った。
「初めは僕に似ているなんて思ったんだ。一位に固執するあたりがすごくね。だけど比べ物にならなかった。初めから全力が当たり前の彼女は止まることを知らなかった。入った頃は家のイライラをここで愚痴ってから練習に励んでいたのにいつの間にか無くなって今やうちのエースだ。早すぎるよ」
ほんとうに世界一が目指せる。二つ目のみかんを口に含みながら言った。
「いやー懐かしいね、コーチって呼ぶ人せんしかいないからさ」
へへっと悪戯の前の悪い笑顔で話オーナーに僕は首を傾げた。
「いやー僕今オーナー名乗ってるけどせんを誘った時コーチやってるって言ったんだよね」
それは僕も聞いた事があった。どこかの雑談でせんが言っていた気がする。
「あの時コーチでも何でもなくて適当にチーム作ってて人がいなくて困ってたから声を掛けたんだ。もちろん色々強い人の中から僕に似てると思ったから選んだんだけどね。ちなみに今も僕の役職はよくわかってないオーナーって呼んでるのはせんだけだし」
僕は唖然とした。じゃあこの人は何者なのだ。
「僕はただのプロチーム作りたいゲーマーおじさんで韓国のゲーム友達から頼まれて資金をもらって人を集めただけにすぎない。元々せんが選手として出れるレベルになるまで大会は僕が出てたし当時一緒にやってたゲーム友達を集めたにすぎない」
これ、せんに内緒ねと笑う。
せんがいなくなって沈黙が流れるかと思ったけれど流石せんのオーナーというだけあってよく喋る、話題は途切れることがなく冗談をよく交える喋り方なんかが何処と無くせんに似た話し方で僕はとても話やすかった。
時間もいい頃合いとなり帰えろうかと準備をしている時キッチンでカップラーメンを作り出したオーナーが口を開いた。
「止めるのが大人の役目だと僕は思っているからお節介で見当違いかもしれないけれど一つだけ言わせて欲しい。君は君の事に集中するべきで、せんはせんのことに集中するべきだ。人はわりかし決断する時1人なものだからさ」
その言葉の意味を僕は帰りの電車に揺られながら考えた。きっとこのまま帰りゲームし終わったらベットの上で考えるのはせんの事でどうやってせんがゲームを出来る様になるかを考えるのだろう。素直に止められておくのは少し寂しいような歯痒い気がするけれど先人の言葉を信じてみる。決断する時は1人で決める。僕もまだ迷っていた事にそろそろ決着をつけようと思う。
そういったものの僕の問題は難航していた。中々に決まらない。それにせんのほうの問題もどうやら一筋縄ではいかないようでぐずぐずしている僕たちを置いて3学期の月日は飛ぶように過ぎていった。
教室の窓から僕とせんは並んで緑が増え始めた校庭を見ていた。日差しはだいぶ柔らかな温かみを取り戻し樹木は少しずつ葉っぱをつけ、まだまだ冬に枯れた草木も残るがその下から新たな息吹を感じるそんな校庭だった。
「まぁかろうじて延命はできたかな」
彼女は古びたアパートとの間に生える遠くのマンションを見ながら呟いた。会話をする気があるのか怪し小さな独り言のようなそれに僕は答えなかった。そのかわり僕も呟いた。
「後は祈るのみって感じかな」
僕らはそれから特に何かを喋るわけでなく校庭を見ていた。
なんの思惑がありそこに植えられたかよく分からない木は多くの葉が散り細い枯れ枝ばかりになっているけれど確かによくみれば新たな息吹が芽吹いていた。
彼女の問題は家庭の事で一朝一夕には終わらなかった。けれど確実に自分の思惑を通していく彼女は硬い地に根付く根のようにジリジリと事を進めていた。必ず思惑が上手くいき日の目を見る日が来てまた一緒にゲームが出来る、僕はそう信じて進級した。
終業式を終え友達とまた一緒のクラスだといいなと、違うクラスになってもたまには遊びに行こうなと話して僕は帰宅した。僕の問題は春休みに終わりを迎える予定でその準備に残り時間を費やした。
その日は昨日と変わらない陽気な天気に緑が増えた麗かな春を感じるそんな日だった。
僕は電車に揺られながらスマホを見ているつもりだったけれど唾も飲み込めないほどに緊張していた。顔はこわばっておりどことなく歩き方もぎこちなかったように思う。落ち着きなく手を動かし丁寧に呼吸をし肺が動くのを確認しながら僕は緊張に抗っていた。
新チーム設立メンバー募集の面接、僕はその告知を見た時心臓が高鳴るのを感じた。だけれどその高鳴りには締め付けるような冷たい緊張も混じっていた事も確かに覚えている。
誰かに自分の技術を否定されるかもしれない。誰かに自分の技量を評価してもらい他の多くの人たちの中から自分を選んでもらう必要がある。緊張と不安が襲った。
渋谷にいくつも聳え立つビルの一本その一室の前に僕はいた。他にも何人かの面接を控えた人たちがいて緊張の空気が伝わってきた。無骨な4本足の丸椅子が並べられておりそこに僕たちは座って時を待つようでその間、面接時の対応を調べ頭に叩き込もうと努力をしたけれど、それはもう何回も見て何度も春休みに練習しているから今更どうやろうと知っていることしか書いていないそのサイトを僕はただ眺めて繰り返し頭の中で復唱した。ただ祈りのように呪文のように。
面接官は柔らかな対応で僕の緊張は多少解れたけれど何かを言うたびにさっと下を向いて書き始める彼らに僕の舌は何度ももつれた。
事前におこなわれた試験用の大会成績の話や応募用紙に記載した事から質問がされ僕は確実に一個一個に返答していった。ただ受かるだけでは足りない僕は懸命に声を出し正しいであろう言葉を紡いでいく。上手く笑顔で話せた自信はないけれどいつもより張った声に僕自身が本当にこの面接の先に行きたいのだと心が感じた。その時ゲームに似た高揚感を覚えている事に気がついた。きっと僕は馬鹿でどうしようもないゲーマーだからだろうけど。強者を相手にした時のように心臓が強く脈打ち思考が加速してアドレナリンが出て手に自然と力が入り一瞬を見逃さないそんな時に似ていた。
面接を終えエレベーターに乗ったとき、僕は出し切った疲労で思わず崩れ落ちそうになった。心臓はまだ高鳴っている。手は震えている。けれど顔はもう強張っていない。体から力は抜けていた。エレベーターの重力を感じながら僕はとろけていった。
春休みが終わった。まだ知らせは来てない。
面接を終えた僕の集中力は散漫となり高揚感と絶望のための予防策が入り乱れ何に対しても僕は手がつかない状況になっていた。まさか他の長休みよりも少ない課題が終わっておらず提出期限に追われる事になるとは思っていなかった。
せんからは何度かメッセージが来ていて何度かゲームをして遊んだけれど肝心の事は聞かずじまいとなっていたし、僕のチーム応募のことも隠していた。落ちていた時も受かった時もどちらにせよその時に報告するつもりだった。
また学校で会えるだろう。そう思っていた。温かな春の日差しを感じながら学校に着くといつもの正面入り口にはない人だかりが出来ていて大きな紙にクラスと小さく名前があった。
そういえばここでせんとも友達ともお別れの可能性があったのだと思い出し僕は人混みをくぐり抜け自分の名前だけを探した。他のクラスメイトの名前をなるべく見ないように結果を先送りに出来るようにして僕は見つけたクラスに急いだ。
ドアを開ける。知っている顔はいるけれど彼女の顔も友達の顔もない。また窓際の席になった僕は顔を出して外を見る。彼女が来ないだろうか。一緒のクラスになれたらどれだけ良いだろうか。そう思いながら僕は外をボーっと見続けた。
空いた窓枠に人影が飛び出てくる。その人影は顔をこちらに近づけてきた。目が合う。
「おはよ」
甘く優しい匂いが感じられるほどの近さで彼女は無邪気な笑顔を見せていた。お茶目というかいたずらっ子のようなとにかく僕を揶揄ってだろうけれど僕はまんまと彼女の思惑通りに目を逸らしてしまった。どこか遠くの場所で心臓が叫んでいる気がしたけれど無視をする。
「おはよ」
逸らしたまま僕はつぶやくようになんとか返事をした。それを見て満足したのか上機嫌に彼女は話し始めたけれど、なんとなくそれを懐かしいと感じた。暖かくなっていく心を感じ普通に彼女が話すそれを僕は嬉しく思っていた。
温かな春の風がカーテンをはためかせ、彼女は楽しそうに喋っている。
--8 今、すごく叫びたい
僕らの学校生活はあまり変わりがなかった。友達は別のクラスに行ってしまったけれど廊下で会えば話をするしゴールデンウィーク初日に遊びに行ったりもした。今後も友達でいれるそう僕は思った。
ゴールデンウィークの2日目僕はせんと共にゲームの大会観戦に来ていた。僕らがしているゲームとは違うけれど「君たちの進級祝いという事で」とオーナーがチケットを二つくれたので僕は喜んで行く事にした。
それに僕はせんにこのゴールデンウィークで伝えなければならない事が二つある、ちょうどいい理由ができてチケットを握りしめ僕は早めに家を出ていた。ただ試合観戦が楽しみだっただけかもしれないが。
「おはよー」
待ち合わせ時間より20分ほど早めに到着した僕がスマホを触りながら暇をしていると時間ぴったりに彼女が到着した。
キャラメル色のカーディガンに下は白のTシャツにダボっとしたジーンズ、ポニーテールと何気に学校の無い休日を使ってどこかへ遊びに出かけるのはいつぶりだっただろうか。戸惑う僕を置いて彼女はさっさと目的地に向かい出したので慌てて後を追う。
春の陽気が残る柔らかな日差しの中を僕らは歩いて行く。やはりゴールデンウィークというだけあって人通りがいつもより多い気がする。半袖の人がチラホラいたりコートをまだ着ている人もいたりと混沌を極める街中を僕らは颯爽と歩いて行く。僕は長袖のシャツに黒のズボンだったけれど人混みのせいか天気のせいか少し暑くなっていた。目的地の入り口に着いた彼女は澄ました顔でいたけれど多分暑いのだろう。ファッションは我慢だなんて事を聞いたけれどまさにこの事だと思いながら僕らは黒い大きなビルの扉をくぐった。
地下一階の会場には明るく照らされた試合会場と観客席があり僕らはそこから映し出される試合画面と試合をする選手の様子を生で見ながら楽しんだ。
目の前で選手たちが喜び合う姿を見て心の奥底から熱くなるものを感じた。感動していた。
オフライン特有の問題も起きていたけれど試合自体は順調に進み会場の一体感に飲まれた僕は試合の結果に一喜一憂してとても楽しめたイベントだった。
試合が終わりグッズなどは買わず上の階にあるカフェで僕らは休憩していた。
周りには先ほどの試合会場で見た観客が何人か同じ目的でいてそれなりに賑わったカフェで僕らは話していた。
「久々に君の私服を見た気がするよ」
「んー?…そっか確かに何気に遊びに出かけてたの学校帰りだけか」
意外だったと彼女も思ったらしい。眉を上げて分かりやすく顔に出る彼女を見ながら珈琲を一口飲む。今回は頼むものを間違えていないので確かに優しい香りと程よい苦味の珈琲が楽しめた。
「君にさ報告が二つある。どっちも同じ事なんだけど一つは僕の事二つ目は君に関係する事だと思う」
事前に何度も考えていた言葉を紡ぐ。せんからのお願いに対する僕の答え。僕の覚悟、決断。
僕なりの一つの終着点だった。
せんはいつものふにゃふにゃな笑顔からちょっと真面目な顔になり薄い桃色の唇をストローから外し横一文字に口を閉じた。
「一つ目は新しくできたプロチームに所属する事が決まりました」
眉が少し上がり驚きと喜びの感情が読み取れる。声を出さずとも彼女はとても分かりやすかった。
「二つ目はその試験で最高成績をもらってチームメイトを選べるようになりました。3人は試験合格で決まっててあと1人誰か居るならと言われてます」
彼女の目を見る。真っ直ぐと見つめる。彼女は視線を外さない。大きな目が、少し安心を含んだその表情が次の言葉を待っていた。僕は息を吸い決まっているはずの覚悟を確かめてから言葉を出した。
「その最後の1人に僕はせんを推薦したい」
彼女はすぐに応えなかった。
なんならちょっと困ったような顔をしていた。その表情の中には確かに嬉しいという感情が読み取れるけれど何処か詰まっているような顔だった。
「私のお父さんの会社が倒産してさ。家が本格的にやばいんだよね。高校卒業後は働かなくちゃいけないから今のうちしか遊べないんだ」
せんは包み隠さず事実だけを述べた。驚くより先に声が出た。
「プロゲーマーだって立派な職業だ。そりゃ新しい職業で根付いてはいないかもしれない理解されないかもしれないけれど。僕らなら絶対一位になれるよ」
せんの表情に不安の色が強まる。いつもキラキラした目が少し曇っているように見える。視線も少し下を向いていた。
「失敗したら?お父さんも絶対日本で1番の会社になるって言ってた。俺が日本で一番の会社にするから時期社長のお前が世界一位の会社にするんだぞって言われた。でも今は…こうなった」
どうしてか逃げ場のない場所に追い込まれたような気持ちになった。右も左もいけず上手い選択肢などなく、ただ目の前にぶつかるしかない。愚直で馬鹿な道しか残っていない気がした。背水の陣とでもいうのか僕は力の限り今思いつく事に縋るしかなかった。
「失敗したら…失敗したら、僕もプロを辞めるよ。それで働いて君がまだゲームをやれる日まで一緒に稼ぐよ」
正直、僕の頭にはせんのこと以外なかった。せんとなら勝てる。絶対に。それ以外の事が出てこなかった。言葉を出し切り目を見つめる。
「…それって…うわー…えー」
突然、手で顔を覆って下を向いた。悩んでいるのだろう。勝てるビジョンを探しているのかもしれない。僕は次の言葉を待った。
「その言葉信じるからね」
そう言って上を向いた。前髪が束になって揺れる。その目は怖い印象を持った強く鋭い未来へ研ぎ澄まされた剣先のような視線が僕を貫いた。
「プロはそう簡単に勝てるものじゃ無いよ」
ドクンと心臓が動き出した。不思議と口角が上がった。
「簡単に勝てるものに「興味は無い」」
「ね、全く。馬鹿野郎だなゲーマーってのは」
ため息をついたら鋭い目つきがふにゃっとした笑顔に変わった。そして小悪魔のような笑顔が浮かんだ。
「いやーにしても君ーもうほぼ結婚の告白だよーこんな所で、恥ずかしって熱烈すぎるでしょ」
僕の口は重力に抗えなくなったのか筋肉が思考を停止したのか顎が外れたようにあんぐりと開ける。
顔を赤くしてほっぺたを手で抑えて体をくねらす彼女に「え?」とだけ言葉が漏れた。
「だって君、またゲームをやれる日まで一緒に稼ぐよなんて…ねぇ?中々言える言葉じゃ無いよ。ポエムでもそんな熱烈な言葉ないでしょ」
あー恥ずい恥ずいと冷房の効いているはずの店内で顔を手で扇ぎ始める。
あれ、心臓が顔が体が熱暴走を起こしている。ニンマリとしたえらくいい笑顔の彼女が最後に見えた。ムズムズするけれどここはお店だ。絶対にダメだけれど。
今、すごく叫びたい。
チームに入った僕は順調に練習をこなしていた。まだ別のプロチームに所属している判定の彼女はまだ試合などは出れない。
数ヶ月の間、僕たちは戦意に満ちた状態でお預けを食らっていた。
「私のコンディションはバッチグーだから一発目の試合はもう優勝間違いなしだよ」
最近は偉く機嫌がいいせんといつも通りの僕は久々に遠出をしていた。向かうは河川敷で毎年行われる花火大会だった。紺を主軸に赤と白の朝顔柄をつけた浴衣を着たせんといつも通り半袖に七部丈のズボンの僕を乗せ乗客を入れ替えながら都心を超えて埼玉方面へ流れていく。徐々に浴衣姿の人が増え始めた。
「いやー新しくできたチームが優勝なんて一夜城みたいでロマンがありますな」
うんうんと勝手に頷くせんに「プロが勝つのは難しいって言ってたのは誰だよ」と言いたかったけれどどうせあのことを揶揄われるだけなので黙っておく。ここ数ヶ月ずっとあの事を擦られているから。思い出しただけで恥ずかしい。
電車を降りるとコンクリートを無機質な白色タイルで塗り固め、自動改札に自動化された切符売り場、電車の到着を知らせる電光掲示板の中に古めかしい浴衣姿の人たちが歩くチグハグな景色がそこにはあった。僕達に続いて浴衣を着た人達が降り河川に向かって人の流れができていた。さすが花火大会一番の最寄駅というだけはある。このまま進めば確かに河川敷へは着くだろうけれど待ち合わせをしている友達たちと合流できるかが分からない。
あたりを見渡し人並みの中を探り向かうべき出口を探していると
「はい」
せんが手を差し出した。握れというのか。これから友達との待ち合わせ場所まで移動するというのに。
躊躇いながらも手を握ろうとした僕の手をせんは掴んだ。「いくよ、こっちね」と言って人並みを分けて早足で進み出した。僕はたまにぶつかりながら散歩を嫌がる犬のように半分引き摺られるように進んだ。
先着いていたであろう僕の友達とせんの友達が待っていた。2人はだいぶ暗くなり点灯で照らされた木陰のベンチで話している所だった。手を握りながら勢いよく階段を駆け上がって来た僕たちを笑顔で迎えてくれた。いい加減、名のつかない僕らの関係にも慣れたのか2人は何も言わず会場へ向かって歩き出す。2人も浴衣姿で流石に僕も浴衣にするべきだったかと少し後悔した。来年があるならその時にちょっと考えてみよう。
4人で会場へ向かう中僕の耳に手を当て小声で「あの2人良い感じじゃない」と笑っていた。顔は見れないけれど悪戯好きらしい顔つきになっているだろう。僕の友達に幸あらん事を祈りながら友達として静かに見守ることとする。
河川敷にはたくさんの出店があった。小学生からお爺さんまでたくさんの人が思い思いに店を周り楽しでいた。簡易な作りの屋台に無骨な鉄製の機械と溌剌に笑う店員と明るく照らされた出店が楽しそうな喧騒を作っていた。今は電球ジュースなんかも出店として出されており小学生以来の景色はより映えに進化を遂げていた。どれもこれもに興味を示しては飛びつく彼女に連れられて一通りの店を回ることとなった僕はほとんど何も買わず唯一目を惹かれた電球ジュースを買った。物珍しいだけのただのジュースだったけれど僕が口をつけるたびに彼女がなぜか笑うので買ってよしとした。きっと思い出とはこういうものでこの場の空気感なんかがこの空っぽの電球型カップに染み付いて残るのだろう。
良い感じのお二人さんは勝手にほっつき歩く僕たちを初めは笑っていたけれど途中で有料指定の席で先に待っている言って去っていった。きっと彼のことだ上手く空気を読んでいる事だろう。全くもって心配ない。
それから一通り巡り終えた頃にはせんが自分では持ちきれないほど手一杯に色々な物を買い込んでおり、荷物を半分持つ事となった僕は駄賃としてたこ焼きをもらい席へついた。こう買った物を統計的に見ていくと偉く茶色のものが多いのだなと思う。焼き鳥、唐揚げ、たこ焼き、お好み焼き、べったら焼き、牛串なんかもあってどれも500円と単価も高めでこれが思い出料金なのかと僕は思った。何も考えずにポンポンよく買える物だと思ったけれど高校生の時は海外でいることが多かったと言っていた彼女はもしかしたら初めての花火大会なのかもしれない。友達と話すせんを見るといつも通り楽しそうにしているけれど今日はいつも以上に楽しそうに見えるのは気のせいではないのかもしれない。
それから僕は打ち上がる花火を楽しんだ。彼女は花火と仲良く話す友達を交互にチラチラ見ていたので本当に花火大会を楽しめているのかは分からない。
久々に見た花火はこんなにも体の芯に響いてくる物だったかと驚いた。夜空に弾ける光の花はずしんと腹に響いてくる。色鮮やかに暗闇を彩りその度に誰かが「たまやー」と声を上げどこかで歓声が上がっていた。僕はしみじみと夏の風物詩をこの時間を噛み締めていた。
花火が終わりすぐさま立ち上がり電車に向かうものや余韻に浸るものがいる中僕らは公園で彼女が食べきれなかった食べ物を片付けつつ駄弁っていた。
「花火大会の日に告白するなんてべたなやつがあるよな」
「花火の最中に言って聞こえなかったみたいなやつもあるよね」
「今更そんな人いるのかな」
「いるでしょそりゃ私普通に憧れるもん、されたーい!」
「だって」
「…」
「よし、帰るか。人も結構減ったし残りはせんが自己処理という事で」
「おっけー、結構減ったし残りは明日の朝ごはんだ」
「朝から牛串は重くない?」
「いけるいける!」
僕らはゴミをまとめ公園を後にする。夏休みももう終わりの方が近づいて来ている。まだ暑いけれど風が吹く外はだいぶ快適だった。
少し行った駅で僕たちは二つに分かれた。向かう方向は同じだけれど乗る電車が違う。
「今日すごく楽しかった」
人が疎となった電車に揺られながら彼女は笑っていた。片手分となった荷物には思い出がたくさん詰まっているのだろう。僕も頷いた。
「さて、明日からまた練習の日々ですよ」
それぞれ別の場所で練習しているけれど僕らはよく2人でしている。流石にチーム練習の時はそうもいかないけれどそれ以外の時によく一緒にやるようになっていた。
「実際勝てるのかな」
僕の中で勝てる自信と手応えは確かにあって、でもそれは僕の妄想なのではないかという恐怖もあった。この質問に意味があるのかわからないけれど不安が口からこぼれ落ちていた。
「勝てないとやばいでしょ、私ゲームできなくなっちゃう」
どこか余裕そうな彼女に僕は驚くけれどそう言えもう彼女はもっとでかい大会で何戦もこなしているから当たり前なのだろう。へらっと笑いながら僕の顔を少し見る。
「まぁ私が途中で別の分野で一位になりたいとか言い出すかもしれないけど」
「それは困るな」
きっと彼女は別の一位になりたい物を見つけた時僕の抑止を聞かず突っ走っていくのだろう。そしたらもう終わりだ。僕は正直に言った。疲れているから変な返しができなかっただけかもしれない。
「私あんまりちっちゃな大会で心動かないんだよね。後、人のやつ見ても」
横を見るとどこか遠くを見ていた。見えるのは過ぎゆく無機質な地下鉄の壁だけだろうけれどその先が見えるようにただどこかを見ている。
「私が叫んだ時はアメリカの3億の試合の時」
へへっと笑い自慢げに僕を見た。目を細めて笑う彼女はどこかせんらしくなかったけれど僕は素直にそこまで行こうねと答えた。
「行けるよ」
遠くを見つめる彼女の目は本当にアメリカを見ているようだった。
僕らはそれから喋らず電車に揺られ駅に着いて解散した。
部屋に戻り風呂に入りベットに倒れ込んでメッセージが来ていないか確認した。
友達から無事帰宅した事と今日撮った写真が何枚か送られてきていた。僕は少し考えてから返事をして眠りについた。
薄いタオルケット一枚で十分に寝れるほどに今日も今日とて熱帯夜だった。
30分ほどベットの上で寝返りを繰り返しようやく眠りについた僕は夢を見ていた。
それは明日の夢で僕が追い求めた夢でもあった。
明るく照らされた会場は円形でさらにそれを取り囲むように観客席が伸びている。暗い会場を眩い光が差し今大会のエンブレムを描いている。音楽が鳴り出し選手が入場していく、観客が出迎えに歓声を上げた。高鳴る心と緊張が確かにあって、でもその奥に心のどこかに絶対勝てると積み重ねた練習の分だけ奥底で溜まった自信が僕たちを支えていた。
事前に準備していた通り僕たちは席につき会場が試合開始前の緊張感と高揚で満ちている。一つ、また一つ、僕たちは確実にラウンドを取得していく。隣の人とハイタッチを交わそうと笑顔を向けるとそこにはチームのユニフォームを着た彼女がいた。何度も見てきたユニフォーム姿で笑う彼女は今回ばかりは本当に満面の笑みを浮かべているきがする。ハイタッチを交わしまた試合に戻る。時間にして30分ほどだろうかようやく一勝を掴んだ時僕はウズウズしていた、高揚感が暴れ回り僕はとてもこう思った。
「今、すごく叫びたい」
「我慢しなくていいんだよ」
彼女は笑って勝利に叫んだ。もう我慢をしなくていい。抑えきれない激情を吐き出していいのだ。恥を忘れて今に生きる。
大きな力がうねりとなって僕は思わず叫んでいた。勝利の咆哮。ようやくだ。長かった。まだ先は長いけれど僕は今ここに立てている事がたまらなく嬉しかった。ただそれ以外の気持ちはなく強い力に動かされるまま僕らは勝利を喜んでいた。叫んでいた。
ゲーム。僕の好きなもので今回のお話のキーパーツとなっているものです。ただゲームを本題に据えて成功した話を僕は知りません。あぁライトノベルなんかを別にしてと言った話です。文学小説でゲームを描いて成功したものが少ない…と言う言い方も齟齬がありますけれど。有名な小説家様が格ゲーのプロ選手を主人公に据えた話がありました、あれは今どうなったのでしょうか。…まぁ、今回はそんな扱いの難しいゲームをどう読んでもらえるようにするか考えた末編み出された話でした。次作は…頑張って書いても2ヶ月後とかになりそうです。ここまで読んでくれた方に大きな感謝を込めて島波春樹




