他人(ヒト)の身体で、勝手に結婚するってのはアリですか!? 【8】
「で!? どうだったの!? 姫さまの記録は」
「12秒08」
「なあ、それって、100m…じゃないよな!?」
「50m」
「ガッコウ」から帰ってきて。アキトが今日あったことをナツキに報告していた。
私の出した記録に、ナツキが盛大にため息をもらした。
「ありえんタイムだ…」
頭を抱え始める。
そんなに、私は遅かったのだろうか。
「いつもの里奈なら軽く7秒台だから、みんな驚いてたよ」
アキトがその光景を思い出しながら言った。
「なんていうのかな。一生懸命走っているんだけど、スピードがないと言うのか…」
視線を天井にむける。
「う~ん、例えるなら、初心者マークのドライバーが、F1に乗っているというのか。新幹線を、山手線で走らせてるというのか。その身体が持つポテンシャルを最大に活かしきれていないというのか…」
よくわからない単語がポンポン出てくる。
「とにかく、宝の持ち腐れ!? 的な」
「ああ。なんとなくわかった」
ナツキが相槌を打った。
私に理解できなくとも、二人には意思が疎通出来たらしい。
「里奈の身体には、里奈の心がないと、能力が発揮できないということらしい」
「なるほど」
ナツキが腕組みをしてウンウンと頷いた。
「あの…。私、なにかいけないことでもしてしまったのでしょうか!?」
二人の会話から不安がわき起こる。
「あー、その。そういう意味じゃないよ」
「そうそう。こんなの姫さまのせいじゃないし!?」
二人が、私を見て笑ってくれた。
「悪いのは、身体から抜け出して、どっか行っちゃてる姉ちゃんだって」
その場合、身体から抜け出しているのは、私も同じなのでは…。
「アイツ、今ごろ何やっているんだろうな」
「姫さまと入れ替わったのなら、姫さま生活楽しんでんじゃね!?」
「確かに。メシとかガッツいてなければいいけど」
「お上品に出来るのかねー、姉ちゃん」
「無理だろな。おそらく」
二人がニヤニヤと笑う。
リナという少女の行動は、この二人には容易に想像できるらしい。
「あの…」
おずおずと声を上げた。
「お二人は、…その、リナさんを心配していないのですか!?」
会話の中に、心配だという感情があまり感じられない。
不安じゃないのだろうか。彼女がどうしているのか気にならないのだろうか。
「ああ。オレたちは、そういう状況に慣れているから」
あっけらかんと、ナツキが応えた。
…えっ!? 慣れてるって!?
「お二人も、こういう経験がおありなのですか!?」
だとしたら、よくある事象なのかしら、入れ替わりって。
一瞬、二人が目を丸くして固まった。
続いて、大笑い。
「違う、違う。そうじゃなくって…」
「こっちの世界では、そういうのを題材にした物語がたくさんあるんだ」
ナツキは笑い続けたが、アキトは笑いをおさめてくれた。
「里奈も物語で入れ替わりについて知ってる。驚きはするだろうけど、どう過ごしたらいいのか、その辺りは心得ているだろうから、そこまで心配していないんだ」
そうなの!?
「姉ちゃん、『君の名は。』の大ファンだったし。なんとかやってるって思うよ」
だから、さほど心配していない。彼女が戻ってくるのをこうして待ち、代わりに訪れている私を助けてくれるのだという。
「姫さまが、本当に気にしなくちゃいけないのは、帰ったあとのことだよ!?」
「えっ!?」
どういうこと!?
「姉ちゃんが、姫さまの人間関係をおかしくしていないかってこと」
それって。
「どうしましょう」
急に落ち着かない気分になった。頬に手を当てて思案する。
「大丈夫だって。里奈もそんなメチャクチャにはしないと思うから」
アキトがかばった。
「でも、…その。困るわ」
「何が!?」
無邪気に、ナツキが問う。
「だって、私、もうすぐ結婚するはずだったんですもの」
「うえええええっっ!!」
二人が声を合わせた。
⇔ ⇔ ⇔ ⇔
運動神経がいいって、こういうときにありがたい。
初めての舞踏会。初めてのダンス。
初めての王子さま。初めての大注目。
こういう場にあって、なんとか踊れているのは、多分、持ち前の運動神経のおかげかな。
いきなりなシチュエーションだけど、どうにかクルクル回ってる。
クルクル、クルクル。
王子さまのリードに合わせて、大広間を自在に回り、踊る。
こういうのなんて言うんだっけ!? 人間万事サイコーの馬…!?
とにかく、スポーツ好きでよかった。なんとかごまかせてる。
よくマンガなんかである、うっかり王子の足をふんじゃった的なハプニングは起きていない。
まあ、ダンスに必死な分、顔は笑みを忘れているけど。
音楽が終わり、踊り終えると、王子と手を取り合ったまま、周囲にお辞儀をした。こういうのもアニメとかでよくあるシーンだ。
拍手とともに、「さすが、ルティアナの王女」とか「セフィアさまも、殿下も素晴らしい」とか褒め言葉が聞こえてくる。
殿下!? この手をつないでる王子のことだよね。
じゃあ、「ルティアナの王女」、「セフィアさま」というのが私のことか。
よし。心得た。
私はセフィア。ルティアナの王女っと。
誰かに「私は誰でしょう!?」なんて聞くことは出来ないから、こういうところで情報を得る。
ダンスも終わって、そろそろボロを出さないうちに、部屋に戻りたいんだけど、そうはいかなかった。
二曲目の音楽が始まり、周囲の観客だった人たちまで、それぞれ踊り始めた。さながら社交ダンスの試合会場みたい。踊ってる人には、誰がどこで踊っているのかわかるんだろうけど、私から見たら、混戦状態にしか感じられない。
2回目ともなれば心に余裕も出てくる。自分をリードするように踊る王子の顔をじっと見上げることも出来るようになっていた。
「そんなに見つめられると、照れますね」
はにかんだような笑顔で、王子が困っていた。
あ。どうしよう。
ガン見しちゃった。人生初の大接近イケメンだったから。
「申し訳ありません…」
ここはしおらしく謝っておこう。
「アナタの瞳に私が映っているのを見るのは…、とても緊張しますね」
言いながら、大きくターン。
「胸が高鳴りますよ」
ウギャーッ!!
スゴいセリフ。ヤバい、鼻血吹きそう。
踊っててよかった。そうじゃなきゃ、ジタバタ悶えそう。
「お似合いの二人ですわ」
周囲をクルクル回ってる貴族の会話に聞き耳をたてて、気持ちをそらす。
「まさに、美男美女」
「仲も良さげで言うことなしですわ」
「お二人のご成婚がなれば、この国も安泰ですわ」
あー、それ。忘れてたわ。
私、この人と結婚しなくちゃいけない…んだよ、ね。やっぱし。