1章ー5 戦闘
洞窟内部。
優一達は洞窟に足を踏み入れてからかなりの距離を歩いてきた。
何度か見張りで巡回をしている小鬼と遭遇したが、運よく隠れることが出来たため、こちらの存在はまだ知られてはいない。
「それにしてもすごいな・・。」
ザガ洞窟は500年前の戦いの後に要塞としても使用されていたことはリオン村からここに来る間にリーナ達から聞いてはいたが、実際は想像以上の大きさだ。
洞窟の内部は5人は優に並んで進めるだろう道が奥に向かって続いていおり一定の間隔で壁には松明が焚かれている。
時折現れる横道の奥には武器や食料などが用途ごとに集められていた。
それにしてもリーナから聞いていた小鬼、人食鬼とは少し違和感を覚える。
魔族の中でも知能が低いと聞いていたが、この洞窟の中を見るとそうは思えない。もしかしたら知能の高い他の種族なのか、かなり頭の良いリーダーのようなものがいるのかもしれない。
ワーグ達も違和感を覚えたのだろう。辺りへの警戒を強めているのが見て取れた。
これは俺も気を引き締めないといけないな・・。
「何か広い空間が見えて参りました、気をつけてください。」
先頭を歩いているリーナが背中に掛けてあった弓を手に取り構えながら進んでいく。その後ろを進むユーナも腰の剣に手を置き、いつでも抜ける体勢で進んでいた。
「これは・・・。」
リーナが驚きの声を上げる。
それまでの道を抜けるとかなり広い空間が現れた。おそらく宴でも開いていたのだろう、料理や酒と思われるものがまだ多く残っている。
しかしよく見ると数匹の小鬼の死体が転がっていた。
「この切り口・・。おそらくジル様の剣技によるものと思われます。」
優一は小鬼の死体の1つに手を伸ばした。
まだほんの僅かだが暖かい・・。ということは少し前までこの場所にジルさんがいたということか。
なるほど、先ほどの洞窟の異変はこれだったのか。おそらくジルさんが隙をついて逃げようとして争いになったのだろう。
しかしジルさんはどこにいったんだ??この場所の料理の量からしても倒れている小鬼の数は明らかに少なすぎる。上手く逃げれていたとしたら俺達が今来た道に逃げたはずだがここに来るまでの道では数匹の小鬼が居ただけだ・・。
だとしたらここにいたジルさんや小鬼と人食鬼は一体どこへ・・・。
ドンッ!!大きな音が洞窟内に響く。
その方向を見ると先ほど通ってきた道が巨大な岩により塞がれていく。
「敵襲です!!!!」
ワーグが声を荒げる。
すると壁が数か所崩れ、空いた穴から無数の小鬼と人食鬼が姿を現す。
しまった!!すでに俺たちの存在は知られていたのか!!!
「コロス・・。」
「グオー!!」
瞬く間に優一達は周りを取り囲まれた。
やられた・・。敵の数は数100、いや下手をすれば1000はいるかもしれない。
俺の力がまだ未知数な上、こちらの人数は3人と1匹だ。
いかにワーグ達が強いとしてもこの数を相手にするのはかなり厳しいだろう。
さて、どうしようか・・・。
小鬼と人食鬼たちは中央に道を開け始める。
な、なんだ・・?
ザッ!ザッ!ザッ! その道を通り誰かがこちらに歩いてくる。
それは小鬼より明らかに大きく190cmはありそうな長身をしており頭からは角が生え肌は緑がかってははいるがその姿は人間に近く左目には大きな傷がある隻眼の男の姿をしていた。
そしてその手には女性の姿がある。背中の羽をみるに恐らく夢魔だろう。
男はその女性を雑に足元に投げ捨てた。
「ジル様っ!!貴様ぁぁ!!!!」
リーナとユーナは剣を手にすると一気に切りかかる。
10m程の距離を一瞬で詰めると同時に剣を振り下ろした。
ヒュンッ! 男は2人の剣を容易く躱すと同時に目にも止まらぬ速さで2人の腹部に強烈な蹴りを入れた。
ぐっ!! 2人は優一達のいる場所へ吹き飛ばされる。どうやら気を失ったようだ。
あの女性がジルさんだったのか!
しかしあの男。素人の俺が見ても分かる。こいつ半端なく強いじゃないか!!!
え、どうしよう勝てるのこれ・・・。
まずこいつはいったいなんなんだ??
「なぜ人鬼の将軍の1人がこんな所にいるのだ!!」
ワーグが叫ぶ。
「ワーグはあいつを知っているのか?」
「はい。あやつは人鬼です!」
人鬼・・。なるほど、やはり別の種族なのか・・。
「人鬼は身体能力が非常に高く肉弾戦では小鬼や人食鬼の比ではありません。特にやつは皇帝人鬼を守護する三将軍の一人、雷将ガゼルです。その魔力量は並みの人鬼の10倍以上と聞いております。」
そ、そんなにすごいやつなのか、、。確かにあいつの髪は白みがかってはいるが光沢がありワーグよりも銀に近い。つまり魔力量はワーグよりも上ということだろう。
「ふっ、何かと思えば上位魔狼ではないか。べらべらと何を喋っている。その隣にいるのはお前の飼い主か?クククッ」
ガゼルは見下すかのように笑いをこらえている。
「だまれ!!我が主を愚弄する事は許さぬぞ!!!」
ワーグの周りにいくつもの氷の槍が形成されていく。
魔法を使う気か??まずい!!
「氷槍か、面白い。我に放ってみせよ。」
ガゼルは両手を大きく広げなおもワーグを挑発する。
「おのれ!死にたければ望みどうりにしてくれる!!」
「敵を貫け 氷槍!!」
「待て、ワーグ!!」
優一の制止よりも早くワーグの周りで形成された無数の氷の槍がガゼルへと飛翔する。
これではジルさんまで死んでしまう!!
氷槍がガゼルとジルに数10cmという距離に迫る。
「我が身への脅威を打ち滅ぼせ 雷壁」
ガゼルの前方に雷撃が走り、ワーグの放った氷槍を粉々にする。
「上位魔狼の魔力ではこの程度であろうな。ハハハッ!!」
どうやらあいつが魔法で防いだようだ。ジルさんもなんとか無事なようだ・・。
ワーグはかなり魔力を消耗したのか疲労の色が見える。
このアホ犬!後先考えず魔法を使いやがって!今日はもう飯抜きだからな!!
しかしここまでの力とは・・。俺の想像以上の力だ。可能性は低いがまずは話し合ってみるか。
「ガゼル将軍!我々は争うために来たのではありません!そちらが捕えているジルさんら夢魔達をお返し頂ければ即刻この場から立ち去ります!」
ガゼルは笑うのをやめると優一へと視線を向けた。
「愚かな下等種よ。立ち去るとはずいぶんと上からものを言うではないか。貴様たちに残された選択肢はただ一つ。我に滅ぼされるのを待つのみだ!!」
「ジル達夢魔には一生我らの子を産み続けてもらうがな!ハハハッ!!」
こいつは話すだけ無駄だな・・。日本にいるときもこういう輩には何度か遭遇したことがある。
「それでは致し方ありません。力ずくででもジルさんたちを連れ帰らせて頂きます!」
「面白い!!やれるものならやってみよ!!」
ガゼルの全身を稲妻が覆い、駆け巡る。
来るか・・。この世界に来て初めての実戦だ。
魔法も使えない身でどこまでやれるのかは未知数だが今後のためにも出来るだけ多くの情報を得なければ!
「行くぞ!!」
ガゼルは全身に力を込めると一瞬で優一の背後へと回った。
は、早い!! なんてスピードなんだ!!
ガンッ!!! 大きな衝撃が優一の右腹部を貫くと岩壁へと吹き飛ばされていた。
どうやら腹部に攻撃を受けたらしい。
「あ、主!!!」
ワーグは優一の元へと走る。
(く、くそ。体中がに痛みが・・・。あれ?全く痛くない!一体どうなっているんだ?もしかするとこれも魔力量と関係があるのか?。)
「ハハハ!!脆いものよ。よもや身体強化さえも使えんとはな!!」
ガゼルはゆっくりと歩きながら優一の元に近づいてくる。
優一が立ち上がるとワーグが心配そうに見つめていた。
「お怪我はありませんか??」
「大丈夫だ。それよりも身体強化って何なんだ?」
「身体強化とは自らの魔力を全身に巡らせ纏うことで身体能力を向上させる魔法です。私が長時間走り続けることが出来るのもこれのおかげです。怪我がないことから恐らくあなた様も無意識の内に使用されていたのではないでしょうか?」
なるほど・・。ガゼルは見たところ雷系の魔法を使用している。
稲妻の速さは自然界でも屈指の速さだ。あの移動速度はそういうことだったのか。
「なるほどな、理解したよ。それとワーグ、俺は大丈夫だから今のうちにジルさんを助けてリーナとユーナの3人を守ってやってくれ。」
「・・・分かりました。しかしご無理はなさらないで下さい」
ワーグは優一の傍を離れる。
身体強化・・。無意識の内に出来ているのなら俺にもできるはずだ。
魔力を全身に巡らせ纏うイメージ・・。集中するんだ!不眠不休の3日間で50ページの同人誌を書き上げた俺の集中力ならできるはずだ!!
「・・ん?なんだ?」
今まで感じたことのない魔力にガゼルは歩みを止める。
ドンッ!!! 凄まじい風が洞窟内に吹き荒れる。
優一の全身を風が包み込み体は宙に浮いている。
よし!成功だ!これが魔法・・。自分の体じゃないみたいだ。
「な、なんだ?? 貴様は一体何者なんだ???」
それまでと違い圧倒的な魔力量を目の当たりにしたガゼルの目には恐怖の感情が写る。
優一が右手を振り下ろすとその方向にいた小鬼と人食鬼が吹き飛ばされる。
なんとなくではあるがこの力の扱い方がわかってきた。
この風を全身に集約させ一気にこの戦いに片を付ける!
それまで洞窟内を吹き荒れていた風が優一の元へと集まっていく。
よし、集約は終了した。
ガゼルへと向き直るとそれまで優一の頭を覆っていたフードが風でめくれた。
「・・ッ!!まさか!!そんなことが・・」
ズドンッ! 全てを喋り終える前に目にも止まらぬ速さで優一のパンチがガゼルの右頬を捉え後ろの岩壁へとガゼルを吹き飛ばした。
(ま、まさか銀髪を持つ魔族が現れようとは・・。)
(一刻も早くニグル様にお伝え、しなけ、れ、ば・・。)
ガゼルの意識はそこで途絶え、岩壁へ吹き飛ばされ動かなくなった指導者を目の当たりにした小鬼と人食鬼は洞窟の奥深くへと散り散りに消えていった。