4章ー2 ノルド平野の悲劇
「それで話というのは?」
サマルドは椅子に腰かけるとウーデルトに尋ねる。
「我々は捕らわれている魔族の即時解放と、あなた方のノルド平野からの退去を求めます。」
「まあそんなところだろうな。しかしその両方とも受け入れることは出来ない。」
サマルドは無表情で答える。
「何故でしょうか? このノルド平野は500年前休戦の条件として互いに干渉しない、不干渉地帯に定めたはずです。それを破るということは、人種と魔族は再び戦争状態に入るということになりかねませんよ?」
ハハハハハッ! ウーデルトの言葉にサマルドは初めて表情を崩す。
「何を言うか。先にこのノルド平野に干渉したのはお前達魔族ではないか。その証拠に我らは14体の魔族を捕えている。これでもこちらが先に協定を破ったというのか?」
「何を言うか! それならお前達もノルド平野で狩りを行っているではないか!」
「それを私達だけに非があるように言われるのはおかしいだろう。」
ウーデルトが初めて感情を露わにする。
「何のことを言っているのだ? こちらがそのようなことを行っていたという証拠でもあるのか?」
「くっ!!」
ウーデルトは言葉に詰まる。
確かに証拠はない。しかし、今までノルド平野内で魔族と人種が遭遇した事案は何度も存在する。
それよりもこの男、最初から我らを見下しているとしか思えない。
くそ、ここは捕らわれた者達だけでも助け出すべきか・・。
「サマルドと言ったか?」
後ろで話を聞いていたモルグが口を開く。
「そうだが?」
「お前の言うことも確かに一理ある。確かに今回は我ら魔族が最初にノルド平野に足を踏み入れていたようだ。しかし、それだけで兵士でもない者を拘束するのはこれこそ明らかな協定違反だ。」
モルグは淡々とサマルドに語り掛ける。
「確かに協定では軍が侵攻してきた場合は捕縛、反撃を出来るとなっているな。」
モルグの言葉にサマルドが答える。
「そ、そうだ。ならあなた方こそ我らに反撃されても文句は言えないでしょう。」
ウーデルトは冷静さを取り戻し、再びサマルドに尋ねた。
「ならそうすればいい。だがそうなれば戦争は避けられんぞ?」
サマルドの言葉にウーデルトとモルグは優一の言葉を思い出し、言葉が出ない。
「では今回に限りは我々にも落ち度があったことを認め、このことは黙認する。しかし捕らわれた者達の身柄はこちらに返していただきたい。」
「ウーデルト殿、待ってくれ! それではアスティロン軍のノルド平野占領を認めることになる! それでは魔境はいつでも攻撃を受ける危険に晒されるではないですか!!」
モルグはウーデルトに詰め寄る。
「分かっています。しかしヴィンデル様なら必ず捕えられている者達を優先するはずです! モルグ殿も分かっているでしょう?」
ウーデルトの言葉にモルグは少し考え、後ろに下がった。
「なるほど。ヴィンデル・ロ・ウードなる者は噂通りの魔族らしいな。」
サマルドが口を開く。
「お前たちの望み通り解放してやりたいが、貴様ら魔族が民間人かそうでないかなどどのように見分ければよいか分からん。疑わしきは罰せよ、だ。」
サマルドが手を上げると、入り口の幕が上がりそこには縄で縛られた男性の半人獣が膝を付き並ばされていた。
「一体何を・・。まさか・・!! 今すぐ止めるんだ!!!」
何が起きるのか理解したウーデルトが声を荒げる。
「女子供は助けてやる。しかし男はだめだ。」
サマルドが再び手を上げると兵士が剣を抜き半人獣の後ろに並ぶ。
「貴様、まさか!!」
モルグも事態を理解すると、剣を抜き半人獣を助けようと動き出す。
「やれ。」
ブシュッ!! モルグが辿り着く前に半人獣の首に剣が食い込み、血しぶきと共に全員の首が刎ねられた。
「・・・・・・・。」
モルグは立ち止まると、目の前に広がる光景に声が出ない。
「ハハハハハッ! よい光景だ。お前達魔族が500年前にしてきたことに対する報いだ。」
サマルドは大きく笑い声をあげる。
「貴様ぁぁぁぁ!!」
モルグはサマルドへ向きを変えると一気に切りかかろうとした。
「待ってください!」
ウーデルトがモルグを止める。
「ここでこの人間を殺せば相手の思うつぼです。」
「・・・くそっ!!」
モルグは剣を収めると側にあった椅子を蹴り上げる。
「はははっ。魔族がここまで腑抜けになっているとはな。それにお前達如きに私を殺せると思われるとは心外だ。」
「・・・・・。」
ウーデルトは湧き出る怒りの感情をどうにか押し込めると、サマルドに話しかける
「我々はこれで失礼させていただきます。彼らの遺体も残りの魔族もすべて。」
「いいだろう。お前達を生きて返すのはせめてもの情けだ。」
「ついでに荷車も一つくれてやろう。」
サマルドは部下に命じ、荷車を持ってこさせる。
「・・・。これだけは言っておきます。我らが王 ヴィンデル・ロ・ウード様は誰かを傷つけることは好きではありません。しかし今回のことは必ずあのお方の逆鱗に触れるでしょう。どうか覚悟されよ。」
「望むところだ。」
ウーデルトとモルグは天幕を出ると、遺体と他の魔族と共にアスティロン軍を後にした。
この出来事はノルド平野の悲劇と言われ、アスティロン帝国とウード王国との間で戦争が始まるきっかけとなった出来事である。
「なんだって!!!」
翌日の会議で、戻ってきたウーデルトとモルグからの報告に優一は声を荒げた。
まさか何の罪もない魔族を弄ぶように殺すなんて・・。
「ヴィンデル様。我らの力が足りず、捕らわれた者達を全員救い出すことが出来ませんでした。申し訳ありません!!」
ウーデルトとモルグは膝を付くと頭を下げ謝罪した。
「二人とも頭を上げてください。女性と子供だけでも救い出せたことは幸運です。これも二人のおかげ、こちらこそお礼を言わせてください。」
優一は2人に頭を下げる。
「もったいないお言葉です・・。」
二人は再び頭を下げると、席へと戻った。
「それで今回のことですが、私は世界平和実現のためにどこかで臆病になっていたのかもしれません。」
「そのために罪もない半人獣達の命が犠牲になりました。」
「全ての魔族を守るため私は戦うことに決めました。そこで皆さんの考えを聞かせてほしい。」
「私は賛成です!!」
ジルが声を上げる。
「私もです。ヴィンデル様は十分話し合いのため力を尽くされました。これ以上は奴ら自身が招いたことです。」
ガルエンも声を上げる。
「私は目の前で彼らを救うことが出来なかった。その罪滅ぼしをさせていただきたい。」
ウーデルトとモルグも声を上げると、この場にいる全員が賛成の声を上げた。
やっぱり俺はここにいる皆を守りたい・・。
人を殺すことになると思うと体が震える。
でも彼らを放っておけばもっと多くの魔族が殺されることになる・・。
やるしかない!
「ではアスティロン軍への攻撃を決定します。」
この日の会議で、ウード王国はノルド平野に侵攻してきたアスティロン軍への攻撃、及びノルド平野の占領を決定した。
─南洋国家連合─
「おい、聞いたか?アスティロン帝国と魔族が戦争するらしいぞ!」
街中はこの話題で持ちきりになっていた。
「魔境って確かヴィンデル・ロ・ウードとかいう魔物が統一したんだよな?」
「ああ。しかもそのヴィンデルって魔物、500年前の魔王と同じ銀の髪を持っているのに他の全種族と共存を望んでるって話だ。」
「そうなのか?! 500年前の魔王とまるっきり反対じゃないか! そうなると魔族を応援したくなるよな、最近のアスティロン帝国を見てると特に・・。」
「確かにな。奴ら人間至上主義を掲げて南洋国家連合にも服属を強要してるらしいぞ。そればかりか妖精族や岩窟族にも・・、やばい!」
話している魚人達は前方から妖精族が歩いて来るのに気づくと、その場から離れた。
「姫様、街中は魔族とアスティロン帝国との戦いの話で持ち切りのようですね。」
先頭の女性に後ろに歩いていた男性が声をかける。
「確かに私も興味があるわ。最近の人間のやり方は目に余るもの。」
「しかもこの南洋国家連合に来てからヴィンデル・ロ・ウードという魔族の悪い噂は全く聞かないわ。噂通りの男なら手を結ぶこともあり得るわね。」
「魔族と手を結ばれるのですか??」
女性の言葉に周りの妖精族達が声を上げる。
「別に魔族自体は危険ではないわ。人を食べるのも今では小鬼と人食鬼位だし。ただ魔力の強い者への忠誠心が強いのが難点だけど、ヴィンデル・ロ・ウードが王ならその点も問題ないでしょ?」
「確かにそうですが・・・。」
上手くいけばアスティロン帝国と手を切る、いい機会になるかもしれない。
そのためにも今回の戦いの結果はしっかりと見極めないと・・。
妖精族達はそのまま建物の中へと消えていった。
1週間後。
「それではガルエンさん、留守はお願いします。」
「お任せください!」
ガルエンは優一の言葉に笑顔で答える。
今回はゴースさんも駆けつけてくれた。
戦いは俺は専門外だからゴースさんがいてくれるのはありがたい。
「ヴィンデル様。参りましょう!」
ジルが優一の元に近づいてくる。後ろにはリーナとユーナ、サラが続いている。
「そうだね。」
優一はワーグの背中に乗ると、全軍の先頭に進む。
「これよりノルド平野に進撃する!!」
オオォォォォォ!!! 優一の言葉に全ての兵士が声を上げ、辺りに響き渡る。
あー、緊張した・・・。
俺、人前に立つの苦手なんだよな~・・。
ドォン!! 城門が開くと全軍が行進を開始した。
大陸歴1203年、のちにノルド平野の戦いと言われる戦いが幕を開けようとしていた。




