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レベル5(前編) 閲覧危険度★★★☆☆

前編は『コトリバゴ』回と繋がっています。

あと2回くらい、前後編構成が続きます。

 N県G市


「下がって! 下がってください!!」

「――ったく。今月に入って何件目だよ……」


 山中の川沿いには不釣り合いなブルーシートが、木々に括られ広げられている。黄色いテープは縄張りを主張する類のものではなく、現場を野次馬どもに荒らされない為のものだ。


 感情を持たない二つの無機質が、その事件の凄惨さを、他の何よりも雄弁に物語っていた。




挿絵(By みてみん)




 行方不明者に、猟奇殺人。今年に入ってから、この国のいたる地域で未解決事件が多発している。我々警察の面目メンツも丸潰れね。かといって、誰に、なにができるというわけでもない。

 私―― 狗槻いぬづき 芳子よしこ は、肺に溜まった泥雲を吐き出した。


「狗槻警部補! ガイシャの身元が判明しました」


 若い刑事が木の根に躓きながら駆け寄ってくる。刑事ドラマじゃあるまいし、無線かメールで一報くれれば良いのに……まあ言っても仕方ないわね。


「ご苦労様。それで、仏さんの名前は?」

「被害女性は鹿島かしま 八尋やひろ。K学園高校に通う、高校三年生です」

「K学……」


 苦虫を噛み潰す。K学園高校は二千人以上の生徒数を誇る私立の進学校であり、多くの著名人も輩出している。かくいう私も、そこのOBの一人だ。

 だがここ最近は、在学期間中に失踪や鬼籍に入る者が次々に現れ、悪評が絶えない。学園側の管理体勢を何度も念入りに調査したが特に異常も見つからず、マスコミの三文記事に頭を抱える日々だ。


 この鹿島八尋という少女も、この山中で頭部と四肢を切断された状態で発見された。悪い男に誑かされたのか、あるいは、異常者に拐われたのか。

 いずれにせよ、こんな少女を殺す動機があるとすれば、まず考えられるのは暴行だ。――同じ女性として、心が傷む。


「この近くにひとりで観光に来ている最中、行方不明になったようですね」

「スマホの通話記録は洗ったの?」


 監視カメラの情報や公共交通機関の利用記録の調査、通話記録、そしてSNS等への投稿記録は、死にゆく被害者の足取りを追う常套手段だ。

 例えば被害に遭う直前に誰かと待ち合わせをしていたら、その相手は容疑者になるでしょう。危険な場所で自撮りでもしていれば、なんらかの事故に巻き込まれた、などの仮説が立つ。


「……ええ。……ですが……」


 が、私の言葉に、若き刑事は口篭る。


「なによ? いいから隠さず見せてみなさい」

「――此方が、その。最後に彼女が通話していたという、電話番号です」


 私は手帳に書き殴られたその電話番号を横目で確かめる。090、携帯端末だ。ピポパと番号を押して発信する。


『――おかけになった電話番号は、現在、使われておりません。もう一度番号をお確かめの上――』


「……携帯会社に確認したところ、その番号は、もう数ヶ月も前から使われていないらしいと」

「なら間違って掛けてしまったんでしょ? もしくは、音声認識系のアプリが誤動作したのね」

「それが――通話記録が、残っておりまして」

「……一応聞いてみるわね」


 俄かに信じがたい話ね。ちゃんと調べたのかしら。と、部下に文句を言いたくなるのを堪えて、持ってきた通話記録を確認する。


『――』


『――――』


『 やげを うだい 』


 驚きのあまり、スマホを取り落としそうになる。低く、首でも絞められているかのような呪わしい男の声が、訳の分からない単語を呟いている。


『あー、悪霊出たであれ! コトリバゴ! めちゃんこ怖かったわ!』


『おみやげを ちょうだい』


『おう、やったで! お陰でいい土産話ができたわー」


『おみやげを ちょうだい くびを』


『終わってみるとなんか現実味ないけど、そんなもんなのかも知れへんしな!』


 なにこれ? 旅行に来て、土産物でも探しているの?

 それにしては、なにか噛み合っていないような。

 私は眉を顰めて部下の顔を見る。が、部下も、まるでわからないというように首をすくめて頭を振った。


『おみやげを ちょうだい てくびを』


『それで、二日目はどう怖いんや? せめて心の準備くらいはさせて欲しいわ』


『おみやげを ちょうだい あしくびを』


『何を話しかけてくるんや?』


『もらいに きたよ』


『え? あ……』


『――――』


『――』



「――これが、最期の通話記録です」

「……この前日のものは?」

「調べたのですが、通話記録は残っていませんでした」

「……私から言えるのは。取り敢えず、公開はしないほうがいい、ってことくらいかしら」


 十中八九、誰かのイタズラか混線だろうが……マスコミ共は、とんだオカルト案件だと騒ぎ立てるだろう。……正直、捜査の進展しない警察組織がバッシングを受けるより、一連の怪事件が霊障の仕業だとされた方がマシなのかも知れないが。


 あまり関わりたくない事件だが、そうもばかりは言っていられない。……そもそも、捜査一課に配属されて以来、関わりたい事件などあった記憶も無いが。


「……身元も割れているんだ。聞き込みに向かうぞ」


 彼女が通っていたという、K学園高校に。



  ――――

  ――



「焦れったいわね……もっと速度上げられないのかしら?」


 車速メーターの針は、法定速度の五キロも下を指している。あまりにも緩やかな発進に、車間距離にたっぷり余裕を持ったブレーキ。後続の車は苛立ち、かといってクラクションを鳴らすわけにもいかず、機を見て追い越して行く。


「駄目ですよ警部補、交通課に目をつけられますって。急いでいるわけじゃないんですから」

「わかってるわよ、安全第一。ちょっと愚痴っただけじゃないの」


 ハズレを引いたな。と、自分の運の無さを呪う。


 先月、署内のパトカーの何台かが老朽更新された。それで交通課から手配された新車体がレベル5の完全自動運転機能と、IoTとやらで署のサーバーと連携した最新の車載カメラを搭載している……らしいのだが……。まあ、コレが曲者だった。

 基本的に緊急時以外は自動運転モードにしなければならないうえに、自動運転中はアクセルペダルもブレーキペダルも踏まないこと、ハンドル操作も行わないことが原則義務付けられている。


 なんらかの事情で運転手による操作を行うためには、必ず自動運転モードを解除しなければならない。それがたとえ、歩行者の急な飛び出しであっても。


 焦ってハンドルを切り間違えたり、アクセルとブレーキを踏み間違えたりする事が無い為、人が運転するよりよっぽど安全という触れ込みで始められた活動だ。

 免許を返納しない高齢者。仮免と免許の区別がつかない若者。残業に追われ碌に睡眠時間もとれない労働者。近年の自動車事故の激増を受けて、ついに交通課は『運転手という人間に依存する曖昧な判断力』に対し見切りをつけた。


 数年後には全ての乗用車にこの自動運転機能の搭載が義務付けられ、『機械により完全に管理された、完璧で幸福な道路交通社会』が実現するとの話もある。


 ……そんな夢の社会の到来はまだまだ先の話だろうし、第一、この速度設定は交通課による嫌がらせとしか思えないが。


『目的地、周辺です。おつかれさまでした』

「つきましたよ警部補、K学です」

「…………はあ」


 のろのろと蝸牛のような速度で、校内の駐車場に停車する。結局我々は、予定の時間を1時間もオーバーして目的地に辿り着いた。

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