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あの夏の交差点に 8

結果から言うと瞳の誕生日はいいものだった。

僕たちは軽快に車に乗り込み、まず高速へ向かった。行き先はお台場だ。瞳が大好きな場所である。もちろん瞳には秘密なのであるが、まぁ首都高に乗ったあたりで気付いてしまうだろう。車内は誕生日だからといって特別な会話は無かった。

「今日はどこに連れて行ってくれるの」

「内緒だよ、気づいても知らないふりしててね」

「わかったわ」

 瞳がにこっと笑った。


 お台場に着き1日1500円の駐車場に車をとめた。

「一度限り有効」

 駐車場の看板を見た瞳がぼそっと呟いた。

「そうさ、一度出たらもう入れない。それがどうかした?」

「ううん、何でもない。ねぇ早く行こう」

 瞳は僕の手をぎゅっと引っ張った。僕の体が遅れて瞳の方に引っ張られた。

 ショッピングモールでなにかプレゼントを買わなくてはと思い瞳に聞いてみた。

「今欲しい物は無いわ」


 お台場は本当に良くできていて、朝からテーマパーク、テレビ局、海と一通り遊ぶと夜になる。それから豪華な夜景を楽しめると言うわけだ。僕たちは満足感、疲労感と共に駐車場へ向かった。車に戻った時にはあたりはすっかり暗くなっていた。瞳が助手席に乗ったのを確認しエンジンをかけた。ガソリンメーターが5分の3のところを指していた。あまり燃費の良い車ではないようだ。

「そうねぇ、あっさりしたものがいいかな」

 瞳に何が食べたいか聞くと大抵この答えが返ってくるし、今回もそうだった。

「あっさりしたものか、任せて」

 僕たちは目を合わせにこっと笑いあった。これといった案もなかったのでとりあえず登戸へ向かうことにした。

 お台場、晴海あたりの道は本当にきれいだ。それに道が広いから走っていて気持ちがいい。そんなことを思っていると瞳の寝息が聞こえた。シートベルトを両手でつかみながら、窓側を向いている。

「寝ちゃったの?」

問いかけたが返事はない。相当疲れたようだ。

 車の速度は65キロを指していた。休日の夜とあって道は空いている。オレンジ色の街路灯がどこまでも等間隔に並んでいる。その光は僕たちを覗き込み、目を細め微笑んでは後ろに去って行った。次から次へとやって来るものだから、次にやってきた光に挨拶をした。

「いらっしゃい」

「お邪魔します」

光が答えたので僕はまた話しかけた。

「きれいな光ですね」

「ありがとう。ところで隣で寝ている人は誰?」

「瞳だよ。僕の彼女さ」

「彼女?彼女って何?」

「大切な人さ」

「私は一人ぼっち」

光が悲しそうな顔をしたので励まそうとしたが、その瞬間に去って行った。

僕はなんだか悪いことをしてしまったと反省した。

 僕は瞳の方に目をやった。相変わらず彼女の頬の上を光が駆け抜けていた。彼女が寝言のような声と共にこちらに寝返りを打った。口の両脇がぴくっと上がり一瞬笑ったように見えた。


 この日のオレンジ色の街路灯は強く僕の心に残っている。海から見た夕陽は僕たちに帰らないでと悲しく語りかけてくれた。レインボーブリッジから見たお台場はこれでもかと言わんばかりに輝いてみせた。しかしそれ以上だった。それ以上に僕の心に刻み込む何かが街路灯にはあった。だだっ広い綺麗な道にオレンジ色の街路灯だけが続く、ただそれだけであるのに。


 ●大学2年●

 結局僕は歌をプレゼントするタイミングを逃してしまった。というか、実はギターを家に忘れてきてしまったのだ。朝はレンタカーの事で頭がいっぱいだった。結局、僕の家に向かった。瞳は相変わらず助手席ですやすやと寝息をたてている。時折寝返りを打つのだが、こちらを向く時間より窓側を向いている方が長かったように思う。

「瞳、起きて。着いたよ」

「本当にごめんなさい…」

「瞳?どうした?」

「…」

 一瞬ヒヤッとしたが寝言のようだった。どうやら怒られている夢でも見たのだろう。

「瞳、起きて、着いたよ。うちだよ」

 瞳は目だけをゆっくり開けた。しばらく考えてから話し始めた。

「あ、大橋くんごめん。ずっと寝ちゃってたのね」

「いいよ、たくさん歩いたもんね」

「うん、本当に楽しかったわ。ありがとうね」

 僕たちは車を降りて部屋に入った。

 僕はいつ歌をプレゼントしようか考えていた。そのうち変に緊張してきたので思い切って切り出すことにした。

「瞳、ロフトに行こう」

「何?新しい星座見つけたの?」

「違うさ、おいで」

 僕は先にロフトによじ登り、置き忘れたギターと再会した。

 9月のロフトは思ったより暑くなく、むしろ涼しさが悲しかった。瞳は遅れてやってきた。

「大橋くんが珍しい、サプライズかしら」

そして僕はギターを抱えた。今までのどんなライブよりも緊張した。レコード会社の関係者が見に来たライブよりもだ。ロフトは広くないので僕と瞳の距離は1メートルくらいで僕たちは何も言わず向かいあって座った。瞳は何が始まるのかわくわくした表情をしている。これといった始める合図は無く、僕はギターを弾き始めた。ゆっくりとAマイナーのコードを弾いた。それからBマイナー、Eマイナーと続く。ギターの柔らかな音色に乗せて歌い始めた。

サビに入る。サビはマイナー調からの脱出だ。C、G、D、Eマイナーと爽やか

でどこか哀愁漂うコード進行にした。


※サビ

I just make you cry(君を泣かせたり)

I Just make you smile(喜ばせたりしているけど)

But there's no telling what will happen in our future(僕たちの未来は分からない)


ギターと僕の声以外は何も聞こえない。蝉も、エアコンも、外の暴走族のバイクも、僕たちのライブを静かに聞いていてくれているようだ。

またC、G、D、Eマイナーとメロディーを繰り返す。

There's nothing to be afraid of.(けれど心配はいらないよ)

The senses that connect you & me are the love and the instinct

(僕たちをつないでいるその感覚は、愛と本能だから)

 僕がこの歌を通して瞳に伝えたかった表面上のことは、強いつながりだ。表面上は、である。実際のところ、僕は不安で不安でたまらなかった。その不安を「愛と本能で繋がっている」という理由をつけて自分自身を安心させていた。瞳を失いたくなかった。ただそれだけであったのだ。


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