あの夏の交差点に 6
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●現在●
僕は瞳とのつながりを強くするために、色々なことをしてきた。
2007年の夏、瞳の20歳の誕生日に、歌をプレゼントしようと考えた。今までバンドマンらしいことをしてあげていなかったし、まあ正直なところ高価なプレゼントを買うことが出来なかったのだ。瞳は豪華なパーティーや高い指輪とかを求めるタイプではないことは分かっていたし、僕があげたものであれば心から喜んでくれた。でも本当は高くていいものが欲しかったのかもしれないし、出来ることなら僕だってダイヤの入ったネックレスくらいあげたかった。だから僕にできる最高のプレゼントをあげようと考えたのだ。
僕がバンドで作る歌は正直ひどいものだ。だいいちバンドの存在のテーマが「ほぼギャグ」である。「ほぼ」というところがいい。ふざけているけれど伝えることはしっかり伝える。それが僕やバンドメンバーの方向だった。
とはいっても歌詞の内容はストーカーをして付き合った話や、魚肉ソーセージはエロの要素を含んでいるといった内容だったから、瞳をライブに誘ったことはなかったし、客のほとんどが男だった。
●大学2年●
瞳の誕生日のちょうど一ヶ月前の8月1日、僕は朝早く、ロフトで作詞を始めた。テーマはすぐに決まった。「瞳との繋がり」だ。彼女との繋がりを最大限に表現したかった。
しかし僕は詩を書き始めて1時間後、切なさに襲われた。僕と瞳の繋がっているものって何なのだろう。瞳は、僕と繋がっている、幸せだと思ってくれているのだろうかと。このとき僕は彼女に関してはネガティブ思考なのだと気づいた。
「今日はやめておこう」
瞳の20歳の誕生日が1週間後と迫った日、いよいよ僕はあせり始めた。まだ1フレーズも完成していなかったからだ。瞳との繋がり…。僕はいつもどおりロフトに上がって作詞を始めた。その日は雨が降っていたし、8月も終わりに近づいていたので耐えられないような暑さはなかった。あれほど嫌っていた暑さや蝉の歌も、いざ無くなるとなんだか切なくなる。そういうものだ。
僕はメモ帳を取り出し、メインとなる詩を箇条書きに書き出すことにした。はじめからこうすればよかったのだが、いかんせん僕は追い込まれないと行動しないタイプなのだ。
僕はメモの一番上に・つながり(仮)・と書いた。なんともありきたりな曲名だと自分でも一瞬恥ずかしくなった。でも曲名なんて後で変えればいいと思っていたし実際のところ名前なんてどうでもよかったのかもしれない。僕はこう続けた。
テーマ、瞳とのつながり
・ 瞳は僕の中で大きすぎる存在
・ 君とずっといたい
・ いつでも味方、君のそばに
いつの間にか雨は止み、広辞苑のようなぶ厚い雲の間からわずかに光が差し込んだ。
・The senses that connect you & me are the love and the instinct
(君と僕とを繋げていた、その感覚は、愛と本能)
辞書で引いた文であるから文法があっているか分からない。でもつまりそういうことだ。瞳と僕は本能で繋がれている。
2007年9月1日、いよいよ瞳の誕生日がやってきた。空は彼女を全力で祝ってくれる様な、また僕が嫉妬するような快晴だった。今日、彼女を祝うのは空じゃない、僕だ。
午前10時に町田の彼女の家に迎えに行く約束であった。彼女には電車で行くと伝えてあるのだが、僕はGT‐Rをレンタルしていく計画を立てていた。僕なりのちょっとしたサプライズである。レンタカーの手続きをしているとき少しげっそりした背の高い女性店員が僕に尋ねた。歳はおそらく28、9といったところだろう。
「本日のレンタカー利用目的を教えてください」
「あぁ、えっと」僕は一瞬混乱した。デートなんて真正直に答える必要はないし、レジャーでもない。だいいちそんなことを聞かれるとも思わなかったからだ。
「ドライブです」
「ドライブですね、行き先を教えてください」僕は少しおかしいと思った。なぜそんなことを聞くのだろう、だいたいこの女の人は少し不気味だ。僕は疑い始めると止まらなくなる。
「ここらへんです」
「え?あ、はい、ここらへんですね」その女店員は一瞬困惑したように見えたがすぐうなずきながらパソコンにカチカチとなにかを打ち込み、奥からキーを持ってきた。
「申し訳ございません、ただいま GT‐Rの方が車庫に無くてですね」
せっかく予約までしたのにとも思ったが、あまりにも申し訳なさそうに言うので逆に申し訳ない気持ちになった。
「じゃあ今は何の車があるんですか?」
「大きなお車ならあるのですが、ええっと。ミニバンです、本当に申し訳ございません、そちらでよろしいですか?」僕は諦めた。
「かまわないですよ」
こうして瞳の家の近くに着いた。彼女の家はおおきな通りから少し入ったところにある。借りた車ではおそらく入れない道幅だったので、その通りに車を止めて彼女を迎えに行った。
インターフォンを鳴らし、彼女が出てきた。彼女の笑顔を見るたびに僕は不安とか悲しみとか無意味でどうでもいい事だと思ったものだった。この日も最高の笑顔を見せてくれた。
「今日はよろしくね」
「最高にいい日にしてみせるさ」僕は自分でハードルを上げてしまったことに気づき、彼女にそれを伝えるとふふっと笑った。
車に戻るとフロントガラスに駐禁の切符が張られていた。やられたと思ったが、瞳に気づかれないようにさっとそれをポケットにしまった。駐禁から始まる誕生日なんてかわいそうすぎる。僕にとって駐車禁止の罰金と減点は、瞳と過ごす時間と比べればたいしたことはなかったのだ。瞳は車にとても驚いて、喜んでくれた。
「さ、出発」
僕等の2007年の9月1日という特別な日はこんな風にして始まった。僕等は一緒に過ごした、それはまぎれも無い事実である。その事実だけで冷え切ったこの世界も悪くはないと思えたし、いささか楽しくも思えた。僕は瞳を見て、彼女は僕を見つめていた。




