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7.ざまあ第一弾・黒歴史公開

 ワインを六杯飲んだアンガスの膝が、がくがくと揺れている。

 フレンの指摘に、アンガスは首を振った。


「違う! これは真剣勝負を前に、血が騒いでいるだけだ!」


 明らかに、強がりである。


 ――ノアが、お酒は飲み方を間違えると危ないと言っていたわ。今のアンガスさんからは、まさに危険なにおいがする……。


 フレンは、ふらりとよろめいてみせた。


「ああ、わたし、なんだか酔ってきたみたいです」


「嘘つけ! お前、顔色ひとつ変わっていないじゃないか!」


 そう話すアンガスの顔は、どす黒い。


「酒の強さだけは自信があったのに。もう、オレに存在意義なんてないんだあっ!」


「アンガスさん、落ち着いて。お酒なんて飲まなくても、あなたにはいいところがたくさんありますよ」


「どこがだよ。大体お前は、オレのことなんてろくに知らないだろ。お前が出席するのは、王族や上位貴族が集まるパーティーだけだ。オレは、下級貴族のパーティーしか出られない。今まで、接点がなかったじゃないか」


「確かに、この酒場でお会いするまで、アンガスさんと話したことはありませんでした。でもあなたは、寂しさを胸に抱えながらも、身分で差別することなく、人に歩み寄ろうとしている。それは人間として、素晴らしい資質だと思いますよ」


 アンガスは、真っ赤になった目でフレンを見つめてくる。


「本当に……?」


「ええ。あなたは素敵です」


 フレンが断言すると、アンガスは肩の力を抜いたようだった。そのまま、床にひっくり返る。


「アンガスさんっ? 大丈夫ですか!」


 これに答えたのは、酒場の客たちだった。


「お嬢ちゃん、心配はいらないよ。こいつはただ、酔っぱらっているだけだ」

「俺たちが介抱するから、お嬢ちゃんはもう帰りな。夜になると、この辺りは更に治安が悪くなる」


 ノアを見上げると、彼は首を縦に振った。


「そうさせてもらいましょう。慣れない勝負をして、フレンも疲れたのではありませんか」


「では、皆さんのお言葉に甘えて。今日はありがとうございました」


 客たちに一礼し、フレンは酒場をあとにする。

 公爵家の馬車まで歩く間に、フレンは足を弾ませた。


「ノア、わたしってお酒に強いみたい。アンガスさんみたいに、大酒を飲むつもりはないけれど、たまに楽しむくらいならいい気がするわ」


 すると、ノアが言いにくそうに口を開いた。


「実は……。フレンの分だけ、ワインをぶどうジュースにすり替えたのです。酔うと気分が悪くなりますし、悪い男に目をつけられるかもしれない。フレンは絶対に、酒を飲まないでくださいね」


「えっ! わたし、ずるをしていたの?」


「まさか。こんなもの、不正のうちには入りませんよ。そもそも、女性に飲み比べ勝負をけしかけるほうが間違っているのです」


「そうなの……?」


 アンガスへの罪悪感とともに、自分は飲酒に向いているという期待が勘違いだと分かって、がっかりしたフレンである。



 

 翌日の昼下がり、まだ顔色の悪いアンガスが、公爵家のタウンハウスを訪ねてきた。


 公爵は、フリッツがフレンを裏切る一因となったアンガスを屋敷へ入れることを渋った。

 それでも、公爵を説得して、フレンはアンガスを迎えた。

 来賓室に通されたアンガスは、ソファに座らず、立ったままフレンに勢いよく頭を下げた。


「今まで、すまなかった! お前……いいや、フレンに、オレはひどいことばかりした」


「そんな、わたしはアンガスさんになにもされていませんよ。むしろ――」


 昨日のことを謝罪しようとすると、ノアが自らの唇に人差し指を当てた。ぶどうジュースの件は、秘密にしなさいということらしい。


「フレンには、フリッツの弱点を教えるという約束をしたからな。オレとフリッツの関係も含めて、フレンに話しておこうと思ったんだよ」


 そう喋ったアンガスは、やっとソファに腰を下ろした。


「前も言ったが、フリッツは王太子としての努力を怠るわりに、プライドが高いんだ。他の、二つ名もちの四人をどう思っているのかは知らない。だが、フリッツはオレに、衆人環視の中、酔って醜態をさらすことばかり求めてきた。大酒を飲むのは、確かにオレの悪い癖だよ。でも、オレが恥をかくと、手を叩いて喜ぶあいつを見ていると、これが本当に友情なのかと疑問に思うこともあったんだ」


「そんなことがあったんですね……」


 フリッツの言い分を聞かずに、アンガスの言葉だけをうのみにするのは不公平だ。

 それでも、アンガスが辛い思いを抱えていることだけは明らかだった。

 アンガスが、再び口を開く。


「それでも、フレンだけは違った。オレが酔っぱらった挙句に泣いても、決して馬鹿にしなかった。それだけじゃなく、オレのことを素敵だと言ってくれた……。その、ありがとう。嬉しかったぜ」


「ふふっ。わたしは本当のことを話しただけですよ」


「その気持ちが嬉しかったんだ。……それで、フレンに頼みがあるんだ」


 色々事情があるようだが、フリッツの味方だったアンガスが、自分に願いごとをするなんて。フレンが不思議に思っていると、アンガスは続けた。


「今度、公爵家で夜会が開かれると聞いた。オレはただの子爵の息子で、公爵家とは家格が違うことは分かっている。でも、フレンがフリッツに婚約破棄されたことを、からかう者がいるかもしれない。オレは、そんな奴からフレンを守りたいんだ。俺を、夜会に招待してくれないか」


 これに答えたのは、フレンではなくノアだった。


「必要ない。その役目は、貴様ではなく私のものだ」


「お前は、フレンの何なんだよ! ただの騎士が、夜会に出られるわけないだろ!」


「私はフレンの専属騎士だからな。どんなものからも、彼女を守護する所存」


 二人のやりとりに、フレンは苦笑した。


「まあまあ、いいじゃない。二人がいてくれれば、心強いわ」


「そんな、フレンっ」


 残念そうにするノアをなだめつつ、フレンはアンガスに直接、招待状を渡した。

 



 夜会当日、公爵家の大広間には、王家に近しい貴族たちが集まった。その中には、もちろんアンガスの姿もある。


 フレンは深緑のドレスを身にまとい、公爵とともに来賓に挨拶をした。

 ノアはいつもの白い騎士服を着て、壁ぎわに控えてくれている。

 ダンスがひとしきり終わると、貴族たちはフレンの元に集まってきた。


「フレン嬢、王太子殿下とのことは、誠にお気の毒でございました」


「お可哀そうに。気落ちなさらないで」


 ――今が、フリッツさまの弱点を言いふらす、絶好の機会だわ。


 あまりの緊張に、フレンはノアへ視線を向けた。

 彼が、頑張れ、とでもいうかのように、首を縦に振った。

 その仕草に勇気をもらい、フレンは声を張り上げた。


「皆さん、心配してくださってありがとうございます。でもわたし、婚約破棄のことは全く気にしていないのです」


「どうしてですか? 王太子殿下とフレン嬢は、十年以上婚約しておられたのに」


 都合のいいことに、貴族のひとりが尋ねてくれた。


「なぜなら、フリッツさまには弱いところがたくさんあるからです。例えばフリッツさまは昔、わたしのあとをちょこちょことついてきたんですよ。まるでひよこみたいでした」


 貴族たちの目が点になる。


「あと、フリッツさまは人参が嫌いです。好き嫌いがあるなんて、いけないと思います!」


「フレン嬢……」


 なぜか、貴族たちが目に涙をため始めた。なんてひどいことを、と糾弾されると思っていたのに、予想外の反応だ。


「それにそれに、フリッツさまは方向音痴なんです。王宮で生まれ育ったのに、ときどき迷子になるんですよ。わたし、何度もフリッツさまの道案内をして、大変でした!」


 フレンは続ける。


「皆さん、フリッツさまの弱点をよく覚えていてくださいね!」


 ――ああ……。わたしって、なんて悪い女なの。王太子の弱点を言いふらすなんて。


 そっとノアを窺うと、彼は片手で顔を覆っている。フレンがあまりにいじわるなので、愛想を尽かされてしまったかもしれない。

 次にアンガスの顔を見ると、彼は顎を落としていた。


 ――きっと、わたしの悪女ぶりに驚いているのね。わたしを守るなんて言っていたけれど、そんな気も失せたはずだわ。


 貴族たちが、目元を拭いながらなにやら囁いている。


「フレン嬢に、こんなに慕われているのに婚約を破棄するなんて……」

「なんておいたわしいの」

「王太子殿下は、男として最低だな」


 貴族たちの声は小さすぎて、フレンにはよく聞き取れなかった。


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