5.調査開始
ノアに一時退出してもらい、フレンは手持ちのワンピースの中で、一番簡素なものに着替えた。これなら、町娘のように見えるだろう。
やってきたノアも、白シャツにベージュのジャケットとズボンという、シンプルな服を身にまとっている。ノアは、フレンを見ると表情を和ませた。
「なんと可愛らしいのでしょう。飾り気のないワンピースを着ても、フレンの可憐さは隠しきれませんね」
「ノアみたいに綺麗な人に褒められても、説得力がないわ」
フレンはくすりと笑った。
「では、商店街へ向かいましょうか。公爵家の馬車で乗り付ければ、騎士たちも警戒するでしょうから、街の手前で馬車を降りましょう」
今回は荷馬車ではなく、箱型の客席付きの馬車を使い、商店街近くの住宅街にフレンとノアは降り立った。
市民たちの家が立ち並ぶ住宅街も、道は閑散としている。
「フレン、私から離れないでくださいね」
「はい。ノア、頼りにしています」
「お任せを。剣の腕には、自信がありますから」
ノアと連れ立って、商店街へ入る。
騎士に行く手を塞がれることを期待したフレンだが、呼び止めてくる者はいない。
道には、数人の市民たちが足早に歩いているだけだ。
フレンは、自分よりも高い位置にある、ノアの美しい顔を見上げる。
――ノアがいたら、無理もないわね。
彼は筋骨隆々というわけではないものの、肩幅があり、服の上からでもしっかりと体を鍛えていることが分かる。ノアに挑もうとする者など、そういないだろう。
そのとき、商店から小柄な男が出てきた。服装からするに、商人のようだ。フレンとノアのいる場所からは、ずいぶん離れた店だ。
すぐに、路地裏からするりと現れた者がいる。
いかめしい鎧に、黒いマントを身に着けた大柄な男だ。
ノアが、すっと目を細めた。
「あれは、黒鷲騎士ですね。黒いマントがその証拠です。体格からしても、本職の騎士に間違いないでしょう」
「じゃあ、あの人たちが市民を困らせているのかしら……」
フレンの視線の先で、騎士は商人になにか話しかけている。
途端に商人は怯えたようにへこへこと頭を下げ、懐からなにかを取り出すと、騎士に差し出した。どうやら、財布のようだ。
「ノア、行きましょう!」
フレンは商人の元へ走る。後ろから、ノアの足音がついてきた。
「待ちなさい!」
「フレン、いけません!」
ノアの制止も聞かずに、フレンは商人と騎士の間に立った。
「なんだ、貴様は。任務の邪魔をするな!」
黒鷲騎士が、フレンに怒鳴る。
「失礼ですが、あなたの任務とはなんですか? 黒鷲騎士は、民を守るのが仕事ですよね?」
「その通りだとも。だが、民の守護には金がかかる。自分は、商店街の住民から必要経費を徴収しているだけである!」
黒鷲騎士が言い放つ。
すると、フレンの背後から、細く弱々しい声が聞こえてきた。騎士に財布を差し出していた、商人のものだ。
「お嬢さん、いいんじゃ。金さえ払えば、この場は丸く収まるのだから」
フレンは、ちらりと商人を振り返る。
「そんなのだめです! お金は、商人さんが稼いだ大切なものでしょう?」
「気持ちはありがたいが、騎士に目をつけられたら困るんだ。今度は、暴力を振るわれるかもしれない。それくらいなら、金をとられたほうがましなんだよ」
そう商人に言われては、身を引かざるを得なかった。
フレンとノアがいないときに、商人が襲われたら、守ってあげることはできないのだから。
黒鷲騎士は、商人から財布をひったくると、中を改めた。
「恨むなら、騎士団への報酬を渋る王家を恨め。けっ、しけた金だな」
騎士が去ると、老齢の商人がフレンを見て、表情を和ませた。
「ありがとう、お嬢さん。この町では、皆びくびくして人を助けようとする者なんかいない。心配してくれただけで、嬉しかったよ」
「いいえ。お役に立てず、ごめんなさい……」
商店へと戻る商人を見送り、フレンは俯いた。
――わたしは、なにもできていないわ……。
「フレン。私を見て」
ノアの声に顔を上げる。彼は膝を屈めて、フレンに視線を合わせた。
「あなたはよく頑張っています。けれど、この件は腰を据えて、慎重に調べたほうがいいでしょう」
「分かったわ、街の人を巻き込むわけにはいかないもの。でも帰る前に、もう一度酒場に寄ってもいい?」
フレンが気になっているのは、騎士の横暴だけではなかった。
騎士や市民がたびたび口にする、王家への批判が気になっていたのだ。
フレンは王都の状況を、もっと知りたかった。
酒場へ行きたいというフレンの希望に、ノアは困り顔を浮かべつつも、答えた。
「フレンの言うとおりに。ですが、危険なことはしないでくださいね」
「もちろんよ。わたし、危ないことなんて今までしたことがないもの!」
「そうでしょうか……。先ほども、フレンが躊躇なく騎士に向かって行くので、私は大変はらはらさせられたのですが……」
なにやらぶつぶつと呟いているノアには構わず、フレンはずんずん酒場への道のりを歩いた。
酒場には、昨日と同じく男たちがたむろしていたが、アンガスの姿はなかった。
時間が早いせいか、男たちもまだ酔いつぶれてはいないようだ。
ひとりで酒を飲んでいる客の邪魔をするのは悪いような気がして、フレンはひとつの丸テーブルを囲んでいる、三人組の男の元へ向かった。
「ごめんください。少し、お話を聞かせてもらえませんか?」
中年の男三人は、人懐こい笑みを浮かべた。
「おお、あんたはアンガスと話していたお嬢ちゃんだな」
「一緒に飲もう」
「俺たちみたいな飲んだくれに、なにを聞きたいんだい?」
優しそうな人たちでよかった、と息をついたフレンは、おつまみのナッツを注文する。
アーデル王国では、十六歳から飲酒可能であるものの、フレンは十七歳になる現在まで、酒を飲んだことがなかった。男たちにもナッツを振る舞いながら、フレンは口を開いた。
「皆さんは、王家のことが嫌いなのですか?」
フレンの質問に、男たちが目を丸くする。
すぐに、フレンの斜め後ろにいるノアが耳打ちしてきた。
「フレン、聞き方が直球すぎます……!」
確かに、不敬罪が存在するのだから、少し別の角度から尋ねたほうがいいかもしれない。
「ええっと、今のはなしで! その、黒鷲騎士団が市民にお金を要求していることは知っているのですが、他に王都で変わったことはありませんか?」
男たちは、ナッツをぽりぽりとかじりながら、なにかを思い出そうとしているかのように、視線をわずかに上げている。
「そういや、騎士団長を見なくなったと思わないか?」
ひとりの男の発言に、残りの二人がああ、と同意した。
「よく王都を巡回してくれたものだが、商店街には姿を現さなくなったな」
「あの人だけは、俺たちに関心を持ってくれていると思ったんだけどなあ」
フレンは、首をかたむけた。
「騎士団長って、白鷺騎士団のですか?」
「いや、黒鷲騎士団の団長だよ。市民を守るために働いてくれていると思ったが、団員を放置しているんだから、平民相手の地味な仕事には飽きたのかもな。所詮は貴族だ」
貴族、とフレンが口の中で繰り返すと、ノアが補足するように言った。
「黒鷲の団長は五十代の男なのですが、男爵家の出身なのです。黒鷲騎士団の団員は、現場たたき上げの平民も多いのですが、代々騎士団長だけは、貴族が務めることになっているのですよ」
ノアの説明に、ひとつ頷いたフレンは男たちに問う。
「皆さんは、貴族のことをよく思っておられないのですか?」
当然だ、と男たちは答えた。
「一部の特権階級が、平民を搾取する。面白くなくて、当然だろう」
「貴族は、どうせ俺たちのことを働きアリとでも思っているのさ」
「俺らのことを、貧乏だと見下しているんじゃないのか?」
男たちの言葉は、フレンにとってあまりにも寂しいものだった。
「でも……、人々を助けたいと思っている貴族もいるんです。アンガスさんみたいに、気前のいい人もいますし」
フレンがとりなすように話すと、男のうちのひとりがハッ、と失笑した。
「あの坊やのことか。どうせ、財力を誇示してちやほやされたいだけなんだろう。そんな奴を、どうやって好きになれると思うんだ? 俺たちだって、ただ酒が飲めるから、『坊ちゃん』『若』なんて呼んで、奴を持ち上げてやっているのさ」
男の言いように、フレンは絶句した。一部の民と、貴族との断絶は、ここまで深いのか。
そのとき、酒場の入り口から声がした。
「お前ら、なにを話しているんだよ……」
振り返れば、酒場の入り口にアンガスが立っている。その顔は、凍り付いていた。




