湖岸動乱《中》
墜星暦5946年冬 『帝国』ルシクワ属領州チェルニ峠
標高800mほどの、巨大な外輪山の内外を繋ぐ回廊。岩の転がる渓流の上を崖に這うように作られた線路と道路。
技術的、予算的な制約から外輪山全てを穿つトンネルは作られず、険しい地形を縫うように切土や橋で繋がっている。
太古に欠けたままの銀月は惑星の陰に隠れる新月の夜、星々だけに薄く照らされた、外輪山内外を分ける峠の頂上。
わずかになだらかな場所に検問所があった。内ルシクワへ出入りする人や物を監視するため、駐屯軍から30人ほどの兵がここで寝泊まりしている。
属領州ルシクワの人間は通行票を持たなければここを通ることができない。そしてそれ以外であっても夜間この峠道は封鎖されている。
遮断機の下げられた門脇の、小さな詰所にいる番兵はボルトアクション式ライフルを壁際に置き、雑誌を読んでいた。ラジオの電波も入らない、山奥のここでは暇つぶしの方法も限られている。反対側の門を守る相方もおそらく同じことをしているだろう。
雑誌を置いて眠気覚ましのコーヒーを淹れようと椅子から立ったとき、天井の電球がフッと消えた。横を見れば兵舎や事務所、検査場のほうも全て灯りが消えている。
「チッ停電か、面倒くさいな」
舌打ちをしながら、ストーブから漏れる灯りを頼りに懐中電灯を探り当てると、スイッチを入れた。そして工具箱を取りに行こうと、壁際のライフルをそのままにコートに袖を通して詰所の外に出た。
——麓から引っ張って来ている電線がどこかで切れたのかもしれない。とりあえず非常用の発電機を動かした後、出来れば修理を、出来なくても明日すぐ直せるよう切れた場所くらいは分かれば。そう思った。
マッチを擦って、しばらく使っていないランプを点けたとき、うねった暗い山道を麓から二つの灯りが登ってくるのが見えた。
「バカが、まだ夜中だってのに何しに来やがった?」
内側の麓の村からここまでは車で一時間半ほど、門限に間に合いそうにない場合は翌日に備え、麓の村に宿を取るのが普通だ。眉を寄せた彼女は懐中電灯を振った。
「朝まで開かんぞ!——戻れ!」
特別な用であれば、麓から連絡の電話があるはずだ。だがそんな連絡は来ていない。不審に思った彼女はさらに妙なことに気づいた。見えるヘッドライトは一対なのに、道を踏むタイヤの音が複数聞こえる。
ライフルを取りに行こうかと迷ったが、門の前へ横向きに停まったトラックへその場で声を張り上げた。
「何用か!」
怪しげな薄汚れた幌付きのトラックには鉱山会社の名前が書かれている。そしてその背後にはやはり、ライトを消したトラックが3、4台続いていた。
そして懐中電灯に照らされ、助手席から女が降りる。赤い布を腕に巻いた女は無言で懐から出したものを番兵に向けた。
パスパスパス
消音器に抑えられた銃声。うずくまるように倒れた番兵のコートと地面に広がる染みを一瞥し、女は黙ったまま腕を下ろす合図を出した。
同じく赤い布を腕に巻き、ライフルや山刀を持った人間たちがトラックの荷台から次々飛び降り、検問所へ突入する。
悲鳴と散発的な銃撃戦が少しあり、チェルニ峠検問所は『評議会』の手へ陥落、近くの線路と鉄橋もほぼ同時に爆破された。
◆◆◆◆◆◆
翌日の州都では『帝国』軍と『評議会』、それに呼応した反乱組織、混乱に乗じて暴徒化したルシクワ人も混ざり、市街戦が続いていた。
日が昇るにつれ決起の渦に加わる数は膨れ上がっている。大通りの『帝国』人の営む商店が焼き討ちと略奪にあい、棍棒や農具を持ったルシクワ人の集団が『帝国』人を追い回す。在ルシクワの『帝国』人は堅く家の戸や窓を閉じ、襲撃に震えていた。
昼頃、『帝国』軍とルシクワ警察は暴徒の制圧を断念、一部の孤立した職員や警官、兵士が総督府や警察署などに籠城しつつ、郊外のカルーラ駐屯地へ『帝国』民間人を避難させていた。
「クソ土人どもが多すぎる!」
適当にライフルを後ろへ撃ちながら悪態を吐く兵士。『帝国』ルシクワ駐屯軍は市内へ少人数の隊をいくつも出し、民間人を救出しては駐屯地まで護衛することを繰り返していた。
「止まるなっ!もうすぐだ!」
最後尾にいた彼女は、暴徒が威嚇射撃に身をすくめた隙に再び駆け出す。
仲間たちに追いつくと皆、身を縮め車やゴミ置き場などの物陰に隠れていた。顔を見れば誰もが疲弊し、肩で息をしている。それでも避難民は最低限の荷物や子供の手を、兵士は着剣済みのライフルをしっかりと握っていた。
駐屯地の古城は目の前に近づいていたが、まだ障害が残ったいた。
斧や棍棒などの粗末な武器、『二重の月を叩く鎚』の旗などを持った集団が前の通りを抜けて行く。見るからに統率のとれていない集団だが、火炎瓶や猟銃を手にしている人間もいた。
「あともう目の前だってのに……」
「頭出すな!待ってろすぐ退かす」
物陰から頭を出した避難民の襟を引き、兵士はポケットから手鏡を出す。そして日光を反射させ、駐屯地の尖塔へ合図を送った。
それからしばらく待つと塔の窓がチカチカと瞬いた。
「いいか!『良し』というまで伏せていろ!」
合図を見た彼女は子供に自分のヘルメットを被せると、その母親ごと上に覆い被さった。その直後、
パパパパパパ——
叫び声を上げながら駐屯地へ押し入ろうとする暴徒集団を堡塁からの機銃掃射が薙ぎ払い、悲鳴が上がる。暴徒は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。そしてまばらに取り残され、まだ這って動く者には狙撃が浴びせられた。
「良し!後は——走れ!」
銃弾の嵐が終わった後、立ち上がった兵士はそう言って避難民たちの背中を叩く。銃声の恐怖に身をこわばらせた避難民がいれば、その手を取り立たせた。親子を庇っていた兵士はライフルを戦友に預けると、背嚢を前へやり子供を背負う。
「狙われるぞ!止まるな止まるな止まるなぁ!」
赤く染まった雪を蹴り、死体を跨ぎ、そのなり損ないたちの間を抜けて、陣地からの援護射撃を受けながらひたすらに開け放たれた門へ走る。
生への全力ダッシュ、敵か味方か分からない銃弾が足元を跳ね、横を掠める。
気づけばあちこちから同じように纏まった集団が飛び出していた。
門の内側では駐屯地の兵が重ねた大楯を構えて迎えに出ていた。そこへめがけて避難民と護衛の兵士、全員が飛び込んだ。
「全員居るな?」「死ぬかと思った……」「ハァハァ……」「ありがとう……ありがとう兵隊さん……」
全員が荷物や武器を放り出し、積まれた土嚢の裏へ泥まみれになるのも構わず転がり、手足を投げ出し肩で息をして生を噛み締めた。礼を言う避難民に兵士は疲れから答えず、ただ頷いた。
◆◆◆◆◆◆
その後『評議会』を中心とする反乱勢は州都をほぼ掌握、カルーラ駐屯地を遠巻きに包囲していた。黒煙の昇る市街と駐屯地の間には農地が広がり、遮るものはほとんど無い。
何度かの無秩序な突撃が失敗した跡に死体が転がるばかりだ。古城を改修して駐屯軍が置かれたときから、カルーラ駐屯地は非常時に籠城できるよう造られている。
その最前線、畦と用水路に隠れて伏せる二人。赤い布を巻くコートの下は作業服。近所の工場に勤める工員たちだった。
朝、出勤してきた彼女たちが見たのは、縛り上げられた工場主と『評議会』を名乗ってトラックで乗り付けてきた人間。『評議会』は革命を触れ回り、火炎瓶や手榴弾、剣などの武器を配っていた。
あっという間に工場は接収され、従業員もなし崩し的に『評議会』に組み込まれた。その後、街中へビラを貼る組と戦闘に加わる組に分けられ、二人は有り合わせの武器を取った。
「もっとマシなモン貰ってくりゃよかった……。銃でも拾えればなぁ……」
「へへへ、二人で一丁か」
彼女の武器は、勤め先の工場から持ち出したハンマーと配られた火炎瓶。にやける同僚は少しマシで、火炎瓶とリンチされた『帝国』兵から奪った自動拳銃を自慢げにベルトへ差していた。
「笑ってられるか。どうするよ?」
「どうするつったって動けねぇしな」
「死んだフリしながらジワジワゆーっくり這って逃げるってのは?」
「バカ言うなよ」
突撃時、前にいた暴徒や『評議会』構成員は皆倒れ、二人は自動的に最前となった。時折頭上を飛び交う銃弾の音に身を竦ませ、その場から動けずにいた。頭を出せば即座に狙撃されることは、近くの死体が教えている。
ただジッと伏せっていると、後ろが何やら騒がしくなってきた。
「ん?」
「何だ?後ろからか?」
足音とざわめく声に二人はそろって市街の方を見る。
武装した大勢の『評議会』構成員が建物の間から現れた。そして、フロントや側面へ不恰好に鉄板を重ねて張り付けたトラックが2台——装甲車だ。灰色と白で雑に塗りつけられた縞模様の冬季迷彩に『二重の月を叩く鎚』の幕が張られている。
『評議会』が鉱山会社の物を無断で改造した即製の機甲戦力だが、そこにいた反乱者側の士気を大きく高めた。
「来たかっ!そのまま踏み潰せ!」「行け!行け!押し込め!」「いいぞ!あそこの同志を助けろ!」
ワッと沸き立つ歓声に応えて、ハッチから身を乗り出した構成員が軽機関銃を発砲。密輸した『SW.M5900』で武装し、装備の整った増援の歩兵も前進を始めた。
「前進!総員突撃!団結せよ!」「おう!」「『帝国』人を殺せ!」「臆すな!ルシクワ人ここにありだぁ——!」
荒れた路面を疾走し、跳ねる装甲車の上には歩兵が何人かロデオのようにしがみ付いている。
俄か造りの装甲車は、『帝国』軍陣地からの射撃、小銃弾や機関銃弾のそれを弾き返しながら陣地へ迫る。『評議会』歩兵も装甲車の突撃に続き、前進を始めた。
思わぬ救いに二人は拳を握って喜ぶ。
「来い来い!早く!」
「こっちだよ!おい!」
隣の同僚も興奮し、援護の真似事に拳銃を乱射する。
装甲車への射撃はますます激しくなるが、重ね張りされた鉄板は銃弾がめり込みつつも耐えている。だが上に乗る生身の歩兵は堪えきれず次々と転落していた。
そして装甲車は二人のいる場所を通り過ぎ、アクセル全開で駐屯地のフェンスに激突した。
「あっバカ!」
装甲車は乗り上げる形でフェンスを押し倒したが、後輪が側溝にはまり動けなくなった。『帝国』軍の陣地は運動場の奥、まだ遠い。怒鳴りながら装甲車から飛び出た構成員がその場で伏せて撃ち合いを始め、ペンチを持った構成員が金網の穴を切り広げようと決死の工作を始めた。
「とりあえず逃げるぞ!」
「あ、ああ!」
二人が立ち上がって、このどさくさに紛れ逃げようとしたとき、『帝国』軍陣地の奥から50mm対戦車砲が何門か砲口を覗かせる。
黒く塗られたそれを見た途端、彼女は顔から血の気を引かせ叫んだ。
「まずい!」「は?」
同僚を押し倒した直後、対戦車砲が火を吹いて雪と路面の破片が爆ぜて舞う。
ちょうど横を通ったトラック、最初の装甲車に続こうとした2台目に砲弾が刺さる。
撃ち抜かれたトラックはヨロヨロと少しの間走って停止。血まみれの乗員が転げ出た直後、さらに2発目が直撃し、即製の装甲車は炎上した。
工員の二人は大きな怪我はないものの腰を抜かし、這いつくばって逃げる。それを無視して倒れたフェンスへ群がる『評議会』構成員たちを機銃掃射が迎え撃ち、死体の山が積み上がっていく。最初に突っ込んだ装甲車はすでに燃える残骸と化していた。
圧倒的に数で勝る反乱側だったが、火力に勝る『帝国』軍に、駐屯地のフェンスを押し倒したものの、この日は引いて行った。
同ジャンルの金字塔といえる作品の7巻発売決定、おめでとうございます




