湖岸動乱《上》
墜星暦5946年冬 『帝国』ルシクワ属領州州都郊外
州都市街に隣接する湖岸。クレーター湖に半ば突き出す形で立つ、中世に建てられた古城。城の北には駅へ続く線路と兵舎がいくつか並び、その外に格納庫と滑走路が一本引かれている。間には機銃の外された装甲車やトラック、カバーの掛かった野砲が置かれていた。
高い尖塔や蔦の這う石造りの城壁もそのままに、フェンスで敷地を拡張して囲うここが、『帝国』陸軍カルーラ駐屯地兼空軍カルーラ飛行場だ。
『帝国』から切り離され一度独立を果たしたルシクワ。だが、望んでいた自由はその後に訪れなかった。
外輪山に刻まれた谷筋各地に小勢力が乱立、混乱が続いた。諸氏族をまとめていた王が消え、代わってその座に就こうとする各地の有力者、他氏族の鉱山利権を狙う者の争い。
その背後では、再びルシクワを手に入れようとする『帝国』が糸を引いていた。ある勢力が伸びれば指導者を暗殺し、別の勢力が弱まれば密造の武器を届ける。妨害と支援を使い分け、一つに纏まらないよう対立を煽る。統一の妨害工作が戦後もこの地を陰から蝕んでいた。
そして『ルシクワに自治能力無し』という意識を国際社会に植え付け、残留邦人と企業権益の保護、として『帝国』軍が再びやってきた。だが、止めるはずの世界連合は安い資源を得たい各国の思惑もあり、治安回復の手段として進駐を黙認した。
再併合以来、『帝国』は一時10個師団を進駐させていたが、今のカルーラ駐屯地にはルシクワ駐屯軍2個師団のうち、1個連隊と駐屯軍司令部が置かれている。
城内の将校用食堂。夕霧の濃く漂う湖に臨み、湖面から吹きつける風が大きな窓を震わせる広間だ。板張りの床には豪奢な敷物が敷かれ、甲冑が飾られる中世の雰囲気を色濃く残した部屋。だが、篝火の置かれていた窪みには電球が挿され、暖炉の他に部屋全体を暖めるため持ち込まれた石油ストーブも焚かれていた。
彫刻の施された長テーブルに並ぶのは、湯気のたつシチューや茹でられたソーセージ、茹で野菜、黒パンなど。食材は本土から運ばれてきたものが中心だ。
夕食の席につくのは灰色の制服に勲章をいくつも付け、襟には鈍く光る『銀月十字』を下げた高級将校たち。ルシクワ駐屯軍の首脳部だ。
給仕を務める兵がワゴンを押す横で、一人の将校が口を開いた。この基地で最高位、ルシクワ駐屯軍の司令官を務める陸軍中将だ。
「どうだ?明日は飛べそうか?」
「まあ、なんとか。予報では雪はもう降らないとか。しかし私が言うのもなんですが列車をおすすめしますよ。上は寒い」
駐屯軍司令の中将に答えたのは、空軍のパイロット。彼女は窓の外へ目を遣りつつ返事をした。彼女の上官は所用のため基地の連絡機で明日、首都へ飛べるかを気にしていた。
「なあに、着込めばいいだろう?コートの重ね着でもするさ。それと飛ばんと君も腕が鈍るだろうに?陸路はまた最近、赤色匪賊の襲撃が続いてるからな。保安本部の連中には努力してもらいたいね」
中将はシチューを口に運びつつ、愚痴を言った。それに部下たちから小さく笑いが漏れる。再併合以来、抵抗勢力は互いに潰し合わせたとはいえ、散発的に鉄道、電線への破壊工作や放火はいまだに起きている。
「もしかすると奴ら、ここへ居座るためにわざと野放しにしているのでは?存在意義と職務の熱心さを総統閣下にアピールするために」
一人の言葉にテーブルを囲む将校たちが、あり得るかもしれない、とまた笑った。この食堂に保安本部の人間はいない。
国家高等保安本部のルシクワ支部は城内にあったが、彼女たちは食事にも滅多に顔を出さない。指揮系統も別、——何をしているのかもよく分からないままルシクワ属領内に居座る連中。軍の兵からはうっすらと胡散臭いものを見る目で見られていた。
「いっそのこと、反乱でも起きれば『察知できなかった咎』で追い出せるかもな、——くれぐれも目は離すなよ」
中将は若い将校へ顔を向けた。彼女は士官学校を出たばかりで、しばらくこの辺境で過ごした後は中央の出世コースに乗ることが約束されていた。なので中将には可愛がられている。
「はっ!お任せを!」
運が良ければ手土産を持たせてやろうという心遣い。仕事を命じられ嬉しそうな、勢いの良い返事に拍手が起こった。
◆◆◆◆◆◆
駐屯地の城内、間借りした一室に机と椅子や棚、大量の書類を押し込められているのが国家高等保安本部のルシクワ支部だ。一応駐屯地まで支線が引かれているが、指揮下の鉄道武装装甲隊などはカルーラ駐屯地ではなく駅の車両基地に拠点を置いている。
ここはどちらかというと諜報部門の人員が詰めている場所だ。身内の監視という目的もあり、州都中心ではなくここを間借りしている。
「先輩、本当に来ますかね?奴ら」
傘付きの電球の下で、日報を書きながら若い部員が尋ねた。去年の秋に『武器の密輸と蜂起の恐れあり』の情報が入り、外輪山を抜けるルートに警戒を敷いていたが、結局銃の一丁も見つからずの空振りに終わった。腹いせに不運なルシクワ人が何人か逮捕されるだけだった。
「来る。去年の空振りはバレたのを察知されたか、または——何らかの事情で武器を運べなかったからだ、と思っている」
夜食のサンドイッチを頬張りながら先輩と呼ばれた部員が答えた。その食べカスが落ちる先、テーブルの上には地図が広げられている。外輪山の中と外を繋ぐのは、鉄道の路線が一つと幹線道路がわずかに二つ。その峠さえ押さえてしまえば他には獣道同然の細い山道しか無い。
「警戒の情報が漏れたのか。しかし奴ら過激派のくせに全く懐きませんよね」
「ああ、元々掴みづらい連中だが、やはり 『評議会』の裏には、我々に尻尾を掴ませずこそこそと動き回っている連中がいる」
身分を隠しながら反『帝国』勢力や氏族を支援してきたルシクワ支部だが、唯一『評議会』だけは支援していなかった……というより、できていなかった。血縁に縛られた一族や集落単位ではなく、鉱山や工場などに薄く広く構成員が散らばり、指揮系統やリーダーも明らかではない。
自前で武器を調達し、テロを起こす。容姿の違う『帝国』人が簡単にルシクワ人の中に潜り込めるわけもなく、その全容を掴むのは難航していた。
「——十中八九、西側の連中が潜り込んでますよね?」
若い部員が地図の左、『帝国』の西側をつついた。国境を接する『共和国』、間に海峡を挟んだ『王国』、さらに陽没海を越えれば『連邦』——彼女たちのいう西側、北陽没海条約同盟諸国だ。
先輩部員はサンドイッチの残りを飲み込み、マグカップのコーヒーで流し込んだ。
「ふん、捕まえた連中も尋問じゃ吐かなかったが間違いない。民族自決の美名を餌に独立を煽って、奴らもここの利権狙いさ。小賢しく足元をちょろちょろウロつくネズミだよ」
先輩部員は吐き捨てるように呟き、マグカップを置いた。
「そろそろ春か、暖かくなるとネズミどもが動き出すだろう。だが次の掃討、本国の増援がいるな」
外敵を阻む天然の要害に囲われたルシクワだが、ルシクワ駐屯軍の兵力は再併合後、年々縮小されている。本国の軍拡が進むのに合わせルシクワから転出、属領政府の警察や国家高等保安本部に治安維持の役割を譲っていた。
「まったく手が回らんよ……軍を減らしたら代わりにうちを大きくしてもらわなきゃ困るんだがな……日報、終わったか?」
ぼやきながら、慌ててペンを走らせる後輩を横に先輩部員は机の上を片付け始めた。
大変遅れてしまいました




