腐敗の神樹
「姉様の気配が、どんどん小さくなって……」
次の瞬間には、もうユーリさんは走り出していた。それだけで説明している時間がない程の事態だと悟り、俺たちも急いでその後を追う。
「姉様、姉様……!」
悲壮感を漂うユーリさんの様子を見て、俺の胸にも焦りが広がっていく。気配が小さくなっているということは、かなり危険な状態に陥っているのかもしれない。
「直ぐに剣を振れるようにしておきなさい。セリカが見えたら、直ぐに保護するわ」
ティルも同じことを思ったのか、それだけ言って剣の姿に戻り俺の手に収まった。彼女にとってもセリカさんは古い友人だし、何としても助けたいのだろう。
「間に合ってくれ……」
祈りながらも、ただひたすらに足を動かす。進むにつれ揺れが大きくなり、時おり足がもつれるが今は止まっている暇はない。
やがて視界の先に森の切れ目が見えた。それと同時に、また一段と大きな揺れと魔力の発動を感じる。あそこで戦闘が行われていると、本能的にそう悟る。
「クロエ! 俺に加速魔法を!」
「はい!」
突然のことにも関わらず、クロエから即座に加速魔法が付与された。そのままの勢いで、俺は一気にユーリさんを追い抜き森の切れ目へと飛び出した。
≪グオオオォォォォォー!!≫
そこにいたのは、まさしく異形だった。
元々が力を失った神樹なので体部分は枯れ木を思わせるが、そこに弱々しさは一切ない。むしろ魔素によって変質した部分が、より異質さを際立てていると言える。
樹の幹で出来た頭部は竜を思わせる形をしており、洞と思われる部分にはまるで目のような赤い光が灯っていた。そして枯葉が生い茂る胴体部分から延びた無数の根は、手足のように大地に伸ばされその巨体をしっかりと支えていた。
おそらく人の五十倍以上あるのではないだろうか? バルディゴで戦った魔獣もかなりの大きさだったが、それを遥かに凌ぐ威圧感がある。
「これは……想像以上ってレベルじゃないな」
不用意に飛び出した事を後悔したが、神樹の意識は俺へ向けられていないようだった。その妖しく光る赤い眼の先にあったのは、ユーリさんに良く似た女性の姿。
きっとあれがセリカさんだ。
そう理解した次の瞬間、神樹を支える根の部分がゆっくりと持ち上がった。そして意志を持っているかのように撓ったかと思うと、一気に振り下ろされた。
「マズい!」
ティルの意思もあったと想うが、俺の体は弾かれたように動いた。
一瞬で神樹とセリカさんの間に体を割り込ませると、ほぼ同時に無数の根が襲いかかってきた。こちらも斬撃で対抗しようと、剣に魔力を込めようとするが――。
≪フリッツ! 本体には当てないで!≫
突然ティルから指示が入り、慌てて根を打ち払う形に方針転換する。
「ぐっ……」
しかし急に剣の軌道を変えたせいで、打ち払うことには成功するが衝撃の吸収には失敗してしまった。体全体に激しい痛みが走り、思わず膝をついてしまう。
≪フリッツ、大丈夫!?≫
「……大丈夫。これくらの衝撃なら、冒険者の時に何度も体験してるよ」
≪……ごめんなさい≫
「ティルが必要だと思ったんでしょ? なら何も問題ないよ」
≪魔素に侵食はされているけど、浄化した後のことを考えると本体は傷つけたくなかったの……。それに、最悪セリカやユーリに影響が出る可能性もあるわ≫
「それは言ってくれて助かったよ」
となると、やはりセリカさんを保護を優先しなければならない。そう思い目を向けると、ちょうど俺たちに追いついたユーリさんが介抱しているところだった。
「姉様、しっかりしてください!」
「ユーリ……そう、間に合ったのですね……」
そう答えるセリカさんの声は弱々しく、かなり消耗しているように感じられる。
≪セリカ……≫
ティルの心配そうな声が、剣を通して俺にも伝わってくる。
直ぐにでもセリカさんの元に駆け付けたいだろうが、またいつ神樹の攻撃が来るか分からない。だから、ここで誰かが攻撃を防がないといけないのだが――。
「待たせてすまない。ここは私が引き受けよう」
「エレノア!」
来て欲しい時に颯爽と現れたエレノアに、思わず喜びの声が出てしまう。守りに関しては、騎士である彼女が最も優れている。ここは素直に力に頼ることにしよう。
「わたくしもエレノア様の補助に入ります! フリッツ様はセリカ様の元へ!」
そして、エレノアから少し遅れて到着したクロエもそう申し出てくれる。
俺に加速魔法をかけながらの移動だから、かなり疲れただろうに……。それでもエレノアとほぼ時間差なく到着したのは、彼女の能力の高さと言えるだろう。
「ありがとうクロエ。神樹の攻撃はかなり重いから、受けずに避けた方が良い」
「はい!」
頼もしい返事だ。
クロエは加速魔法も使えるし、小柄なので敏捷性はとても高い。対して神樹の攻撃はその巨体ゆえ、威力は高いが緩慢だ。彼女なら十分に避けられるだろう。
「ひとまずセリカさんの状態を確かめてくる。だからその間だけ、二人とも時間稼ぎをお願い! 決して無理はせずに!」
「承知!」
「わかりました!」
二人の返事を背に、俺は神樹に背を向けセリカさんの元へ走り出した。
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