残された時間
セリカさんのもとまで来ると、ユーリさんとサーニャが治療している最中だった。
「セリカ!」
そしてティルも人の姿に戻り、俺の手から離れてセリカさんへと駆け寄る。
「あぁ、ティルヴィング様……お懐かしゅうございます」
「しゃべらなくていいわ。もう、こんなに無理して……アナタは昔からそうね」
苦しげに声を絞るセリカさんの頭を、ティルがそっと抱きしめる。その仕草には、深い慈しみが滲んでいた。二人が再会できて良かったけど、状態はかなり悪そうに見える。その証拠に、治療を行っている二人の表情は暗かった。
「二人とも、セリカさんの容態は?」
「外傷はわたしの回復魔法で治療出来たのですが……」
「精霊が存在を維持するには、特別な力が必要なのです。いま私の力を分け与えていますが、このままでは……」
サーニャの言う通り、セリカさんの体に外傷は見当たらない。しかし全身から光のようなものが漏れ出ており、徐々に存在感が希薄になっているように感じられる。
漏れている分をユーリさんが補っているようなのだが、それもかなり辛そうだ。
「もう良いのです、ユーリ。ティルヴィング様が来るまでの時間が稼げれば、それで良かった。私の役目は終わりました。だから、貴方まで苦しむ必要はないの」
「そんなこと言わないでください、姉様!」
これ以上力を分け与えることを止めるよう、優しく諭すように言葉を紡ぐセリカさん。しかしユーリさんは泣きそうになりながらも、必死にそれを否定した。
恐らくセリカさんは、最初からその身を犠牲にするつもりだったのだろう。誰にも相談せず、一人で覚悟を決めて。後のことはティルが全て解決してくれると信じて。
そして俺たちがたどり着くまで、神樹の暴走を抑え込んでみせた。全てセリカさんの想定通りと言えるし、客観的にみればその判断は正しかったのかもしれない。
だけど――。
「ノークリッドには……私には、まだ姉様が必要なのです!」
必死に自らの力を姉に分け与えるユーリさんを見ていると、本当に正解だったとは思えなかった。それは理屈じゃなく、感情の部分で受け入れられなかったのだ。
「ティル……」
「直ぐに浄化を始めるわ。神樹を元に戻せば、そこから力を得られるはず。それに賭ける。フリッツ、クロエを呼び戻して」
「わかった」
色々な感情を押し殺したようなティルの指示に従い、直ぐにクロエの下へ向かう。
新しい浄化魔法自体は、道中で何度も術式展開の訓練は行ってきた。時間はかかるが発動までは問題なくもっていけるはずだ。後は浄化後に神樹が本来の力を取り戻せるかにかかっているが、この大陸の人々の長年の祈りはきっと届く。
そう信じている。
「クロエ、浄化魔法の発動に入るからこっちに!」
俺が叫ぶと、神樹の攻撃に対応していたクロエがすぐさま反応し戻ってくる。だが彼女が離脱した瞬間、それまで分散していた神樹の根が一斉にエレノアへと向かう。
「くっ!」
「エレノア!」
エレノアはその卓越した技術で全ての根を打ち払い、防ぎ、回避した。だが、今の葉かなりギリギリだった。神樹の攻撃が、先ほどよりも明らかに激化している。
もしかしたら、俺たちが何かしようとしているのを感じ取ったのかもしれない。
「フリッツ、浄化魔法の発動に入るのか!?」
「あぁ、だけどエレノアの方が……」
「私は大丈夫だ……と言いたいところだが、あまり長くはもたないかもしれん。手数が予想以上に多い」
神樹の根は、何本も枝分かれして無数の攻撃を仕掛けてくる。さっきの攻撃だって、本来なら一人で受けきれる量ではなかった。
エレノアだから無傷で済んでいるが、並みの冒険者では命がいくつあっても足りない。さすがに魔法発動まで彼女一人に任せる訳にはいかない。
「分かった、俺も魔力供給が安定したらすぐ戻る! それまで何とか……」
「あぁ、任せておけ! ふふ、お前に頼られるのは何だが心地良いな。いつも一人で何とかしてしまうから、たまにはこういうのも良いだろう」
「ったく、こんな時に何言ってんだよ……。すぐ戻る!」
そんなに余裕も無いだろうに、エレノアからはまるで不安が感じられなかった。
信頼してくれているんだろうと思うと少し照れくさいが、俺だって信頼している。彼女が任せろと言った以上、少しでも早く自分の仕事を終わらせて戻るだけだ。
※
セリカさんのいたところに戻ると、既にサーニャとクロエが準備万端といった感じで待機していた。しかし――。
「ユーリ、フリッツが戻ってきた。浄化魔法の準備を始めるわよ」
「ですが……」
ティルがそう促すが、ユーリさんは治療の手を止めることはできなかった。
気持ちは痛いほど分かる。浄化魔法の発動準備を始めると、力の受け渡しは行えない。それはつまり、セリカさんへの治療を止めるということだ。今にも存在が消えてしまいそうな彼女を、妹であるユーリさんが放っておけるはずがない。
だけど、エレノア一人で神樹の攻撃を防ぐのにも限度がある。
非情だと思われても良い。神樹を浄化することが、唯一セリカさんを救うために残された方法なのだ。俺はユーリさんを説得するため、覚悟を持って口を開いた。
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