狼煙
船に戻ると、待ちかねていたようにサーニャとクロエ達が駆け寄ってきた。
「フリッツさん、おかえりなさい!」
「先ほどの空を切り裂く光は、もしかしてもフリッツ様の斬撃では!?」
どうやら俺たちが霧をどうにかしたことはちゃんと伝わっていたのか、二人ともどこか興奮した様子でそう聞いてきた。
そして二人に少し遅れる形で、バウンス船長もやって来る。その表情は、どこか困惑を隠しきれないといった感じだ。
「フリッツ……さっきの斬撃は、本当におめぇの仕業なのか?」
そういえば、船長はまだティルの力を見たことがなかった。だとしたら、こんな反応になるのも当然かもしれない。俺だってあの威力にはびっくりしたからね。
「実は……」
俺たちが船から出発してから起こったことを、かいつまんで説明する。疫病が自然発生のものではないかもしれないこと、そして霧を発生させていた灯台の魔物を倒したこと。黙って聞いていた船長だったが、やがて納得したように一つ頷いた。
「なるほど、霧は魔物の仕業だったのか。どうにも濃すぎると思っていたが、魔法で発生させていたとはな。にしても、あの斬撃には驚いたぜ。まさかおめぇみたいなひょろっこい魔法使いが、あれほどの斬撃を繰り出せるなんてなぁ」
「まあ俺自身いまだに慣れないんで、船長が信じられないのも当然かと……」
「いや、わりぃ。実際に見ちまったんだから、信じるしかねぇわな。それにクロエ嬢ちゃん達も言ってたからな。『あれは絶対フリッツ様です!』って」
「そ、それはそのぅ……」
船長の言葉に、クロエは照れたのか帽子で顔を隠してしまう。
「別に恥ずかしがることはねぇ。それだけ仲間を信頼してるってことさ。俺もどっちかっつーと、信じられねぇじゃなくて理解が追いついてねぇ感じだな」
俺もティルと出会う前だったら、『剣で空を割って、霧を晴らした』なんて何の冗談かと思うだろうなぁ。そう考えたら、世の中なにがあるか分からないものだ。
「世界中の海を旅しておかしな事も山ほど見てきたが、さすがにここまでのは初めてだぜ。がっはっは!」
船長も同じ気持ちなのか、そう言って机をバンバンと叩きながら大笑いした。
「それに、魔剣の姐さん曰く俺達が感染する可能性も低いんだろ? カイル達を偵察に行かせたが、あいつらも心配ねぇってことで安心したぜ」
「え、カイルさんを偵察に行かせたんですか!?」
予想外の船長の言葉に、思わず驚きの声を上げてしまう。
「心配すんな、上陸はしないように言ってある。それに忘れたのか? 俺たちはウォルター海賊団だ。その辺の魔物に後れを取るようなヤワな鍛え方はしてねぇさ」
「あ……」
そうか、そうだよな。船長は俺なんかよりもよっぽど旅の経験があるだろうし、この大陸のことだって知っているはずだ。心配するなんて逆に失礼だった。
「すみません……」
「ま、おめぇくらいの力があれば心配にもなるだろうが……それでも海の戦い方は熟知してるやつらだ。ちっとは信頼してやってくんねぇか」
「はい、カイルさんが情報を持って帰ってくるのを待ちましょう」
「あいつはあれでもなかなかの航海士だ。きっと有用な情報を持ってくるはずさ」
そう言ったバウンス船長の言葉には、部下に対する絶大な信頼が込められていた。
※
「船長! 船長ー!」
それから間もなくして、船の外からカイルさんの声が聞こえた。どうやら偵察から戻ってきたらしい。
「あの声からすると、何かあったな……」
急いで席を立ち船室から出ていくバウンスさんに、俺たちも続く。甲板に出ると、船にかけられた縄梯子からちょうどカイルさんが上がってくるところだった。
「おいカイル、何があったんってぇんだ!」
「船長……とフリッツさんたちも帰ってきてたんすね。実はしばらく行ったところに港町を発見したんですが、救助を求める狼煙が上がってやしてね。どうしたもんかと思いまして」
そういえば船乗りたちは船同士でやり取りを行う際、狼煙を上げると聞いたことがある。それが町から上がっていたということは、何か喫緊の問題があったのだろう。
「バウンスさん、俺たちは直ぐにでもその港町に向かおうと思うのですが」
「あぁ。わざわざ船乗りのやり方で助けを求めてるってことは、相当まずいことになってそうだ。直ぐに船を出す! 野郎ども、さっさと小舟を回収しろ!」
号令一家、全ての船員たちが慌ただしく動き出す。カイルさんも帰ってきたばかりなのに、直ぐに帆柱の方へと向かっていく。これがウォルター海賊団の結束力か。
「ついに上陸ですね……」
側にいたサーニャが緊張した声で呟く。ここからは彼女の力に頼ることになってしまうのだ。重責もひときわ感じているだろう。
「サーニャ、とにかく俺たちが出来ることをしよう。俺もみんなもいるからさ。それにティルだっておおよその原因は掴んでいるみたいだから、きっと上手くいくさ」
少しでも彼女の緊張がほぐれるよう、努めて明るく声をかける。
「はい、弱気になっちゃダメですよね。みなさん付いていてくれるんですから」
よし、という感じに握りこぶしを作って意気込むサーニャ。これで少しは気分が楽になってくれると良いんだけど、後は港町の状況次第か。
船ががくんと揺れる。恐らく錨が挙げられたのだろう。
果たして俺たちにどれだけ出来るだろうか。サーニャにはああ言ったものの、俺自身もやはり不安に思わずにはいられなかった。




