病魔に冒された町
狼煙を見たというカイルさんの操縦でしばらく船を進め、俺たちは半刻もしない内に話にあった港町にたどり着くことが出来た。だが外の大陸から船が来なくなったせいか、船着き場は閑散としており周辺には人っ子一人見当たらなかった。
「狼煙を上げた人はどこにいるんでしょうか……?」
サーニャも心配そうに辺りを見渡しているが、やはり人の気配は感じられない。狼煙が上げられたということは、少し前までは人がいたはずだと思うんだけど……。
ひとまず俺も歩きながら周囲の様子を確認してみることにする。すると、視界の端で何かが動いたような気がした。気になってそちらへ近づいてみると――。
「あ」
道端に置いてあったタルの裏に、十歳くらいの少年が身を潜めていた。
「キミ、どうしてそんなところに?」
「ひっ……か、海賊め! この町から出ていけ!」
少年は俺を見るなり悲鳴を上げ、キッとこちらを睨んで威嚇してきた。
「ちょっ、ちょっと待った! 俺たちは海賊じゃないって!」
「ほ、本当か!? だってアイツ海賊じゃないのか!?」
そう言って少年は遠くで何事かとこちらを伺うバウンス船長を指さした。
「あー……」
まあ船長は『元』海賊だから、あながち間違いとも言えないんだけど……。
「ほら、やっぱり海賊なんだろう! この町にはもう取るものなんかないから、さっさと出て行けよ!」
「待った、違う! 誤解だよ!」
変に口ごもってしまったせいで、余計に怪しまれることになってしまった。こうなると、どれだけ言葉を重ねても信じてもらうのは難しくなってくる。
「あの、わたし達は本当に海賊とかじゃないんです! それより、狼煙を上げた人を知りませんか? 事情を聞きたいんです、この町で何が起こっているか」
俺が困っていると、いつの間にか近くまで来ていたサーニャが少年にそう訴えた。
「え……おねーちゃん誰?」
突然あらわれた年上の女性に戸惑いつつも、少年はそう聞き返してきた。
「わたし達、この大陸で疫病が蔓延しているって聞いて北大陸から来たんです。信じてもらえるか分かりませんが、もしかしたら治せるかもしれないから……。だからお願いします! 狼煙を上げた人に話を聞きたいんで、教えてください!」
「え、えと……」
真剣なサーニャの様子に、さっきまで敵意むき出しだった少年も大人しくなる。これは話を聞いてもらうチャンスかと思っていると、今度はクロエがやってきた。
「サーニャ様の言っていることは本当です。どうかわたくし達に狼煙を上げた方を教えてくれませんか」
「あっ、えっと、その……」
年上の女性二人に言い寄られ、少年は緊張のあまり声が出なくなってしまった。この分だと、事情を聞きだせるまでもう少し時間がかかるかもしれない。
そう思っていると、腰に下げた剣から「はぁ、しょうがないわね……」という声が聞こえてきた。かと思うと、あっという間に人の姿に戻り少年の下へと歩いていく。
「な、なに……?」
少年の方はと言うと、新たな女性の登場にもはや怯えているようにも見える。しかしティルは気にした様子もなく、目線を合わせるようにその場に屈んだ。
「いきなり人がいっぱい来て驚いたでしょ? でも、大丈夫。ここにいるお兄ちゃんとお姉ちゃんが絶対何とかしてくれるから、何があったか言ってみなさいな」
そして、普段なら絶対に見せないような慈愛に満ちた表情で少年に語り掛けた。
「でも、上手く説明できるか……」
「大丈夫。ゆっくりでいいから。出来るかしら?」
「う、うん」
母性すら感させるティルの言葉に、少年もようやく落ち着きを取り戻したようだ。
「実はボクも昨日この町に来たばっかで、何があったかよくわからないんだ」
「えっ、この町に住んでる訳じゃないの?」
予想外の答えに、俺は思わず尋ね返してしまった。だがティルのおかげで警戒心が薄れたのか、意外にも少年からは普通に答えが返ってきた。
「うん。ボクの家はノークリッドにあるんだけど、父ちゃんがこの町で働いてるんだ。だけどシエラで病気がはやってるって聞いて、心配で見にきたんだ」
「ノークリッド!?」
ノークリッドはシエラの隣国ではあるけれど、この町はシエラの最北端と言ってもいい場所にある。馬車を使っても十日以上はかかるはずだし、道中には魔物も出るはずだ。冒険者であっても決して楽な行程じゃないし、一体どうやって来たんだろう。
「ボクの村に商人のおじちゃんが来ててさ。その人が別の大陸に行くって言ってたから、理由を話して船に乗せてもらったんだ」
「お母さんは? まさか一人で来たの?」
「母ちゃんに相談したけど、行ったらダメだって反対されてさ。だから黙って一人で出てきたんだ。帰ったらぜったい怒られるだろうな……」
きっとお母さんも旦那さんは心配だったのだろうが、息子さんのことを考えて会いに行くのを断念したんだろう。まさか一人で行くとも思わないだろうし……。
「気持ちは分かるけど、無茶するなぁ……」
いくら商船に乗せてもらえたとはいえ、海の上も安全な訳ではない。まして、この周辺の海域には霧が出てきたのだ。ここまで無事に着いたのは奇跡と言えるだろう。
「それで、町に着いた時には既にこの状態だったんですか?」
サーニャとしてはそこが知っておきたいのだろう。答えによっては治療のヒントになるかもしれないし、俺としてもそこは気になるところだ。
「うん。町に着いてすぐに父ちゃんの家にいったんだけど、ベッドに横になったまま目を覚まさなくてさ。他の人に助けてもらおうと思ったんだけど、みんな父ちゃんと同じで眠ったまま起きなくて……」
質問に答えながらも、少年の声がどんどん小さくなっていく。その時のことを思い出して怖くなったのかもしれない。
「でも、そんな中で狼煙を上げようという発想になったのはすごいです! わたくしなら、絶対そんなこと思いつかなかったと思いますし」
「あ、それはむかし父ちゃんに教えてもらったんだ。船乗りは困った時、狼煙を上げてやりとりするんだぞって。それを思い出して、試しにやってみたんだよ」
感心したように言うクロエに、少年も僅かばかり笑顔を取り戻した。だがやはり父親を心配する気持ちが勝ったのか、直ぐにその表情が曇ってしまう。
「……一人で大変だったでしょう。よく頑張ったわね」
そんな少年の頭をティルが労わるように撫でた。すると緊張の糸が切れたのか、ついには堰を切ったようにその目から涙がとめどなく溢れ始める。
「お願いだよ! 父ちゃんを……町のみんなを助けてあげてよ!」
「えぇ、分かったわ。まずは落ち着いて、お父さんの家に案内してちょうだい」
「う、うん……こっちだよ」
ティルに言われると、少年は涙を手で拭いながら歩き始めた。
強い子だ。この子の為にも、何としても町の人たちを治さないといけない……そう決意を改め、俺たちは少年の家へと急ぐのだった。




