新たな力の目覚め
吹きすさぶ風に微かに混じる魔力の痕跡を追って、街道を進む。幸いにも魔力の流れは山の中などに向かうことはなく、海岸線に沿うような形で延々と続いていた。
ティルの見立てだと、この風は魔物が原因である可能性が高いらしい。さっき判断した理由を聞いたら、『魔法の使い方が魔物っぽい』という答えが返ってきた。
正直、今の俺の力量ではティルの言っている差が分からない。
前に師匠から、人と魔物の魔力の差について説明されたことがある。
あの時は座学に苦手意識があったから話半分に聞いていたけど、今になってみれば、なんでしっかり聞いておかなかったのかと後悔の念しかない。
もし時間に余裕が出来れば、ティルの魔法講義を受けてもいいかもしれない。
そんなことを考えながら歩を進めていると、やがて魔力の出所と思しき場所に行きついた。そこは俺たちの目指していた場所の一つでもある灯台だった。
「あそこね」
「まさか灯台とは……」
さすがの目的地に、エレノアも予想外といった呟きを漏らした。
入口の辺りまで近づき軽く周囲の様子を探ってみるが、ぱっと見は人や魔物の気配は感じられなかった。ということは、風を起こしているヤツは中にいるのか。
「魔力の流れ的には、一番上にそのお邪魔虫がいるみたいね」
ここまで近づいてしまうと色んな魔力が混在して俺には判別がつかないが、ティルは風を起こしている魔力のみを正確に見分けられているようだ。
「なら警戒しつつ上を目指そう。早く制圧出来るといいんだけど……」
もう船を出発してから数時間経つ。クロエとサーニャが心配しているかもしれないので、上で待つ存在が厄介な相手でないことを祈りながら俺たちは歩を進めた。
※
結果から言うと、俺たちは特に苦労もなく風を起こしていた魔物を討伐することが出来た。頂上には下級悪魔が一匹いただけで、それも斬撃一つで討伐出来たのだ。
「魔力を抑えて巧妙に隠しているのかと思ったら、まさか魔力の量が少なかっただけなんてね……。っち、無駄に警戒して損した気分だわ」
ティルが剣から人の姿に戻り、悔しそうに呟いた。
俺も正直なところ、少し拍子抜けしてしまった感はある。てっきり道中は魔物がひしめき、頂上にも強力な魔物が配置されているものだと思っていたからだ。
だが俺たちだけで対処できる相手だったのは運が良かった。風を操るのが上手い魔物だと、こちらの呼吸を阻害してきたりと厄介極まりないしね。
「しかし、わざわざ霧を発生させて外の大陸から船を遠ざけていた割には守りが手薄というか……。正直、私はまだ腑に落ちていないのですが」
エレノアは軍人だったこともあってか、灯台の防備について疑問を抱いているようだった。まあ通常の拠点防衛の観点からしても、普通でないことは確かだ。
「何だろう、魔物たちにとって霧の発生はあまり重要じゃなかったのかな?」
それとも国交を絶っているから、船が来ることはほとんどないと思っていたのか?
いや、それでも守らせていたなら何かしらの役割はあったはず。例えば本来の目的から派生した、副産物的なものだったりだとか……。
「うーん……」
「考えるのは結構だけど、まだ全体的に情報が足りないんじゃない?」
「そう、だね」
情報が足りない中で無理に考えても、良い結果に結びつくとは思えない。
ひとまず霧の発生源を叩けたし、安全も確保できた。当初の目的は達成できた訳だし、ここはサーニャやクロエと合流した方がいいだろう。
「うん、じゃあ一度船に戻ろうか。エレノアも大丈夫かな?」
「あぁ」
よし、そうと決まればさっそく灯台を降りよう。
霧が晴れるまでもう少し時間はかかるだろうけど、少しずつ晴れてきたらサーニャ達も気付いて上陸準備を進めてくれるかもしれない。
「待ちなさい」
と、そこでティルから待ったがかかる。
「原因は絶ったんだから、ここで霧を吹き飛ばせばいいでしょ? 派手に吹き飛ばしたら、船にいるあの子たちも気付くかもしれないしね」
「あ、そっか」
もう自然発生でしか霧が復活しないのだから、今ここで吹き飛ばした方が合理的だ。灯台に入る前も言われていたのに、何で忘れてたんだろう。
「ごめん、ティル。さっき言われたばっかりなのに」
「良いわよ、アンタなりに頭を使おうとしてるのは分かってるつもりだし。それよりも、少し試したいことがあるのよ」
「試したいこと?」
「別に特別なことをしろって訳じゃないわ。ただアタシを振る時に、いつもより少し魔力を多めに込めることを想像して欲しいの」
「いつもより多め、か。分かった」
ティルが何を試したいのか分からないが、ひとまず言われた通りやってみよう。俺は光と共に剣へと姿を変えたティルを構え、少しずつ魔力を流し込んでいく。
旅を始めた頃は握ったところから勝手に魔力を持っていかれる感じだったけど、今は何となく自分から渡しているという感覚があった。
(いつもより多めに……魔力を流し込む……)
手のひらや指の先から魔力を流し、柄から鍔へ、鍔から刀身へ。
ある程度流し込んだところで、体から少し力が抜けるような感覚があった。それに耐えてもうひと踏ん張り魔力を込めると、やがて刃が赤い光を纏い始めた。
(もう十分よ。さあ、空に思いっきり振り下ろして霧を吹き飛ばしてやりなさい)
頭に響いたティルの声に従い、剣を振り下ろす。
剣先から放たれた斬撃は霧を跡形も吹き飛ばし、遥か上空にある雲をも切り裂いて天に消えた。その威力はおそらく、バルディゴでの魔獣戦で放った一撃に匹敵するだろう。あの時は事前にティルが直接魔力を吸ってもらっていたけど――。
「この力は……」
(やっぱりね。前よりもアンタの魔力制御の技量が上がってきてたから、少しだけ出力を上げられるようになったみたい。体の方は大丈夫そう?)
「少し力が抜けるような感覚はあったけど、それくらいかな」
(そ……。まだ少し様子を見ながら使う必要がありそうね。まあ周辺の霧はこれで晴れたでしょ。そろそろ船に戻りましょう)
「はは、了解」
周辺とティルは言ったけど、遥か先まで視線を凝らしても雲の一つも見えやしない。大陸中は言い過ぎかもしれないが、かなり広範囲に影響を及ぼしたはずだ。これならサーニャ達も、きっと俺たちの行動だと気付いてくれるだろう。
まだ練習は必要そうだが、これでティルに予め魔力を渡す必要なく強力な一撃が放てるようになった。この新しい力をこれからどう戦闘に活かしていくべきか――そんなことを考えながら俺たちはみんなが待つ船へと向かったのだった。




