魔力の痕跡
それから俺とエレノアは小舟に乗り、安全に上陸出来る箇所を探し霧が支配する海へと漕ぎ出した。東大陸近海まで来ているとはいえ、この視界では骨が折れそうだ――そう思っていたのだが、半刻ほどした頃に着岸出来そうな砂浜を発見した。
「さすがに海賊をやっていただけはある。陸地の場所もほぼ読み通りだな。ここまで地図通りに来られたなら、港町もそう遠くないはずだが……」
双眼鏡で陸の様子を探りながら、エレノアはバウンス船長のことをそう褒めた。
船長には出発前、今が大体どの辺りで、どれくらい進めば陸地にたどり着きそうかの想定を聞いていたのだ。そして、その読みが見事に的中したという訳だ。
「どうする、いったん合流しに戻るか?」
双眼鏡を眼から外し、エレノアがそう問いかけてくる。
「それも考えたけど、陸地の安全はまだ分からないからね。エレノアの言う通り港町も近いかもしれないし、上陸して少しだけ周囲の様子を探るのもアリかもしれない」
「なるほど……」
俺の提案にエレノアは少しだけ考える素振りを見せたが、やがて頷いた。
「サーニャ殿に何かあっては問題だからな。よし、まずは上陸して港町か灯台を探してみよう。もし途中で人に出会うことが出来れば、情報を得られるかもしれんしな」
こうして俺たちは小舟を砂浜につけ、ついに東大陸へと上陸したのだった。
※
「おっとと」
数週間ぶりの陸に足をつけると、思わずバランス感覚が狂いよろめいてしまう。しかしエレノアはさすがの体幹で、あっさり降り立ち直ぐに周囲の確認を始めた。
俺もそれに加わろうとしたが、急に腰に下げていた剣が急に光り始めた。
思わず足を止めると、いつものようにティルが人間の姿をとった。かと思うと、その場に座り込んで何やら真剣な面持ちで地面をジッと眺めている。
「…………」
「ティル、どうかした?」
「フリッツ、この大地を見てどう思う?」
「え、哲学的な話?」
「違うわよ。そうじゃなくて、今のアンタなら何か視えるんじゃないの?」
「視える?」
どういう意味だろうと思いつつも、地面の様子を観察してみる。
「ん?」
ティルに言われ注意深く観察することで、何か違和感のようなものを覚えた。言葉では上手く言い表せないが、どことなく自然の状態じゃないような感じがする。
違和感の正体を探るべくもっと集中して、目を凝らしてみる。すると――
「あ」
ぼんやりとだが、魔力の流れのようなものを地面から感じ取ることが出来た。
「なんだこれ? 魔法……いや、まだ魔法として発現する前の何か?」
「やっぱり今のアンタなら視ることが出来るのね。あの女王様との特訓で、集中力もある程度身についたんじゃないかしら?」
ティルの言い方だと、前の俺では感じ取ることが出来なかったってことか。まさかあの特訓が魔法方面で役に立つとは、改めてエリュシカ女王に感謝だ。
「ティル、これって魔法なの?」
それにしてはかなり希薄で、どんな効果なのか見当もつかないんだけど。
「魔法ではないけど……どうやら、思ったより厄介なことになってるみたいね」
「どういう意味でしょう、ティル殿?」
深刻そうに呟くティルに、周囲の確認も終えたエレノアがそう尋ねた。
「この大陸で蔓延している疫病が、自然由来のものじゃない可能性があるわね」
「それは本当ですか!?」
ティルの返答が想定外のものだったのか、普段は冷静なエレノアが珍しく驚きの声をあげる。俺も驚きはあったが、もしティルの言う通りだとしたら――。
「サーニャの治癒魔法って、大丈夫かな……」
俺がマリアガーデンで女王様に剣の稽古をつけてもらっている間、サーニャはティルと協力して疫病に効く新しい魔法の開発を行っていた。そして出発前に完成はしていたのだが、それは疫病が自然発生したものを想定して開発された魔法だ。
だがそもそもの原因が違うのであれば、もしかしたら効果を発揮できない可能性がある。もしそうなった場合、方針を考え直す必要が出てくるかもしれない。
「原因となるものの所在は探さないといけないでしょうけど、対処自体はできるはずよ。特定の行動を取りさえしなければ、アンタたちが感染する恐れもないはず」
「ほんと! よかった……」
クロエに話を聞いたのだが、サーニャは新しい治癒魔法の練習をかなり熱心にやっていたようだ。そんな彼女の努力が無駄にならなくて、一安心する。それに特定の行動さえ取らなければ、俺たちに感染の恐れが無いのも朗報と言えるだろう。
「……あくまでアタシの考える通りのものであればよ? そうでない可能性も少しは考えなさい」
直ぐに納得すると思っていなかったのか、ティルがそうつっこんでくる。
「でも、ティルが口にするってことは確信に近いんじゃない?」
「そうだけど、簡単に信じすぎってことを言いたいの。エレノアからも何か言ってやってちょうだい」
「恐れながら、私も今回はフリッツに賛成ですね。ティル殿には私たちにはない豊富な経験と知識があります。これまでの冒険では、何度もその助言に助けられてきました。その方が仰るのであれば十分に信頼に値するものだと私は思います」
「アナタまで……」
ティルはやれやれとため息を吐くが、エレノアまで賛同したことにより諦めたのだろう。「どうなっても知らないわよ」と恨みがましい目を向けられたものの、ティルに対する信頼は揺らがないしサーニャやクロエもきっと同じように言うと思う。
「とりあえず疫病の方はそういうことだけど、サーニャやクロエと合流する前にまだやっておくことがあるわね」
「と言うと?」
「この霧を晴らすわ」
「え? 霧を晴らすって……あ、俺がティルを使って吹き飛ばせばいいのか!」
ミルスの港に行く途中も、雪崩をティルの斬撃で吹き飛ばしたことがあった。よく考えれば、あれと同じことをすれば霧を吹き飛ばすことが出来るじゃないか。霧さえどうにかしてしまえば、わざわざ上陸して灯台や港を探す必要もなかったのだ。
そう思っていたのだけど、ティルの答えは俺の予想とは違った。
「それじゃ不十分ね。というか、それが出来るなら船を降りる前にやってるわよ」
「え、ティルの力なら十分いけそうな気がするけど……」
「霧を晴らすだけならね。ただ、この分だと晴らしても直ぐに元に戻るでしょう」
「まさか、この霧にも何かあるのですか?」
エレノアの問いにティルは頷きつつも、霧についても説明してくれる。
「この霧も恐らく魔法で意図的に生み出されたものね。フリッツが地面の魔力を見た時気付くかと思ったけど、どうやらまだこっちには気付かなかったみたいね」
「え……」
言われて慌てて周囲の魔力の流れを探ってみる。すると地面に流れる魔力でかなり分かりにくくなっているが、確かに大気中にも魔力の痕跡を感じることが出来た。
「ほんとだ……。ごめん、気付かなかった」
「ま、地面の魔力で上手く隠してたみたいだしね。気温自体は自然のものだし、今のアンタの習熟度じゃ気付かなくても仕方ないわ」
ティルはフォローしてくれたが、まだまだ俺には魔力の流れを読むような力が足りないってことか。気付いておきたかったけど、ひとまず反省は後だ。
「意図的に生み出してるって、もしかして魔物?」
「さあね。ただ、この魔力の痕跡を辿っていけば原因となってるヤツにはたどり着けるんじゃないかしら?」
「そっか! よし……」
もう一度意識を集中させ、周辺の魔力を探ってみる。するとティルの言った通り、吹き付けていた風の中に微かな魔力の流れを感じ取ることが出来た。
「魔力の流れは東の方から……で、合ってるかなティル?」
「えぇ。それにしても疫病といいこの魔力を巧妙に隠すやり口といい、気に食わないわね」
苛立たしさを隠そうともせず、そう吐き捨てるティル。あれ、でも……。
「そこまで気づいてるならどうして船にいる時に言わなかの?」
「……何かあるって分かれば、サーニャとクロエがついて来ようとするでしょう」
確かに。でも俺のことを過保護だの心配性だの言っておいて、ティルだって心配だったんじゃないか。素直じゃないなぁ、ほんと。
「何よ?」
口には出さなかったのに、ギロリと睨まれる。まあでも、そんな彼女の優しさが嬉しくもあり、自然と笑みがこぼれそうになる。
「……いいから、さっさと魔力の痕跡をたどるわよ!」
照れ隠しのようにそう言い放ち、ティルは先に歩いて行ってしまった。その後、俺はどうやって機嫌を直してもらおうか考えながらティルの後を追うのだった。




