剣の女王
「ごめんなさいねぇ。久しぶりにエレノアちゃんに会ったものだから、つい興奮しちゃって」
そう言って玉座でどこか恍惚とした表情を浮かべるのは、先ほど貴賓室でエレノアに抱き付いた女性――この国の主、マリア・リーブル・エリュシカさん。
まさか女王様自ら出迎えてくれるとは思わなかったけど、温和そうな人だ。
「あの、失礼ですが女王陛下はエレノアとどのようなご関係というか……」
いきなり質問するのは気は進まないが、誰かが聞く必要はあるので仕方なく口を開いた。さすがに緊張しているクロエやサーニャに質問させるのは悪いし、ティルは面白そうにニヤついているだけで全く協力してくれそうにないからね。
「あら、エレノアちゃん大魔導士様に言っていなかったの? わたしとエレノアちゃんはですね、従妹さんなんですよー」
「い、従妹!? じゃあエレノアってもしかして王族……?」
「そうなのよー。それなのに、いきなりバルディゴに剣の修行に行くなんて言い出すのだから、本当に困ったわ」
頬に手を当てため息を吐いきながら、エリュシカ女王は当時をそう振り返った。
「そうは言いますが、最終的には認めて下さったではないですか」
「そりゃあ約束だったしねぇ。わたしに試合で勝ったんだから、認めなくちゃ女王としての度量も問われちゃうし……」
会話を聞く感じ、どうやら試合を行って勝ったら修行に行くことを認めてもらうという条件だったらしい。つまり、女王様もある程度剣を扱えるということか。
それともエレノアが攻撃しづらいと思って、敢えてその条件にしたとか?
「陛下、その言い方ではフリッツが勘違いするでしょう」
「えーそうかなぁ?」
「あれだけのハンデを貰っておきながら、剣を掠めることしか出来なかったのです。陛下のお目こぼしがなければ、私は今でもこの国にいたでしょう」
エレノアがハンデを貰う側? というか、剣を掠めることしか出来なかったって。
「……ちなみに、そのハンデというのは?」
まるで混乱呪文にかかったように情報を整理できず、口からそのまま疑問が出てきてしまう。しかし返ってきた答えにより、俺はさらに頭を捻ることになった。
「えーっと、何だったかしら? 目をつむったまま試合するだったかしら?」
「違います陛下。『目をつむって片手しか使わない陛下に一撃当てられたら修行に行くことを許可する』でした」
「そうそう、そうだったわ。修行に行かせるのは不安だったけど、成長したエレノアちゃんの剣技を直に確かめることが出来て、お姉ちゃん嬉しかったなぁ」
「……はい?」
なんだろう、言っていることが良く分からない。ちらりと後ろを伺うと、サーニャやクロエも俺と同じ気持ちなのかポカンとした表情を浮かべていた。
「ついでだから言っておくと、お前の剣の指導役にと考えていたのは陛下のことだ。私なんかより教えるのがよっぽど上手いし、質の高い修行が受けられるだろう」
エレノアがそんな補足をしてくれるが、そんな畏れ多いことを頼めるはずがない。しかし目の前で優雅に微笑む女王様が、まさかそこまで強い人だったなんて……。
もちろん国の王が全く戦えない人ばかりかと言うと、そんなことはない。
上に立つものとして小さい頃から英才教育を受けているはずだし、現にバルディゴ王なんかはバリバリの武闘派だと聞いている。自ら戦地に立つことも多く、自ら訓練の教官になったこともあるそうだ。その強さで国をまとめていると言っても良い。
しかしエリュシカ女王は剣を持っているイメージが湧きづらく蝶や花を愛でている方がよっぽど似合うだろう。それだけの美しさと気品を兼ね備えた人だった。
そんな風に戸惑う俺を余所に、二人の会話は続く。
「そういえばバルディゴ王は元気?」
「お元気ですよ。陛下と一緒で、もう少し落ち着いてくれると楽なのですが」
そういえばバルディゴにいた頃、王の軽過ぎる態度や言葉遣いに度々エレノアが小言を漏らしていたっけ。『陛下と一緒で』と付けたあたり、どうやらここにいた時から同じだったみたいだ。何というか、苦労人気質なんだなぁ。
「あの子は昔からやんちゃだったからねー。わたしと試合してからは大人しくなったと思ってたんだけど、自分の国ではまた好き勝手やってるのかしら?」
しかし、そんな遠回しの苦言にもエリュシカ女王は動じることはなかった。というか、今またサラっととんでもないエピソードが出てきたような気がするんだけど。
そもそも、一体どういう理由で王族同士が試合をすることになったのか。
バルディゴ王の性格を考えると、自分から試合を申し込んだのかもしれないけど……。下手したら国際問題になりそうだけど、女王様もよく応じたものだ。
そして言うことを聞くようになったということは、恐らくその試合もエリュシカ女王が勝ったんだろうな。あくまで想像に過ぎないが、間違ってない気がする。
「懐かしいわねぇ。まあエレノアちゃんのことも良くしてくれたみたいだし、改めてバルディゴ王にはお礼の手紙を出しておきましょう」
人を見た目で判断するべからず。まさにそれを体現したかのような人だ。思わぬところで再確認することになっけど、これは教訓として活かさないとな。
「さて、少し話が逸れてしまいましたわね。では大魔導士様、この国に赴かれた理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」




