凱旋
セントシュタットとブレーメンの間、国境にある関所を越えて今日で三日目。
街道はセントシュタット方面へ向かう人が長蛇の列を成していた。きっと避難していた人たちが帰国の途に就いているのだろう。
まだ完全に脅威が去ったとは言えないが、それでも多くの人々が生まれ育った母国に戻ることを選んだようだ。
故郷というのは、それだけで人を安心させる力があるのかもしれない。
「そろそろブレーメンが見えてくる頃でしょうか?」
人々をどこか嬉しそうな様子で眺めながら、サーニャがクロエに問いかけた。
「そうですね。もう間もなく見えてくると思います」
クロエの言葉通り、ほどなくして稜線の先にブレーメン城の尖塔が見えてきた。
「早馬でこちらの情報は伝わっているでしょうが、ブレーメン王もさぞかしクロエ殿をご心配されたでしょう」
「そ、そうでしょうか」
エレノアの言葉にクロエは微妙な反応を見せる。
ブレーメン王は彼女の事を、それこそ目に入れても痛くないくらい溺愛していたからなぁ。きっとクロエの帰りを今か今かと待っているに違いない。
「もしかしたら、城門のところまで迎えに来てるかもしれないよ?」
「いえ、さすがの叔父上でもそこまではしませんよ」
そんな冗談を交わしながらも、数刻後にブレーメンへとたどり着いた訳だが――。
「よくぞ無事に戻ってきた、クロエ!」
「お、叔父上……」
何とまあ、ブレーメン王は本当に城門まで俺たちを迎えに出てきていたのだ。
しかもただの出迎えではない。城門前には兵士たちが整然と並び、高らかにラッパの音が響き渡った。さながら魔王討伐を成し遂げた勇者の凱旋である。
クロエが戸惑いながら馬車をから降りると、直ぐに王は駆け寄ってきた。
「おぉ、クロエ……よくぞ戻った。怪我はしておらぬか? セントシュタットにダンタリオンなる魔将が現れたと聞き、ワシはもう心配で心配で夜も寝れなんだ。退けたという知らせは受けていたが、実際にこの目で見んことには――」
「落ち着いてください叔父上! 詳しい報告は王城にて行います。それに、フリッツ様たちも疲れているのですよ! まずは休息を取ってい頂かないと」
「お、おぉ! そうであったな。申し訳ないフリッツ殿、それに皆さんも」
「いえ、お心遣い感謝いたします」
正直に言うと、そこまで疲れているわけではなかった。ただクロエがあまりにも恥ずかしそうにしていたので、ここは少し間を取った方が良いだろうと思ったのだ。
※
その後、俺たちはブレーメン城内にある貴賓室に通され休息を取った。そして翌日改めて玉座の間に赴き、セントシュタットでの経緯を報告することになった。
「なるほど、聖地が陥落したのは大僧正オリアスの手引きがあったと言うことか。俄には信じ難いが、ガザック殿が証言しているのであれば間違いないのであろう」
セントシュタットの宮廷付き魔法使い、メディナさんも同じような反応だった。きっとオリアスはそれだけ信頼に足る人物であったのだろう。
「叔父上、既にお聞きとは思いますがセントシュタット王は世界会議の開催を決定されました。しかし、かの国は今回の戦いで甚大な被害を受け復興にも数年かかるでしょう。可能であればブレーメンからも援助を行って頂きたいのです」
「それについては心配せずとも良い。既にセントシュタットとは連携を取り、ブレーメンからも人員と食料援助を行うことが決定しておる」
「そ、そうでしたか。さすが叔父上、迅速な対応に感謝致します」
「はっはっはっ、これでも王ぞ! それにお前が政治を気にすることはない。ワシがおるのじゃから、クロエは自分が信じた道を進めば良いのじゃよ」
「ありがとうございます、叔父上」
「しかし、まさかそのような提案をされるとはのぅ。今回の旅で、色々と得るものがあったようじゃな」
「はい。とても厳しい旅でしたが、フリッツ様たちと行動を共にすることで多くのことを学ばせて頂きました!」
力強いクロエの言葉に、満足そうに王も頷いた。
「フリッツ殿。我が姪を守ってくれたこと、改めて礼を言わせてくだされ」
「お礼だなんて。俺たちもクロエにとても助けられました。彼女がいなければサーニャを守り切れませんでしたし、むしろお礼を言いたいくらいです」
「そうね。どこかの誰かさんは敵に騙されて拘束呪文で動けずにいたし」
「面目ない……」
ティルから鋭い指摘を受けて、何も言えなくなってしまう。
「そういえば、何であの時クロエだけ束縛魔法が効いていなかったんだろう?」
すっかり忘れていたが、記憶を掘り起こしたことで再び疑問が生じる。
「それはわたくしも気になっていたのですが……」
どうやら本人にも原因は分からないらしい。
特殊な訓練を積んだ戦士であれば、状態異常に僅かな耐性が出来ることはあるらしい。だけどクロエにその条件は当てはまらないと思うし、本当になんでだろう?
「理由はその帽子よ」
しかし、答えはティルによってあっさりともたらされた。
「帽子?」
確かクロエのお母さんの形見だったはず。
「帽子とどう関係が……って、そうか! 魔法道具か!」
「そういうことよ」
俺が導き出した答えにティルが満足そうにうなずく。
魔法道具――言葉通り何かしらの効果が付与された装備や道具のことで、おそらくクロエの帽子には束縛への対抗呪文が付与されていたのだろう。
「お母さまがわたくしのことを守ってくださったのですね……」
クロエは帽子を脱ぐと、感慨深そうに胸に抱きしめた。娘を守りたいというお母さんの想いが、時を経て彼女を守ったのだろう。そして、これからもきっと――。
「叔父上、わたくしはまた旅立ちとうございます。心配してくださる気持ちは有り難いのですが、父上や母上が守ろうとしたものをわたくしも守りたいのです」
「そうか……。今回の旅でそなたはワシの想像以上に成長したようじゃな。であるならば、もはや止めることはせん。クロエよ、その目でしっかりと世界を見て来なさい。そして願わくば、その力を世界の為に役立てて欲しい」
「はっ! フリッツ様たちのお力となれるよう、全力を尽くします!」
セントシュタットへの遠征を許可したとはいえ、ブレーメン王としてはまだ不安に思う部分は大きかったのだと思う。だけどクロエの成長がそれを上回ったことにより、ようやく彼女を正式に旅へ出す決心がついたのかもしれない。
そしてクロエを任されたからには、俺ももう少ししっかりしないといけない。
(マリアガーデンまでは長いから、色々と考える時間はあるわね)
「……だな」
今回の旅でも反省すべき点や改善すべき点が多く見つかった。次の戦いに向けてそれらをどう克服していくべきか、また頭を悩ませる日々が始まる予感がした。




